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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り少女と拝辞

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そして検討する。


「いえ、私こそお二人の間に割り入ってしまい申し訳ありませんでした。彼もカラム隊長殿と別れを惜みたかったことでしょう」

「とんでもありません。彼とは既に挨拶はできましたので、お気になさらないで下さい」


手で断るセドリックに、カラムが深々と頭を下げる。

ついさっき記憶が蘇ってしまったばかりのセドリックには、今の自分がカラムに謝罪されてしまうことの方が顔が熱くなる。

そしてカラムからすれば、悪気はなかったとはいえ過去のセドリックの行いを想起させてしまったことも含めての深い謝罪だった。

じわじわと互いに引けず膠着する二人を見比べ、苦笑いが固まるエリックと完全に笑う顔のアランも何も言えない。カラムはさておきもう一人は王族なのだから。

セドリックから頭を上げるように望んでやっとまた会話の平行線が修正された。


「ところで、先程の姿絵なのですが拝見しても宜しいでしょうか?」

ネイトのカメラから出された写真の話題へと切り替える。

セドリックの問いかけに、カラムもここは真っ直ぐ従った。ええ、と一言返しながら懐に一度しまった写真を取り出す。

エリックとアランもこれは気になり、セドリックの背後とカラムの隣へと回った。

カラムの手から自分の方へ差し出された写真に、セドリックは触れることも躊躇うように手をわざと引っ込めた。動作だけで手に取るつもりはないと示し、そのまま差し出された写真を首だけで覗き込む。

姿絵と称されたものの、目に写ったままの光景を鮮明に切り取った一枚に思わず感嘆の声が漏れた。姿絵など身近にないアランやエリックにもその凄まじさは一目でわかった。護衛中の城内や貴族の屋敷で目にしたどの宮廷絵師が描いた姿絵よりも正確な絵に見えた。似せた、というよりも〝そのもの〟の転写に近いと思う。


「そっくりじゃねぇかカラム!すげぇな、これあの一瞬でできたのか?」

「本当ですね……それにとても良い一枚だと思います」

バシリとカラムの背を叩くアランに、エリックも顔を柔和に笑ませる。

アランと違い、エリックは王弟を前に言葉を控えようとも思ったがあまりに見事な一枚を前についアランに引っ張られてしまった。

真面目な表情のカラムに並び、狐色の目をくりくりと丸くしているネイトは微笑ましくも見えた。この一枚を渡したのだから、何よりも記念になっただろうとも。

ネイトとカラムの間に何が合ったか全ては知らない二人だが、写真の中のネイトは驚いてこそいたが決して嫌がっているような顔ではなかった。


絶賛する二人に、改めてネイトだけでなく自分の姿絵もまじまじ見られていることに気恥ずしく思いながらカラムは肩を僅かに狭めた。

姿絵自体を残されたことは何度かあるが、よりにもよってこんなにも鮮明なものを二人に見せることになるとはと心の中で唸る。


騎士二人の大絶賛に、セドリックも真剣な表情で大きく頷いた。

確かに、と。一人言のように呟きながらも、写真から目が離せない。セドリックの目にも、その一枚は見事な鮮明さだった。別角度から見たカラムとネイトの表情も色合いも違いない。

絶対的な記憶能力を持つセドリックにとって、思い出そうとすれば写真と同じほど正確に、それ以上に鮮明にその時の場面を脳裏に浮かべることはできる。しかし、他者とも同じ場面同じ映像を共有することはできない。

今まで自分にだけ鮮明に残っていた映像が、こうして誰かとも一緒に同じ精巧さで振り返ることができるのは衝撃だった。


「素晴らしい。……あの発明、ネイト殿に私も依頼することは可能でしょうか」

カラム騎士隊長殿、と。

改め、更に丁寧に呼ぶセドリックは目の炎にカラムを映した。

あまりにも真剣な面持ちのセドリックに、カラムも思わず言葉に詰まる。セドリックがそれを自分に尋ねてくれる気持ちはわかるが、しかし自分はネイトの保護者でもなければ仲介役でもない。

そして彼自身が発明したと告げたとはいえ、まだレオンとの取引も明るみにはなってはいない。本来ならばここで近々売り出し予定だと伝えたいところだが、それを自分が勝手に言うのはと言葉を選別する。事情を知るアランとエリックも、安易に口を開かなかった。

言葉を躊躇う様子の三人に、セドリックも「失礼致しました」とすぐに引く。


「あまりに素晴らしい発明に思わず。フリージア王国で特殊能力を施された品の貴重性は存じております。些か無遠慮が過ぎました」

「!いえ、ただ私では彼のことを話す権利がないので。こちらこそ申し訳ありません」

「あ。それならセドリック様、自分が〝親戚〟から聞いてますし良かったら馬車の中でお話ししますよ」

また謝罪し合おうとする二人の間にアランが入る。

本当ですか!と目を輝かせるセドリックに、カラムの眉が僅かだけ寄せられた。アランのことだから大丈夫だとは思うが、念の為無言で視線だけを向ければ彼からも笑った手振りだけが返された。

「余計なことは言わねぇって」と軽い口調も添えれば、カラムの肩も下がる。


アランもあくまで〝ジャンヌ〟達が詳しいことを知っていることしか言うつもりはない。

レオンとの取引とは言えずとも、ネイトの発明や事情に関してプライド達が関わっていることを言える範囲伝えるだけだ。直談判するかはセドリックの判断になる。

少なくともこの場で言うよりは馬車や城内の方が機密性も守られる。そしてプライドやレオンからも信頼の厚い彼ならば問題なく知らされる。

ネイトの発明が市場に出されることを知れば、間違いなくセドリックが買い付けることだろうと騎士達三人の目に浮かんだ。つまりは……


……王族御用達。


感謝しますと目を輝かせるセドリックを前に、カラム達は同じ言葉が頭に過った。

精巧過ぎる姿絵を見れば、それだけでも王族であるセドリックが欲しがる理由は納得できる。もともと宮廷絵師に姿絵を残させる習慣を持つ王族にとって、より精巧で素早く出来上がることはそれだけで利点だ。既にプライドやレオン、そしてセドリックから需要を確認できているだけでもそれは立証されている。


容姿に不満があれば、精巧〝過ぎる〟ことはデメリットでもあるが、少なくともこの三人に至っては自身の姿絵を〝改良〟し手を加えるようなことを必要としないほど容姿に恵まれている。

彼ら三人が欲するだけでも充分に今後周囲の王族が欲しがることになるだろうと想像できた。ただでさえ異性の王侯貴族に絶大的人気を誇る三人だ。


そこまで考えると、アランは目の前で当然のようにその人気製品を手にするカラムにまた笑いたくなった。

彼が背負う膨らんだリュックの中に入っていた発明の〝一つ〟が王族御用達になるであろう発明であれば、他にも詰め込まれた発明の価値は全てでいくらになるだろうかと考える。

恐らくは貴族であるカラムにとっても大金に数えられる額だろうと思えば、アランもエリックも口だけがぎこちなく笑ってしまう。そしてカラム自身、受け取った時点でそれはよくわかっている。

カメラをリュックへ仕舞うべく開ければ、中にはぎっしりとネイト特製の発明が詰まっている。顎の角度を上げながらアランもそれを覗き込んだ。


「すっげー貰ったなぁ……、その発明は一個だけか?」

「ああ、初見では。中には同じ発明もあるようだが……」

カメラをリュックにしまいながら、アランと共に確認する。

アランに揃い、エリックも控えめに覗く中セドリックだけが勝手に見ることを躊躇い半歩下がり踏み止まった。

ある程度気心が知れたとはいえ、王族である自分が望めば見せざるを得なくなる。しかし姿絵を見せて貰ったというのに他の発明までズカズカ自分が見てはならないと、目も逸らす。ただでさえ、自分は一目見ただけで記憶してしまうのだから。


フリージア王国第一王女であるプライドも関わっているような少年の発明を、フリージアに根を下ろしたとはいえハナズオ連合王国の自分が盗み見るわけにはいかない。

しかし、遠慮した様子のセドリックにカラムの方から「ご覧になられますか」と呼び掛けた。ネイトの発明を知った今、他の発明を別段隠す必要はない。カラムの目から見てもセドリックならば見ても信頼に足ると判断できた。

是非!と僅かに声が上擦ってしまいながら目を輝かせてすぐ、セドリックもアラン達に揃いリュックを覗き込んだ。感嘆を漏らし、どの形状も自身の記憶に重なるものもあれば初めて見る形状までと幅広さに胸を躍らせた。


「素晴らしい。これを全て彼が作ったとは」

「心なしか使用感があるものもありますね」

「ああ、見覚えのある品も含まれている。恐らく古くから使っていた物も入れてくれたのだろう」

「なぁ、姿絵あと三回何に使うんだよ?」

セドリックが感心する中、エリックも興味深く眺める。わいわいとリュックの中身を覗きながら思案し合うのを、門前の守衛騎士も少しだけ視線を投げた。

アランの投げ掛けに、カラムは静かに首を横に振る。


「いや、まだ考えていない。彼との記念になればと思ったが、まさか三回分まるまる補充して貰えるとも思わなかった」

ネイトが自分を慕ってくれたとわかっていたからこそ、その返礼に互いの姿絵を残したかった。

これから貴重性のみならず人気も評価も上がっていくのであれば、余計に残り回数を大事に使わなければならないと思う。どちらにせよ、貰い物且つ回数制限があるのだから後ほど考えれば良いだろうと結論付ける。

貴重な発明となればその内自分の家でも獲得競争に加わりかねない。ならば安易にこの発明を両親に見せるのは控えるべきだと考える。そこで自分と発明家に繋がりがあると判断されれば、どのような指示が来るかは容易に想像できた。

ならば共にまた使うとすれば、騎士団か。しかし総員がこの一枚へまともに入り切るとは思わない。せめて自身の三番隊か、もしくは近衛騎士でとそこまで考えた時。


「ジャンヌ達とに使ってやろうか?」


俺が、と。

アランからあっさりと投げられた打診に、直後に「なっ⁈」とカラムはひっくり返った声を上げた。

あまりの提案に一瞬で顔が赤らんでしまうカラムに、アランは笑った顔で「いやだって貴重だろ」と反応に面白がりながら続けた。少なくとも自分だったら絶対そうするという確信の元、そう考える。

暗にプライドと一緒に写真を撮ればと提案する彼に、なんてことをいうことを言うのだとカラムは一度唇を絞ってしまう。一瞬だけ本気で考えてしまった空上の姿絵に、それだけで畏れ多さと気恥ずかしさが強まる。


姿絵に一緒に入るなど、特別な場合でなければありえない。相応の記念か関係性でなければのそれに、よりにもよって自分がプライドと一緒に入るなどカラムには敷居が高すぎた。姿絵の意味合いと貴重性を知る家だから余計に。

セドリックが安易に「それは良い」と同意する中、エリックは半分笑った顔のまま何も言えなくなる。


「わッたしがそのような姿絵を持っていたらおかしいだろう?!」

「取り合えず俺の〝親戚〟との方だったら問題ねぇんじゃねぇ?」

後頭部に両手を回しながら気楽に言うアランに、カラムの顔が余計熱くなる。

未だ自分が婚約者候補であることは機密情報ではあるが、〝同僚の親戚〟との姿絵であればもし他者に見られても問題はない。しかし今後騎士団にもジャンヌの正体が明かされる予定の上、よりにもよって自分が、プライドの近衛騎士でもある自分がプライドの十四歳の姿と姿絵をなど考えるだけで火が回る。

しかも、自分がそんなのを手にすればどう保管するかは自分が一番良く分かっている。幸か不幸か手帳にも本にも挟めてしまう大きさなのだから。

少なくとも、目にかけていた生徒であるネイトとの姿絵はそのどちらかで大事に保管するつもりだ。


しかしアランの提案は冗談でもからかいでもなく本気だ。「いやだって俺なら絶対そうするし」と平然と笑いながら言うアランに、この場で頭を叩きたくなる気持ちをぐっと堪えた。

今ここが学校の校門前であり、自分は役目を終えたとはいえ講師という立場で最後の最後に同寮相手とはいえそのような軽暴力を犯したくない。

はっきり否定もできないが、この場で肯定などとてもできない。葛藤のあまり顔を赤面させるだけで言葉が出なくなったカラムに、アランもそれ以上はと自ら話題を変えた。


「それにしても本当に大量に貰ったよなぁ、カラム。それ全部どんなのか教えてもらったのか?」

「いや、……わからないものも多い。まぁ彼のことだから危険物ではないだろうが」

使い方どころかどのような用途や効果かわからないものも多い。

アランの投げかけに、カラムもそのまま乗じる。顔の火照りを呼吸を深くして引かせながら、カメラをしまったリュックの中を改めて眺めた。

武器を作りたくないと語っていた彼のことだから、煙幕弾や閃光弾以上のものはないと考える。しかし、やはり見たことがないものは安易に動かすことも躊躇った。せめて説明書や品書きのメモだけでも残しておいてくれれば助かったが、中にあるのがゴテゴテとした発明だけだ。

そういえば渡された時に使い方が欲しければ家に来いと言われたと、思い出しながら言葉にすれば次の瞬間アランは声に出して笑った。


「やっぱ会いにきて欲しいんだろ。わかるわかるあの年って素直じゃねぇし。良かったなカラム、お前弟いねぇし」

「いや彼はあくまで生徒で、私は元講師なのだが……」

年頃の少年の素直じゃない甘えを微笑ましく思うアランへカラムは思わず少し眉を寄せてしまう。

しかし弟達を持つアランにも、そしてキースの兄であるエリックもネイトのカラムへの懐きようはそれに近く感じられた。頷きと笑みだけで同意を示すエリックに、更にはセドリックまでも隣で口を片手で覆いゆっくりと深く頷いてしまう。自身もまた、兄達に似たような態度をとってしまったこともあったと今も鮮明に頭に蘇る。


勝手に弟扱いしたらネイトにも悪いとカラムも思いながら、最後に捨て台詞を投げて去った彼の姿を思い出せば最後は口角が小さく上がった。はっ、と笑い混じりの溜息を一つ分零してから肩を落とした。

兄しかいない自分だが手のかかる弟を持つというのはこういう感覚なのだろうかと、頭の中だけで過りながら小さく唸った。



…………今度の休日にでも早速使い方を聞きに行ってみるか……。



白旗を上げるような、市場で手を引かれるような感覚と共にそう考えた。


用事を終えたプライド達を校門で迎えるのは、セドリック達と発明の使用用途を論議し合い始めてから暫くのことだった。


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