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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
我儘王女と準備

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Ⅱ5.義弟は整え、


「……というわけで、ヴァルも来月俺達と共にプラデストへ潜入させることになった」


グビッ、と珍しく喉を鳴らし、ステイルはグラスの中身を傾けた。

アランの部屋。

つい先日に改修を終えた彼の部屋は、まだ小綺麗に整頓されたままだった。新兵が補修を終えるまでは別の空き部屋に泊まっていたアランだが、やっと元の隊長格用の広い部屋に戻ることができた。

仮部屋の時は、荷物を運んだ状態のまま殆ど開けずに部屋に積んでいたアランだが、今は自室に元の配置と殆ど変わらず、寧ろ整頓して並べてある。買い直されたカウンターのような大テーブルだけが、艶々と光沢を放ち、新品の木の香りを放っていた。

改修後の部屋に戻った時の荷解きからテーブルの弁償まで、カラムが責任持って全て請け負った為、ステイルが初めて見た時は別人の部屋かと錯覚したほどだった。配置が一緒でも整頓されているだけで印象は全く変わる。酒瓶の数の多さだけが、アランの部屋だという数少ない印だった。


「マジか……。いや、理由はまぁわかっけど……、……絶対アイツ嫌がったろ」

ステイルから初めてその話を聞いたアーサーは、カラムと共に呆気を取られる。

午後のプライドからの告白を聞けば、ジルベールの正体を知るヴァルをプライドへの護衛の一人として学校に忍ばせたいのはまだ理解できる。だが、配達人として多忙な上に〝学校〟というシステムにどう考えても相性の悪いヴァルが、普通ならば了承するわけがない。ただし、……同時に理由が理由だからこそ最後には折れたのだろうともアーサーとカラムは思う。


「最初は〝ふざけんな〟ばかりだったな」

うんうん、とアランとエリックがステイルの話に思い出すように半笑いで頷いた。

ステイルから「姉君の護衛の為にお前にも学校にひと月ほど潜入して欲しい」と言われた時、速攻でヴァルの激怒と拒絶が返ってきていた。アラン達もプライドの近衛として傍に居たが、今回はヴァルの言動にも全く腹は立たなかった。寧ろ、若干同情した。

断固拒否するヴァルの発言を無視し、ステイルとジルベールで「元々フードと口布で顔を隠しているなら、十年そこら若返ったところで誰も気づかないだろう」「大体十八で身長は止まりますから」「ならば高等部か」と淡々と話を進めている様子は、どちらが悪人かもわからなかった。ふざけんな、やらねぇぞと怒鳴るヴァルの怒号を涼しく聞き流した二人は上級層の体験入学用の枠をセドリックも含めて五つ占め、その分庶民の枠を自分達の分空けることで足し引きを無くそうと決めてしまった。プライドからは青い顔をしながら「本人が嫌がっているのだし……」と仲裁まで入った。

しかし、そこでステイルは口止めを命じた上でヴァルに決め手を打った。


「だが、アダムの生存の可能性さえ話せば応じた。……奴も、アダムとティペットの危険性は知っているからな」

当時、ティペットに重傷を負わされたヴァルは、その厄介さも身に沁みている。更にはプライドを操ったのがアダムだということも同様に。

アダムが生きているかもしれない。しかし、プライドは学校に潜入を止めようとはしない。そしてこのことは女王も知らない。そう言われれば、ヴァルに選択の余地など残っていなかった。

プライドに真偽を確認し、彼女が頷けば「だあああああああ‼︎」と怒鳴り、頭を両手で力の限り搔き乱した後はギラギラともともと悪い目つきを更に凶悪に尖らせながらステイル達との交渉に応じた。その後の打ち合わせ中も舌打ちや貧乏揺すりが多かったヴァルだが、それでも潜入依頼を受ける方向で話を進めた。


「学校の潜入は姉君の潜入期間のみ。配達の仕事は休日と学校の後に行う。期間中もどうしても必要な時は〝見目の若返りの特殊能力者〟をこちらから手配する。そして念の為、アダムとティペットには姉君から無期限での不敬と捕縛、攻撃許可。極秘潜入期間に授業は真面目に受けなくて良い。個人行動をして構わない。当然最後には報酬も払う。そして、……セフェクとケメトは巻き込まないと」

スラスラと今日ヴァルと決めた取引内容を告げるステイルは、最後に「しかし寮は断られた」と締め括った。

エリックもその話に当時のやり取りを思い出し、間違いなく頷いた。学校に潜入とプライド達の正体さえ明かさなければ、ヴァルの希望は全て通った。ステイルとジルベールも、彼を巻き込むにあたってあくまで取引になる程度の譲歩はするつもりだったのだから。

ステイルの言葉にアーサーは「アァ?」と声を上げる。酒の入ったグラスのを揺らしながら首を傾けた。


「巻き込まねぇ、ってことは一緒に行動しねぇのか?二人とも喜んだろ?」

「少なくともヴァル本人は〝必要ねぇ〟〝うざってぇ〟と言っていた。……まぁ、嘘ではないのだろうが」

隷属の契約でヴァルは王族に嘘はつけない。

だが、今さらヴァルがあの二人が邪魔だからという理由だけで関わりたがらないのだとはステイルも、そしてアーサーも思わない。別の意味があるのか、それとも以前プライドから許可を得た三つの隠し事が関係しているのか、それはステイルにもわからなかった。

ヴァルがプライドの護衛の為に校内に潜入することにはこの場の誰も異論はない。それぞれ思うところはあるが、全員の共通認識として校内でプライドに何かあれば確実に彼は彼女の味方にはなるだろうという点だけは信頼できた。しかし、そうなれば常に一緒にいるセフェクとケメトも共に行動するのかと考えていた彼らには少し意外でもあった。


「……まぁ、良い機会ではないでしょうか。彼らはずっと三人の世界ばかりでした。他と関わるのも良い機会だと思います」

疑問で唇を互いに結ぶアーサーとステイルに、カラムがそっと間に入る。

カラムの意見に、アーサーとステイルは同時に同じ首の角度で頷いた。確かに、と。ケメトとセフェクも学校では性別も、そして年齢でも分断される。そしてプライドや自分達も二人に正体はあかせない。明かせば確実に二人に四年前の殲滅戦で関わった相手が何者か、そして宰相であるジルベールの能力まで知られてしまう。


「そういやァ、ステラは入学すンのか?」

「幼等部であれば上級層の枠で可能だが、ジルベールは急ぐつもりはないそうだ。」

寧ろ姉君の潜入期間を終えてからでも構わないと言っていた、と続けるステイルは眼鏡の黒縁に軽く触れた。

ジルベールの娘であるステラは今年で四歳になる。ジルベールとしても娘を入学させたい意思はある。しかし、急ごうとは思わない。宰相として上層部に位置する彼ならばいつでも娘を入学させることはできるのだから。


「セフェクとケメトに会えるなら、ステラも喜ぶだろうが……まぁ、まだ三歳だ。焦る必要もない」

セフェク達はヴァルと違って一時的な入学ではない。

その内、ステラと学校で会える日もあるだろうとステイルは思う。プライドは自分の所為でステラの入学が遅れると心配していたが、ジルベールは柔らかな表情のままだった。


「大体、ジルベールも入学させるならば心安らかに娘の入学だけに集中したいだろう。ヴァルとの交渉を終えた後も、すぐに母上へ学校の警備改善や近衛騎士についても進言していた」

ただでさえこれから二人目が産まれるジルベールを、これ以上忙しなくさせたくないとステイルは純粋に思う。

ジルベールが仕事の魔神なのはわかっているが、同時に無理をする人間であることもよくわかっている。

ステイルの言葉に「そういや近衛騎士って……」と聞き返すアーサーに、彼は目を向けてからグラスの酒を残り全て仰いだ。飲み終え、右手ごとテーブルにグラスを置けば、アーサーは流れるようにそのグラスにまた酒を注ぐ。カラムも一日でどこまで話が進んだのかと、席から僅かに前のめりになって斜め向かいの席にいるステイルを覗き込んだ。


「先ず、騎士団に派遣を頼み、暫くは〝新機関開校の万事に備える為〟に騎士を校門に常駐させることになった。騎士団長に秘密裏に門兵は必ず温度感知の特殊能力者を派遣して貰う」

当然、生徒に紛れたり校門以外から潜入する恐れもある。しかし、温度感知の特殊能力者が近くに常駐さえしていれば、いつでも有事の際には出動させることができる。大事なのは、すぐにティペットを炙り出せる特殊能力者の存在だ。正体を隠すステイルが騎士団から瞬間移動で毎回連れて来るわけにもいかない。

更には近衛騎士についても説明を続ければアーサーとカラムだけでなく、それを知っていたアランとエリックまで口の中を飲み込んだ。緊張で血の気まで引いていく彼らにステイルは「因みに、御意見は」と尋ねたが、全員が目配せする間もなく一度は沈黙で返した。

縫ったように閉じた口で、そればかりは簡単には言えないと誰もが思う。暫く待ち続ければ一応絞り出すようにケネス、ブライス、ノーマン、ローランドとぽつぽつ出たが、それでも軽弾みには言えなかった。

ステイルとしては、是非とももっと彼らの意見が欲しかったのだが、同時に無理もないかとすぐに諦める。こちらの方はまだ急いではいない。「また何かあればいつでも僕に」と断り、強制はしなかった。そんなことをしても意味はない。それに何よりも、今自分達が急を要するべきは、別にある。


「さて。……ここまでが今日の進展です。……が」

カン、と。ステイルは切り替えの合図のように酒の入ったグラス底をテーブルに軽く叩きつけた。

今日、アランの部屋に来てから早速近衛騎士達に昨夜のプライドの異変から今夜までの出来事を説明したステイルだが、彼にとっても彼らにとっても一番の本題はそこではない。

黒縁眼鏡の奥を光らせるステイルは、酔いとは関係なく目が座っていた。アーサーへでも、誰へでもなくここに居ない存在へ静かに殺意を灯す。



「…………アダム。」



憎々しげに名を紡ぎ、整った歯を食い縛る。

その響きだけで、ステイルだけでなく全員がそれぞれにグラスの水面を揺らした。


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