表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り少女と拝辞

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

698/1000

Ⅱ458.嘲り少女は飲み込む。


「お忙しいところありがとうございました。あとこちらお菓子も。フィリップも一緒に焼きました。……どうか、お元気で」


蜂蜜クッキーを順番に渡し私はリネットさんに挨拶をする。

カメラから出てきた写真を二枚とも私達にカメラと一緒に返してくれようとしたリネットさんだけれど、二枚とも「持っていて下さい」と断った。もともとそのつもりで撮って貰ったし、カメラさえ返して貰えれば私は充分だ。何より、その写真はリネットさんが持っていて欲しかった。

本当は十八歳のステイルと一緒に写っている写真を渡したかったけれど、万が一にでも流出してしまったら二人の繋がりが気付かれてしまう。一緒に写っていなければ誰かに見られても親戚の子でもなんでも言い訳はできるし、親子としてではない相手の姿絵もどきならそれだけで罰せられることはない。

王侯貴族や富裕層なら画家を雇って意中の相手を書かせて飾る場合もある。……まぁ、そんなの描かせるのなんて相応のお金が掛かるし、相手を目にしたことがある画家じゃないとその人を描けないから極一部に限られるけれど。

それこそ王族の絵を描かせるとなると、王族を見たことがある宮廷絵師や画家じゃないと先ず描けない。もしくは依頼主の言われた通りに想像と技術で似せて書くか。

それほどに、王族に会える画家自体が限られている。

しかも描いた絵はどれもそれなりの大きさだから飾る場所も必要になるし、当然ながら人の目にもつく。流石にリネットさんの家にその大きさの絵を飾るわけにはいかないけれど、写真サイズなら本に挟んででも隠せる。

だからこそ、ステイルの写真を贈りたかった。


「それで、あと……フィリップ。最初の写真も……なのだけれど……」

「わかっています。だからジャックを代理に立てたのですから」

「⁈いや、だからの意味がわかんねぇよ」

すごく、ものすごく申し訳なくなりながらステイルに振り返ると、彼もわかってくれていたらしく自分から一枚目の写真をリネットさんに渡してくれた。……本当は、ステイルに持っていて欲しいのが本音だけど。

アーサーも写真を渡したことは驚いていない。むしろ、代理の言葉にはちょっと眉が曲がった。

ステイルがアーサーにも母親さんと一緒に写って欲しがったのは私も驚いたけれど、気持ちはすごくわかる。折角一枚に収められるなら、大事な人同士は並んでいて欲しいと思うもの。……まさか、リネットさんに渡すつもりの写真に私も写って欲しいと言われた時は戸惑ったし少し複雑だったけれども。


写真三枚は、……全部リネットさんに。ステイルが持っていても、正直手紙と同じようにこっそり保管してもらえればという欲はある。けれど、万が一にも第一王子の元の母親の顔バレなんてしたら悪用の方法はいくらでもある。ただでさえ鮮明過ぎる姿絵もとい写真だ。規則としても親と繋がったな?と言われればフィリップとしてで通じるかは難しい。

フィリップとしてではなく第一王子として写真を自分から母親に渡してても、お母様の首を絞めることにもなるだろう。あくまで互いに他人として関わらなければ、規則に反することにもなる。

あくまで生徒が、友達の生徒に貰った発明で、記念写真を撮って寮母にあげただけ。金銭も介入していない、ネイトからの贈り物だからこそのギリギリのラインだ。

お母様としても息子に自分の写真を持っていて欲しいという気持ちはあると思うから、突き返すようで胸は痛む。……けれど。


「この姿絵の視線の先に、フィリップがいたことをどうか忘れないでいてください」

大事な息子が撮ってくれた写真も、充分に愛しい思い出になると思うから。

恐々と写真を受け取ったリネットさんは、すごく喜んでくれた。「そんな」「でもこれは」と遠慮がちだった中、こちらが持つことは互いの為にもならない。リネットさんなら絵を持っているだけなら罰せられることもない。あくまで〝フィリップ〟で気付かれる心配もない。人には見せないようにだけして、もし見られたら別人だと言い張って欲しい。と重ねて説得とお願いをすれば最後は写真を両手に「……ありがとう」とそっと抱きしめてくれた。


「……!……あの、それならたとえばこちらの姿絵を、お返しするのは……?」

涙を滲ませながら微笑んだリネットさんが、ふと気が付いたように重ねた三枚から最後の三枚目をステイルに差し出した。「もし違反なら勿論……」と確認するように小声で私とステイルを見比べる。

分けてくれようとしたのはリネットさんは写っていない、私達三人の写真だ。……しかも、二枚目のカメラ目線外しではない、ちゃんとした方の。息子の目線のない方で良いのだろうか。

確かにこちらの写真なら問題ない。私とステイルとアーサーだけしか写っていないもの。ここからリネットさんに結びつくことはない。それに、ステイルに持っていて欲しい気持ちも少しわかる。リネットさんの写真と同じで、このカメラの先には間違いなくリネットさんがいたのだから。

規則をわかっている筈のステイルも、私に確認するように視線をくれた。私からも肯定の代わりにリネットさんへ「二枚目の方だけで良いのですか」と尋ねた。


「私は、二枚目の方が……すごく、安心できるから」

そう言って写真を二枚大事そうに撫でるリネットさんは、また涙声で柔らかく笑んでくれた。

ステイルが両手でゆっくりと私達三人の写真をリネットさんから受け取った。「ありがとうございます」とステイルもまた消え入りそうな声で笑んだ。

最後には「誰にも見せません。一生大事にします」と思わずか整った言葉で言いながら、服の中に仕舞うリネットさんにステイルもまた黒縁眼鏡の奥が潤んだ。ステイルもすぐ瞬間移動させず服の中に仕舞う。


私と続いてアーサーもリネットさんに礼をし、一足先にステイルを前に出すように背後へ下がった。

ぽつりとリネットさんの前に残されたステイルも、私達には振り返らずにじっとお母様を見つめ続けた。

数秒間じっとお互い何も言わず最後にステイルから動き、抱き締め合った。ぎゅっと、今度は目元をほんのり滲ませるリネットさんとほのかに笑んでいるステイルに私も両手で胸を押さえて見守った。

顔に力が入ってしまったのに気付いたのか、アーサーがそっと背中へ手を添えてくれた。優しい気遣いに感謝しながら口の中を噛み、今度こそ笑顔で二人を見守る。

抱き締め合い、今度はすぐだった。お互い殆ど同時に腕の力を緩め、ステイルが半歩だけ距離を取る。


「──────」

最後に何かをステイルが言ったのが口の動きでわかったけれど、とても小さくて私には聞こえなかった。

アーサーには聞こえたのか僅かに肩が揺れ、そしてリネットさんの目が潤みながらも嬉しそうに和らいだ。それからリネットさんも一度だけ頷くと、同じように口を動かした。……多分、きっと同じ言葉を返したのだろうと。私も、アーサーに聞かずともその言葉はわかった。

ステイルと、リネットさんがお互いに伝えたかった言葉はきっと最初から変わらない。

最後に「お元気で」とステイルが今度は私達にも聞こえる声で告げてからとうとう下がった。数歩後目を合わせたまま後退した後に、とうとうリネットさんへ背中を向けて私達に駆け戻る。「行きましょう」と目の周り以外も赤く腫れた顔で言ったステイルに私達も頷き、踵を返



「待っ、…………ッジャンヌ、さん!」



突然、引き留める声がリネットさんから放たれたと思えば私にだった。

ステイルにならまだしも私が呼ばれると思わず、驚きも手伝って足がつんのめりかかった。咄嗟にアーサーとステイルが支えてくれたけれど、二人も驚いたのか目がまん丸のままだ。

体勢を整え、振り返ればリネットさんが写真を服越しに押さえながら真っすぐと視線を私に向けていた。

私からも二人に目で確認し、それから恐る恐るも速足でリネットさんへ歩み寄る。どうしましたか、と自分でもか細い声になってしまったと自覚しながら尋ねると少しだけ腰を低めた状態でこそりと息に近い音まで声を潜ませられた。


「本当に、本当にありがとうございました。今日のことだけではなく、……十一年前から。それに〝あの〟ー……」

あくまで私だと確信しながらも、決定的な言葉を伏せて感謝を告げてくれるリネットさんに、言おうとしてくれている言葉はすぐにわかった。

言いづらそうに所々口を噤むリネットさんに、私からも笑みと頷きで返す。本当は私からも言いたい言葉は何時間あっても足りないくらいあるけれど、それを言うのは卑怯だということも知っている。今は感謝してくれるリネットさんの気持ちに応えることにだけに集中する。

手紙の件についても伏せた言葉についても、きっとステイルが手紙で伝えてくれていたのだろう。

わかっていると意思を込め、最後に深く頷けばリネットさんの強張る肩がゆっくり降りた。


「最初、生かし続けてくれたのは貴方の慈悲でした」


……嬉しそうに、心から感謝を唱えてくれる声と笑顔に息が止まった。

心臓が一瞬だけ煩く痛くて、……でも今は感謝を示してくれるリネットさんに力いっぱいの笑みで返してみせる。本当は笑って貰える資格なんてないのだと知りながら、今は何よりも優しい言葉に応えたかった。

私に触れることも遠慮するように写真のある場所で指を組むリネットさんに、私から手を重ねる。頷くことができない分、ただただステイルのことをここまで想い続けてくれたお母様に感謝を込める。

私に触れられたことにびくりとまた肩を震わすリネットさんは、私の正体に確信を持っている。


「生徒達をこれからも宜しくお願いします。特にアムレットは私の大事な友達ですから」

彼女にも内緒に、と。悪戯のような気持ちで最後だけ声を潜めると、ちょっとだけ両眉を上げた後に笑んでくれた。

そのまま触れた手を離そうとすれば、その前にきゅっとリネットさんの指が固められたのがわかる。「どうか」と、かすめる声で唱えた後に一度苦し気に俯けた顔をすぐに上げる。ステイルにそっくりの漆黒の目が私を鏡のように映した。

何か言いかけたように途中で声に出す前に唇を結び、それからすぐに柔らかい声を私に掛けた。


「……ジャンヌさん。あの子を、……フィリップをこれからも宜しくお願いします」


どこか悲し気で、その倍優しい笑顔に胸が刺されるようだった。

大きく頷き、「大丈夫です」と返す。最後の最後までステイルを心配してくれることも、私……にも任せてくれることが嬉しい。

そう思った直後、気が付いたら重ねていた手を降ろしてしまった。代わりに自分の両手首を交互に握り、少しだけ強張った身体で頬だけを緩める。

本当は、伝えたいことがたくさんある。ステイルがどれだけ素敵で格好良くて優しくて、私を助けてくれたか一日じゃ足りないくらい。だけど時間もなければ、……王族である私でもそういう情報開示は許されない。あくまで〝フィリップ〟で、ステイルのことは話せない。それだけは、守ろうということもここに訪れた時から決めていた。

フィリップの情報でも、ステイルの情報でもなく。…………ただ、今この場で彼女に言えることは。




「命を懸けても良いくらい大事な人ですから!」




宣言し、今度は胸も張って笑えた。

フフッと声にも漏れてしまいながらそう言えばリネットさんの目が大きく開かれ、それからほっと短い息が零れた。服越しの写真を両手で押さえながら笑ってくれた彼女に、握った手首から……自分の服の中に控えていたものを思い出す。

授業で書いた手紙を取り出し、これもどうかとリネットさんに差し出した。一瞬惑うように丸く開いた目を揺らしたけれど、私から「心配するような内容は書いていませんから」と違反行為の内容ではないと保証する。


両手でそっと受け取ったまま、写真と同じ場所にしまってくれた。

それを見届けた後、「それでは」と今度こそ頭をぺこりと民らしく下げれば合わせてリネットさんも頭を下げてくれた。

彼女の頭が上がることを確認してから、私はくるりとステイル達の方へ振り返る。リネットさんへ駆け寄った時よりも軽い足で地面を蹴った。


タンッと、最後に陰りなく言えた言葉で締めくくれたことに少しだけ胸が浮く。ごめんなさい、と待っていてくれた二人に声を掛けながら傍まで行けばアーサーが笑みで迎えてくれて、…………ステイルは顔を背けていた。


私が振り返った時には既に手の甲で口を押さえたまま後頭部を向けていて、傍まで来てもそのままだ。肩を微弱に震わせているから、一度去り損ねたことでお母様にまだ離れがたくなってしまったのかもしれない。

浮き立った気持ちが反転して、少し胸が痛みながらその背に触れる。フィリップ、とそっと囁きかけながらその背に触れるとそれだけでビクッッとリネットさんよりも遥かに大きな反応で肩が上下した。まだ触れてはいけなかっただろうかと思えば、掠れた声で「な、ぜっ………‼︎」と小さく返された。


上手く言葉を拾えなかったけれど、アーサーは聞こえたのか何故かステイルを見て笑っている。

どこか楽し気な笑みに、もしかして杞憂だったかしらと少しだけ期待してもう一度私から聞き返す。一度引いた手をもう一度ステイルの肩へと今度は触れると、指先が触れた途端、振り払う勢いでバッ‼︎とステイルの背けていた顔が風を切った。「何故‼︎」と突然叫ばれ、思わず振り向いてくれた顔に対して背中を反らしてしまう。


「何、故……‼︎そっ……そォいうことをよりによってッ……に、言ってしまうのですか‼︎今のではまだ!ッ不足が!!!」


向けてくれた顔がまた真っ赤だった。

若干目もさっきよりやっぱり潤んでいたから、これでも堪えた方なのかもしれない。涙が少ない分、顔が赤面といっても良いほどに力が籠められ火照っている。口元を覆っていた手も叫ぶのに邪魔なように外されれば、そのまま両手が行き場のないように胸の前に浮かされていた。

両手の平が受け皿に、両手の五指全てに力が指先まで張り詰め空を向いている。今は目を拭う余裕もないらしい。途中でお母様のことを呼べずに詰まりながらも、声だけは叫ぶごとにオクターブ上がっているように感じる。取り敢えず私の今の発言が駄目だったことはよくわかった。

反省を伴う前に、ごめんなさい!と反射的に謝ってしまう。まさかここでお母様の目の前で怒られるとは私だって思わなかった。


アーサーが横でお腹を抱えて必死に堪えながらも顔が笑っている。声が出さない分、若干死にかけているけれど私もなかなかのピンチだ。

全く嘘を吐いたつもりはなかったし、むしろ自信満々だったのだけれど……また自分を粗末にした発言と思われたのかもしれない。

今回は本当にそういうつもりはなくて、本当にただそれだけ大切と言いたかっただけなのだけれども。「不足」と言っているし、ちゃんと本当に死ぬ気はないし自分を粗末にしないと補足すべきなのか。いやでもそれはそれで何だか違うような、逆に往生際が悪いような気もする。

四捨五入で考えれば綺麗に簡素にまとめられたのではと、改めて考え直し「…………だめ?」と弱腰に尋ねれば「駄目です!!」と四倍の声で叫ばれた。

ステイルにここまで大声で間近に叫ばれるのも珍しいかもしれない。ステイルの方は未だ涙目が強まっているし、なんだかこの場を見られたら私が泣かせてしまったかのようだ。


「かッ、……のじょは……俺と貴方がどのような過程を経ているのか知らないのですから……!その、今のでは色々と誤解が、……」

母さんとも言えなければ、彼女とお母様の前で呼ぶのも心苦しいように声を潜めたステイルは、その後の言葉もこそこそと潜ませる声だった。

だけど誤解も何も、そのままの意味なのだけれども。どのような過程と言われれば、確かに私の家で義弟になったことくらいしか知らないけれど、ステイルが立派に私の補佐として支えているくらいは噂になっているようだし規則に反するような情報開示でもない。むしろ、ここで補足を付け加えた方が余計規則違反に触れる危険性が強まると思う。


笑い混じりアーサーが、助け舟を出すように「じゃぁどう言やァ良いんだよ」と投げかければその途端、ステイルも口を噤んだを

ぱくっ、と一回だけ口を開けた直後に本人も言葉に詰まらせたように出てこない。まぁそうだろう。


さっきまで焦点の合っていた黒目がぐるぐると回り出して、お母様に見せた時よりも少し弱腰の顔になっていく。……うん。ここで「本当に命はかけられません」みたいなことを付け足しても逆に嘘を言ったような印象になるだけだ。むしろその方が私には嘘になるし、ごめん被りたい。


お母様を安心させる為にもここでその補足はやっぱり不要と判断したのか、ステイルの喉が干上がっていくようだった。

さっきまで十四歳の姿とはいえ、立派な男性になった中身を伝えられたステイルが狼狽えてしまっている姿に申し訳なくなる。

ちらりと目だけでリネットさんの方を見れば、やっぱりぽかんと黒水晶のような丸い目だ。間違っても幻滅といった眼差しではないけれど、確実に驚いている。

目が回って視野が大分縮小されている様子のステイルを押さえるべく、私はもう一度謝罪をゆっくりと言い聞かせるように繰り返しながら落ち着かせる。


「でも貴方が本当の本当に大事なのは間違いないから。ずっと一緒に居てくれるのでしょう?」

「勿論居ます!ですが、ですからっ……、……~~っっ……もう、もう良いです……。はやく、はやくもう、いきましょう…………」

はっきりと肯定してくれた後に、言葉が上手くこの場では繋げられないようにまた口を手の甲で押さえて俯いてしまう。

最後には私とアーサーの背中を片手ずつ押して、今度こその退場を促した。

この場で許してくれたのは良かったとしても、リネットさんに最後に見せるのがこの姿と思うとそれだけは謝り倒したくなる。

でももうこれ以上私の失言をさせたくないように退場希望のステイルに抗うわけにもいかず、かつこれ以上ステイルの面目を潰したくない私はよろよろと足を動かした。アーサーも今はステイルの手に従って進んでいる。こちらはまだ口元が笑っていた。他でもないアーサーが笑っていると、ステイルにも大丈夫かなと思えてくる。


前を向いて進みながら首の向きだけ変えて小さく振り返る。見れば、私達の背中を押しているステイルはしっかりと顔ごとお母様に振り返っていた。私達を見送ってくれるリネットさんも、今は微笑んでいた。しっかりと私の面倒を見てくれるステイルを最後に確認できたからだろうか。

そしてステイルも、……振り返る顔は笑っていた。まだ熱の回った顔ではあったけれど、お母様に向けて照れたように笑う表情は力も抜けていた。


……勿論これで全部が許されることじゃないとはわかっている。


目で最後の親子の会話をしている様子の二人に、私もすぐに首の角度を戻して前方を向き直した。

寮の横を抜け、角を曲がり、正面の管理人室を横目に進む。管理人室前になるとまた人影がちらほら見えて、何人かの女生徒はリネットさんを心配してか駆け込んでいく。中にはたったいま寮から出てくる子達もいた、その時。



「……あッ⁈」




アーサーから喉が突っかかったような声が上がった。

どうしたのかと顔を向けると殆ど同時に「ッすんません!ちょっとだけ良いっすか?!」と慌て気味に尋ねられた。本気で足に力を込めて立ち止まるアーサーに流石のステイルも力で勝てず、一瞬だけ額がアーサーの背中にぶつかった。

拍子にずれた黒縁眼鏡を片手で直しながら「なんだ」と言うステイルは、さっきよりもいつもの調子に近かった。

私からも両足を止めて頷けば、すぐにアーサーは地面を蹴った。彼が向かう先には、


見覚えのあるクラスメイトだった女子生徒が立ち止まっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ