宣言し、
「ディオス!クロイ!どうした、帰ったのではなかったか?」
既に昼休みの時点で、今日で最後だと挨拶も告げた筈の二人に校門でまた会えたことはセドリックにとっては嬉しい驚きだった。
てっきりいつものように彼らは姉と一緒に帰ったものだと思っていたが、揃って佇んでいた。姉の方だけは馬車からも校門からも数メートル離れた位置で小さくなっている。
手を背中の後ろに組みセドリックの接近に姿勢を正すクロイと、セドリックと同じほど目を輝かせて「セドリック様‼︎」と声を上げて駆け出すディオスが待っていたのは間違いなくセドリックだ。
駆け込むディオスを両手で迎えるセドリックに、アランも今度は正直に笑みが零れた。
直後にはクロイが「ちょっとディオス!場所考えて‼︎」と兄にだけ叱咤する。しかしセドリックにへばりついたままの兄と、別段手放そうとしないセドリックに息を吐いて諦めた。
肩を落とし、さっきまで緊張していたのが馬鹿みたいだと二秒だけ視界を閉じて心臓を落ち着けた。セドリックが自分達の名前を呼んでくれるまで、ディオスも自分と同じくらい緊張で固まっていたのにと少しだけ狡く思う。
今も、セドリックに抱き止められた兄がきらきらとした眼差しで自分よりも先にセドリックへ答える。
「セドリック様にもう一度ご挨拶したくて!やっぱり一番お世話になったのはセドリック様で、だから今日くらいちゃんと最後にもご挨拶したいと思いました‼︎」
「ッディオス‼︎二人で言おうって決めたのに全部言わないで‼︎」
自分の台詞を丸ごと取られたクロイが今度こそ声を一番に張り上げる。
同じ若葉色の目を吊り上げて怒るクロイに、流石のディオスもハッと息を飲んで振り返った。「ご、ごめん」とあまりの怒鳴り声に驚き過ぎて両手も離し、一気に削げた声で眉まで垂れた。二人で順番に言おうと約束していたのに、うっかり興奮するまま全て言ってしまった。
クロイも言いたかった筈なのに、と後から落ち込みそうになるディオスにセドリックは「そうかそうか」と肩へ手を置いた。
「お前達の気遣い、確かに受け取ったぞクロイ、ディオス。俺ももう一度お前達の顔が見たかったところだ」
待たせてすまなかったな、と続けながら今度は目前まで歩み寄りクロイの頭に手を置く。
わしわしと小さい動作だがしっかりとした圧で頭を撫でられ、クロイは尖っていた唇が勝手に緩みかかったのを意識的に絞った。大注目を浴びている中で、堂々と頭を撫でられてしまうのが恥ずかしいのか擽ったいのか自分でもわからない。
ただ、それだけで兄に先を越された不満は静かに晴れていくのは感じた。
いえ、そんな、とぽつぽつ言葉を返しながらも、顔を上げたら撫でられ終えてしまう気がして俯きがちのまま首が固まってしまう。
途中で特別教室の生徒や職員室にも挨拶をしていたと語られても、別に待っていたこと自体を怒っていたわけではないクロイは一言二言しか返せない。両肩にまで緊張で力が入ってしまうと、その間にディオスも自分の横に並んできた。
双子仲良く並べば、セドリックは反対の手でディオスの頭もまた撫でた。
セドリックがお気に入りの従者を前に語らっていることに、周囲の生徒もいつものように距離を取る。
悲鳴や歓声も止み様子を伺う体勢になったことに、アランはこっそり胸を撫で降ろした。やはりこの兄弟がいると自分は校内で大分助けられると思う。
もともと彼らを傍に付けた日から実感していたことだが、こうして音も人波も静まるのを感じると余計にありがたみが染み入った。
唇を結ぶクロイとそして正直に目を輝かせるディオスの視線は上下異なるが、嬉しいのは同じだろうと見守りながら理解する。「昼休みと同じ言葉になってしまうが」と前置き、セドリックがまた落ち着いた低い声で二人を見比べた。
「本当にお前達には世話になった。俺にとって間違いなく良い出会いだったと断言しよう。今後も努力を怠らず勉学に励んでくれ」
はい‼︎と二重の同じ声が綺麗に重なった。
最初からセドリックを真っすぐ見上げていたディオスだけでなく、俯きがちだったクロイも顔を上げれば頭の上だった大きなの手の位置が自分の額にずれた。拍子に乱れた前髪を本人より先に気付いたセドリックが「すまん、髪が乱れたな」とそのまま手で整え直す。
星のヘアピンを落とさないように留意しつつ両手を使って整えれば、今度はディオスが羨ましげにクロイを横目で見つめた。
「姉君にも折角だ、挨拶をしたいと思うのだが……」
「「いえ!大丈夫です‼︎」」
手を止めたセドリックの視線がおもむろに姉の方向へと向き始めた途端、再び兄弟は声を合わす。
示し合わせる必要もなく一人の二重音のように重なった声に、セドリックも少し瞼を上げた。兄弟を預かった身としてはもう一度くらい挨拶も前回の非礼を詫びたかったが、一度自分の所為で卒倒させている為強くも出れない。
「そうか……?」と疑問形に声を零しながら、仕方なくその場に留まった。遠目にだが、校門の外端でこちらを向いている双子の姉がこちらに気付いて深々と腰を負ったのが見えた。
あまりにも深く深くと頭を下げたヘレネが、やっとこちらに向けて頭を上げてくれるのを待ってからセドリックからも軽く手を挙げるだけで応える。少なくとも自分を悪くは思っていないであろう、真っ赤に染まった顔色で笑みを作ってくれる姉の誠意にだけ応えた。
姉にセドリックがまた接近してしまうのではないかと、ディオスとクロイも今だけは滴る汗を冷たくさせた。
姉から自分達へと目の焔を向け直してくれたところでやっとホッと息が音に出た。しかし、次の瞬間には再びセドリックが自分達の右肩左肩に手を置いてきた所為で思い切り全身に緊張が走る。さっきの頭を撫でる時とも違う、力強い手の圧に姿勢が勝手に伸びた。
目で見上げれば、変わらず眩いほどに力強い笑みを向けてくれているセドリックの髪が黄金に光って見えた。順々に自分達と目を合わせ、そしてゆっくりと耳へと整った顔を近づけてくる。
「…………来週から早速待っている。これからもよろしく頼むぞディオス・ファーナム、クロイ・ファーナム」
他生徒に聞こえないように、秘め事に相応した抑えた声に二人の息が数秒止まった。
はい、と二人が張った喉で言えたのもセドリックが前倒しにしていた身体ごと顔を引いてからだった。他の生徒には王族の城で働くなど言いふらせるわけもなく、それでも言葉で改めて約束を提示してくれたセドリックにそれだけで双子は感極まった。
揃って唇をぎゅっと絞りながら眩しい王族を見上げれば、反射した光の鋭さに目がじわじわと湿っていたのにもすぐ気が付いた。
期待通りの返事をくれた二人に、もう一度肩を叩くとセドリックは敢えて響く声で今度は二人に言い放った。
「もし困ったことがあればいつでも頼れ。心配はないと思うが、万が一にも不当な害を及ぼす相手がいれば俺が味方になると約束しよう!」
ハナズオ連合王国王弟でありフリージア王国郵便統括役であるセドリックの宣言は、校門から中庭近くまで響かされた。
あまりにも心強すぎる王弟の味方宣言に、二人も顔だけ笑ったまますぐには返せなかった。
味方になってくれることの無条件な嬉しさと、今のたった一言でセドリックが自分達を守ってくれたことを輪郭だけでも理解する。セドリックが去った途端おもに特別教室の貴族に嫉妬みを受けることになるんじゃないかという不安は二人も一度は考えたことだった。
セドリック自身既に特別教室内で彼らを今後も温かく見守ってくれと個人的に頼んではいたが、やはりこうやって二人の前でも宣言できたのは良い機会だった。今後の憂いは少ない方が良い。
どちらにせよ城で使用人として今後も同行を聞ける双子だが、その時に隠されたら自分にはどうすることもできなくなる。自分にとって大事な友人でもある二人には、滞りなく良い学校生活を送って欲しい。
宣言したセドリックは、そこで改めて二人の肩から手を引いた。
視線だけでヘレネの方を差し示し「俺達はもう暫くゆっくりさせてもらう」と断った。身体が弱いという話の姉をプライド達の予定が終わるまで、立たせているわけにもいかない。
それではな、と最後に二人の背を力強く叩けば、ディオスもクロイも意図を理解して再び一声で礼をした。
一歩だけ後退し「ありがとうございました!」と声を合わせる。そのまま姉の方へと踵を返そうとしたその時。
「あっ!」
「うわっ……」
ディオスから、次にクロイの視線がセドリックとは別の方向へと向き顰められた。
突然視界に入ってしまったその影に、思わず表情に出してしまう二人にセドリックも首を捻ってから視線を追う。見れば、生徒の誰もがセドリック達を遠巻きで眺める中で一人だけ躊躇なくこちらに歩み寄ってきていた。
いつもならばセドリックが校門前に佇んで下校する生徒を眺めていることもいつものことである。その横を生徒が横切ることも今日まで日常だ。
しかし、今日王族体験入学の最終日であるにも関わらず目の前の王弟と従者二人のやり取りに足を止めることなく通り過ぎようとするのは現時点で一人だけだった。
一部では有名になったその生徒に騒めき、囁き合うか一歩引く者も出てくる中で本人だけが歯牙にもかけない。しかし校門前まで歩を進めたところでやっと、視界に引っ掛かる人物の足は止まった。
……本を片手に歩いていた、その足を。




