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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り少女と拝辞

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Ⅱ449.王弟は足を止めつつ、


「セドリック様、どうかお元気で……!」

「セドリック王弟殿下どうか今後も末永く宜しくお願い致します」

「セドリック殿下、我が家の名をどうかお忘れにならないで下さい。今後国際郵便機関の際には何卒……」

「セドリック様っ、是非とも我が家にいつでも遊びにいらして下さい!ベルガー家は心よりセドリック王弟殿下とそしてハナズオ連合王国とも」


ああ、感謝する。と、次々と雪崩れ込む生徒達の流れにセドリックは力強い笑みで返した。

つい今しがた四限の授業を終え、最後に職員室へ教師に挨拶へ寄ろうと考えていたセドリックだがいまだに席から脱してすらいなかった。


担任教師から望まれたこともあり、最後に同教室である高等部特別教室に所属する彼らへ挨拶をした。

しかしその後授業終了の合図を受けても満足する生徒はいなかった。今日まで王族であるセドリックと同じ教室に所属し、これ幸いと交流を図った生徒達だが最後の最後に己が存在を印象に残されたいと今は必死だった。

機会こそいくつもあった。授業中も交流や意見を交わし合う授業であれば関われ、合間の休息時間もセドリックは教室からわざわざ離れない。唯一昼休みと一限前はセドリック自らが目をつけた二人の白い従者兼友人に阻まれたが、それでも全体の時間で言えば同教室である自分達が優位である。


しかし、その全てを統合してもその白い従者達より親しくなったかと聞かれれば自信を持てる者はいない。

昼休みも階段をわざわざ一階まで降りて王弟の視界に入るように学食までついていった彼らだが、明らかにセドリックが最も可愛がっていたのはあの双子である。

自分達も学食の昼休みでは傍でセドリックに同調し微笑みや相槌を打つことはあっても、彼が自分から話しかけるのは殆どが学食でしか会えない庶民の生徒。一日を通して彼がその学校時間全てを費やしたがる相手など、この一か月間特別教室にもどこにもいなかった。


あくまで全員に分け隔てない。突出して印象に残され気に入れられる者はいなかったというのが彼らの判断だった。

だからこそ、今この最後に全てを掛ける生徒は多い。セドリック個人への興味というよりも家名の為、今後の人脈や繋がりの為に必死ですらある。そして中には


「セドリック様、あの、こちら私の気持ちです。どうかお受け取り下さい」

庶民から昼休みに受け取った封筒とは比べられないほどひと際上等な書状を両手で差し出され、セドリックは一度身体ごと向き直る。

敢えて昼休みに有象無象の一つではなく、この時を狙って勇気を振り絞った女生徒はフリージア王国の貴族令嬢である。特別教室の女生徒から手紙を送られるのも既に今日一日の間で十四回目だとセドリックは思いながら、右手で丁寧にそれを受け取った。特に今回は公衆の面前、よほどの自信がなければ贈れない。

顔から湯気でも出してしまいそうなほど頬を染め上げ、可愛らしく瞳を潤ませる女生徒にセドリックは公爵令嬢の名前を一瞬で頭に浮かべる。

控えめな言動も、そして桃色に染める可愛らしい表情も名乗られたことも今までフリージア王国の式典で覚えがある。「感謝します」と、思いを告げてくれたその人物に笑みを浮かべ言葉を整えた。


「今後も式典でお会いすることがあるでしょう。ひと時でも貴方と同級なれた幸運を忘れはしません、カミラ・オールストン殿。……本当に良い学友に恵まれた」

書状の返事も使者に必ず託しましょう、と。そう告げて男性的に整った顔で笑みを向けるセドリックに、ぽわりと令嬢の顔が火照った。

今までも学内だけでなく式典でも名を呼ばれたことはあったが、やはり公衆の面前で自分一人を見つめられるのとでは緊張感も注目も全く違う。今この瞬間だけでも自分が特別になったような感覚とその笑みに公爵令嬢は息を飲む。あまりの眩しさに目を伏せたくてもそれ以上に離せない。


上級貴族の令嬢として妙齢の令息に求められたことも数えきれない令嬢が、今だけはたった一人のことしか頭に入らない。

か細い声で「勿体ないお言葉です」と令嬢らしく返したが、対する王弟は全くその表情が崩れないことが悔しくもあった。自分を見てくれた喜びと、顔色一つ変えることをしない王族への敗北感に胸を押さえた。

丁重に、恥をさらされないように特別に扱われてもあくまで自分は〝学友〟でしかない。式典に何度も出席を許されている彼女は、セドリックの想い人の噂も当然知っている。


その後も、セドリック様セドリック殿下と続く生徒達の最後の訴えに丁重に対応を続けたセドリックは教室を出るだけでも時間を費やした。

女性の気持ちに応え、交友を求める生徒に頷き、その名を忘れないことを約束するだけで時間はあっという間だった。四限終了直前にハリソンと交代したアランも、相変わらずのセドリックへの人気に表情筋がとうとう僅かにだが引き攣った。

セドリックの人気は入学前からよく知っているアランだが、それでも今日一日でセドリックへの人口密度は式典の比ではない。貴族同士にも階級や立場の格差はあるが、それでもセドリック以外に王族の目がなく競争相手も少ないのだから。


昼休みもパレード以上の密度で人混みの渦中を歩いたアランだが、まだ暫く気が抜けないと思い知る。

上流階級同士、王族相手に詰め寄るような真似はなく程よい距離は保っているが、それでもこの中を懇切丁寧に対応し続けるセドリックに付き合わなければならない。

同じ王族でもステイルであればこの中でも程よく返事を返しつつ歩みを止めずに突き進むが、そこで百相手に百応えようとするのがセドリックである。

ここにハリソンがいれば、きっとあまりの人の多さに威嚇で殺気を四階全域まで膨らませていただろうとアランは思う。


階段を降り、特別教室の階から一般生徒の教室階層を通れば今度は悲鳴や歓声が上がる。貴族生徒だけでなく、一般生徒にもセドリックの顔は知られている。


キャアアアアアアアアアアアアアアアッッと、昼休みに嫌というほど聞いた高響きにアランは耳を塞ぎたい気持ちをぐっと抑えた。

今は護衛中にも関わらず両手を塞ぐわけにも、ましてや王族に無礼な態度もできるわけがない。相手がフリージア王国の騎士である自分に心を砕いてくれているセドリックでもだ。

昼休みは自分もある程度言葉を発して外部の声を打ち消せたから良かったが、今は黙し続ける分辛い。

一つ、一つと階層を降りていく度に新しい悲鳴がアランの耳を劈く。表情こそある程度隠し堪えたアランだが、顔の筋肉に大分引き攣る範囲が広がった。高音相手には奥歯を食い縛って耐えるしかない。

セドリックが慕われるのは良いが、許されるのなら耳栓をしたい。階段に差し掛かったあたりからは安全上の気を遣ってかセドリックの足をわざわざ引き留めようとする生徒がいなかったお陰ですんなり一階にまで辿り着けた。

そこから廊下を歩き出せばまた時間が掛かる。食堂のある広間と違う狭い廊下で、セドリックの道を邪魔しないように、しかし立ち止まって一目見たいという生徒が左右にわかれて敷き詰まる。

やっとのことでセドリックが職員室に辿り着いた時には、アランの聴覚は一時的に麻痺していた。


目の前のセドリックと教職員が恭しく挨拶を交わしているが、聴力に集中しないと上手く聞こえない。

若干頭を小槌で叩かれたような反響感覚に、爆弾が近くで落ちた時と同じ状況だなと冷静にアランは一人分析した。それほどにセドリックへの悲鳴と歓声はすさまじかった。

男性の歓声を塗り潰すあの甲高さが今も背後で響いているが、それでも特別教室と同様に教職員で悲鳴を上げる者がいなかっただけまだマシだった。


一か月間ありがとうございましたと、双方が同じ感謝を告げ合いながらセドリックも礼を尽くす。穏やかな声色だけでなく男性教師の野太い声も今のアランには耳心地が良かった。

気づかれないように深く息を吐き、耳の感覚が戻るようにと意識する。周囲の気配にも張り詰めながら、やはり正常な聴覚は早く取り戻したい。

今もセドリック達の会話の半分近くが耳を傾けないとはっきりとは聞こえない。顔を向ければ口の動きで「ありがとうございます」など簡単な言葉は想像がつくが、読唇術も持たないアランにそれ以上は難しい。

今日までの甲高い女性の悲鳴にも聞き慣れ全く怯まず平然としているセドリックを、アランはしみじみと純粋に「すげぇなぁ」と思った。自分には到底真似できない。


そう思っていると、何度も教師達が頭を下げるのを眺めながら既にその目が晴れているか充血していることに気付く。

声のガラつきは流石に今の自分の耳には拾えないが、明らかに涙ぐんだ後のそれが王族であるセドリックを惜しむが故にか少しだけアランは疑問を浮かべた。

特別教室の生徒や昼休みに集まった生徒にはそういった者はいたが、彼らの場合はどちらかというと……。



…………カラムかなぁ。



不意に、ここには既にいない一か月限定講師を思い出しアランは僅かに笑いが零れた。

セドリックを惜しんで早々にというのもあり得ないとは思わないが、既に涙目や鼻が赤いのを見てもカラムが先と思えて仕方がない。

三限後のネルに会った時にカラムを送る教職員達の集いに加わると聞いたこともあり、それは確信にも近かった。たった一か月で別れを総出で惜しまれるほどだとなれば、何人かには泣かれたのだろうことも容易に想像できた。

騎士団でも今や騎士全員に慕われているカラムには最初から想像できたことだ。実際、防衛戦後に一度自分とカラムが騎士団を去ろうとしていると噂が流れた時も三番隊を含める大勢の騎士がカラムを案じ、そして謹慎開けには迎えたのをよく覚えている。

今回もカラムを講師として残って欲しいと学校理事長から嘆願書が届いてもいる。


そう思い返せば、この場にいないカラムへ笑いたくもなったが今は口の中を噛んで我慢した。

セドリックが職員室を後にしようとすれば想定通り職員全員が見送るべく廊下まで出てきた。しかしセドリック自ら「見送りは結構です」と告げ職員室前に留め、とうとう後にする。

服を翻せば、昇降口まで再び悲鳴のオンパレードにアランは顎に力を込めた。校門前まで辿り着いても、今日はきっと人集りができてしまうともうわかっている。

昇降口を出て中庭を抜けて校門へと向かい、馬車が控える前で今度はプライド達と護衛のハリソンを待たなければならない。今日は彼女らにも別れを惜しむ同級生生徒もいると思えば、きっとまだ時間はかかるだろうと覚悟した。


「…………!お」


先に、セドリックよりも視力の良いアランが気が付いた。

変わらず王弟の背後に控えながら、校門前に並んでいる見覚えのある人物を目で捉える。軽く頭の横の位置で手を振れば、校門前の人物もぺこりと頭を下げた。アランから校門前にいる人物を伝えれば、セドリックは赤い瞳をきらりと輝かせた。

さっきまでの優雅な足取りと違い、僅かに急くように速足になるセドリックにアランも合わせる。

とうとうセドリック自身の目にもその人物達の姿も捉えられるようになったところで、セドリックは他の生徒には向けない響く声を張り上げた。


「ディオス!クロイ!どうした、帰ったのではなかったか?」


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