Ⅱ447.八番隊騎士は嘆息する。
「ノーマン!集中しろ、踏み込みが甘いぞ」
はい‼︎
監督側へ一声で返しながら、手合わせ相手にもう一度剣を振るう。剣技演習中だというのに集中力が削げた自分に腹が立ち、歯を食い縛って地面を蹴った。
騎士団長からのご厚意を断ってまで演習に参加させて貰えているのに足を引っ張るくらいなら居ない方がマシだ。今も俺と相対している騎士達の一人であるイジドアさんが、監督側から飛ばされた指示に反応して鋭い眼光を僕に向けた。
ただでさえ八番隊は完全実力主義。連携を必要としないからこそ単独の甘さも許されない。今度こそ踏み込みの勢いのままに剣を打ちつけ、二度三度と剣戟を繰り返してから相手の剣を跳ね返そうとする衝撃に乗って跳ねた。
足元に滑ることなく反撃の構えで着地すれば「よし!交代だ」と命じられる。背後に控えていた騎士と交代し、僕と入れ替わりにイジドアさんを含む騎士達へと挑みかかっていった。
数班に分かれて行う集団対単独の剣技演習。八番隊にとって重視される演習の一つだ。また最後尾列に並びながら、息を整える。
村の襲撃事件も、騎士団内では一区切りついて演習に戻れる騎士も増えた。プライド様が関わったとはいえ、盗賊全員が殲滅と捕縛されたことと人的被害が少なく済んだことは大きい。
お陰で村の住民は全員保護所に管轄が移り、捕縛された盗賊関係も早々に聴取を終えて城へと管轄が移された。焼かれた村の復興についても、城から補償が受けられる。
城の命令で衛兵や雇った業者が動いてくれれば、ある程度暮らしもできるようになる。もともと小さな村だし、きっと取り掛かれば時間もかからない。家財が燃えてしまったのは悔しいが、それでも命があったのだから幸運だ。……プライド様の予知がなかったら、きっと間に合わなかった。
『お願いします!その村まで案内して下さい‼︎ライラちゃんは安全な場所で待って、どうか私達をそこに……』
本当に何故、あんなことになったのか今でも考えようとすると混乱する。
まさかジャンヌがプライド様だなんて思いもしなかったし、寄りにもよってアーサー隊長まで居たなんて最悪だ。
騎士団でも騎士団長を含める極一部の騎士にしか知らされていなかったらしく、当日すぐに箝口令が出た。今も変わらずプラデストに通われているということが未だに信じられない。
もともとハナズオ連合王国の防衛戦に出陣されたり奪還戦では操られていたとはいえ凄まじい戦闘技術を見せたというプライド様だったが、まさか防具を何も持たず襲撃された村へ突入したなど自分で自分の記憶を疑ってしまう。しかもジャンヌという十四歳の姿でだ。……何故か、箝口令を出される前から騎士団の一部では驚愕以外に半笑いや苦笑したりとプライド様が参陣したことについては全く驚いていない様子の騎士もいたが。
いくら戦闘技術を持っておられても普通なら王女が無断で戦場にいる時点で驚くだろう普通は。
生ける伝説であるアーサー隊長なら、十四歳の姿でも充分参戦されたことには納得できる。大体プライド様を御守りするのに近衛騎士であり聖騎士であり騎士隊長であるアーサー隊長が同行するのは当然ともいえる。だが、仮にも王女であるプライド様がまさか一人であんな危険地帯に乗り込むなんて。
しかも、助けに向かった先は僕の弟であるブラッドだ。
あいつの〝拡散〟の特殊能力の難儀さは僕もそれなりにわかっている。もしブラッドが母さんの話していた通り火事になった家の中にあのまま残されていたらと考えると、今でも恐ろしい。
昔から特殊能力を制御するどころか、使うのを恐れて練習すらしようとしなかった。後から予知の「ブラッドの暴走」と聞いても全く否定できなかった。
実際に一度、村の子どもとの〝喧嘩〟で怪我人を出したこともある。僕も後から聞いた話しだったけれど、妹のライラまで意図せず傷つけたことをずっと気に病んでいた。
「よし、ノーマン。そろそろ抜けて良いぞ。行ってこい」
「!はい。ありがとうございます」
失礼いたします。代理監督を担ってくださっている副団長にそう礼をして、僕は一人演習を抜けた。
身内のことがあっても変わらず一騎士として演習や任務に加えて頂いている僕だが、以前から申請していたこの時間にはやはり演習を抜けざるを得ない。プラデストに入学したライラの様子を見に行くことだけは欠かせない。
しかも今は大事な時だ。家を失くした母さんも、一人宿で待っているブラッドも不安定な今、僕だけでも変わらずライラに会って安心させてやらないといけない。
先ずはライラ、そして別に休息時間を得たら母さんに会いに保護所へ。そして演習を終えたら買い物を済ませて宿に帰る。暫くはこれを続けるしかない。
せめて今日でプライド様の極秘視察が終わることが救いだ。……正直、もう遭遇したくない。
ライラも誕生日祝いがああなったことは怒っていないが、ジャンヌ達に馬車を乗っていかれたのを目撃されている。
その前後にハリソン副隊長に僕が襲われたり、寮に返されたり誕生会自体が延期になったりで印象は薄れているようだが、それでも万が一ライラが次会った時に正体を隠されているプライド様達へ不敬な言動をしたらと思うと今から心臓がぐらぐら揺れる。吐き気に近い。…………というか、もう既に三度も会っている時点で……。
「…………ッくそ、考えるな」
今はそんなことまで考えている余裕はない。
自分の髪を掻きあげ掴み、手首が眼鏡の丸渕にうっかり当たった。演習中じゃなくても、後から後から考えることが多過ぎて大事なことに絞らないとこのままじゃ動けなくなる。
やることは昨日と変わらない。ライラに会って、母さんに会って、ブラッドのところに帰る。今は騎士としての本分と家族のことだけ考えれば良い。家や今後の生活なんて休息日まで思考する余裕もない。それに、休息日にならなくても今後はもしかすると
『またお邪魔して良いっすか?』
……アーサー隊長が来る。
ブラッドが、家族以外とあんな風に仲良く会話するのも久々だ。僕も今は余裕がないし、弟の話を聞いてくれる人がいるのもありがたい。だが、よりにもよってあのアーサー隊長が来ることになるとは。
ブラッドを予知したプライド様に託されたのか、そうでなくてもアーサー隊長なら部下の身内に首を突っ込むことも納得はできる。
ブラッドにはアーサー隊長のことも色々話してきていたから、あいつも警戒するどころか喜ぶことも予想できた。まさか昨日だけで終わらず今後も会うなんてと思うが。しかも、……昨日の時点で絶対僕よりもブラッドの方がアーサー隊長と親しくなっている。
いや、アーサー隊長に対しては僕が悪いのはわかっている。それに僕と違ってブラッドは特殊能力のことさえなかったらずっと社交的だった。もともとは人見知りだってするような奴じゃない。
だけど直属の部下である筈の僕よりも、弟の方がアーサー隊長と交流を図れていると思うとまた無駄なことを色々考えてしまう。そんなことを考えたところで僕のこの性格が治るわけでもないし、今後が変わるわけでもない。それよりも明日だ、明日になればプライド様から直々に改めて騎士団に極秘視察についての説明もされると騎士団長が仰っていた。もうジャンヌ達に遭遇するかもしれないと心配する必要もなくなる。
今日さえ凌げば、もう僕は。
「…………。…………カップ。…………あと、何か帰りに買わないと」
また不要なことばかりぐるぐると考えそうな頭を一度止めた後、自分でも譫言のような声で独り言が出た。
髪を絡める指に少しだけ痛みを与えるように力を込め、降ろす。肩が上がるくらいに大きく息を吸い上げてからまた吐き出した。ライラに会うのに情けない顔なんて見せられない。
演習場の門を抜け、意識的に姿勢を伸ばして城門へと向かう。夜、帰りがけに三つ目のカップと何か無礼にならない飲み物を買い込んで置かないとと自分の頭へ反復するように書き込んだ。
アーサー隊長が紅茶派か珈琲派かも、僕は知らない。




