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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り少女と拝辞

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Ⅱ445.騎士隊長は巡り、


「…………っと、そろそろ戻るか」


廊下を歩きながら、扉から見えた教室の時計に一度足を止める。

プライド様警護の為に中等部を多めに巡回してたけど今は高等部の一階だ。このまま中等部の一階の職員室を回ってから戻ろうと思ったけど、そろそろセドリック王弟の特別教室に戻らねぇと。寄り道せずに中等部の階段を上がればもう一回ぐらいはプライド様達の教室を見回っていける。

三限後の休息時間にはハリソンと代わらないといけねぇし、アーサーがプライド様の傍にいない一限後と違って三限後はなるべく余裕をもって戻るようにはしてる。合間の休み時間は短いし、プライド様達が教室にいる間に俺が交代しねぇとハリソンは休み時間にプライド様を探し回るところから始めないといけなくなる。

それに今日は特に、昼休みだけじゃなく隙あらばセドリック王弟との別れを惜しもうと特別教室の生徒は集まってくる。……から、遅刻するとハリソンの機嫌が悪くなるし貴族生徒相手にも威嚇する。

職員室方向に進めていた足を返し、階段のある方向へ向かう。走ればすぐだけど学校じゃそうもいかない。


……にしても、今日は妙だなぁ。


ふと頭にぽんぽん浮かんでくるのは、今日一日だけで妙過ぎるプライド様達だ。

一限から早速いつもと席順が違うし、プライド様は今まで大して関わりを持ったことも殆どない筈の生徒相手に筆談してた。しかも三限には相手が変わっていた。

その上、三限になった途端アーサーもステイル様も挙動が妙におかしい。一限中は単にプライド様と男子生徒の筆談を警戒してるか気になってるかくらいだったのに、三限後になった途端アーサーは顔色が悪いしステイル様は一限の二倍は眉間に皺が寄っていた。

二人とも殺気は感じなかったし、緊急事態ってわけじゃねぇよなとは思うけど。さっきの男子生徒がプライド様に筆談以上何かやらかしたんなら、それこそもっとアーサーの意識もプライド様に向いてるだろうしと思う。


いつもと違ってプライド様の左右にどちらもいねぇし、一応いつもより教室の前を通る数を増やして足も止めてるけどこれ以上のことはわかんねぇ。

後は帰城後にアーサーに聞いてみるか。せっかく最終日だし今日も部屋飲みに誘うかな。ステイル様も多分来るしまずいことじゃなかったら話してくれるだろと適当に考える。

それにもっと急を要することだったら、また俺達の誰かに指令も来る。なんだかんだでプライド様もステイル様も昔より俺らを頼ってくれることは増えてる。


「…………筆談かぁ」

歩きながら、ふともう何度か見たプライド様と生徒の筆談を思い出す。

授業を解説でもしてんのかなとも思ったけど教師に隠れてるようにも見えたし、二人の顔色を見ても授業とは関係ないような気がする。

ステイル様が睨むのも一限でアーサーの落ち着きがなかったのも無理はない。俺が見てる限り、二人とも今までプライド様とそういうこと一度もやってねぇし。


俺ならやるけど。


そう考えた途端、首の後ろを搔きながら思わず笑う。エリックの考え方が少し移ったかもしれない。

俺もアーサーと同じでずっと机に噛り付くって類じゃねぇし、多分授業によっては寝るか飽きる。そしたらプライド様の隣無理やりでも捥ぎ取ってあんな風にやり取りしたがるんだろうなと思う。カラムには言ったら怒られるだろうけど、教師に隠れてとかも含めて結構楽しそうだ。

まぁ俺の場合プライド様がただの美人の同級生ってだけじゃ最初から興味沸かねぇし何も始まらないか。


あのプライド様相手に頑張ってる生徒も、ステイル様とアーサーがいなかったら色々もっとやりたいことあったんだろうなぁと思う。そういう意味でもプライド様の同級生を二人用意したのは正解だった。

そうじゃなかったら筆談なんて可愛いもんじゃ十四は済まない。さっき俺が最後に見た時にはプライド様が軽く相手の机を蹴ってたから、何か怒らせたか逆に仲良くなったかとどっちかだろう。


「…………おっ」

そんなことを思っていたら、ちょうど目の前の教室から女子生徒達が出てくるところだった。

移動教室だから少し早めに終わったらしい。ぞろぞろと出てくる生徒を前に一度足を止めて途切れるのを待つ。最初は騎士相手にかなり畏まった様子の生徒だったけど、最近は少し見慣れたのか頭を下げるだけじゃなくて「お疲れ様です」と言ってくる奴も増えた。

俺も軽く手を挙げて返せば、背中を向けられた後にまた「あの騎士様が選択授業の?」「違う、セドリック様の」とこそこそ話し合うのが耳に入ってやっぱりちょっと面白くなる。騎士団じゃ俺とカラムを間違えるなんてそうそうないけど、ここじゃわりとある。

男子生徒と違って女子生徒はカラムに直接会う機会もないから無理もねぇのはわかる。やっぱ一般人には何よりこの騎士の団服が一番印象に残る。

生徒の列が途切れ、そろそろかなと足を前に出せばそこで人影がもう一人続いた。まだ残ってたかとすぐに足を止めれば、今度は見覚えのある女性とそのまま目が合った。


「あら、騎士さんの。見回り巡回お疲れ様です」

「あ、どうも。カラムから聞きました、先日は挨拶もできず申し訳ありませんでした。ネル・ダーウィン殿」

お会いできて光栄です、兄君には大変にお世話にと挨拶を続けながら頭を下げる。

今日が初対面じゃないけど、この人がまさか副団長の妹さんだと知ったのはつい最近だ。…………いや、あの時はほんっっとにマジで驚いた。

プライド様が高等部の生徒に捕まった時とか、カラムが連れてきてくれたとはいえ副団長の妹さんに服縫わせたとか普通に考えて流石に焦る。

俺からの挨拶に「お気を遣わず……!」と焦ったように両手を胸の前で振るネル先生はきょろきょろと周囲へ首を回した。人目を気にするような動作に、そういえばもともと隠してたんだっけと思い出す。

俺だったら副団長が兄貴とかすげぇ自慢して回るけど、やっぱ人によって事情は違う。


「私のことも、他の講師と同じく〝ネル〟でお願いします。生徒にも学校にも話していないので……、私こそ黙っていて申し訳ありませんでした。兄がお世話になっております」

とんでもありません、と下げられた頭に俺も同じ動作で返す。

最初に会った時とは別人みたいに細い声で言いながらきょろきょろと耳を立てられるのを気にする様子に、俺から「ネル先生」と取り合えず元通りに呼んでみればほっとした笑みを見せてくれた。細い眉が垂れていたのが両方上がる。

その様子に、いま居合わせたのが俺で良かったとこっそり思う。ハリソンだったら本人にどう言われても、副団長の妹相手にすんなり適応できるかわからない。

確かネル先生が副団長へ会いに騎士団演習場に来た時も、信じられないほど尽くしていたと騎士達が話していた。俺は運悪く見損ねたけど、あいつのことだから副団長の妹なんてそれこそ王侯貴族より上だったんだろう。騎士団長の息子であるアーサーだってあんなに可愛がってるやつだ。


「この時間に出てくるなんて珍しいですね。今日は用事でもあるんですか?」

これ以上副団長の話題も困るだろうし、騎士と講師としての会話に俺から戻す。

副団長の妹さんと思うと緊張するけど、本人が講師扱いで安心するなら俺もそれで良いと思う。人に聞かれても良い会話になれば、「ええそれは」と安心したのか声もいつもの大きさに戻った。

今思い出したようにさっきまで手放していたトランクを手元に引っ張り、話しながら出てきた被服室の扉を施錠し始める。

いつもはこの時間に巡回で通り過ぎても、ネル先生が出てくることは滅多になかった。このひと月じゃ多分プライド様に城へ呼ばれた日くらいじゃないかなと思う。

移動教室の為に生徒は少し早めに出てきても、教室を覗けばネル先生は一人で作業してることが多かった。今思えばあれも商品とかを地道に作ってたんだろう。

刺繍っつーか裁縫ってめんどくせぇし時間かかるし肉体労働より肩も目も腕も疲れるから、やっぱり時間がある時にやらないと間に合わないんだろうなと思う。あれをずっと仕事にしてる職人って純粋にすげぇと思う。俺もできないわけじゃないけど、プライド様が最初に逃げた気持ちも少しわかる。


「……なので折角お誘い頂きましたし、私も無関係というわけではありませんから」

せめて同席くらいは。そう理由を語り終えて笑うネル先生はもういつもの表情だ。

絶対喜びますよ。わざわざありがとうございます、と今度は講師のネル先生へ向けて笑いながら頭を軽く下げれば、ふふっと口元を隠して小さく笑った。まじまじ見ると、こういう笑う感じも少し副団長に似てる気がする。髪色は一緒でも、男と女だし瞳の色も違うしであんま兄妹で顔の似てる似てないなんかわかんねぇけど。

それでは、とそこでぺこりと頭を下げたネル先生が俺が向かうのとは別方向に身体を向けた。

鍵を締め切り、でかいトランクを転がして職員室に去っていく姿を数メートル分だけ見送る。



「…………そういや、ネル先生にはもう言ったのかな」



階段へと歩を進めながら、ふと今度は疑問が口に出る。

確か最終日は回りたいところも挨拶したい人も大勢いるってプライド様が昨日言っていた。俺がジャンヌ達の親戚っていう設定を知ってるかもわかんねぇけど、ネル先生のあの感じを見るとまだ知らされてないのかなと思う。

そんなことを考えながら、また別教室の時計を覗くともう授業終了まで二分しか残っていなかった。


プライド様のところへ寄るのを諦め、授業を終えた生徒が降りてくる前に階段を二段飛ばしで駆け上がった。


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