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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り少女と拝辞

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そして義弟は嘆く。


プライド自身席に着いた後も授業が始まるまで、隣と机が付けっぱなしだったことも隣の人物が変わっていたことにも茫然として気付かなかった。


ちょんちょんと指でプライドの腕を突き、ノートを広げた彼女にペンを掲げて笑いかける動作だけで意図を伝えた青年だ。今も目さえ向けなければ真面目に授業を受けている生徒と思えるほど大人しい。

プライドも最初は隣の席が変わっていることに驚いたが、ノートの紙面を貸せば「僕も筆談して良い?」というお誘いだった。

既に一人目に許可をしてしまった以上、断ることにも気が引けたプライドが親指と人差し指で「ちょっと」の動作で了承を伝えればこの上なく静かに筆談は行われた。


文字への嗜みに意欲的な生徒だった。

しゅるりとペンを紙面に滑らす音はアーサーの耳にも掠ったが、目立つ音でもなくほとんど無音だ。

講師の授業をお互い聞きながらも時折気が付けば返事が書かれている程度の往来は、落ち着きもあり授業を阻害する罪悪感も少なかった。

下級層出身のその青年が、覚えたての文字を書くこと自体に時間がかかったこともある。教師も、アーサーも、そして他生徒も三限前の余波の影響で全く気にならないし気が付かない。


ステイルを除いて。


「……………………………………………………」

じぃぃ、と横目で盗み見るようにプライドと筆談する青年を確認する。

二限の選択授業でマルクに席を変わって欲しいと言っていた一人である。既にある程度想定はできていたが、まさか当然のようにジャンヌの隣で待ち構えているとはと思う。

生徒同士の席交換は禁止されていないが、この調子で四限でもジャンヌの隣が変わるのかと思うと今から落ち着かない。

まさか二度も男子生徒に抜かりを食らうとはと、ステイルは静かに敗北感が足に引っ掛かる感覚を覚えた。


アーサーも恋文の件の所為で背後に警戒をしていない。単なる合意の筆談であれば護衛という面でも問題ないのだが、それでもステイルの目には余計に危機感が強い。まだプライドの恋文問題も解決していない。


アーサーが恋文に動揺するのも無理はないと思う。彼

がわざわざ手紙を開いた理由は納得できたが、アーサーにとっては予想をしていなかった奇襲だ。

しかもあのアーサーが恋文なんてものを直面して全て短時間で読破し内容を飲み込んだのだと思えば、姿勢の綺麗な背中の内側は凄まじく動揺と余計な気負いと責任感で渦巻いているのだろうと理解する。中には〝自分と同じような〟趣旨の手紙が入っていてもおかしくない。

そうなれば今も一人アーサーが頭を抱え出したのも無理はないと眼鏡の黒縁を指で押さえる。


─ 手紙の授業はもっと真面目な科目だと思ったんだが……。


プライドやジルベールと同じく授業のカリキュラム内容を把握していたステイルは思考だけで溜息を吐く。

プライドが恋文と聞いた時は本気で戸惑ったが、自分の机の上にある手紙に対しては逆に全くの平常心だった。むしろ恋文とはいえ、結局は生徒達にとってこういう扱いのものかと妙に落ち着いてしまった部分もある。

王族であるセドリック相手ならまだしも、自分やアーサーのことを殆ど知らず接点もない内から送るような恋文だ。そう思えば、差出人側も本気というよりある程度王侯貴族と同じ戯れに近い気持ちで書いて置いたのだろうとすら思ってしまった。……アーサーの意見を聞くまでは。


結果として自分も速読で読み切ったステイルだが、読めばまた今度は頭が痛くなった。

恋文自体受け取っても差出人によっては目を通すことすらしないステイルだが、それでも今回の恋文は悪戯心が強いと考える。情感をもって訴える内容や詩的な表現は貴族の令嬢達から貰う恋文にも近く、見慣れた内容なのが逆に驚いた。使いまわしが被っているものも見つければ、教師が何かしら手本を提供したのだろうかと検討づけた。王室教師からそういった文学面の教養を受けた自分なら未だしも、アーサーには解読すら難解なのではないかという表現もいくつか見て取れた。


─ ……それにしても。


改めて恋文の中身を思い返しながら、勝手に眉間が狭まった。

横目で資料本に隠れ、プライドと青年の文通を監視する。アーサーが振り返れない分自分が視界に捉えるが、やはり思考は別の方向にも蝕まれた。

アーサーを見習って速攻で目を通した恋文だが、今は少なからずそれを後悔した。

ただの恋文ではなく、アーサーと同様にステイルもまた一風変わった手紙が紛れ込んでいた。その内容を思い出せば出すほどに、ステイルは人目も憚らず机に突っ伏したくなった。アーサーと違い女子からの好意も自覚している。断ることも受け流すことも社交として慣れている。単なる自分への想いだけならここまで頭を痛めることは



〝二股だけはやめてね〟



「〜〜〜〜っっ……」

な、ぜ、だ‼︎と。

ステイルは口の中を噛みながら、机の上に置いた拳に力を込める。

何枚かは間違いなく自分への恋文。〝故郷にいる恋人さんのことは知っています〟〝それでもただただ私の恋心が〟〝まだ見ぬ人に胸が〟と語られたが、幸いにも一方向の恋心を伝えるだけで恋仲までの打診はなかった。

その部分だけ見れば、故郷の恋人効果だろうと思う。しかし結果として予想外の汚名までかけられてしまったのは流石にステイルも不本意だった。


〝故郷の恋人さんが可哀想で〟〝心の置き場に貴方は気付いてますか〟〝どうか故郷を思い出してあげて〟〝愛しい人は一人に〟と、明らかに自分が故郷の恋人とジャンヌにせめぎ合っていることが前提とされていた。

ティアラの存在を仄めかしたのは自分だが、まさかプライドまで巻き込まれるとは思わなかった。

せっかく誤解と女性からの興味も削ぐ為に恋人がいることにしたのに結果として二股疑惑をかけられるなど、と手紙を読み終わってから既に十以上考えた。


しかも、正体を知らないとはいえ年端もいかない十四の少女達に人としての誠実さを説かれてしまった事実に居た堪れなくなった。

アーサーと比べたら絶対自分は目立たないように振る舞えていたと思う。アーサーならば未だしも何故俺までそんなと、匿名であんな説教めいた手紙を寄越した女生徒達をいっそ特定して問い質したい。

恋人設定はプライドと一緒に行動していても誤解も女性問題も起こしたくなかったからなのに、まさか二股と思われるくらいなら最初からアーサーのように小細工なしでいれば良かったと思う。

少なくともアーサーは自分と同じ誤解を受けていないであろうことだけが救いだった。第一王子がそんな風に思われたことも恥だが、聖騎士で相棒でもあるアーサーにそんな不誠実な誤解は絶対受けさせたくない。


「………………」

ちらりとそこでステイルは視線をアーサーへとずらす。

時々丸まり、また背筋を伸ばしているが、肩に妙に力が入っているのが背後からわかった。自分はさておき恐らくアーサーは女生徒に断りの時間も必要になるだろうと考える。

どうせ生徒の名前も全員は覚えていないだろうアーサーに、差出人には悪いが自分がこっそりどの人物か教えてやらなければならない。たったひと月の仲である女生徒達にも誠意で返す彼がこの後考えることは想像がついた。

よくも悪くも、二股の容疑がかけられているステイルに三人目の女希望を出すような不毛な女性はこのクラスにはいなかった。

故郷に彼女が居ても貴方が好きになりましたという旨はあっても、そこで全てを差し置いて自分を選んでまでとは思わない。しかも故郷の恋人からフィリップを奪えても、次はジャンヌが待ち構えている。


ネルへの挨拶とレイとの邂逅、そしてアーサーの要件を放課後までに済まさなければならない。その後にもまだ用事があると聞いている。

頭を整理しながら視線をまた戻せば、恋文を受けた自分とアーサーに対しプライドは今も文通中だ。


静かに文通……筆談する二人を眼鏡の奥で注視しながら、結局席交換の権利を得たのは彼なのかと思う。

マルクと同じく、二度ほど自分達と一緒に校門前まで帰った青年マクシミリアンだ。にこにこと楽しそうに顔を綻ばせながら時折ノートへとペンを泳がせる彼の姿に、自身は若干の羨みがある。

プライドと筆談はしたことがあっても授業中は真面目に受けることが前提だった為、今まで一度もあんな風なやりとりはしなかった。

今はマルクの時よりは落ち着き払っているステイルだが、まさか最終日でこんなに一手も二手も取られるとなると、本当に彼らは今日が最終日だと知らないのだろうなと勘繰りたくなる。


─ …………こんなに一日が長く感じるとは。


四限にもきっとまたプライドの隣が変わるのだろうと思えば、それだけでも疲労がどっと出た。予知した生徒も見つけ出し、後は平和に過ごせる筈だったのに何故こんなにと。


音に出ないように今度は実際に口から溜息を吐き出しながら、ステイルは視線を机へと数秒俯けた。


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