表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り少女と拝辞

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

680/1000

Ⅱ444.騎士は混迷し、


「……であり、知っている人も多いかもしれませんが我が国で代表的なのはアネモネ王国が最初に上げられます。隣国としても代表格の国ですね」


三限授業。男女共有の選択授業が進む中、教室は未だ熱が収まっていなかった。

二限に行われた女子の選択授業による恋文作業と、その直後によるハナズオ連合王国王弟訪問最終日における昼休み。差し詰めパレードのような学食前の騒動は中高部で持ちきりの話題になった。

殆どの生徒が恋文という名のファンレターを記載した中、この教室では更に話題が重なった。昼休みの誰もが出払っている時間帯に二人の男子生徒に明らかな女子生徒による好意の意思表示が置き残された。

それだけでも盛り上がったにも関わらず、本来一般人が受け取り慣れていないはずのそれを結果的に両者が三限前までに読破したことも注目の的だった。

机の恋文にどんな反応をするかと思った生徒達の期待を二度三度とひっくり返し、講師が授業にたどり着いた時には校内のどの学級よりも騒然としていた。


「フリージア王国が属する大陸でも国としては小国と呼ばれますがその輸入、輸出数ともに他国と比べても圧倒的です。近年では全大陸でも指折りであるとされており……」

地理や国外事情を学ぶその選択授業は大勢の生徒の興味を引いたが、それでも暫くは熱が残ったままだった。

ちらちらとステイルやアーサーに振り返っていた生徒も、今こそ講師に集中したが始まった当初は気になって授業どころではなかった。

今は比較落ち着いたのも、恋文を読破し終えた二人が授業開始と同時に大人しく授業を受けていたお陰である。

恋文の内容を頭で反芻するアーサーも、授業が始まってからはリュックにしまい込んだそれを一度も取り出さない。ただし


─ ……ンであんなわっかンねぇ言い回しばっかなんだ……?


脳内では目まぐるしく恋文の内容を反芻しては疑問符ばかりが浮かび続けていた。

誰かに見られているようなヒヤリとした感覚に無意識にも姿勢が伸びてしまいながら、アーサーは唇をきつく結ぶ。便箋の中に書かれていた女生徒の名前すら憶えていない名前が殆どだった。

男子生徒は大体覚えられたが、正直クラスの女生徒で名前を覚えたのはアムレットと先ほど話しかけてきたハリエットだけである。あとでステイルに恥を忍んで聞こう、とそこまでは覚悟がついたがお陰でどの女生徒を思い浮かべれば良いのかも今はわからない。

しかも贈られた恋文の中身が難解だったことと、予想を斜め向こうに上回る内容だった所為で今にも頭を抱えたくなった。


最初は、本気でただの手紙だと思った。セドリックへのファンレターの嵐も、ヘレネから聞いた恋文授業も、それをプライドが選択授業で受けたことも覚えていたアーサーだが、そこでまさか自分にまで縁があるとは毛頭思わない。

むしろジャンヌと一緒にいることでの男子生徒からの妬みや、果たし状の類かと思ったくらいだった。

しかし一枚目を開けば、どうにも難解な言葉並びの後に書き綴られたのは「良かったらお付き合いしたいです」というシンプルな要件だった。

それまでの「風の吹く先に花がありました」「空は何故あんなに広いのでしょう」「あの青さを見ると胸が高鳴ります」という謎の要件を最初に並べたのは何だったのかと尋ねたい気持ちは未だにある。最後のその一文が本題ならいっそそれだけ書いて欲しかったと思うが、何はともあれ自分宛の気持ちを込めて書いてくれたのだろうと思えば無碍にも思えない。


当然付き合うなどできないが、もし他の手紙も同じ要件ならばと慌ててなんとか確認すれば今度は別の謎かけまで出てきた。

「深紅に胸が痛くなる」「忘れられない残像、忘れられない降った君」「届かないのに手を伸ばしたくなるものを知っていますか」「人の心ってどこでしょう」と、それぞれ苦情なのか質問なのか独り言の詩なのか自分はどう答えれば良いか最後までわからないものまであった。一体どんな授業だったんだと今度は講師に問いたくなった。

内容が詩的なものであればあるほどにアーサーの理解から遠のいていく。言いにくいことを遠回しにしてしまうのはわかるがと思いつつ、考えるよりも読破を優先したアーサーは余計に後からこんがらがった。


─ とりあえず、付き合ってくれみてぇな内容のは三通だけ……だよな?


他のはただただ恋心を書き綴った内容。そこから自分とどうなりたいかまでは書かれていない。

難解さはあったが、とりあえずは好いてくれているのだろうかというくらいにアーサーは判断した。どの手紙にも遠回しに「ジャックにはもっと大切なものがあるのは知っている」といった旨がどこかしらに書かれていたのだから。

事実とは別に、多分眼鏡を外して見せた時のを聞いてたのかなとだけアーサーは自己完結した。自分に恋人はという問いに答えただけだが、結果としてこうして返事をするまでもなく自分が恋人は考えていないと判断してくれた女子がいるのなら明言していて良かったと思う。

流石に今から差出人全員に断るのは時間的に難しい。そして置かれていた手紙はそれだけではない。恋文ばかりだと覚悟をして読んだ手紙の中には不意打ちが二通も混じっていた。


〝ジャンヌを目で追ってる貴方が好きです〟〝ジャンヌを抱えて走り去ったのが王子様かと思ったの〟〝あの子ばかり頑張ってるのが見ていて辛い〟〝彼女と腕を組んでいたのを見た朝は一日幸せでした〟〝振られても諦めてはいけないと思います〟


─ すっっっっっっっっげぇ見られてた……‼︎‼︎

その事実に、改めて手紙の内容を思い出せば顔が炙られるように熱くなる。

明らかに顔色が変わってしまったであろう自分の顔を俯き片手で鷲掴み、指に食い込むほど力を込める。

〝ジャンヌ〟と〝ジャック〟に対して様々な憶測や誤解が積まれていることはわかっていた為、その内容自体にはそこまで驚かない。しかし、事細かく自分とプライドとのやり取りを記載された手紙はまるで観察日誌のようだった。自分が定期的に騎士団長へ提出している八番隊報告書よりも細かいんじゃないかと本気で思う。

いくらか誤解も含まれていたのは諦めるとして、他生徒にはこんな風に見えていたのかと思えば恥ずかしさが込み上げた。このたった一か月の間にどんなことがあったのかを文字に改めて起こされるだけでも恥ずかしいのに、他者の主観で妙に色恋らしく書かれていたのが余計に読んで息も絶えかけた。


何故自分のことを書くのにプライドをそこまで添えるのか、一緒にいるならステイルの方が選択授業で一緒じゃねぇかと最初は思ったが、彼女達が〝ジャンヌ〟と〝ジャック〟の応援をしているのだということは読み終えればわかった。詩的な書き方は自分宛の恋文として読めなくもないが、他の恋文とは明らかに熱の方向が違った。

彼女達の下書きを確認した講師すら、それが〝恋の応援〟か〝想い人がいる人を好きになった恋文〟かの判断は難しかった。

とりあえずこの二通は返信は不要、むしろ顔を合わせられないと既に五度目の整理を頭に叩き込みながらアーサーは顔の熱が引くのをまた待った。呼吸を整え、授業が終わったら放課後までに付き合い希望の彼女達にしっかりと返事を告げないとと思う。


「…………断り方とか、わかンねぇけど」


口の中だけで音も出さずぼやきながら、アーサーは眼鏡の蔓に両手を添え眼鏡の位置を直した。

告白など、自分の記憶では十四歳の頃どころか今まで一度もされたことがないから断ったこともない。なんで十四歳の姿に戻った途端にこうなるんだと思うが、きっと背が高すぎる所為か容姿の目立つステイルの友人だから良く見えてしまったのだろうと思う。

十四歳の少女達にとってもどうせあと五、六年経てば懐かしい程度の思い出になるに決まっているが、それでも勇気を出して伝えてくれた分はちゃんと答えたい。自分には二度目の十四でも、彼女達には最初で最後の十四歳なのだから。

嘘は避け、誤魔化さずにきちんと納得できる理由で断ろう。そう考えながらアーサーは授業以上の難問に思考を傾け続けた。


一限では気になっていた筆談も、今は全く気にならない。


「………」

「……~~、……」

何故なら、無音なのだから。

カリカリとペンで紙を引っ掻く音もしない。他の生徒と同じ全く目立たない力の入らない筆談だった。

アーサーの背後の席でペンを動かすプライドは、一限目と別の人物と筆談に勤しんでいた。背中を向けているアーサーも、一限のように囁き声や目立つペン音があれば異変に気付けたが、他の生徒に溶け込んだそれに今だけは難題の方が頭を占拠していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ