Ⅱ441.嘲り少女は食べ始め、
「本当に凄かったわぁ。今日が最後なのはディオスちゃん達も話していたけれど、あんなに人がたくさんでびっくりしちゃった」
ふふっ、とフォークを片手に小さく笑うヘレネは改めて食堂の入り口へと視線を投げた。
食事を用意し終わり、ヘレネと無事合流できたプライド達はようやく昼食を始めていた。ヘレネ以外全員が昼食持参組の中、プライドもいつも通りサンドウィッチを手に彼女へ相槌を打つ。
本当ですね、と思い出し笑いを零しつつさっきアーサーに救助されたことをパウエル達に話す。髪を整え終えた後はステイルに席を譲られ、今は真ん中の席に腰を下ろしていた。
向かいにネイト、向かって左にヘレネ、右にパウエルへと向かい合いながら話に花を咲かせる。六人という大人数で食べるのも初めてだと思えば、それだけで気持ちを浮き上がった。
この後の言いにくさも、せめてこの賑やかさが紛らせてくれればなと思う。
「ただの食堂なのになんでここで群れるんだよ……。王族見たけりゃあ特別教室に行けば良いだろ。大体なんて王族とか貴族まで俺達と同じ場所で食うんだよ……」
「安易に王族を見るためだけに特別教室へ行くのが躊躇われるからこそ、食堂に集まるのでしょう。あと、特別教室の生徒でもわざわざ食堂に降りてくるのはセドリック王弟ぐらいだと思いますよ」
他の貴族はセドリック王弟目当てでしょう、と一口分喉に通したステイルの言葉にネイトもムッと唇を尖らせる。
文句ばかり言いたいだけで、頬杖を突きつつ母親が持たせてくれたパンに噛り付く。少し硬く焼き過ぎたパンだが、ネイトには食べなれた食感である。
いくらセドリックが友好的でも、ファーナム兄弟のようにわざわざ呼ばれてもいないのに特別教室へ行ける生徒など少ない。ジャンヌ達のように騎士講師の付き添いや、ネイトのように隠れ逃げる手段を持っていなければ貴族に目をつけられることを恐れて近づけないのが普通である。
そんな中でセドリックに会えるのは登下校の最中か、もしくは昼休みに食堂へ降りてくる時くらい。その限られた時間の中で、特に逃しにくく話しかけやすい昼休みを誰もが狙うのは当然だった。
本当はこんな人が多い時に限って食堂なんかにと、ジャンヌ達にも文句を言いたい。しかし隣に座ってきたヘレネが食堂でないと食事を食べられないと言われれば、歯も向けなかった。
初対面の高等部生徒であることもそうだが、あまりにも弱弱しく柔らかな印象の女性相手に怒るのは流石にネイトも躊躇った。合流した時から「待たせてごめんなさいね」「ネイト君って言うの、初めまして」「素敵な眼鏡ね」「あら、ジャンヌちゃんのも⁇ゴーグル?すごいわ、器用なのね」と褒めちぎってくれた相手である。
自分より遥かに大人っぽい女性に頭から褒められれば、尖った感情を向ける気にもなれなかった。それどころか、初めからデレデレ調子に乗ってしまいそうなのを誤魔化すことで必死だったくらいである。
「ネイト君、それだけで足りる?良かったら私の食事半分食べてくれないかしら」
「えっ、あ……食う」
今も、昼食に広げた丸パン二個とゆで卵の並びを覗き込んだヘレネは、自分の分の食事をネイトに差し出す。
良かったらジャック君達も、と言いながらヘレネが差し出したのは学食の日替わり定食である。サラダとパン一つそしてメインの肉料理という、生徒の昼食としては豪華な並びである。特待生で好きな昼食一品選べるヘレネだが、今日はいつもより遥かに量の多い料理を敢えて選んでいた。
美味しそうな料理を前に、正直に鼻先を近づけてしまうネイトに「男の子だものね」と微笑むとそのまま遠慮しないでとフォークを差し出した。
「いつもね、日替わりランチがとても美味しそうで気になっていたのだけれど……まだ全部は食べきれなくて勿体ないから。今日は男の子がいるから嬉しいわ」
にこにこと上機嫌に微笑むヘレネがそこで言い切る前に、ネイトは渡されたフォークで肉を突き刺した。
遠慮なく大口でそのまま料理を頬張れば「うまっ‼︎」と噛み砕いている途中で口を開いた。行儀が悪いですよ、とステイルに注意をされるがそれも構わずもう一切れにまでフォークを伸ばす。
あまりの勢いにジャック達の分がなくなる心配をしたヘレネだが、アーサーもパウエルも「いやネイトに」と断った。ステイルに至れば「僕はこの量がちょうど良いので」である。
見事に初日からネイトを天然で餌付けているヘレネに、プライドも流石は二人の弟達の姉だなと扱いの慣れを感じてしまう。
ばくばくと勢いよく食べるネイトに喉を詰まらせないかとアーサーも心配になりながら、横目で騒ぎの渦中がとうとう食堂の入り口へ足を踏み入れ始めたのを確認した。
遠目でもアーサーの視力ではまるで花吹雪のように白い封筒がヒラヒラ揺らされているのが見えた。
「……そういやぁ、あの手紙って今日ジャンヌ達が選択授業で持ってたのに似てますよね」
手紙⁇と、直後にステイルも視線を合わす。
発言した直後に大口でサンドウィッチを頬張ったアーサーは、すぐに返事はできなかった。雑に噛み砕きごくりと音がなるほど一気に飲み込んでから「アレだアレ」とステイルの視力では追えない先の手紙吹雪を指さした。
セドリックへ手紙を渡そうとする女子生徒に揉まれ阻まれたことを語れば、それを聞いたプライドの肩がぎくりと揺れる。ちょうどさっき、自分の授業が手紙だったと二人に話した後である。
眉間に皺を寄せるようにステイルは目を細めるが、入り口から遠い席では視力が悪くないステイルにも細かいところは見えない。しかしアーサーが言うのならば間違いはないのだろうと検討づけた。
「今日が選択授業も最終日だ。ほぼ全校女子生徒がその授業を受けたのだから、きっと最初からセドリック王弟に差し出すつもりで授業を利用して書いたのだろう」
流石の人気だ。そう言い切って自分もパンを最後の一口を頬張った。
女子の選択授業でどのようなことがあったかは知らないが、手紙の書き方を習う中で一生に一度会えるかどうかわからない王族に手紙だけでも書いたことはステイルにも容易に想像ついた。
そういえば二限後にも、いつもより自分達の教室の女子生徒も退出を急いでいる生徒が多かったと思えばこれかと納得できた。逆にずっと教室に残っていた生徒のことも気になったが、今は考えないことにする。
ステイルの言葉にパウエルも「そういえば」と数日前の記憶を思い起こせば、なんとなく覚えもあった。
あまり自分も興味はなかったが、授業後に女子が妙に白い封筒を手に盛り上がっていた様子だけを思い出す。あいつらも今食堂のどっかに来てるのかなと考えれば、同じクラスのヘレネも「ああ、そうそう」とネイトからサラダだけを確保して口を開く。
「とても楽しい授業だったわ。セドリック王弟殿下に書くって、教室の女の子達大盛り上がりだったもの。ジャンヌちゃんもセドリック様に〝恋文〟書いた?」
ゴフッッッ‼︎
最後の言葉を引き金に、次の瞬間プライドの左右が噎せこんだ。
向かいに座っていたヘレネとパウエルも突然のことに目を皿にしてしまう。一度大きく噎せた後も、気管に入ってしまったようにゴフゴフと小さく上体ごと小刻みに揺らして息を整える二人にどうしたのかと思う。
咳き込む口を片手で覆うステイルも、胸を拳で叩き鎮めようとするアーサーも呼吸困難とは別に顔まで熱を帯び出した。
「なにやってんだよ」と、あまりに情けない姿の二人にようやくネイトも食事から視線を外して怪訝に顔を歪める。
パウエルが慌てて席から立ちあがり「大丈夫か⁈」とステイルの方に回り込み背中を摩る中、プライドも一拍遅れてアーサーの背中を摩った。確実に二人が噎せたのが自分の所為だろうと理解する。
冷たい汗が額に滲むのを自覚しつつも今はパウエルと共に二人の救助に努めた。
あらあらあら、とのんびり頬に手を当てるヘレネだが、自分の発言よりも二人が息を詰まらせたのが揃ったことに関心する。双子であるディオスとクロイには珍しくないが、兄弟でもない二人が反応をぴったり合わせるのを見ると流石親戚ねと的外れなことを思う。
「ジャンヌちゃんもジュリエット先生に恋文書きましょうって言われなかった?それとも高等部だけだったのかしら……?」
「いえ、……はい。そう言われました」
しらばっくれたかったが、どうせ確認すればすぐにバレてしまうことである。




