そしてやり遂げる。
「ジャンヌは誰に書く?私は皆と一緒でいいかな~って。でもジャンヌはジャックだよね⁇」
えっ。
何故か私だけ確定事項にされてしまった。なんだろうこの周囲の乗りに合わせるのを許しませんみたいな空気は。この子に限って虐めようとしているわけじゃないと思うのだけれども。
今だって嫌味というよりも反対のホクホクと楽しそうな顔だ。
もしかして今までのアーサーの噂で、恋人論派の子だろうか。少なくともこのクラスは振られた説が広まっちゃっている方だと思ったのに。
私が「え」の一言も言えず言葉に詰まっていると、今度は斜め前や話を聞いていたのか周囲の子達もくるりと首を向けてきた。
なんだか社交界の茶会を思い出す。誰も聞いていないように見えてしっかり聞いている。
「いやフィリップに書いてあげるべきでしょ」
「フィリップは恋人がいるって!」
「双子のどっちかじゃないの?」
「私、一本留め派」
「えっ。校門でいつも迎えに来ている騎士様かと思ってた」
「エリックさんでしょ?私一回話した」
「あの元貴族じゃなかったら誰でも良いわ……アレは人として無理」
「それ言ったら初日の屋上に登ってた上級生は?」
待って待って待って待って待って待って待って待って。
女子の噂コミュニティ恐ろしい。わかってはいたけれど、身分とか産まれ関係なくやっぱりどの世界もこういうのは同じだ。
話題が波状に広がって最後にうっすら聞こえた声なんて廊下側の席にいる子からだった。しかも思った以上に派閥が多くて幅広い。
講師の先生までも「あら」と興味深そうにこっちを見るから、まさかの目立ってしまって余計に焦る。そんな中で全くこちらのことは気にせず机上に集中しているように固まっているアムレットは流石だ。パウエル宛てとか想定しているのかなとか邪推してしまうと、完全に私もこの子達と同じ穴の狢だなと自覚する。いやでもパウエルへの片思いは噂じゃなくて事実だし‼︎
「誰……でもないわ?まだ宛先も誰か思いつかなくて、本も」
「じゃあジャックにしようよ。きっと喜ぶし、面白いことになると思う」
「えーっ、面白いならフィリップの方が絶対……」
「私騎士様の対応見たい」
ッ面白いってなに⁈
私のラブレターをお笑いのお題提供みたいに言わないで‼︎と心の中で叫んでしまう。彼女達に悪気がないことはもうわかった。細い声で言い訳する私にアーサーを推すハリエットも、その横からステイルを推すクリシアも悪気はない。
人気な二人をここで上げて、ひと月なんとか守ってきた女子からの嫌われ指数を増したくもない。退学の日に限って皆に嫌われるとか最悪な思い出になりかねない。
両手を小さく振りながら「二人には書かないわ」と明言する。途端に「じゃあ誰にする?」と聞かれ、たらりと冷たい汗が二度伝った。
流石に皆と同じだなんて冗談でも言えないし、本当にファーナム兄弟やエリック副隊長やヴァルだなんて言ったら最終日でも何かしら迷惑が本人たちに掛かりかねない。いっそ本物の方の近衛兵ジャックに書いちゃおうかしらと投げやりになってしまう。いや、ジルベール宰相に書けば笑って許してくれる可能性もある。
誰?他にいるの?本の人物にするんじゃない?と様々な憶測がささやき声なのに二重三重に聞こえてきて、なんだか追い詰められている気がする。
とにかく今はまだ、と一点張りで笑って見せる。下手なことをいったらまたやらかしかねない。
「じゃあ、書いたら見せあいっこしようよ。下書きで良いから。ジャンヌにも私の見せてあげる」
ねっ。と笑うハリエットは、そう言うと自分の紙をペン先で突いてみせた。先生が「友達同士の前に先生に確認取ってくださいねー」と呼びかければ、再び私に背中を向けて書き始めた。
「あ、ええ」と私がなんとか短く返せた時にはもうこっちを向いていなかった。……とりあえず、宛名はなしで書こうと決める。
適当な名前を書いても後でステイルとアーサーが何かしら巻き込まれかねない。うっかり学校の生徒名や社交界で知り合った貴族に重なったら大事件だ。
こそこそとまだ物議する声が聞こえるけれど、とりあえず深呼吸を繰り返して落ち着く。つい合意してしまったけれど、その結果宛名は書けなくなった。なら、余計に恋文内容も彼女達にも気付かれにくい内容にしないといけない。
改めて頭を捻っても、やっぱり高度な恋文の典型文や文学的過ぎる表現しか思い浮かばない。
本気で第一王女としての恋文ならかけるのだろうけれど、これ以上目立つことなく普通の恋文となると難しい。やっぱりさっきの見本五冊の真似をするのが一番安全だろうか。
頭の中で次々と講師が朗読してくれた恋文形式を思い出す。基本書式は皆が教わった形式で良いとして、やはり問題は内容だ。どの恋文形式なら変に浮かずに済むか。そして誰宛てを想定すれば書きやすいか。今日で学校も最後だし、大勢の人にお世話になったしただの手紙ならたくさん書きたい相手もいる。だけどここでこんな形で私が宛てたい相手といっても─……、……。
「あ」
ぽん、と。頭に妙案が浮かんだ途端小さく音に出た。
欠伸のなりかけのような音は誰も気にも留めなかったけれど、私は慌てて口を貝にする。閉じた口に手を当てながら、これしかないとそう決める。
あとは書き方と内容だけ注意すればきっと不自然なく書ける筈だ。
頭を整理できた私は、やっとペンを握り直して紙面と向き合った。書けるのは下書きも本書きも一枚ずつのみ。みっちり書きたいけれど、字が小さすぎても意味がないし不格好になる。ここは厳選しつつ、行数が多い便箋であることに期待しよう。
一度決めてしまえば書くのは難しくない。出だしが遅れた分、書き終えた時にはちょうど全体の真ん中過ぎくらいの順番で先生にみてもらえた。
既にちょっと恋バナセンサーで目立ち気味になってしまった私の書面に、先生も興味津々に覗いていた。「字が綺麗ね」と最初に褒められて、少し両肩が上がる。つい下書きから本気で書き過ぎた。せめて本書きまでとっておくべきだったと反省しつつ先生の初見を待つ。
「参考にしたのね」と言われ、素直に頷く。そう思ってくれていた方がありがたい。
「…………なんだか。……いえ!とても良いわ、憧れの気持ちが伝わってくる素敵な手紙ね」
最初だけ小さく口の中で呟いたように聞こえたけれど、すぐに笑って合格をくれたジュリエット先生は真新しい便箋と封筒を一枚ずつ私にくれた。
書き直しはないから大事にしてね、と言われて私も慎重に手に取る。確かに無駄遣いするにはもったいない紙だろう。貴族が使うようなというほどではないけれど、大人同士のやり取りでも使えるような良い紙だ。これを全校生徒分一枚配布はなかなかの大盤振る舞いかもしれない。
ほっと一息吐いてから、私は急いで本書きにも丁寧に書き写す。こういう時、手紙に書き慣れておいて良かったと思う。ありがとうセドリック。
誤字脱字もなく、本書きをほぼ下書きと同じ文章で書き写し最後の一文だけをさらっと書き足す。
インクが渇くのを待ち、下書きには書かなかった宛名も記載して全体が渇いてから素早く封をした。
前方の席を見れば、アムレットも無事本書き用の便箋を貰っていた。確認を終えた先生が可愛いものをみるように頬を綻ばせて彼女の頭を一度だけポンと撫でていた。
「手紙を書くことは相手に整頓した気持ちが綺麗に伝えられるだけでなく、一生の宝物にもなり得ます。文字が綺麗に、そして表現を適格にできればさらに美しく胸に残るでしょう。ぜひ、今の為にも本授業を検討してみてください」
授業が終盤に差し掛かり、女子全員を回り切ったところで先生はそう言って手を叩いた。
恋文、という形のお陰で余計に先生の言葉の意味がよくわかる。普通の手紙なら適当でも、今回は皆真剣に考えたから余計に必要性を感じただろう。特に自分の字に思うところがあれば、今回がきっかけで取りたいと思うかもしれない。私も今世は優秀な教師のお陰で相応の字だけれど、前世は綺麗な字の子が羨ましかったもの。
少し早めに授業を切り上げた先生は、鐘が鳴るまでは廊下に出ないようにだけ注意して一足先に教室を後にした。先生が出て行った途端、大騒ぎというほどでなくてもざわりと女子同士の声が広がる。
「ジャンヌ、見せあいっこしよ?」
……早速、前方席のハリエットから有言実行のお誘いがくる。
席を立って、一つ後ろのアーサーの席に腰を下ろすハリエットに私も苦笑いしつつ下書きにした方の紙を裏面にして差し出した。悪い取引みたいに、ハリエットも裏面にした下書きを私の方に差し出す。
円滑に交換した私は、そっと慎重に彼女の手紙を黙読した。どうやら彼女も先生の朗読を参考にしたらしく、詩的な恋の語りが綴られていた。文字も女の子らしい可愛い字だ。うん、先生にとっても満点だろう。
そして私の下書きは
「…………妄想?」
……違います。
思わず、といった口調で呟いたハリエットの言葉に私は意識的に口を閉じる。直後に彼女が慌てて「!ごめっ、そうじゃなくて」と謝ってくれたけれどそう見られてしまうのも仕方がない。
敢えて濁した部分やわかりにくくした私が悪い。……うん、良いのそれで。
取り合えず本命に伝わればそれで。




