Ⅱ52.義弟は恥じ、
「なぁ、フィリップはどうかしたのか……?」
昼休み。
未だ項垂れるどころか顔の火照りすら消えない俺にパウエルが不安の声を漏らす。
渡り廊下で合流してから、今日は食堂の前を通って中庭へ行こうと決まった。上手く言葉が出ない俺に代わり、プライドが話を進めてくれた。……情けない。
それでもプライドの補佐かと、自分で自分に叱咤する。だが、それでも
顔から火が出るほど恥ずかしくて仕方がない。
「大丈夫よ。ちょっとその、……疲れているだけ。そっとしておいてあげて」
大丈夫なものか‼︎‼︎
プライドの言葉に頭の中だけで叫び、嘆く。二限目前にアーサーから話を聞いてから授業どころですらなかった。どれだけ俺は子どもなんだと死にたくなったし、本気で今も気を抜けば瞬間移動で消えたくなる。
プライドの「好みじゃない」がそれなりに衝撃だったとはいえ、その場の繋ぎの言い訳に違いないともわかっていた筈なのに‼︎あの場でっ……アンナからの告白程度でつい思い出してプライドへ意趣返しまでするなどそれだけでも恥ずかしい!
今は子どもの姿でも相手は第一王女だぞ⁈その補佐であり義弟であるこの俺が!たかだかそれしきのことで腹を立て、彼女に怒りまで向け、あろうことか同じ言葉を返して当たるなど陰湿この上ない‼︎
良い年した成人がやることじゃない。まさかジルベールの特殊能力は繰り返せば繰り返すほど思考まで子どもに戻るのではあるまいなとまで考えてしまう。……完全な責任転嫁であることはわかっている。
アンナから呼び出しを受けるまでは、忘れたふりもできていた。
女性のあしらいもそれなりに慣れている。あのまま笑顔で故郷に恋人がいる振りをしておけば、平和にアンナからの告白自体も呼び出しから白紙にすることもできた。
なのに、話している内に嫌でも昨日のプライドの言葉が浮かんできてしまい……つい当たってしまった。
頭では嘘だとわかっていたのに、あろう事か婚約者候補である俺やアーサーまでそのように言うなんてと……もっと他に言い方というものがあるではないかと思ってしまった。わざわざあんな言い方を俺達の前で選んで言うということは、遠回しに実は嫌っているとか婚約者候補に入れたからといって調子に乗るなという意思表示ではないかと、プライドに限って有り得ない予測までたててしまった。
完全なる報復だ。あろうことかプライドへ。…………しかも
誤解だった。
アーサーの話を聞けば、プライドは単に教師へ使った言い訳をそのまま女子生徒にも使っただけだった。
アーサーにその話を聞いた時は暫く思考が働かなかった。もう自分が嫌になるほどにそれを聞いて安堵していることを自覚し、……同時に恥が込み上げた。どれだけ大人げなかったんだ俺は。
誤解が解けてから冷静な頭で考えれば、たかだかプライドが「好みじゃない」と言ったところで俺が気にすることではない。アーサーまで否定されたことは少し引っ掛からざるを得ないが、それでも結局はやはりその場凌ぎの嘘だった。
それを、何故かあの時は無性に腹が立ち、意趣返ししてしまいたくなり、途中からは目の前のアンナも忘れてプライドにばかり頭がいっていた。十四歳の彼らだってもっと良識は弁えているだろうに。ああああああ考えるだけで恥ずかしい。
的外れなことで怒った上に、しかも翌日になって意趣返しをするなど‼︎腹が黒いに飽き足らずどれだけ粘着質なんだ俺は‼︎
「おい、フィリップ」
ガッ、とアーサーが俺の横に並んで肩に腕を回してくる。
同年に姿を変えたというのに俺よりも背の高いアーサーは、顔の角度を変えて俺を覗き込んできた。なんだ、と言葉も出ずに睨むだけで返せば「もう食堂前通ンぞ」と呼びかけられる。
「腹ァわかっけど、今は考えることは別にあるっつたのはテメェだろ」
『それよりも俺達が考えるべきは〝彼ら〟です』
……確かに、今朝そう言った。
まさか、今度はアーサーに意趣返しされるとは思ってもみなかった。
そのまま俺が恥じている理由も察しているように「帰ったら手合わせ付き合ってやっから」と言われてやっと少し落ち着く。後悔もアーサーへの八つ当たりもまた帰ってからにすれば良いと思い直す。お陰で「わかってる」と声も出た。
顔を上げ、眼鏡の黒縁を押さえつける。最後にアーサーに背中を叩かれれば、やっと頭も覚醒した。
コイツだって俺に話した時は同じように思い出して赤面していたくせに、俺より先に落ち着き払ってしまうのが少し悔しい。どうせ自分だってハリソン副隊長に聞いた時は俺と同じだっただろうに。
目の前では先を歩くプライドとパウエルが食堂の前を覗き見ながら通り過ぎるところだった。既にざわざわと大賑わいの食堂には人集りがができている。
「またセドリック王弟がいらっしゃっているのかしら」とプライドが扉からセドリック達を目で探す。実際に探しているのはセドリック王弟ではなくその従者役だが。
目を凝らせば、ちょうど料理を両手に持った彼がセドリック王弟と共に席へと向かうところが人の隙間から見えた。セドリック王弟の歩む先の生徒が割れ、空いた席に料理を置く彼は
……酷く顔が陰っていた。
「なんかあのクロイ、だったか。様子おかしくないか?」
パウエルが最初に言葉にした。
クロイの姉と同じクラスであるパウエルは、彼のことも気にかけてくれているらしい。……まぁあの様子を見れば気になるのも当然だろう。
無言で料理をテーブルに置く彼は、無表情に近かった。僅かに顔を硬らせ、生徒どころかセドリックにすら目を合わせようとしない。昨日とはあまりにも違う顔つきに、俺だけでなくプライドやアーサー、そして周囲の生徒も彼が別人に映っただろう。
セドリック王弟はあくまで平然と振る舞っているが……席に着き、セドリック王弟の毒味後に自分の料理へ手をつける時でさえ陰鬱とした空気は変わらなかった。
護衛についているアラン隊長も少し心配そうに彼の背中を見つめていた。顔色も悪く、全くセドリックからの呼び掛けにも大きな反応を示さない彼は体調不良と思われてもおかしくない。
まるで、今この場で追い詰められているかのような緊迫した表情だ。詳しいことは今日セドリック王弟に聞けばわかるだろうが、昨日まで生き生きとした態度からということはほぼほぼ間違い無いだろう。
そうね、そうだなとプライドに続き俺からもパウエルに相槌を打ちながら考える。
プライドの思惑通りに進んだ、と。
「もう、か。流石だな……」
口の中だけで感嘆の声が小さく漏れる。
俺の肩に腕を掛けたままのアーサーも同意らしく、無言で大きく二度頷いた。前方でパウエルと並ぶプライドに目を向ければ、強い視線を彼らに向けていた。眉を寄せ、険しい表情にも見えるが真剣な眼差しは予定通りに自体が進んでいることを確信もしているようだった。
とはいえ、まだ三日目でこの結果というのは流石セドリックと言わざるを得ない。きっと明日にはまた違った顔色が見れるのだろうなと今から予想する。
プライドが「……そろそろ行きましょうか」と声を掛けるのを合図に、俺達は再び食堂の前から歩き出した。
中庭は初日ほど人が多くは無いが、やはり既に校舎から近い場所は他の生徒が使っている。探す時間も惜しんだ俺達は初日と同じ校門側へと向かった。
やっと腰を下ろしていつもの昼食を始めた途端、プライドが向かいへ座る俺を上目で覗いてくる。
「?どうかしましたか、ジャンヌ」
「いえっ……その、…………昨日は二人とも本当にごめんなさい」
一瞬言い淀んだプライドからの突然の謝罪に、思わず目が丸くなる。
しかも俺だけでなくアーサーに対してもの謝罪だ。隣に座るアーサーと同時に顔を合わせ、また同時にプライドへ顔を向ける。彼女の隣に座ったパウエルがパンを一つ囓りながら「なんだ三人で喧嘩でもしてたのか?」と驚いたように尋ねてきた。
もともと細い肩幅を更に狭くして俯くプライドを横目で見ながら、今度は俺達に確認するように視線を送ってくる。「いやっ、それは、俺が……!」とまさかあんな下らないことでむくれて意趣返ししたなどとパウエルに言える訳もなく今度は俺が言葉を濁
「ッいやアレはジャンヌは悪くないっすから!」
先にアーサーの声が上がる。
俺も何度も小刻みに頷いてプライドに同意を示すが、彼女は俯いたまま視線をくれない。そうしてる間にも事情を全く知らないパウエルが「何やったんだ?」と聞いてきた。
むしろ何でもするからパウエルにそのことだけはと脳内だけで叫ぶ。出会いが出会いだった所為で、どうにもパウエルには幻滅されたくない。歳下だと思っている俺へ未だに感謝の眼差しを向けてくれている彼に、あんな大人気ない姿を知られたくない‼︎
だが、俯いたままのプライドには当然届かない。そのまま「実は……」と唇を動かす彼女にいっそ逆に俺への仕置きではないかとすら思う。息を飲み、手のひらが湿る中で本当にこの場から逃げようかと考える。
「昨日、皆の前で二人を中傷するようなことを言っちゃって……」
……良かった。取り敢えず危機は免れた。
あくまで言葉を選んでくれるプライドに、ほっと胸を撫で下ろす。アーサーも同じように深く息を吐く音が俺の耳まで届いた。
「中傷?悪口でも言ったのか?」




