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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り少女と拝辞

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そして落ち着ける。


「……。……え、なにそれもう決まったことなの」

「そう、なの。もう担任の先生には報告したわ。まだ他の子には言ってなくて……アムレットにも今さっき話したばかりなの」


アムレットの方が先?と、少しだけクロイにはその事実も引っ掛かったが、今はそれどころでもない。

続けてジャンヌから「まだ他の子には秘密にしたいの」「お姉様にはお昼休み話しに行くわ」と言われても、半分入って半分入ってこない。なんでそんな急にいなくなっちゃうのか意味が分からない、と受け入れるにはあまりに事実が衝撃過ぎた。

何かの冗談と思いたいが、アムレットと一緒になって自分達を揶揄う理由がない。

どう反応すれば良いかもわからず、表情も追いつかないで黙してしまうクロイの代わりにディオスが「やだよ!」と声を抑え叫んだ。


「こんないきなりなんて!僕らもっとジャンヌ達と一緒にいたいのに‼︎もう十四なんだからジャンヌが自分で決めれば良いじゃんか!僕らまだ何もジャンヌに」

「ディオス。…………ほら。ちょっと、黙って。ジャンヌのことだから自分で決めた上で実家選んだに決まってるでしょ」

感情で断固訴えるディオスに、クロイもいつもより歯切れが悪い。

反射的にディオスを止めこそするが、自分でもうまく言葉が出なかった。自分の気持ちをそのまま兄が最初に代弁してくれたのを確認してからそこで止める。自分だってディオスと気持ちは一緒である。

しかしここでディオスと同じように喚き、嫌だと我儘を押し付けたくない。しかもアムレットは早くもジャンヌを尊重して飲み込んだようなのに、自分達だけが駄々をこねる方が今は嫌だった。


クロイに止められ、ぐぐっと唇を固く噛むディオスだが同時に瞼も絞られ今度こそ小さく零れた。すかさずプライドが親唯で撫で拭うが、その途端ディオスは両腕で抱き着く。

むぎゅうううう、と初めて会った時よりも男の子らしい力で締め付けられプライドも思わず声を漏らすが、すぐに自分からも背中に回して抱きしめ返した。クラスの女子達に気取られるのは困るが、今はディオスの気持ちが優先である。

どこで見ているかもわからない近衛騎士へ向けて自分の意思に反していないと示すように、そっとディオスの細い背中を上下に撫で摩る。これ以上ディオスが惜しんでくれる前にと、決めていた言葉を二人に言い聞かす。


「でもね、二人にはまた会うことになるわ。学校じゃないけれど……ほら、レイと約束したのも知っているでしょう?」

その時に話せるわ、と言わんばかりに言葉を含むプライドにディオスも埋めていた顔が上がった。

本当?と少し浮き上がったような声で言うディオスに、クロイもやっと瞬きを二度繰り返す。

アムレットからも空気を変えるべく「いいなぁ。ディオスとクロイは今日だけじゃないんだ」と明るく背を押せば、グズッと鼻を啜るディオスもそっと抱きしめていた腕を緩めた。「……本当に本当?」とまた同じ言葉が繰り返されながら、またプライドの顔を正面から見つめる。まだ今日が最後じゃないんだと思えばいくらか気持ちも明るくなった。

目を手に甲で擦りながら萎れた声で言うディオスに、プライドも力いっぱいの笑顔で応えた。


「本当よ。今日が最後じゃないことは約束するわ。アムレットには今日で最後だから本当に寂しいけれど」

「何日したら?……来週?来月?朝?昼?夜??僕らいつでも待つよ……」

スンスンと鼻をまた啜りながら、弱弱しく言うディオスにまたプライドの胸が絞られる。

実際はレイとの約束の方の立ち寄りではなく、もっと遥かに早く貴方達とは会うのよと言いたくて仕方がない。クロイも「ひと月後って言ってたでしょ」と言いながらも明確な返事が気になるように、少し前のめりに机を超えて顔を近づけ睨む。

堪える為に目の周りの筋肉に力が入ってしまえば、まるで睨んでいるかのようにだった。眼光が鋭くなるクロイに、まだ疑われているのだろうかと思うプライドは少しだけ背を反らしながら笑みを崩さないように意識する。


「とにかく絶対山へ帰る前に、また絶対会えるって約束するわ。……私が約束を破ったこと、ある?」


最後に紫色の眼差しで撫でるように若葉色へ合わせていけば、二人も今度は口を噤んだ。

約束、という言葉を言われればセドリックよりも強かった。彼女がどれほど有言実行してくれる存在なのか、自分達はこれ以上ないくらい知っている。今更疑えるわけもない。

首を大きく横に振って応えるディオスに、プライドも小さく胸を撫でおろした。続けてクロイに目を合わせれば、沈黙だけが返ってくる。皮肉もなくぎゅっと目も逸らさずに眉間を寄せて見つめ返してくれる眼差しに、彼も納得はしてくれたようだと判断する。

それでも別れを惜しんでくれるディオスと違い、突然のことに怒っている様子のクロイへ肩を竦め返した。明るい口調を意識して「ごめんなさいね」と眉を垂らす。


「私のせいで折角の勉強会が止まっちゃうのも本当に申し訳ないわ。もっと三人の勉強のお手伝いをしたかったのに」

「別に。……君がいなくてもなんとかなるよ。どうせ最近は脱線ばっかで全然捗っていなかったしね」

えっ。と、うっかり声に出そうなのをプライドは口を開けるだけでなんとか止めた。

自分がいなくても大丈夫と言われたことは純粋に肩が降りたが、「なんとかなる」という言葉がクロイから出たことが意外だった。

つまりは今後もアムレットと三人で集まる気があるんだと目を丸くして見返してしまう。一瞬だけ目が合ったクロイだが、すぐにディオスから「クロイ‼︎」と捗らなかったことを責めるような言い方をしたことを怒られる。少なくともここ最近脱線したのはむしろ自分達の所為である。


そんな言い方ないだろ!と兄から今度は声も潜ませずまっすぐ怒られるのを、顔ごと背けて無視をする。自分の横頬に鼻先で突くほど近づけ顔を真っ赤に怒るディオスに、クロイも「ごめん」と独り言のような声で呟いた。

謝ったことで一応は身を引いてジャンヌの横に座り直すディオスも、顔の中心に寄せた部位全てを伸ばしてまたプライドに身体ごと向き直る。


「でも、本当に大丈夫だよ!僕らアムレットのことも大好きだしジャンヌのお陰で授業もわかるようになってきたから!ずっとずっと仲良しだよ!」

「特待生じゃ一番敵だけどね」

ギッ‼︎と余計なことをまた続けるクロイに、またディオスが目を吊り上げる。

しかしアムレットもこれには苦笑してしまう。自分にとっても間違いなくディオスとクロイは友人である強敵のライバルだ。今もディオスの言葉にちょっぴりクロイと同じことを思ってしまったとは言えない。

ははは……と、ぎこちなく笑いながらも怒っていないと示すべく、隣で顔をそむけるクロイの肩にぽんっと手を置いた。本来ならば「良いのよ」の一言で済ませられる場面だが、今の彼女はそこで終わらない。


「私もディオスともクロイともこれからずっと仲良くしたい。次の主席は私が取っちゃうんだから」

「え、絶対一生負けないし」

僕も負けないよ!と、アムレットとクロイの火花に主席生徒が手を上げる。

悪戯っぽく笑いながらクロイと並んで自分へ笑いかけてくるアムレットに、プライドも胸が温かく緩んだ。締め付けられたような感覚が嘘のようにアムレットの笑顔が全てを包んでくれる。

明日からその輪に自分がいないことが寂しいが、三人が変わらず仲良くいてくれるというのはそれだけでも救われる。挑戦的なアムレットの言葉に、顔を直角に振り向けたクロイの眼差しも初対面の頃と比べて全く棘がない。

パウエルのことさえなければ、つい応援してみたくなってしまう仲の良さにそれだけでも自分が出会えた意味があると思う。


ここで、と。プライドはまたリュックから二つアムレットに渡したのと同じ包みを取り出した。

説明しながら「仲良くしてくれたお礼よ」と伝えれば、目をきらっとさせて最初にディオスが受け取った。続けてクロイも、一瞬ちらっとアムレットがすでに持っていた包みを確認した後に受け取る。これもまたアムレットが先かと、それが少し悔しいが自分達はまた次も会えるんだからと言い聞かす。

「ありがとう‼︎」と大声で満面の笑みを見せるディオスに続き、同じ言葉をクロイも呟くようにプライドへ返した。


「!そうだ。ねぇジャンヌ、もしよかったら手紙書いて良い?」

「???手紙??」

不意に投げられた単語に、プライドは思わずそのまま聞き返す。

手紙がどんなものかは当然わかっている。まだ今この世界には手紙や書状はあっても郵便局はない。似たような業者はあるが、届けるのも都市程度の範囲。手紙を書いたところで自分で相手の家に届けるか、誰かに託すか雇うかだ。まさか城への意欲の高いアムレットは、既に国際郵便機関以上のことも把握してしまっているのかとまで考えてしまう。

しかしすぐに自分の中で振り払うプライドは首を傾け、続きの言葉を待った。アムレットの提案に、ディオスとクロイも興味深く注視する。


「ほら、今ジャンヌがお世話になっているお家。確か親戚の人のお知り合いなんでしょ?迷惑じゃなかったらそのお家に手紙を預けても良いかな。誰経由でも良いの。すぐに届かなくてもまたジャンヌがこの街に着た時とか、いつか手元に届いてその時に返してくれれば」

文通!!!!!と、プライドの脳内にその言葉が強烈に響く。

友人との文通などセドリック以来である。それを他でもないアムレットとできるかもしれないという魅力的な提案に、プライドは思わず手が震えてしまう。もう後はアムレットが城にいつか来てくれるのを願うばかりだと思う自分にその発想はなかった。

アムレットにとっては一年に返事を貰えるかどうかの手紙だが、実際はプライドは王都に住んでいる。しかもエリックの家であれば、親戚であるアランに託すまでもなく直接自分に届く。

しかしそこまで考えてからすぐプライドは口の中を噛んだ。いや、でも、ここで勝手にひと様の住所を明かすのはと、現実に無理やり引き戻す。流石に近衛騎士の住所を勝手にここで教えるわけにはいかない。

せめてエリックに許可を得てから……!と自身に叱咤まじりに言い聞かせ、鍛え抜かれた笑顔で「わかったわ」と返事を決めた。


「ギルクリストさんにお願いしてみるわ。ディオス達に次会う時に伝言も預けるから、返事もその時でいいかしら?」

もちろんよ!と、今度はアムレットの声が弾んだ。

光いっぱいに輝く朱色の目と笑顔が、まるでさわやかな夏の日差しのようだった。両手でプライドの両手を握り、楽しみにしてるね!と熱のこもった視線で言えば、もうこれは頭を下げてでもエリックに頼み込むしかないとプライドは静かに決意する。

その時はギルクリスト家への〝ジャンヌ〟としての言い訳も考えなければと思えば早々にステイルの助けも求めようと考える。ギルクリスト家にはあくまで引っ越しただけで学校に通っていると思っている。そこの上手い帳尻合わせも必要になってしまう。しかし、それを置いても可愛い女友達との文通は手放しがたい。

「じゃあ取り敢えずこれ」と早速ノートの切れ端を破るとそこに住所と宛名を書いたアムレットのメモを、プライドも丁寧に両手で受け取った。無くさないようにノートに挟む。


「もし許可もらえたら僕らも書いて良い⁇折角文字覚えたし、ジャンヌになら毎日でも手紙書きたい」

「アラン隊長とエリック副隊長さんなら許してくれるでしょ。あの人たち絶対ジャンヌに甘いし」

めいっぱい開いた眼差しで挙手をするディオスに、クロイも間髪入れず続いた。

気持ちが持ち上がったことで、少しさっきよりも声が大きくなり始めた三人にプライドは必死に手の動きで声を抑えてと訴える。

もしこの後手紙のことが知られたら、自分宛だけでなくクラス女子からのステイルとアーサーへのファンレターとラブレターでギルクリスト家に多大な迷惑がかかってしまうと確信する。親戚設定をしている今、そこをバレるわけにはいかない。


三人が目で周囲からの視線を確かめてくれる中、プライドは同じ動作をする三人に微笑ましくなりながら「嬉しいわ」と声を潜めて返した。きっと今後ディオスとクロイは手紙をくれることはないと思うが、そう思ってくれる三人の気持ちが何より嬉しい。

クロイが持参したノートからビリリとメモ分の範囲を小さく破く。どうせ知ってるだろうけどと思いながらも住んでいる家の場所をしっかり文字でも書き記し、プライドへ押し付けるように手渡した。「絶対送ってね‼︎」とディオスからも力強く訴えられる。

プライドは両手で受け取りながら、アムレットのメモと同じ場所に改めて挟み直した。ぱたん、と閉じてからそこで大事なことに気付き息を呑む。


「!そうだわ。ごめんなさいね、早く勉強しましょうか。もう時間がないけれどせめて一問くらい……」

「えっ!このまま話そうよ!クロイとアムレットもそうしたいよね?」

また自分の所為で貴重な勉強会の時間を削ってしまったと、切り替えようとするプライドにディオスが待ったをかける。

同意を求めるべく顔ごと向ければ、二人からも期待通りの反応が返ってくる。

ねっ!と満面の笑顔でディオスに向き直されれば、三対一の多数決にプライドもおずおずと肯定で返した。

本調子を完全に取り戻してくれた様子の彼に安堵すれば、三人がそうしたいのなら自分もぜひ話したいと思う。特にアムレットを含んだ三人との会話はもう貴重だ。

完全にディオスに押されたジャンヌに、クロイも少し冷めた頭で小さく息を吐く。


「なんで僕らのことには時間使ってくれたくせに自分のことには使わないの。別に明日からみっちりやるし。……四人で話すのも嫌いじゃないし」

四人で、という言葉に今度は三人揃ってクロイに視線を注ぐ。

聞き間違いではないと、アムレットとは反対方向に顔を背けたクロイに三人もすぐに確かめた。ディオスがつんつんと腕を伸ばしてペン先でクロイを突くが、それでもすぐには振り向かない。

きょとんと目を水晶にしてプライドがアムレットへ顔を向ければ、アムレットもちょうど同じ動作をしたところだった。丸い目がお互い合わさり、同時に満面で笑ってしまう。


口元を隠すジャンヌと、そして白い歯を見せて笑うアムレットにクロイもちらりと盗み見た。「なに笑ってるの」と言いたいが、今それを言ってもこの三人には全く効果がないと知っている。

クロイ自身、身内以外との会話をしたいと思うことに自分で少し戸惑っている。ついひと月前まではそんな相手もいなかった上、それまでもディオスを通して見ていれば充分だったのだから。

いつの間にかジャンヌだけでなく、負けたくない相手だった筈のアムレットとまで話したいと思う自分がちょっと負けた気分になる。だがそれも仕方がないと思えば、自然と認めたくはなくても諦めはついた。



ディオスとジャンヌが好きな相手を、自分が嫌いになれる筈などもともとなかったのだから。



「…………むかつく」

だからこそ、と。その気持ちを今は別の感情だけで覆い隠した。

顔を背けたまま頬杖を突いてみせるクロイに、ディオスも今度は何も咎めない。

そんなクロイの寂しさも、兄である自分が一番よくわかっている。


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