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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り少女と拝辞

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Ⅱ434.騎士はそわつく。


「それでは本日は参考資料を使用するので、前の席から三人ついてきて下さい」


出席確認をした後、そう言ってロバート先生が最前席から三人連れて教室を出た。

プライド様と一緒に、なんとか一限は間に合った。一ヶ月もいたし授業がわからねぇってことはならねぇけど、明日からはこうして座ってばっかの時間が無くなることはやっぱり気楽だった。授業は面白いもんとかも結構あるけど、やっぱ俺は身体動かす方が性に合っている。


こうやって受けてみてもやっぱり一番楽しかったのは騎士の授業だったなと思う。

カラム隊長の授業はどれも正確で、初心者にもわかりやすい説明になっていて俺も隊長として指導することはあるからかなり勉強になった。

窓際の席で窓に横目を向ければ、中庭が目に入る。中庭じゃなく校庭だったら、三限もカラム隊長の授業を上から見学することができたのになとこの一ヶ月間何度か思った。

ふと、そこまで考えてから反射的に窓とは反対隣に目を向け、…………違ったとすぐに視線を前に戻した。

いつもは隣にいるプライド様が、今日はいない。一限で、男女共有の授業なのにだ。こうやって違和感に撫でられると、やっぱりしくじったなと思う。いつもは右隣を向けばプライド様も、その隣のステイルも視界に入って二人が机に並ぶ光景は中庭の景色よりも好きだった。けど今は右に首を回しても誰もいない。そりゃそうだ。




朝っぱらから席取りを逃した俺達じゃ。




「なぁジャンヌ、良いだろ?ちょっとだけちょっとだけ」

「じゃあ先生が来るまでね?ポワソン」

「マルクって呼んでって」

……やべ。気になった途端、がっつり聞こえてきた。

頬杖をついて気を紛らわせながら、勝手に耳を立てちまう。今は小さく目や首を動かすだけじゃプライド様の姿は視界に入らない。背後からプライド様の潜めた声と同じ学級のマルクの話し声が聞こえるだけで振り返れないから、すげぇ余計気になる。


ネイトと話して急ぎ教室に入った時だった。

もう授業が始まる寸前で予冷も鳴っちまって、着いた時にはもう殆どの生徒に席が取られちまった後だった。今までは他教室に行く前にリュックだけ置いて場所取りしてたから大丈夫だったけど、今日は昇降口からそのまま一階の職員室に寄ってのネイトだったから完全に出遅れた。

俺らが着いた時にはいつもみたいに三人並んで座る席が残っていなかった。目立たない後列の席が空いてたのは良かったけど三人近い席でもやっぱ間に誰か座っていて、仕方なく俺とステイルとプライド様は少しだけいつもと違う席で過ごすことになった。


「でもアムレットはポワソンって呼んでいたし……」

「アムレットは知り合いに同じ名前がいるからなだけだから。ジャンヌは違うだろ?」

いつもは俺が座っている、後列でも一番窓際の席にプライド様。その右隣にマルクってやつが座って、その隣にステイルが座っている。ンで、俺はプライド様の前席だ。

本当は奇襲とかもあり得るし窓際に護衛対象を座らせたくなかったけど、一番男子生徒に挟まれない席が隅しかなかった。

俺の隣も男子だし、ステイルなんか背後以外全員男子全員囲まれている。マルクに席を譲ってくれねぇかってステイルが交渉したけど断られたし、もともと毎日早い者勝ちだから仕方がない。このひと月一回もこういうことにならなかったから完全に油断していた。ンで、このマルクってやつが……


「どうしたの⁇」

「ジャンヌって字が綺麗だなぁって思って。な、な、もっと書いて」

すっっっっっっげぇプライド様と話してる。

プライド様が隣の席についてからそうだった。ステイルにも席を譲らなかったマルクは、プライド様が最初に「宜しくね」と声を掛けてからずっと話が止まらなかった。お陰で教師が来るまではずっと反対隣のステイルが明らかにやべぇ覇気まで溢して睨んでた。

ンな気になるならテメェがプライド様の前の席になって話に無理やり入りゃあいいだろと思ったけど、こっちじゃ授業中にプライド様とマルクの様子を確認できねぇからそれはそれで落ち着かねぇよなと思う。今だって俺も身体ごと振り返らないと盗み見れない。


しかもチラッチラッ他の男子もこっちに振り返ってるし、やっぱ皆マルクが羨ましいんだろうなと思う。もともとプライド様が人気だったのは初日からだ。

特にマルクは、初日に俺らのこと話しかけてきたしプライド様にもわりと話しかけてきてたことが多かった。多分、前から話したかったんだろう。今も教師がいなくなった途端すげぇ楽しそうだ。

カリカリとペンを動かす音が聞こえるから、筆談でもしてンのかなと思う。先生が来てからすぐに「俺ノート持ってないからジャンヌの見せて」と言ってプライド側に椅子寄せてたし、お陰で距離が近くてこっちも心臓に悪い。いやまさか、昔のセドリック王弟みてぇなことしねぇと思うけど。


ただ、背中から聞こえる二人の声は相も変わらずすげぇ楽しそうだった。

その所為か、視界に入らねぇのにステイルの覇気がじわじわ肩に触れてくる。警戒する気持ちはわかる。もともと生徒に人気はあるし、特に今日のプライド様だから余計に最悪だ。あんな可愛いお召し物で登校しちまったんだから。


純白の花刺繍のワンピース。城じゃ毎日すげぇ豪華で綺麗なドレスで飾っているプライド様だけど、やっぱ十四の姿であんな恰好をされると今度は別の種類で可愛すぎた。

もともとは十四の頃の姿で髪まとめてるってだけでもかなりやばかったのに、ンで最終日にまた仕掛けてくンだと思う。

昔は十一歳だったあの人にすら王女の姿で大人びて見えたぐらいなのに、今は十四の姿でも充分ちゃんと子どもだなと何度も思う。なのに、あんな可愛い格好してにこにこ機嫌よさそうに笑うもんだから似合い過ぎて可愛くて本当に心臓に悪い。アラン隊長なんて目の前に来られたら普通に抱きしめちまうんじゃねぇかなと本気で思う。


校門を潜ったあたりから、もう結構な生徒に振り向かれてた。

ここ一ヶ月で大分馴染んで見慣れられたと思ったけど、〝ジャンヌ〟を知っている生徒がちょっとこっちを気にしたら駄目だった。

ネルさんも庶民のジャンヌ宛にあんま目立たねぇよう刺繍とか派手さは抑えてくれてたけど、もともとプライド様自体目立つ人で声を掛けられることも多かったからすぐ目につかれた。

昇降口に入ればもう「おはよう」の次には「その服可愛い」って結構女子にも呼ばれてた。ンで男子に至っては細かいとこ抜いて丸ごと一目だ。

俺と同じで細かい刺繍とかは気付かねぇ奴が殆どだけど、パッと見た時にジャンヌが可愛い格好をしているのはすぐわかる。遠目からすげぇ何人も視線がこっちに刺してくるのを感じて、肩が勝手に上がって背中も無駄に強張った。


「ねぇねぇ、ジャック君。……今日のジャンヌ可愛いね⁇」

そう言って急に振り返ってきたのは前の席の女子だ。

名前が思い出せねぇけど、この子も生徒達と一緒に行動するとき結構俺らと一緒に来てた子だよなと思う。確か初めてエリック副隊長へ会わせに校門まで複数で帰った時も一緒にいた子だ。プライド様に結構良くしてくれてた気がする。あとは俺も一回話しかけられたのは覚えてる。

名前が出てこないのが悪い気がして、しかもいきなり話しかけられて唇を絞れば「ハリエット」と察せられた。やべぇ十四の子に気を遣われた。


「今日のジャンヌ可愛いよね?可愛いってちゃんと言った⁇マルクなんて五回は連続で言ってたよ」

「あ、い……言いました、ちゃんと」

この子俺より離れた席なのに、プライド様とマルクの会話ずっと聞いてたのか。っつーかなんでここでマルクが引き合いにされるのかもあんまわからない。見習えってことだよな多分。

「言ったんだ~」とすかさず返してくると、そのまま俺を見て笑う。にこにこ、っていうよりニヤニヤに近い笑みがステイルを思い出す。すげぇ楽しそうだ。

いきなりなんで話しかけてきたのかもわからず、言葉を探しているとその間にハリエットも気が済んだのかそのままくるりと俺に背中を向けた。

もう良いのかと思ったら、ちょうどよくロバート先生が生徒達と一緒に教室に入ってきた。

途端にこそこそと話していた背後のプライド様達もぴたりと一度会話が止まった。ステイルの方向からもさっきみたいな気配は消える。


持ってこられた資料が前から配られて、それを受け取りながら一人で首を捻る。ちょっと前に、プライド様っつーかジャンヌと俺とで振られたとかよくわかんねぇ誤解が広まったことを思い出す。

もしかして今もまだどっかの水面下じゃ噂で残ってるのか。ウチの店でもそうだったけど、本当にみんな噂話って好きだよなと思う。常連の人たちは「女は噂話が」とか言うけど、結構男も言うやつは言う。

二限で男女別の選択授業でも、結構男子同士だけでそういう噂することもある。俺とステイルもジャンヌについて色々聞かれたし、その度にステイルがうまく躱してくれたけど俺はどっちにしろ噂に乗るのはあんま得意じゃない。お陰でステイルだけしっかりと男子生徒側の噂とか裏事情とかも結構わかっている。俺の方は全然だ。

とりあえずどいつも人の悪口とかじゃねぇから聞いてて気分は悪くならない。今日もこの後の授業でジャンヌのことが噂になるのかなと今から思う。


「…………から、だめよ。もう授業なんだから」

「だから話すなよ。授業は聞いてるから、ペンだけで」


……………………勉強しろコノヤロウ。

うっすらと、本当にうっすらと潜めた声で聞こえてくるプライド様とマルクのやり取りについ俺まで苛ついた。自分のこと棚に上げてなに考えてンだ俺。

多分俺しか聞こえてないぐらい、すげぇ抑えた声だ。その証拠に今度はステイルの方向からも何の気配もない。

前で授業してる教師も当然気づかねぇし、別に授業の邪魔にもなっていない。最初から授業の邪魔にならねぇように席もくっつけたのかなと思う。俺らもそうすりゃあもっと授業中も打ち合わせとかこっそりできたのか。


それから数十秒だけコソコソやりとりしてた二人が、また黙った。代わりにカリカリと交互に書いてるみてぇにペンの音がずっと続く。二人とも肩に力が入ってるのか、すげぇ音が聞こえやすい。特にマルク。……たぶん、また筆談してンだなと思う。っつーかマルクの方は授業受けねぇで良いのか。

いや俺も別に頭が良くもねぇのにこうして授業中に他のことばっか考えてるから人のこと言えねぇとわかってる。

けどマルクの奴すげぇ積極的だなと思う。悪い奴じゃねぇし、むしろ良い奴だ。プライド様が体調不良ってことで医務室に運ばれたって聞いた時はわざわざメルヴィン達と医務室まで来てくれたらしいし、選択授業じゃ結構真面目で、教師に質問とかするし前に出ろと言われたら手をあげる。


「……ポワソンったら……」

「マ〜ル〜ク〜」

……なのに、今はなんでかすんげー落ち着かない。

こうして背中を向けている間にもプライド様がまた何かうっかりやらかしちまうんじゃないかとか、逆にディオスの時みてぇなことが起こるんじゃねぇかとすげぇ色々考えちまう。

更には続くプライド様の小さな笑い声に、それだけで振り返りたくなった。ステイルからもまたやべぇ気配感じてきたし、たぶん仲良くしてることは間違いない。


授業が続いてる間、前を向いているのにずっと背後のことが気になって仕方がない。

はっきり聞こえる声で話している先生の声よりも、背後のくぐもった小声ばっかを耳が勝手に拾っちまう。なんだかんだプライド様も楽しそうだし、そんな喜ぶなら俺らもそうしてみりゃあ良かったかなとよりにもよって最終日に思っちまう。

一限が残り十五分くらいになった時には、ペンの音も交互には止まったけどその間も二人のやり取りが聞こえねぇ沈黙が余計に身体の全部浮いてるみてぇに落ち着かなかった。


……今日で学校最後だと言うのを四限後にしといて良かったと思い知るのは、このずっと後だ。


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