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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
嘲り少女と拝辞

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そして焦る。


「ネイト!」


気付いた瞬間に階段の影へ消えてしまった彼に、こちらの呼びかけは少し遅かった。一年生の階へ向かっているであろう彼を私達も速足で追いかける。

廊下を走ったら怒られる!と思いつつ、なるべく最速で急げば階段に着いた時にはまだ段差に足をかける途中だった。のんびりと上っているネイトの背中姿に少し違和感を覚えつつ彼を見上げる。

ネイト!と今度こそ声を上げれば今度は足を止めてくれた。振り返る彼に、私達も階段を駆け上がった。振り返る前から眉を吊り上げた彼は私達を確認した瞬間


「ジャンヌ。……なんだよ、いきなりうるせーな」


……あれ?

「ごめんなさい突然。……いま、ちょっと良いかしら?」

いつもは大声で呼びかけてくることが多かった方のネイトからそう言われてしまい、ちょっと肩が透かされたような気分になる。

それでも今は、足を止めてしまったことを正直に謝り上の階へと促す。流石に階段のど真ん中で話すわけにもいかない。

膨らんだリュック部分をアーサーが背後から軽く持ち上げるように手を貸しつつ、私達は四人一緒に階段を上がった。気づいた違和感のまま段差を切りの良いところまで上がる。

疲れてる?と確認すると、「うるせー」と一言で切られてしまった。

やっぱりちょっと妙だ。気になってステイルとアーサーへ視線を投げると二人からも顰めた眉で返された。二人も違和感には気づいている。


「あの、ネイト。もしかして何かあった?」

いつもなら一度は大声で言い返しているネイトが、今日は元気がない気がする。

本当は早速本題に進みたかったけれど、その前に優先事項ができる。階段を登り切った後の踊り場に逸れて尋ねれば、やっぱりすぐには返答がこなかった。いつもなら「なんでもねーし!!」と叫んでも良いくらいのところなのに、唇を尖らせたまま視線を落としてしまう。

リュックの紐を両手にぎゅっと握って黙する彼に、まさか伯父が帰ってきたのかとか不吉なことまで頭に過る。レオンとの貿易で何か問題が生じていれば、昨日学校見学後に城で会った時点で私の耳にも届いて良いと思うし……。

心配になって腰を曲げてネイトの顔を覗き込めば、彼のゴーグルに眉を垂らした自分の顔が小さく反射した。

良かったら相談に乗るわ、と細い声で続けてやっとネイトからも「なぁ……」とその口が開かれる。




「カラムが今日で最後ってジャンヌ達知ってたか……?」




……あああああああああああああああぁぁぁぁあぁあああ~~。

もちろんよ、の一言を返す前に顔が引きつって言葉が出なかった。

自分でも顔の血色が悪くなっていくのがわかる。俯いたままのネイトから盗むように視線をもう一度両隣に並ぶ二人にそれぞれ向ける。ステイルも結んだ口のまま大きく開いた目で私に頷き返すし、アーサーに至っては私と同じくらい口の端が引き攣り伸びている。ネイトが落ち込んでいる理由がもう見事なまでに一言で集約されていた。

このまま黙っているわけにもいかず、先ずはなんとか彼へ当たり障りない返事を絞り出す。


「……え、ええ。そうね、学校初日に説明があったもの。きっと私達以外も皆知っていることだと思うわ……?」

「知らねーよ。ひと月ってどっかで聞いたけどいちいち数えてねーし。いきなり今日とか……、……どうせカラム一人くらい講師のままでも騎士なんかいっぱいいるんだから良いじゃんか」

ッいやカラム〝隊長〟だから‼︎

そう心の中で叫びながら私は口を貝にする。ただでさえ本隊騎士ではなく、騎士団に十人しかいない騎士隊長だ。優秀な彼の代わりなんてそういるわけもないし、だからこその〝特別講師〟だ。もともとこのひと月後はカラム隊長どころか騎士自体講師に来ない予定だったくらいだ。

アーサーも何か言いたげに口を大きく開いたけれど、すぐに自分で閉じた。今のネイトの心境を考えたら指摘するのもかわいそうだと考えてくれたのだろう。

どうやらネイトはカラム隊長が今日で最後だと知らなかったらしい。もともとこの前までは授業に出なかった子だし無理もない。確かに昨日までずっと自然体だったもの。


「俺聞いてねーし。昨日まで誰も教えてくれなかったし。ジャンヌ達も何も言わなかったし……」

「ご、ごめんなさい。ネイトもてっきり知っていると思って……。ほら、私達もカラム隊長は親戚の繋がりでお知り合いなだけだったから」

「俺、親戚でもねーし」

もしかしてネイト、いまだに友達いないのだろうか。

いや、そうでなくても今頃そんな古い情報を教えてくれるかなんてわからない。ネイトがカラム隊長の話題を出せば別かもしれないけれど、本来皆知っていて当然の情報だ。むしろ初日は騎士の特別講師となかなかの話題になったし知らないネイトが貴重だろう。あれだけ懐いていたカラム隊長が今日だけって聞いたら寂しくなるに決まっている。


腰をかがめるだけでは足りず、ネイトの落とした視線を拾うようにしゃがむ。

素敵な服を床につけたくなくて、最小限の体勢で下から見上げれば予想を裏切らない暗い表情だった。伯父事件でもこんな顔見たことがない。

辛いのを表情に出せるようになったという意味では良い兆候だけれど、今はそれどころじゃない。小さな肩にそっと手を添えながら彼の名を呼びかける。

リュックに潰されるように背中まで丸い。まるで頭の上に大岩でも乗っているかのように背中から首まで落ち込んでいた。

何か励ます言葉はないだろうかと頭を捻り、今朝から話そうと思っていた話題を思い出す。


「き、昨日ね、カラム隊長に見せたらネイトがくれたこのゴーグルすごく褒めてくれてたわよ」

「…………カラムが?」

「ええ!とっても。今日カラム隊長に会ってみたらどうかしら?」

なるべくサプライズは言わないように!と思いつつ、とにかく今はネイトを元気づけることに集中する。

カラム隊長の話題にちょっとだけ視線も顎の角度も上げてくれたネイトに私からも全力で笑って見せる。別にお別れだからってカラム隊長との関係が完全に切れるわけではないと、きっと会えばわかる筈だ。

カラム隊長が講師として以上にネイトを気をかけてくれていたのは間違いない事実なのだから。


「私だってすごく嬉しくて自慢しちゃったもの!きっとカラム隊長もきっとたくさん褒めてくれると思うわ」

「…………ふーん……」

昨日のことを思い出しつつ事実を重ねれば、ちょっとネイトの表情が和らいだ。

ふにゅ、と口元が少しだけ笑んでくれる。狐色の眼差しにもさっきより光が差している。褒めてくれる、の一言がなかなか効果的だったらしい。

すると、援護するように今度はステイルとアーサーもそれぞれ目を合わせた後にネイトへ視線を揃えてくれた。


「誰がどう見てもこのゴーグルは素晴らしい品です。もしかすると素晴らしい品過ぎてカラム隊長から大量生産はしないようにと再度止めに入るかもしれませんが、それも貴方の実力を認めて貴方のことを考えてのお言葉です。僕も本当にこの品には感謝しています」

「そうっすよ!本当にすげぇ良い品作ったんですし、絶対今日会っておきましょう!カラム隊長に褒められるとすっっっげぇ力湧いてきますよ‼︎それに言えばネイトにならまた会ってくれると思いますし‼︎」

全力で褒めてくれつつこの後の展開に早々とフォローもいれてくれるステイルと、カラム隊長推しを全力で言葉にしてくれるアーサーに心の底から感謝する。

二人の続きざまの言葉にネイトの表情も影が晴れてきた。「へぇ……」とまた口角が上がって笑うような表情に見えたかなと思えば、アーサーの言葉には「べっ、べつに俺の方からは会いたいとか思わねぇけど」とツンと可愛い台詞まで言い返してきた。

人の明るい言葉に感化されやすい子で本当に良かった。こんな沈んだ表情のネイトとお別れなんて私達もカラム隊長も寂しいもの。…………うん。


「あ、そうだわネイト。その……今日お昼休みはお暇かしら?もしカラム隊長に会うならその後でも良いのだけれど、良かったらお昼を一緒できたらなぁと思って……」

「……別に、良いけど。どうせカラムも今日は放課後までいるって先生が言ってたし」

隊長です。と、いつもの調子にだいぶ戻ったネイトに今度こそアーサーから指摘が入った。

アーサーの窘めにムッとした表情を返せば、もういつものネイトだ。

なら学食前で会いましょうねと約束した私達は、そこで彼に手を振った。ネイトがいつ会うつもりかはわからないけれど、昼休みは開けてくれるつもりで良かった。

最後に元気づける気持ちでネイトの頭を撫でた私は、そのままもう一階上にある二年の教室へ向かった。予定より遅くなってしまったことに、席取りを焦りつつ階段を急ぎ上がる。


この後まさかの私達まで退学しますと言わないといけない展開に、早々と胃がセメントを飲んだみたいに重苦しくなった。


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