Ⅱ433.嘲り少女は立ち寄り、
「自主退学……三人揃ってか⁇」
はい、と。
そう畏まりながら担任のロバート先生へ打ち明けたのは、登校してすぐだった。二年の教室へ向かう前に報告しておこうと職員室へ寄った私達の報告に、ロバート先生は目を皿にして聞き返した。
家の都合ですぐ山へ帰らないといけなくなった。とても残念だけれど今日で最後ですと。
隙のない理由を考えてくれたステイルの言葉に、私とアーサーも合わせて頷いた。ちょうどお爺様が厳しい人設定していたし自然な流れだ。
突然の三名生徒自主退学にロバート先生もぽかりと口が開いてしまった。やっと学校も軌道に乗ってきたところなのに申し訳ない。
私が飛び級打診で呼ばれた時と比べて、職員室の雰囲気からして全く違う。まだ一限前ということもあるのだろうけれど、喧噪も聞こえないしこうやってお互いの声も以前よりはっきり聞こえる。完全に落ち着いている、といったらまた少し違う印象はあるけれど。
ロバート先生以外私達の話を聞いていないことは間違いない。ロバート先生も私達が話しかける前はそうだったけれど、どの先生も皆大きい荷物を運びこんだり「買っておきました」「マイク先生、段取りについて確認を」とお互いの打ち合わせで忙しそうだ。
教師同士の渦の中、ロバート先生だけが椅子に座って私達の話に「お前たちもか……」と軽く溜息を吐いた。
「僕らもすごく残念です。もし家が落ち着いたらいつか入学し直したいとも考えていますが、何分全く読めないので」
必殺「もし、たら、いつか」を出すステイルに、流石だと閉じた口で思う。
いつか戻るかもしれないし戻らないかもしれない。とりあえず退学希望を受けとめて欲しいという私達の要望に、最後まで聞き終えたロバート先生もゆっくり頷いてくれた。
このひと月の間に副理事長へ就任が決まったとジルベール宰相から聞いた時は驚いたけれど、本当にご苦労が多い中で私達の担任も立派にやり遂げてくれている良い先生だった。
理事長交代から教師の給与見直しも動いたし、きっと近々には副理事長職に就いたこの人にも今より相応しい給与が上乗せされるだろう。
「じゃあ、今日の一限前に学級にも報告するか。何か一言考えて……」
「いえ、伝えるのは四限後で結構です。本当に急ですし、時間が経つと放課後まで別れが辛くなってしまうので」
伝えたい人には僕らから個人的にしっかり伝えます、と。そう告げるステイルに、ロバート先生も少し眉を寄せた。
それじゃあ別れを惜しむ暇もなくなるだろうと至極尤ものことを言われるけれど、私達三人で決めたことだ。
最初に提案したのはステイルだけれど、私もアーサーも同意した。
まず三人自主退学なんてそれこそ最終日一気に注目を浴びてしまう。今までもいろいろ目立ってしまった私達だけれど、最終日まで大注目されるわけにはいかない。それに、……できることなら明確な〝お別れ〟はせずに再会したい子達もいる。
一限から退学するなんて発表されたら、きっと簡単に同学年にいるファーナム兄弟の耳に届いてしまう。ただでさえ一限後には毎回私達のクラスに遊びにきてくれている二人だ。
別にあの二人に挨拶したくないというわけでは断じてない。
ファーナムお姉さまやネル、ネイト達みたいに表向きだけでもお別れになっちゃう子達には今日のうちにしっかりこっそりお別れ挨拶をするつもりだ。だけれどファーナム兄弟の場合、……表向きはさよならでもすぐに「よろしくね」の日が来ることを私達はよぉく知っている。
ここでしっかりお別れして名残惜しんだ後にすぐ再会なんてしたら、折角会えるようになったのに二度と口をきいてくれなくなってしまうかもしれない。
全くお別れしない、とまでは言わないけれど、できればなるべくあっさりと済ませたい。ちょうどレイとの約束もあるし、今日がお別れじゃなくて次会う予定もあるわよと言い張ってお別れ感を出さないようにしたい。
その為に話すタイミングと伝え方はこちらで調整させて欲しい。
ステイルの説得に最終的には「そこまで言うのなら仕方がないな」とロバート先生も頭を掻いて頷いてくれた。
「にしても、お前達は本当に最後まで落ち着かなかったな……。ジャンヌもフィリップも成績は良いしジャックも騎士の授業では頭一つ抜き出ていただろ?卒業すればこのまま城下で良い就職先も見つかっただろうに」
「落ち着かなかった」発言にちょこっとだけ背中を刺された気分になりながら苦笑する。
本当に気が付いたら恐ろしく色々やらかしてしまったなぁと自覚してしまう。結局問題不良のヴァルよりも教師陣に気苦労を掛けた自信がある。……そのヴァルも明日付けで姿を消すと同時にジルベール宰相から正式に「退学処分」を下されるのだけども。
残念がってくれるロバート先生にお礼とお詫びを重ね、私達はやっと退学を許された。
再入学したくなったら相談には乗るぞ、と言ってくれたロバート先生に促されるまま退学受諾書類に署名と提出を終えて廊下に出る。
失礼しました、と一言かけて最後に振り返ればロバート先生が書類を片手に軽く手を振ってくれた。
廊下に出て、職員室から数メートル距離を置いたところで三人揃って息を吐く。
とりあえずは無事に怪しまれることなく手続きが済んで良かった。主に説明を全て請け負ってくれたステイルへ改めてお礼を伝える。
「当然の役目ですから」と笑って返してくれるステイルは、胸の前で片手をあげて返してくれた。
「残すは四限が終わる前にこっそり伝えなければなりませんね。ファーナム兄弟とアムレットは一限後にジャンヌへお任せできるとのことで、残すはヘレネさんとネイトとネル先生に……レイにも会いますか?」
「放課後も挨拶廻りするンすよね」
ええ、そうね。言葉を返しながら、私は今日の予定を頭で整える。
ステイルやアーサー、そしてジルベール宰相にも了承は得ているけれど、お陰で今日は朝から最後まで予定びっしりで気が抜けない。ヘレネさんには昼休みに学食で待っていれば会えるだろうし、ネルも被服室に行けば会える。二限と三限以外にも長めに被服室にこもっていると話していたし、おそらくどの時間帯でも会えるだろう。
ネイトはこの後会えたら一番だけれど、レイは……うーんどうしよう。一番判断が難しい。
どうせ学校辞めた後も一度会う約束しているし、正直あの子は私達がいなくなっても気にしないどころか言われるまで不在に気付かないままな気すらする。ライアーと再会できた今、私達に用も興味もない筈だもの。
いっそ次会う時まで黙っておいて、次会う時に改めてご挨拶でも問題ないかなと考える。いやでもあれだけ彼の領域に土足に文字通り踏み込んじゃっておいて何も言わずに消えるというのも配慮にかけるだろうか。
「……うん、レイにも会えたら一言断りは入れておきたいわ」
たぶんすぐに追い払われちゃう気がするけれども。
言葉を飲み込みつつ二人に同意を求めれば、一応はそれぞれ肯定で返してくれた。ステイルは「必要ないとも思いますが」と小さく呟いたけれども。ステイルの場合レイとあまり良い思い出がないから無理もない。
一限前にネイトに会えたら、昼休みに誘ってパウエルとヘレネさんと一緒に学食で食べることに決める。
この荷物はどうしますか、ネル先生にはしっかりとお別れで良いのですねと。そう三人で今後の予定を組み立てながら廊下を歩いていると、階段へ消える影を前に途中で会話が途切れた。
「ネイト!」
膨らんだリュックと短パンの小さな背丈、ネイトだ。




