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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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Ⅱ51.支配少女は戸惑う。


「そこを何とかっ……お願いできませんか?授業以外の時間でも」


学校生活四日目。

今朝はいつもより慌しく王居に走り込んできたアーサーから始まった。

エリック副隊長の家に瞬間移動してからキースさんは仕事でいなかったけれど、何故か今までに増して微笑ましいものをみる目でエリック副隊長のお母様が「あら、ジャンヌちゃん」と迎えてくれた。既に脱力しているエリック副隊長と家を出た後は、昨日勝手なことをしてごめんなさいと謝れば逆に自分の方こそ弟と母がと謝られてしまった。……確実に風評被害を受けているのはエリック副隊長なのに。

でも、お母様の眼差しが更に優しかったのを見ると、少なくともお母様には誤解されていないかなと思う。私が「お母様が何やらご機嫌でしたね」と話したら、エリック副隊長は言葉を濁して軽く頭を抱えてしまったけれど。

無事学校に到着した後は、またいつものように同級生へ挨拶をしながら校舎に入った。昇降口を通り、階段を登ろうとしたところで……それに、気が付いた。

廊下の向こうで覚えのあるような声に振り向けば、私達の担任ロバート先生が詰め寄られていた。そこまで緊迫した雰囲気ではないけれど、詰め寄っている生徒の表情は至って真剣そのものだった。更にはその生徒は


「……アムレット?」

思わず口から溢してしまう。

第二作目の主人公であり、私のクラスメイトでもあるアムレットだ。

小さな顔とショートヘアに髪先を跳ねさせた彼女は紙の束を手に教師へ訴えていた。私が立ち止まったところでステイルとアーサーも振り向いたけれど、アムレットとわかると「教室へ行きましょう」とステイルが私達を促した。アーサーが立ち位置を私の隣から、ステイルをアムレットから隠すように移動する。やっぱり彼はステイルにアムレットとの事情を聞かされているのかなと思う。

二人に促され、顔と目線だけは彼女を追いながら階段を登り始める。困ったように頭を掻くロバート先生と、彼に向けて必死に訴える彼女の表情は双方陰ったままだ。ゲームでもこんなことあったかなと一瞬何かが過ぎったけれどはっきりとは思い出せない。


「どうかしたのかしら……?」

「大丈夫ですよ。それよりも俺達が考えるべきは〝彼ら〟です」

スッパリと話題を切ってしまうステイルは、私に合わせて階段を上る。背後ではアーサーが私の後に続きながらステイルの言葉に頷いた。

言い含めるステイルに当然誰のことかは私も理解する。サラリとした白髪に若葉色の瞳、そして可愛らしいヘアピンをつけた中性的な顔立ちの少年が頭に思い浮かぶ。どうしても思い出そうとすると怒っているような顰めた表情ばかりだったけれど、昨日食堂で確認した時は年相応の顔つきだったなと思う。セドリックと一緒に食事をする彼は、整った中性的な顔を輝かせていた。好物というオムライスに向ける表情はまるで恋する乙女のようだった。

昨日、ジルベール宰相との打ち合わせ後にはセドリックから話も聞いたけれど、既にそれなりに手応えは掴んでいる様子だった。彼ならば今日にも核心を掴めるのではないかと思う。

そうね……と返しながら、階段を上り切った私達は教室へ向かう。既に早くも生徒が集まっている中で挨拶を交わし合う。

昨日のことで、男子だけでなくとうとう女子まで私達に話しかけてきてくれるようになった。おはよう、とお互いに名前を呼び合いながら、今日の授業は何かしらねと話をすると本当に前世の学校生活に戻った気分になる。気がつけば席に着く前に私は女子と、すぐ隣にいるステイルとアーサーは男子とできっかり談笑の境目ができていた。

時々共通の話題がどちらかで出ると、「あ、俺も」や「!そうなの?」と境目無視でお互いが会話に乱入してしっちゃかめっちゃかになるのがリア充ぽい。私の地味な前世では到底できながった社交術だ。次々とまた生徒が教室に登校してくれば、会話に入る人数も自然と増える。

四日でわりとクラスにも馴染めて来たかしらと一人静かにほっと息を吐いた時。


「あ、あのっ……フィリップ、君……!」


甲高く、上擦った声が突然割って入った。

さっきまでの「なになにー?」という自然な入り込みではなく、会話を切りかねない意を決した声だった。

まだ数人はわいわい話す中、呼ばれたステイルとその傍に居た私やアーサーを含んだ数人が会話を止めて目を向ける。見れば、クラスの女子の一人が友達らしき女の子二人を付き添いに連れてステイルの前まで来ていた。……って、これってもしかしないでも……。


「……何ですか?」

少し間を置いてから、ステイルが表情一つ変えずに身体ごと振り返る。

……いやでも、絶対これはわかってるだろう。ステイルにとってはわりと慣れたことなのだから。もじもじと組んだ指で遊び、肩をくねらせた女の子は確かアンナだっただろうか。

昨日、私達と一緒に帰ってくれた女の子達の中にはいなかったけれど、同じ系統のわりと活発めの女の子だった気がする。今は完全乙女モードになっているけれど。


「きょ、今日、昼休みにっ……話したいことがあるから‼︎校舎裏、来て……くれる?できれば、……一人で」

告白‼︎‼︎

どうしよう、学園物の告白呼び出しなんて前世でも今世でも初めて見た。

絵に描いたような呼び出しと照れ具合がものすごく初々しくて可愛い。見ているこっちまでなんだがむず痒くなって火照ってしまう。十四歳の女の子で自分から告白なんて積極的だなと尊敬してしまう。私にはそんな勇気全くなかった。……というか前世含んで今の今までそういうイベントが縁遠すぎた。唯一の花は婚約者としてのレオンとのひと時と婚約解消直後のほっぺに口付けしてもらったことぐらいだろうか。……この子、絶対十九歳の私より乙女力高い。

目の前のピンク色な雰囲気に飲まれてぐるぐるとそんなことを考えていると、ステイルは軽く指先で眼鏡の黒縁を押さえた。もう今が告白の返事待ちかのように顔を真っ赤にして俯ける女の子に、ステイルはさらりと口を開く。


「申し訳ありません。もう昼休みは高等部の友人と約束があるので」

「!す、少しで良いの‼︎絶対時間は取らせないから‼︎‼︎もしくは放課後っ……明日とかでもいいから!」

「わかりました。ですが、僕が一人で行くのであればせめてそちらは〝二人以上で〟来ていただけますか?親戚ならともかく、都会の女性と二人きりでいるなんて、〝故郷で待つ大事な人に〟悪いので」


パッキャーンッ


……うん、聞こえた。今確実に幻聴ではなくハートが粉々に割れる音が鮮明に‼︎‼︎

にっこりと涼しい笑顔で返すステイルに、完全にアンナは凍り付いていた。

彼女だけじゃない。付き添いの女の子も、そして私達の周囲どころかいつの間にかクラス全体が極寒を迎えていた。

ひぃぃぃっ!と私が一番に悲鳴をあげたくなるほどの寒風に、アーサーが引くように一歩私の横に並んだ。横目で見れば、アーサーの顔が無言で「えげつねぇ」と言っているのが聞かなくてもわかった。

昼休みに先約がというやんわりとしたお断りにも負けず食い下がった少女に、別の女アピールはあまりにエグい。


「え……大事な……人……?」

「はい。故郷に。とても大事な女の子で、家族のように思っています」

「……ジャンヌじゃ、なくて……?」

「いいえ。金色の髪をした、年下の可愛い女の子です。血は繋がっていませんが、家族のように大事な掛けがえのない存在です」


それティアラでしょ‼︎‼︎

嘘じゃないけど!全く嘘じゃないけれど‼︎‼︎確かにティアラとは血は繋がってないし家族のようにというか完璧家族そのものだけれども‼︎‼︎

流石策士ステイル。私なんかよりずっと嘘なく綺麗に上手く誤魔化している。何も知らない子が聞いたら百人中百人がステイルに恋人がいるとしか聞こえない。しかも手慣れた調子で照れたようにはにかんで見せちゃっているし‼︎社交界や式典でこういうステイルを私達は見慣れているけれど‼︎‼︎

ステイルは養子になった頃から既に女性に人気があった。王族というフィルターを抜いても美男子だし、今では当然ながら実質妙齢のステイルは社交界も式典も女性人気が高い。私が彼を婚約者候補にしていたと知る前から、ずっと令嬢や他国の王女からの猛烈アピールを捌き続けていたステイルにとって女の子の告白イベントフラグなんて慣れたものだろう。今までだって沢山の王侯貴族と良好な関係を保ちつつ、次期摂政の勉強に集中する為にと女性との一線は保ってきた子だもの。流石モテモテ王妹ティアラのお兄ちゃん。


「それに……」

にこやかな笑顔を崩さず、ショックで氷漬けにされている女の子に気づかない振りをしながらステイルが言葉を続ける。

まさか自分に好意を示してくれた女の子にこれ以上の メンタルダメージ与えないわよね⁈と私の方がヒヤヒヤする。一瞬腕を掴んで止めようと思ったけれど、ここで女子の私が出たら確実に拗れる気がする。

私と同じタイミングで止めようとステイルの肩へ手を伸ばすアーサーに全てを託す。けれど、アーサーが肩を掴んだ時には既にステイルは次の言葉を放った後だった。


「ジャンヌではないですよ?ジャンヌは僕の好みではありませんから」


ん⁇⁇

……なんか、凄く聞いたことがあるような。

思わず息を止めて記憶を探ることに没頭する。物凄く最近……というか昨日だ。まさかここでステイルも私の言い訳を真似するとは思わなかった。

そう思っていると、にこやかな笑顔をアンナに向けていたステイルがゆっくりと首だけを動かした。ぐぐぐ……と、じわじわと顔の角度が決死の告白をしてくれた女の子から私へと向けられる。……あれ、待って。なんか、なんかなんかすっごく黒い覇気が見えるんですけれど‼︎‼︎⁈


「ですよね?……ジャンヌ」


怒ってる⁈なんか怒ってる‼︎⁉︎

真っ黒の笑みを浮かべたステイルからは、うっすらと憤怒すら感じられた。何故この場で発言をしていない私に急に怒るのか‼︎もしかしなくても言葉被せたのも全部私の失言への意趣返し⁈

あまりにも久しぶりに見るステイルの怖い笑顔に「はいッ‼︎」と私も肩を上下して声を裏返す。怖くて半歩下がってしまうと、近くにいた女子が庇うように抱き締めてくれた。というかステイルに告白したアンナまで顔真っ青だし‼︎‼︎確実にこの場にいる女の子全員の夢を氷結粉砕している気がしてならない!

すると、ステイルの肩を掴んだアーサーがその場でボカンッと軽く頭を殴った。突然の衝撃に目を丸くしたステイルが自分の頭を押さえながらすぐアーサーを睨む。でもアーサーが既にステイルを叱るように睨んでいたから、結局ステイルの方がむくれるように目を背けることになった。

ちょうどその時、一限目の予鈴の鐘が鳴った。

静まりきった教室に怖いくらい鐘の音が響き渡る。同時に教師のロバート先生が入って着席を声かけたところでやっと全員の時間が動いた。……しまった。また朝の授業前に他クラスへの偵察に行けなかった。

ステイルがアーサーに後ろ首を引き摺られる形でいつもの席に着く。


「ふぃ……フィリップ、大丈夫……?ごめんなさい、もしかしなくても昨日のことを怒って……」

「いえ。……すみません、何でもありません。……つい」

「つい」って何⁈

合わせた指先を額に当てて落ち込むステイルは、まだぷすぷすと黒い気配がうっすら残っている。まだ苛立ちか何かが治っていないらしい。やっぱり昨日私に値踏み発言されたことを怒っている。当然だ、まだちゃんと謝れてもいないのだから。


「……あの、今更だけれど昨日はごめんなさい。二人には本当に失礼なことを言ってしまったわ」

アーサーにも目を向けて謝りながら、教師の出欠確認の間に俯くステイルの頭をそっと撫でる。

サラサラとした黒髪は整えるまでもなく綺麗だけど、それでも何度も髪の流れに沿って繰り返し撫でる。すると気持ちも少し落ち着いたらしく、怖い気配だけはなくなった。……何やらぶつぶつと「頭まで子どもになってどうする……‼︎」と噛み締めるような声だけが漏れ聞こえてきたけれど。撫でられるのも子ども扱いみたいで嫌だったのだろうか。

反対隣からはアーサーからの長く深い溜息が聞こえてきた。

両手で頭を抱えて机に突っ伏すアーサーは息を吐き切った後、スイッチが入ったように顔を上げる。あまりの勢いに、掛けている銀縁眼鏡がずれたアーサーは一度両手で眼鏡の蔓を押さえると、机から前のめりになりようにして私の向こう隣にいるステイルを覗き込んだ。アーサーの気配にステイルも気付いて俯いていた顔をあげる。


「二限なったらちょっと来い」

二限目。男女別の選択授業で、男子は教室を移動する。この時だけは女子の私一人になってしまう為、一限が終わる前からアラン隊長が二限目の終わりまで私を見張ってくれている。

何か話があると言わんばかりの断言に、ステイルも眉を中央に寄せたまま黙って頷いた。

アーサーはステイルの怒っている理由とかも気付いているらしい。……私の方がステイルと付き合いが長いのに、凄く情けない。


その後、一限が終わって本当にすぐアーサーに引き摺られるようにして移動教室に向かって行ったステイルは、……二限終了後に顔を真っ赤にして戻ってきた。更には何故かアーサーも私と目が合うなり顔を逸らし出す。

妙にしおらしくなってしまったステイルは、私のところに戻ってくるなり「申し訳ありませんでした……」と開口一番に何故か謝ってくれた。どうしたの?と聞いても、再び真っ赤な顔を両手で覆い、席にも座らず棒立ちだった。


「…………自分のやったことがあまりに幼稚で軽率で的外れな上に八つ当たりで無意味だと気付いてしまっただけです……」

顔を覆う指の隙間からそう言ってしおらしくなったステイルは、そのままアンナに怖がらせたことを直接謝りに行っていた。


いつもはピンとしている彼の背中が、今はかなり丸かった。


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