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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
見かぎり少女と爪弾き

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そしてわかる。


「でもやっぱりアーサーさんにが一番会えて嬉しいですよ。兄ちゃんから聞いた時からずっと会ってみたかったから」


昨日と似てるけど、昨日より機嫌が良い。……いやおかしいだろ。

家焼かれて親と一緒に盗賊に襲われて怖い思いしかしなかった筈だ。その後も盗賊とかパウエルの暴走とか、しかもちょいちょい逃げようとしたのも知ってる。

唯一あの笑顔が崩れたのも雨に打たれたプライド様の前だけだ。逃げようとしたのだって全部自分一人が助かりたいからじゃなくて、自分の特殊能力で被害を広げないためだった。


〝拡散〟の特殊能力、ってプライド様は呼んでいた。予知した未来じゃブラッドが感情に飲まれて火事を村どころか山まで広げちまうって。だから俺もプライド様に付いていったしエリック副隊長もそれを許してくれた。でも、ンなとんでもねぇ特殊能力があって危ない目にもあってても、その間ずっと呑気に笑おうとしてた。

正直ノーマンさんの身内とか、プライド様の予知とかなかったら盗賊に関与してたんじゃねぇかと疑ってた。もし笑顔でも俺らに気を遣ってとかで無理して笑ってたんならまだ納得できた。なのにこの人の笑い方は本当に心配もねぇような、気楽さも混じってた時があるから怖かった。


今なんて俺を前にずっと腹からの笑顔を向けてくれている。心配したこっちがおかしかったくらいに、すげえ嬉しそうだ。扉を開けた瞬間なんか見開いた後の目がマジで輝いてた。

ジルベール宰相やステイルみたいな取り入る為の笑顔でも、昔のレオン王子みてぇな貼り付けた笑顔でもない全部が全部本物だ。

自分は昨日からずっとここに一人で、村の奴らがどうなったかとかダチは無事かとかもう元の生活に戻れないのかとか、身内に騎士がいてもわからなくて不安とか怖いこととかあるんじゃねぇのか?


「そういえば、なんで兄ちゃんのことノーマン〝さん〟なんですか?兄ちゃんはアーサー騎士隊長より全部下なのに」

年も、入団歴も入隊歴も立場も、それに身長もと。最後には思い出すようにぷぷっと笑ったブラッドに、俺の方が表情作るのに無理が出る。

昔ノーマンさんにも似たような質問されたと思い出せば、やっぱ兄弟だなと思う。ライラやノーマンさんと比べたら、まだブラッドは言うこともキツくはねぇけど。

ただ、ここでノーマンさんと同じ返しを興味津々に首を傾けるブラッドに話すのは躊躇った。ノーマンさんはわかってくれたけどブラッドもわかってくれるとは限らない。それに話だって無駄に長くなる。

「それは」と言ってから一度口を結んで、肩で息を吸って吐き出した。とりあえず嘘じゃねぇ答えだけ決める。


「ノーマンさんは尊敬できる人だから、です。お兄さんはそれぐらいすげぇ騎士なんですよ」

「えー、そうかなぁ。だって兄ちゃん怒りっぽいし、昔から要領もあんまり良くないし意地張りの見栄張りで融通が利かないし」

「いや‼︎すげぇところいっぱいありますって!頭も回るし三、四番隊でもやっていけそうなくらい後衛や作戦指揮もできて任務には冷静で真面目で最近じゃ書類仕事まで助けられてますし……」

ッやっぱりノーマンさんとライラと同じだこの人‼︎‼︎

俺が必死に否定してる間、はははっ!とブラッドが腹を抱えて笑い出す。笑い方に嫌な感じは全くしねぇけど、取り合えずノーマンさんも優秀なんだってことだけ訴える。身内だし性格とかは俺より知って間違いねぇのかもしれねぇけど、ノーマンさんが大したことねぇみたいに思われるのはすげぇ嫌だ。

ひとしきり笑ったブラッドは、やっと呼吸を整えると目元を指で拭った。まさか今日会って一番に見る泣き顔が笑い泣きになるとは思わなかった。

「あー面白かったぁ」と呟くブラッドにもしかして俺がからかわれただけかなと思う。


「……でも、僕も尊敬してますよ。兄ちゃんのこと」

柔らかい声でそう言われて、ブラッドは降ろしていた両足をベッドの上で抱えた。

視線が膝に落ちて、一人で言っているようにも見えた後は遠い目だ。さっきまでの笑顔が嘘みたいに静けきっていた。

取り繕うこともないそのままの水を打ったような表情に口の中を飲み込んだ。


「だって兄ちゃんは格好良いし、お陰で僕はのんびりできてますし騎士になった兄ちゃんも本気ですごいと思います。……僕には絶対できないから」

「?なんでですか」

もしかして騎士になりたいのかとも思ったけど、それじゃあ〝できない〟の理由がわからない。

ブラッドの〝拡散〟はすげぇ特殊能力だし、危険もあるけど使い方次第だ。少なくとも特殊能力は騎士に〝なれない〟理由にはならない。

ノーマンさんが騎士なのに家が反対してるとも思えねぇし、それとも年齢を気にしてるのか。でもそういう理由だったら俺でなくてもノーマンさんが絶対言ってくれている。もしかして父親のことが関係してるのかなと考えれば、安易に尋ねたことに後から後悔した。この人達の父親は騎士で、殉職しているとノーマンさんが言っていた。

何か話を変えようかと視線だけが逃げるみたいに泳ぐ中、ブラッドが「実は」と言い出す方が早かった。


「僕、痛いのとか嫌なんです」

……?

なんか、すげぇ当たり前のことを言われた。一瞬またからかわれたのかなと思ったけど、眉を垂らして笑うブラッドからは今までと違った作ってる違和感がこぼれていた。たぶん、今は無理して笑ってる。

「こんなこと騎士さんに言うの失礼だけど」と言いながら、両膝を抱える指がわずかに震え出す。


「母さんの為にこんな怪我したけど本当は痛いの怖いし辛い鍛錬とかも嫌だし。正直、昔生きてた頃の父さんに付き合って鍛錬していた兄ちゃんも意味わからなかったなぁ。僕まだ小さかったけど。だって辛いし苦しいじゃないですか。しかも任務の為にとか自分より誰かの為に戦ったり怪我したり死なないといけなくて、折角仲良くなった仲間も死んじゃうかもしれないし。苦しい努力してそんな目に遭うことが約束されるような人生って怖くて。父ちゃんだって殉職したのに、なんでわざわざ父ちゃん達と同じで特殊能力のない兄ちゃんが同じ道に行きたいのかなぁとか。……僕の所為だったら、どうしようとか」

一つ一つ切ってはゆっくりのんびり話してるのに、なんだか鬱憤を吐き出してるみたいだった。

視線を顔ごと膝に落としたまま、さっきまで何度も目が合ったのが嘘みたいに上がらない。口が笑ってても歪で、人らしい取り繕いがたぶん俺じゃなくても一目でわかる。

言うことはやっぱり刺すみてぇに包まねぇ言葉で、俺も口を意識的に閉じて黙って聞いた。正しいことも間違ってると思うこともわかることもわかんねぇことも今は全部飲み込んだ。昨日の村襲撃とは全然違うところから傷も血も滲み出てる。


「騎士は格好良いし本当にすごい好きだし尊敬してるんです。…………僕には絶対できない生き方を選んでる人達だから。だから好きで、格好良いと思って、ただ……本当に、ただそれで尊敬してるだけでー……」

包帯の下が痛んじまうんじゃねぇかと思うほど膝に指が食い込んでる。

だんだんと声も消えいってきて、肩ごと細かく震え出した。下唇を噛んで、俺にも顔を見せねぇように深く俯いた。明らかに顔色が変わってくるブラッドが心配になって腰を上げ傍に付く。

ベッドの毛布を引っ張って頭から肩に掛けたら、下に寝衣が引きずり出てきてそっとベッド向こうに引っ込めた。悪いと思いながら俯いた顔を上げようとしないブラッドの隣に座る。俺に見せたくねぇなら正面より隣の方が良い。

そっと背中を上下に摩れば「ごめんなさい」と、掠れた声が毛布の下から聞こえてきた。なんで謝るのかわかんねぇけど、…………この人は、たぶん本当に昨日のことなんか大したことねぇもんだったんだな。




その前の傷の方が、ずっと深い。




「…………軽蔑しました?」

そうやっと言葉が投げかけられたのは、口を噤んでから二十分は後だった。

少し鼻を啜る音も混ざっていて、俺は変わらず背中だけを摩りながら短く返す。軽蔑する理由がどこにも見つからないのにするわけもない。

急に丸くなったと思ったら目を膝にこすりつけてて、タオルでもねぇかなと目で探す。見つける前に服の袖で今度は拭ったブラッドは、また二回鼻を啜った。


「……………兄ちゃん、には内緒で……。もし嫌われたら」

「嫌いませんよ絶対ノーマンさんは。……別に、普通のことですよ」

言いませんけど。そう付け足しながら肩に手を置いたら今度は大きく震え出した。

両膝に落ちたままの額も、手足を体の中心に寄せて縮こまった身体も、えずく喉の音も一日二日耐えてた程度のものじゃない。

抑えるより吐き出した方が良いと、腕を回して肩ごと引き寄せて寄りかからせれば起きようとはしなかった。

ノーマンさんにも言えねぇことをなんでいきなり言い出してくれたのかと思ったけど、……家族だから言えねぇことがあるのも俺は知ってる。もしかしたら昨日の火事がそこを引っ搔いたとか、プライド様が別れ際に言った言葉とか、それともノーマンさんが昨晩何か言ってあげたのかはわからない。……ただ。



また話しに来て良いか尋ねようと、静かに思った。



この人が全部流し終わった、その後で。


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