Ⅱ426.見かぎり少女ははしゃぎ、
「ねっ、ネル先生っこれ!私、その本当に頂いても……⁈」
きゃあああああああああああああああああああああああああ
入念に畳まれたそれを両手で受け取りながら、プライドは紅潮する頬をネルに向けた。
畳まれた状態から既にわかる、きめ細やかな刺繍が施されたその服は間違いなくネルの腕によるものだ。「もちろんよ」と一言返された後も変わらずプライドの目は見開かれたままだった。
折りたたまれた状態だけでなく折角なら全体も見て欲しいとネルは思ったが、プライドは畳んだ状態を待ち固まったままである。これをいまこの状況で開くのも躊躇うほどに視界に刺さる刺繍に目を奪われた。
仕方なくネル自身が手を伸ばし「こんな感じなんだけれど」とジャンヌの手を取り、服を摘まんだ状態からハラリとはためかせ伸ばした。畳まれた状態から空中で広がり姿を見せたのは、上から下まで繋がった可憐なワンピースだった。
ドレス用の高級感や意匠を凝らした刺繍ではない、十四歳の少女が愛するような押しつけがましくない花と鳥の刺繍の采配。レースはついていないのに女性らしさが演出され、布地の白も余計可憐さが際立っていた。
ネルを学校講師としか知らなかったファーナム姉弟もこれには小麦を置いて注目してしまう。
「素敵。こんな綺麗な刺繍初めて見るわっ、流石は被服の講師さんですね」
「すごいこれネル先生が一人で⁉︎えっすごい‼︎じゃあ今度姉さんの服とかも……」
「ディオス。それは図々し過ぎ。……やっぱりジャンヌの知り合いって普通の人いないよね。こんな綺麗なの初めて見た」
ぱたぱたと早足で駆け寄ってくるファーナム姉弟もやはり一番に目を引かれたのは刺繍だ。
きめ細かく縫われた模様に、ディオスは恐る恐る指で糸をなぞった。書いたのではない、間違いなく全て一本一本糸で紡がれた模様だということに感嘆の声が漏れた。
三人の反応に、やはりネルの刺繍は素敵なのだとプライドは改めて胸を張りたい気持ちでネルを見返せば彼女からも口元を手で隠しながらふふっと照れたような笑みが返ってきた。
「どうかしら、余裕のある大きさにしたしジャンヌなら細いから袖を通しても問題はないと思うのだけれど」
本当なら細かく採寸してぴったりの服にしたかった、とネルは頬に手を当てて思う。
今までも商品として様々な服などの作品を作ってきた中、ジャンヌの服のサイズもある程度は目測で作れたがそれでも実際に本人と照らし合わせるともう少しウエストを絞り丈も短めにして良かったかしらと考える。
今まで売ろうとしてきた作品と違い今回はあくまで〝十四歳庶民のジャンヌに贈る服〟がテーマだった為、なるべく女性でも動きやすさを重視したかった。だからこそ服のサイズも大まかな目測で作れたが折角十四歳の内からスタイルが良い彼女なら、時間もたっぷりかけてぴったりのドレスを作りたい欲もあった。
しかしいつも彼女が着ている服の系統から考えても動きやすさを重視させることで落ち着いた。
「すっっごく素敵です‼︎こんな綺麗な刺繍まであつらえて貰えてっ……あの、もし迷惑でなかったら明日学校に着ていっても良いですか?」
「!嬉しい。もし直すところがあったら遠慮なく声を掛けてね」
いくらでもジャンヌの為なら直すから、と。殺し文句まで続ければプライドも満面の笑みでネルに返した。
白地や美しい刺繍にも関わらず派手さを感じさせない服は、間違いなく学校で着ていっても悪目立ちするものではない。最後の学校生活を彩るにはこの上ない衣装である。
今からでも待ちきれないように自分の肩に合わせて服を前に重ねてみれば、ディオスから真っ先に「可愛い‼︎」と声が上がった。ネルの服が褒められたことにプライドもふにゅりと顔が緩む。
明日で最後の学校生活も、こんなお楽しみが待っているならと待ち遠しくすらなる。この場に鏡がないのが残念だが、重ねてみた感覚でも間違いなく自分の身体に合う大きさだと確信した。
素敵ね、良いんじゃない?とヘレネとクロイからも続けて褒められる中、そのまま振り返りたくなる気持ちをぐっと堪えた。本音を言えばステイルやアーサー、エリックからも感想を聞きたいところだが流れのままにアーサーをネルに注目させるわけにはいかない。ここは帰りの道に取っておこうと考えた、その時。
「ちょっと。なんでフィリップ達は何も言わないの」
クロイからの指摘が貫いた。
いつもならば一番先にジャンヌを褒めちぎる筈の二人が黙しているのは、クロイの目から見ても不自然だった。間違いなくジャンヌに似合った服に、それを作ってくれたらしい本人もいるのに褒めないことに眉を寄せる。
ぎくりと肩を上下させるプライドも、そこでぎこちなく首を回した。アーサーをネルから隠す為、ステイルもエリックも今は自分の隣ではなく背後である。
振り返れば、ネルと同じ位置にいる自分にアーサーだけは影で見えなかったが、困り眉で笑うエリックと眼鏡の黒縁を指で押さえながら俯き気味のステイルがこちらを向いていた。きっと二人も自分と同じ理由で敢えて黙していてくれたのだろう、と察しつつプライドは唇を結んで見返した。
名指しされ、注目を浴びたからには仕方が無いと最初にステイルが顔を上げた。本音を言えば、その服で最後の登校日を過ごすという案に思うところはいろいろあるが今は飲み込んだ。服にもプライドにもネルにも罪はない。
俯いていた時には見えなかった笑顔を綺麗に浮かべながら「素敵だと思います」とプライドの服を絶賛する。
「僕もこんな素敵な刺繍は初めて目にしました。明日のお披露目が今から楽しみです。ジャックも目を奪われていましたから間違いありません」
直後「ばっ……‼︎」とエリックの背後から声が漏れたがそこで止まった。代わりに腕だけ伸ばし、ステイルの肩をバシリと叩く。
プライドの服が綺麗だとも似合うだろうと思ったことも間違いないが、まさか勝手に代弁されるとは思わなかった。アーサーの小さな反抗に、ステイルは笑顔を崩さないまま「ですよね」と視線をエリックへと上げる。
アーサーの話題に移る前にと話題を投げる彼に、エリックも頬を指で掻きながら合わせた。
「自分も愛らしい服と刺繍だと思います。ジャンヌから話は聞いていましたが、本当に素晴らしい腕前ですね」
尊敬します、と。そう嘘偽り無く賞賛すればネルからも礼が返された。
全員からの賞賛に、身内の褒めとは思いつつネルも嬉しくて顔が綻ぶ。プライド王女からの賞賛を受けたという兄からの情報も重なり、今は身近な相手からの賞賛も気持ちとして受け入れやすくなれた。
本来であれば一番に手をつけるべきなのは自分にとって最大の上客であるプライド王女にだが、やはりジャンヌに先に作って良かったと思う。
どうしてもこの機会を与えてくれた彼女への返礼を最初に着手しないと自分の気持ちが収まらなかった。千載一遇の機会と創作意欲の波に飲まれかけつつ、一度作ると決めたジャンヌへの贈り物は今までで一番早く出来上がったとネルは心の中で自賛する。
やっとお返しができて嬉しいと言葉を返しながらもこれでやっと今度のプライド王女への採寸にも心おきなく望めると思うネルだが、そこでふとまた別問題が頭に浮かんだ。
「だけど、こんな素敵な部屋まで紹介して貰ったしまたジャンヌと、今度はアムレットにもお礼をしなきゃ……」
「‼︎い、いいえ!私はもう充分過ぎるほど頂いていますから‼︎」
まさか直属契約まで頂いているとは口が裂けても言えない。
アムレットには是非にと思うが、ここで自分が二着も貰うわけにはいかない。しかも明日で消える身である。
この場では言えないが、しかしこんな素敵なものをもう一着作って貰っておいて受け取らないなど失礼でしかない。もう今両腕に抱き締めている服と明日の着衣許可を貰えただけで充分過ぎた。
たった数日で仕上げたとは思えない出来に、どれだけ真剣に作ってくれたかが染みいるように伝わった。




