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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
見かぎり少女と爪弾き

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そして脈打つ。


「~~……ッッよぉぉおしわかった‼︎レイちゃん了承決まり‼︎俺様も可愛い子ちゃんの頼みなら断れねぇから文句はねぇ、な⁈」


額から滴る汗を落としながらレイの両肩を背後からバシンバシンと叩き下ろす。

一番距離の離れていたネルすら両耳を押さえるほどの大声に、レイも今度は正直に顔を顰めた。うるせぇ耳が壊れる!と怒鳴ったが、それよりも遥かにライアーの声が大きかった。な⁈と、そのまま今度は叩き落とした手で肩を地味に鷲掴み圧迫する。昔からレイが口裏合わせに察しなかった時の手段の一つである。

いつもなら得意の口上で上手くレイを欺すなり頷かせるなりできた彼だが、今はその余裕は皆無だった。水面下で緊急域を訴えるようにミシミシと強まるライアーの握力に、レイもそれ以上は食い縛る。歯を剥き出しにギリリと鳴らし、振り返った状態から風を切る勢いでジャンヌへ向き直りまた睨んだ。

わかッた、と。その言葉は、了承とするには油を差していない金具のような噛ませた音だった。


「駄犬を目に掛けてやるぐらいはしてやる!だッからライアー‼︎その手を早く」

「ッよしよし帰るんだな⁈喜べ俺様の添い寝付きだぜ最高だろ」

だれがンなことしろといった気持ちわりぃ!とすかさず声を荒げたレイだったが今度こそライアーに腕で首を引っかけられ引き摺られていく。プライドが「駄犬呼びもやめて」と言う間もない。

首が絞まる‼︎と途中から半ば本気の苦情がレイから放たれた時にはもう廊下に姿だけは消した後だった。今度こそ間違いなく玄関の鍵を閉めるべくクロイが充分過ぎる距離を置きつつ彼らの後を追う。

少しの間は廊下で地団駄のようにレイが抵抗する音が聞こえたが、ライアーから思い出したように再び女性陣の名前で挨拶が叫ばれそこでバタンと切れた。玄関の鍵を閉める間も扉一枚隔てた先で騒ぎ声は聞こえたが、再び扉が叩かれることはなく向かいの家へと遠ざかっていった。

いつもの足並みで廊下から戻ってきたクロイが「帰ったよ」と一言居間の彼らに告げれば、自然と全員から長い息が吐かれた。


「別に僕らは仲良くなりたくはないけどね」

でもありがと、と。短くついでのようにくれるクロイにプライドも苦笑いした。

確かにクロイ達からすれば一方的にでも距離を取りたかった相手かもなと考えるが、それでもあの時にすぐ否定が入らなかった分絶対でもないのだろうと思う。良好な関係以上のものはない。

続いてディオスから「ジャンヌ!」と両手を広げて突進が入ったが、そこはエリックがやんわり止めた。前に立つではなく、そっと両手で受け止めるようにして阻めばディオスも広げた腕を下ろしてぺこりと騎士に謝った。

騎士相手の制止は流石にディオスもムキになれない。プライドの前で足を止めた彼は、改めて息を吸い上げると満面の笑みを輝かせた。


「ジャンヌありがとう!格好良かったよ‼︎ごめんね!僕らが守ってあげたかったのに!」

でも格好良かった‼︎ときらきら目を輝かせ手だけでも伸ばすディオスに、プライドも両手を繋ぎ返した。

そんなことないわ、と肩を竦めながらむしろ元を辿ればレイ達が引っ越してきたのは自分が原因でもあると思う。移住先は偶然とはいえ、レイとファーナム兄弟に関係を生まれたのももともと自分がいなければ生じなかった事故である。あの惨状を見ればこれぐらいのアフターフォローは必須とすら思う。

「また困ったことがあったらネル先生だけじゃなく私達にも相談してね」と笑みと共に重ねれば、元気の良い返事が返ってきた。


弟二人の明らかな安堵姿に、ヘレネは頬に手を当てる。

自分としては賑やかになって嬉しかっただけで困ってはいなかった分、今までの凄まじく移り変わりの激しい攻防のやり取りも傍観して付いていくので精一杯だった。ディオスだけでなく、人とあまり関わりたがらないクロイがあそこまで積極的に関わったレイもライアーも姉の目線では「面白いお友達」である。

しかもライアーに至っては、自分は親切にしかされていない。食料も安く買い叩いて差し入れてくれるし、特別親しくといっても弟達かレイの話ぐらいしかお互いしていない。せっかくの小麦粉のお礼をし損ねたことは悪い事をしたと、後で夕食の時に謝らなくちゃと思う。

しかしどちらにせよ、ジャンヌからも仲良くしてねという話で落ち着いたのは良かったと思う。


「じゃあ今度からはクロイちゃんとディオスちゃんもライアーさんとレイ君と仲良くしましょうね」

え‼︎と、直後には双子で揃った声が上がったが、その後は「ディオスが仲良くすれば良いでしょ」「なんで僕だけ!‼︎とお互いでの押し付け合いに移行した。

仲良く喧嘩する双子に微笑んだヘレネは、床に放置された小麦を移動させようと近づき手をかける。しかしあまりにもぎっしりと詰まった重さにぴくりとも小麦は動かない。体調は大幅に改善したヘレネだが、筋力はもとより弱い。

姉の葛藤に気付いた弟達が慌てて喧嘩を中断し駆け寄れば、ネルも部屋の隅に置かれていたトランクに手をかけた。サインの書き終えた契約書を風に落とされないようにペンを乗せて置く。


「ジャンヌもレイと知り合いだったのね」

「あっ、はい。その、……学校で色々あってその繋がりで」

一瞬びくりと身体が揺れるプライドだが、すぐにその場で持ち直した。

レイが学校の生徒である限り、繋がりがあってもおかしくない。その色々が凄まじく面倒な為に濁したがネルも深く追求はしなかった。そうなの、と肩を軽く傾ける動作をしつつガラガラとトランクと一緒にプライドへ歩み寄る。

反射するようにアーサーもそっと気配を消してエリックの影まで移動するが、彼女は気にしない。


「レイもライアーさんもあまり悪い人には見えなかったけれど、ジャンヌはどう思う?」

もし余計なことだったらごめんね、と続けて謝るネルにプライドも首を横に振ってから考える。

ネルの目にもそこまで悪人に映らなかったことに安堵しつつ、頭を捻る。既にここに来るまでの間にディオスやアムレットからの話を聞いている筈のネルだが、そういえば自分の話はまだ聞いていないと気付く。

そうですね……と言葉を少し濁しながら、二人の深い事情は伏せて言葉を選んだ。


「ライアーはちょっと色々言動が驚きますけれど、良い人だと思います。レイは勝手で我が儘で俺様の問題児ですけれどディオス達のことを本気で嫌ってはいないと、思いますし……いつかファーナム家と仲良くなれると……思い、ます……」

後半から段々ディオス達に聞かせづらく、声を絞りつつネルの視線から逃げた目線で小麦と格闘する三人を確認する。

今のところ自分達の会話に気付かず、応援役のヘレネを置き台所にずるずると双子二人がかりで小麦を移動させている。

まさかレイがディオスとクロイのことを気に入っているとは本人に言えない。ただでさえ捻くれたあのわかりにくい愛情表現だ。ここで正直にそれを二人に告げれば少なくともクロイからは「え、気持ち悪い」と言われるのが容易に想像ついた。


恐る恐る潜めた声で指を組み合わせ背中を丸くして言うジャンヌに、ネルは小さく笑んだ。

「そう」と一言だけ返しながら思う。まさかジャンヌが直接レイと知り合いだったことは意外だったが、交友関係が広いと思えば納得できた。見かけだけでも異性の目を引きやすい女子生徒だが、既にマリーという大物と知り合いである存在でもある。

しかも話を聞けば騎士の親戚であり、こうして見ただけでも保護者代わりのエリックにも大事に守られている。さっきから彼女の傍を離れない青年二人も見れば、友人のアムレットを思い出してもやはり本当に愛される子なのだろうなと思う。

騎士の親戚である彼女と、騎士の妹である自分が知り合ったのも何かの縁かしらと思いながらネルはトランクの持ち手を軽く持ち直した。


「なら良かった。契約も無事住んだし、引越の準備も進めたいから私は帰らなきゃ。今日は付き合ってくれてありがとう」

いえこちらこそ何もできずに……!と慌ててぺこりとジャンヌが頭を下げるが、ネルからすれば充分過ぎるほどの援助だった。

ファーナム姉弟が揃って良い子だったことは幸いだった。しかしそれでも教師一人が生徒三人の家へ住む為に訪問は敷居が高い。

講師の権限で押し掛けたわけではないという形でも紹介者の動向は充分ありがたかった。レイとライアーについてはアムレットとディオスから聞きある程度覚悟して問題もないが、最後に「仲良く」とそれを決めてくれたのも良かったと思う。

自分としてもなるべく良好な関係は築きたかったが、良好な関係のまま近付くか距離を離すかはまた別問題である。あきらかに迷惑しているファーナム兄弟を見れば、良好な関係どころかいつかは叩き出すべきかとも考えたのだから。あくまで大事なのは家主である。


……でも、ジャンヌが言うのなら平気かな。


そう考えを整理しながら、ネルはそっとトランクを横に倒した。

トランクの口を開き出すネルにプライドは首を捻る。帰ると言っていたのにどうしたのだろうと思いつつ、つい宝箱を覗く感覚で首を伸ばしてしまう。彼女のトランクが文字通り自分にとっては宝物そのものであることは既に知っている。

どうかしましたか?と尋ねれば、開けた片面越しにネルから口を閉じた笑みだけが返された。なにか含んでいるような悪戯っぽい笑みに思わず同じように口を結んでしまう。

まさか!とそこで数日前の記憶が蘇り、胸が高鳴った。



「ちょうど昨日出来上がったから。気に入ってくれると嬉しいのだけど」



どっきん‼︎

ネルの柔らかなその言葉に心臓が一度ならず二度三度と連続で脈打った。

あまりのどきどき感に胸を両手で押さえると、瞬きもできない視線の先でネルの細い手がトランクの中から一着をおもむろに取り出した。


愛らしくも可憐なワンピースを。


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