表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/1000

そして絡み合う。


─ 彼らは、確かにそこに立っていた。


「……え、入団の募集人数が限られるようになったのってここ数年のことなんですか?」

フリージアの国外へ出た彼らは、声を抑えながら他愛もない言葉を交わし合う。

早朝から馬に跨り、順調に一定速で隣国であるアネモネ王国へ向かう彼らの先頭を行くのは騎士団長。新兵である彼らには遠く及ばない憧れの存在でもある。

本隊騎士ですら緊張を露わにする相手に、新兵が恐縮しないわけがない。ロデリックに続き、経験の長い新兵ほど前方に並ぶ中で、後列にいけば自然と馬の上から会話も交わされた。道行は長く、移動や指示の妨げにならない程度であれば雑談も禁止されてはいない。ただ、騎士団長から位置の近い騎士ほど他愛のない会話も不可能なほど唇をきつく絞っていた。そして新兵としての経験が浅い騎士が並ぶ最後尾になればなるほど、騎士団長の会話もしやすくなる。


「そうだよ。ここ近年は確かに入団人数も毎年数人程度だが、前騎士団長の頃までは一隊分を賄えるほどの新兵もいたらしい」

自分達の前方で馬を歩かせ、後方集団の中では比較的に新兵歴の長い先輩の話を聞きながら、後続の新兵達は声を漏らす。彼らが入団した頃には騎士団長はロデリックだった為、城下の噂以外で前騎士団の事情までは知らなかった。

しかも騎士団一隊分の人数という言葉に誰もが目を丸くする。毎年一桁違う数の希望者が入団試験に集う騎士団だが、彼らが入団した時には入団合格者はたったの十人前後。あまりにも桁が違いすぎる。

威厳あるロデリックの姿を見れば入団試験の合否基準が厳しくされたことも納得できるが、それにしてもと思ってしまう。

予期せぬ騎士団長との隣国への遠征に緊張と共に胸を弾ませる後輩達へ先輩による貴重な騎士団の歴史が紐解かれる。


「因みに新兵も数十どころか一隊分はいた。それがこんな少人数になるなんて、ちょっと前には考えられなかったとさ」

ゴクリ、と彼らはそれぞれ喉を鳴らす。

副団長のクラークと対照的に、ただでさえ厳しい印象があるロデリックへ更に畏敬を抱く。当時は騎士団本隊一隊分だった人数をたった二桁に追いやった本人が前方にいることに、これ以上の私語も躊躇われそうになる。

しかしそれ以上に興味と疑問の方が先だった。


「一体騎士団長はどうしてそのようなことを……?」

「騎士団の戦力強化と無駄な犠牲を減らす為だと」

言葉にされれば、肌触りだけでも納得はいく。

新兵は当然ながら本隊騎士より弱い。そんな者が大勢いたところで全体の戦力は低下するだけだ。本隊騎士になれないような人間ならば、騎士にあげるよりも減らす方が結果的に本隊騎士の足を引っ張ることも無駄死にすることもなくなる。

聞いた誰もがそれを厳しいとは思っても、間違いとは思わない。しかし、ならば自分達もいつかはと。……折角騎士団に入団できたにも関わらず、その時が来るのではないかと不安を覚えた。


「だから騎士団長は、自身が就任された年から募集人数を一気に絞った。当時も毎年本隊は死者が出ていた。その分の補充は新兵からされるから、新兵だけが減る一方でコレだ」

「あの、……因みに反感などはなかったのでしょうか……?」

「さぁな。俺も聞いただけだから……もっと古い奴なら知ってると思うけど」

なぁちょっと良いかと。投げられた新兵がそのまま前方を行く更に先輩新兵へと投げかける。

本隊騎士と違い、入団時期しか変わらない彼らは各々によって入団が早い相手や年齢によって敬語か否かも異なる。

入団時期が先とはいえ、今や同じ同僚として接する新兵からの呼びかけに、列の中盤にいた新兵が馬の速度を落として下がってきた。なんだどうした、と言いながらついでに補給係に水をくれと手を伸ばす。

水筒となる皮袋を受け取り、喉を潤しながら彼らの話を聞いたその新兵は当時のことを懐かしそうに視線を浮かした。最後に反感はなかったかと聞かれれば「まぁそりゃあ」と繋げながら、首を一度ゴキリと鳴らす。


「けど、就任前からロデリック騎士団長の威厳は凄まじかったからなぁ。あのクラーク副団長の後押しもあったし、……何より騎士団長からの演説聞いたらもう誰も文句が言えなくなったな」

あ〜……と。彼にとっては若干苦くもある記憶に笑いながら頭を掻けば、他の新兵達も視線を熱くした。

演説、という言葉にどれほどの威厳が込められていたのかを想像する。少なくとも新兵の数を大幅に削減し、その上で今も本隊騎士達に敬われていることは謎とも思えた。それほどに納得させるほどの話があったのかと、彼らの視線を浴びた新兵は仕方なさそうに当時の話を語り出す。


『今年から入団者の募集人員を大幅に削減し、新兵の数を一度百まで減らす』


それを宣言した時、当然ながら騎士団の誰もが騒然とした。

自分達に火の粉がかかってくると素早く判断した新兵達だけではない、本隊騎士も異言を唱えようとする者が少なくなかった。

毎年、騎士団で死者が出ている以上、新兵からは毎年必要人員分は本隊騎士へと優秀な人材があげられる。その上で毎年の入団者枠も必要人員を募っていた。それでも、募った人間の中から選ばれるのは1パーセントにも満たない数である。

新兵は騎士見習いでこそあるが、彼らの仕事は騎士団全体にも深く関わっていた。本隊騎士が任務と演習に集中できるように準備や片付け、掃除、その他様々な雑務を担うのも新兵である。

当時は本隊騎士の従者と言っても過言ではないほどに、彼らの仕事は多岐にわたっていた。にもかかわらず、新兵の数が減れば、彼らの負担が増すだけではなく本隊騎士もまた充分な補助を受けられなくなってしまう。……しかし


『王国の未来を担う騎士が、たかだか自身のことを賄えずしてどうする』

騎士団長に就任したばかりのロデリックの言葉は、ズシリと鉛以上の重さを持って彼らに放たれた。

〝新兵からの充分な補助〟と言えば聞こえは良いが、結局は己が楽をする為なのだろうと一言で言い当てられてしまったことに騎士の誰もが口を噤んだ。


『新兵の職務も大きくは変わらない。最も手間のかかる演習においては準備片付けを通常通りに遂行し、雑務も最低限は賄ってもらう。本隊の指示には従え。ただし、必要以上に甘やかす必要もない』

決して不遇な扱いを受けていたわけではない。

もともと誇り高き騎士である彼らは、新兵に対しても最低限仲間としてのラインは守っていた。ただし、すでに長年の伝統で新兵が本隊騎士にとっての面倒ごとを全て賄うということは彼らの中で〝通過儀礼〟だった。だからこそ誰も今まで本隊騎士も新兵もそれを疑問には思わなかった。入団するだけで厳しい試練を通過しなければならない騎士団で、新兵としてそれくらいの苦難は当然だと誰もが思った。

だからこそ、話を聞いた新兵達もロデリックからの負担軽減も素直に受け入れられなかった。そんなことをされたところで、自分達が騎士団から除名される危険性が増す方が遥かに拒みたい。しかし、騎士団長の言葉は絶対だ。


『これからは雑務に費やしていた分、新兵にも相応の演習を受けてもらう』

その言葉の意味が最初は誰もわからなかった。

唖然とする全騎士団の前で、それでもロデリックは堂々と声を張り続けた。



『百を切るまでこの場にいる新兵を本隊騎士に相応しい実力まで鍛え抜く』



そこでやっと、彼らは自身の認識を改めた。

新兵を百以下にするという意味が、それ以外を切り捨てるという意味ではなく、寧ろ昇進できるように育成へ集中させるという意味だったことを。

呆気を取られた騎士を高台から眺めたロデリックは、さらに言葉を続けた。


『新兵。お前達は何の為に入団した?本隊騎士の補佐を続ける為か。新兵という肩書のみで満足なのか』

誰も、それにうなずく者はいなかった。

騎士を目指す理由や昇進諦めの度合いはそれぞれ違えど、彼らは皆新兵ではなく騎士になる為に厳しい試練を耐え抜き乗り越えたのだから。


『本隊騎士。お前達は新兵の補佐を受ける為にここにいるのか?毎年出る殉職者に己や仲間の名が刻まれても満足か』

国の為に命をかける王国騎士団。

そこから毎年一定数の死者が出るのもまた当然だった。騎士として命を張ることは当然である以上、死者が出ることも仕方がない。騎士団総員からの割合で言えば犠牲者も極少人数。昔のように他国からの侵攻を阻み続けていた時代と比べれば、死者も少ない。元々、圧倒的な戦力を誇る騎士団は他国と比べても死者は格段に少なかった。入団希望者が毎年波のように現れても、入団を許されるのがほんの一握りであることも騎士団自体の死者が少ないことが理由の一つである。

しかし、それでも確実に一定数の死者は出ている。少なくとも毎年入団者を必要とするだけの数が。


『犠牲を減らす為には強くなるしかない。新兵が目標数に値するまで、入団者はあくまで即戦力に相応する者のみに厳選する』

毎年入ってくる新兵を育て、そしてまた翌年も一定数の新兵を育てるを繰り返しては、いつまで経っても更なる成長は見込めない。その為に一度供給を絞り、今いる新兵と騎士を育て、騎士団全体の基準値を上げる。そしてゆくゆくは育った騎士達こそが、また加入する新兵を育てる側に回るのだと。

騎士団長に就任したばかりの男が語ったのは、一年や二年で叶うような目標ではなかった。先ずは本隊一隊分は居る新兵達をたった二桁になるまで入隊試験に合格する基準に育てなければならないのだから。

更に入団者を絞るとなれば、騎士団全体の数も一時的には減少する。数字だけで見れば、騎士団を弱体化させてしまうとも取れるロデリックの案に




異を唱えようとする者は、いなかった。




『責任は私が取る。共に高みへついて来い』

騎士の頂きに立った男からの、その言葉に騎士団は新兵も本隊騎士も関係なく鬨の声を上げて従った。

彼らが理想とする騎士を体現するような彼の言葉に、誰もがついて行くことを改めて決めた。

騎士は、仲間の死を減らす為に、救えなかった民の数を減らす為にと高みへ登る機会に胸を熱くさせた。新兵は、その目標人数に削られるまでが一番の勝負だと、正しく状況を理解する。

今までは彼らの為の演習は最低限しかなく、それ以外は本隊騎士の補佐。それを軽減された上で騎士団長自ら自分達を育ててくれると宣言した。ならばその波に乗ってみせると、天の上だと諦めかけていた本隊騎士への絶壁へ誰もが目を光らせ、覇気を漲らせた。

そしてその宣言通り、今や当時の新兵の殆どが本隊騎士としての基準値に達し、本隊騎士として活躍している。それはつまり今まで一定数で止まっていた本隊騎士の数自体が増していることを示していた。


「今年でとうとう目標数まで本隊騎士に昇進したし、あと一、二年は入団試験と共に入隊基準も更に引き上げて本隊騎士の新兵育成環境を調整する筈だ。その後は改革前以上の入団募集を一気にかけるらしいぞ」

おぉ……、と、話を聞いていた新兵達はそれぞれ感嘆の声を漏らす。

改めて騎士団長であるロデリックへの支持が高い理由を思い知る。つまりは、今いる本隊騎士は全員が彼に鍛え直された者達なのだから。中にはそのお陰で本隊に上がれた騎士も居る。


「あの改革から翌年には一.五倍。次の年には二倍にって入隊者が激増した。年を追うごとに入隊者が増え、更には本当に死者も減っていった。殉職者なんて今じゃ当時の一割にも満たない。この調子でいけば、来年は死者皆無も夢じゃないだろうな」

グシャリと頭を掻きながら、彼は言う。

新兵歴の長い自分は、悔しいことにその波には乗れなかったことを未だに苦々しく思う。しかし、ロデリックとクラークの指示の元、入隊者の合格基準も引き上げられ、その上で新兵達は己が力を身につけて本隊騎士へと上がっていった。当時は入隊試験の度に新兵の実力引き上げが披露される度に本隊騎士を驚かせた。そしてその本隊騎士も格段と実力を上げたことで、死者の数を減らしていった。全てがロデリックの掲げた通りである。


「何が驚くってそれを当時最年少騎士団長がやり遂げたからなぁ……これから一、二年は更に本隊騎士の強化に集中するからまた本隊騎士への入隊者も絞られるぞ」

お前らも覚悟しろと告げて溜息を吐く彼に、他の新兵達は一音を漏らすだけだった。

本隊入隊基準がまた引き上げられることは知っていたが、まさかそういう理由があったのかと驚く。就任してたった数年でそこまでの功績を打ち立てた騎士団長が、それでもまだ改革の半ばであることに畏敬を抱く。

自分達新兵に対しても容赦なく指導をしてくれる騎士団長だが、それもこの数年のことならば自分達は酷く恵まれていると思う。まだ入団して年数が浅い彼らもまた、当時の新兵と比べれば成長の度合いは比べ物にならない。

彼ら新兵にとっても騎士団長は尊敬と畏敬を抱く存在だが、今の話を聞けば本隊騎士にも若くして支持が高い理由がよくわかった。

最年少騎士団長である彼よりも騎士の経歴や年齢が上の者も珍しくないにも関わらず、誰もが彼を認め、敬い慕う姿は今年入団した新兵達の目からも明らかだった。


「新兵!この先は地盤も緩い。一気に抜けるぞ!次の休息はこの先とする」

まだ休息は後になる、と伝えるロデリックの一声は最後列の騎士まで届いた。

語らった新兵もそれを聞き「じゃあ俺は戻るぞ」と飲み残した水を補給係に返し、元の列へと戻っていく。周囲を軽く見回せば、いつの間にか崖地帯へと進出していた。確かにここで長居するのはと、新兵達も手綱を握り直しながら納得する。


「すみません。そろそろ補給を回してきます」

先ほどまで話に加わっていた最後列にいた補給係の新兵は、荷を背負う馬の足並みを早めた。

頭を下げ、失礼しますと一定速で進む騎士達の横を駆け抜けて行く。入団して日の浅い新兵が補給係として他の新兵達へ順々に補給を手渡して行く。

通り過ぎられる新兵達の何人かがちょうど乾いていたところだと顔を上げるが、先ずは最優先に渡すべき相手からである。彼らの先頭を進む騎士団長へと馬を急がせながら、入団暦の浅い新兵は静かに思う。


……本当に、俺が入団できたのは運が良かったんだな。


今年騎士団に入団したエリックは、まるで人ごとのようにそう思った。

今年の入団数は無数にも近い志願者の内のたった十人。そんな中で自分が入団を許されたことは本当に奇跡だった。

入団こそ今年の彼だが、自分より若い新兵もいる。十四の時には入団試験を受けに行ったものの、あまりの人数と自分より年上且つ屈強な戦士達に気圧され、試験を受けることなく門前で諦めた。鍛え直し、今度こそと受けた入団試験でも二度落とされた彼にとって、今こうして入団できたことが信じられない。

憧れの騎士の一員になれたことは嬉しいが、先ほどの話を聞けばこれから更に狭き門となる本隊入隊は自分には届かない世界になったのだと痛感する。既に新兵として過ごす中で、本隊騎士の実力を目の当たりにすれば、あれだけの入団希望者が落とされてきたのも納得できた。そしてその騎士を育て上げた騎士団長は本当に素晴らしい騎士なのであると理解する。間違いなく騎士団の要だ。


「騎士団長、水をお持ちしました」


どうぞ、と近付いただけで彼の覇気に煽られるように手も声も微弱に震えてしまう。

新兵の中でも最下であるエリックにとって、今は騎士団長の間近に立てる数少ない貴重な機会だ。エリックが差し出したそれに一言労い、片手で受け取ったロデリックはすぐにそれに口をつけた。

進行方向から目を離さずに、周囲の確認も怠らない。地図は頭に入っている彼は、通り過ぎた横道は視界の隅だけで捉えた。崖地帯から逸れたそこは何もない開けた荒野だ。休息を取るには場所もあるが、今はこの地帯を抜ける方が優先すべきだと考える。馬の蹄越しに伝わる足元は、あまりのんびりしたい場所ではない。

この先を抜ければ泉もある平野に出る。そこで一度休息を取り、一度特殊能力者を介して自国の演習場に報告をと考えながら飲み終えた水筒をエリックに返



「ッ全隊退がれ‼︎‼︎」



瞬間、ロデリックの叫びと共に眼前へ大岩が落とされた。

先ほどまで彼の出で立ちから目が離せなかったエリックは、眼前で叫ばれたことに肩が激しく上下し、一瞬言葉の意味すら理解できなかった。

けたたましい音と共に大岩が落ちてきたことを頭が判断すれば、補給ごと馬を捨てて飛び退いた。演習で既に緊急事態での退避方法は身に刻まれていたエリックや新兵達は、間に合えば馬と共に、それ以外は馬を置いて背後に飛び下がった。隊を率いる上官と、彼らの進行先を無くすことを目的とした大岩は前列の馬ごと潰し、耳を塞ぐ音を立てて雪崩れ落ちた。

一瞬で数十いる新兵達は騒然とし、大岩の崩落が収まれば砂煙が止むより先に今度は銃撃の雨が降らされた。

いくつもの叫びと、一体どうなっていると混乱が視界も晴れない中で混ざり合う。中には落石の破片や飛び退いた時に怪我を負った者もいる。銃撃を浴び、手足を押さえ転がる新兵に仲間がしっかりしろと声を荒げる。

彼らを落ち着かせるように騎士団長からの「落ち着け!九時の方向の敵襲に備え、動けぬ者は盾で防げ!岩の影に隠れろ!!」という的確な指示だけが救いだった。

視界が塞がる前に傷を押さえ、慌てて落とされた岩の影に隠れる彼らは殆どが自分の身を守ることで精一杯だった。的になる馬の上からも次々と全員が飛び降り、姿勢を低くして銃弾をやり過ごす。煙が晴れても銃撃は止まなかったが、やっと敵の配置も確認できた。崖の上にいる彼らに、今すぐ襲ってくる心配はないとわずかに胸を撫で下ろす。……しかし。


「きっ、騎士団長⁈」


悲鳴にも似た声を最初に上げたのは、ロデリックの最も側に立っていたエリックだった。

先ほどまでは自分の身を守ることで精一杯だった彼が、砂の視界が晴れれば一番に目が向くのは頼るべき騎士団長だった。しかし、見れば冷静且つ的確な指示を飛ばし続けていたロデリックの状況に目を剥いた。片足を大岩の隙間に奪われ、銃弾からこそ身を守れてもその場から動けなくなっていた彼に今更になって気がついた。

一瞬、本気で片足を失ったのかと見間違うほどにエリックは動揺した。彼の尋常ではない叫びに釣られるように他の新兵達も目を向けては息をとめた。

大丈夫だ、足が嵌まっただけだと彼らを落ち着けるべく言葉を返すロデリックが最も冷静だった。

最も顔色が悪く、今にも精神的に崩れてしまいそうだったのは、今の今まで守るべき上官を守るどころか彼の安全確保も考えずに逃げ惑い、岩の影に己だけが身を屈め続けてしまっていたことに気がつくエリックの方だった。騎士団の要に目もくれず、己の保身しか頭になかった己が急襲者よりも憎かった。



─ 彼らは、確かにそこで足掻いていた。



「ヒャッハッハッハッハ……こりゃあ良い。アネモネ共の情報通り、百もいねぇ少人数だ」

嘲笑い、崖の上でそれを見下ろす男は銃撃隊の背後から砂埃の晴れ始めた先を眺める。


「おいヴァル!全員殺すんじゃねぇぞ!アネモネの騎士隊と纏めて殺さねぇと意味がねぇんだ」

「アァ?何人か残せば良いだろ。新兵っつっても騎士団がバケモンには変わりねぇ。数が少なくても十分アネモネ程度ならぶっ殺せる」

「フリージアの騎士が余ればいくらで売れると思う⁈言うこときかねぇとテメェを売り飛ばすぞ!」

わぁった、と組織の長に怒鳴られたヴァルは相手が脅しではないことも理解し、ガシガシと頭を掻きながら舌打ちまじりに言葉を返す。

特殊能力を買われてそれなりの立場も与えられた彼だが、同時に自身が〝商品〟として価値があることも自覚している。

例え市場に出しても、商人にヴァル本人がとぼけつづければ肌の色から特殊能力者どころかフリージア人であることも隠し通せる為、売りにくいのが組織にとって唯一の難点だった。



─ 彼らは、確かにそこで生きていた。



『つまり、応援は早くて三十分後。いま急遽必要なのは応援物資ということなのですね』

通信兵を通し、放たれたその声はうら若い少女の声だった。

現状の不利を告げる騎士団長と新兵へ反撃の一手を彼女はもたらした。


─ 己が生きる道を選択した上で、そこに居た。


「おい!あっちにも武器が届いている‼︎誰か取りに行ってくれ‼︎」

「止血できた奴から前に出ろ!!」

「騎士団長を守り抜け!!」

「王族からの支援だ!決して無駄にするな!!!」

「先行部隊が間に合うまで持ち堪えるんだ!」

次々に表出する武器や支援物資の束へ新兵達は駆け回り、一人でも多く生き延びる方法へと足掻いていく。

本隊騎士でなくとも、騎士としての誇りを胸に彼らも己のできることへ集中した。後方では今も大岩や銃撃を受けた新兵が必死に止血処置を進め、動ける者は自ら死地へと立ち向かう。

運悪くロデリックの傍である最前に並んでいたエリックも骨は折れていない今、何もできなかった己に打ちひしがれるよりも先にと包帯で傷を直接圧迫するようにして締め上げた。岩の破片に引っ掛けられた頬も届けられた補給で止血し、立ち上がる。何もできず騎士団長を目の前で窮地へ許した自分が、これしきの傷で安全な後方に控えているなど許されない。

たとえ自分が微力だとわかっていても、目の前のすべきことを求めて声を張る。

「ッ止血はできました……!自分も戦線に戻れます!」



─ たとえその先に、今以上の絶望があろうとも。



「残念だが私はここまでのようだ。私のあとは頼んだぞ、クラーク」

己が死場所を見定め、それを受け入れ語る騎士団長は己がやり残したことを悔やむより、今すべきことを選びとる。


─ 次代へ繋げ、更なる未来を探る。たとえそこに自分がいなくても。


「なんで、こんなに騎士が沢山いて誰一人、誰一人もっ…ッ、なんで誰も親父を助けられねぇんだ⁈」

嘆き、叫び、ただ喚くしかできない少年に作戦会議室に集う騎士達は誰もが言葉も出なかった。

その通りだと、彼らも思う。

自分達をこの高みまで連れ、騎士団の犠牲を減らし、最も高みに立ちながら当時の新兵を、その多くを本隊騎士に相応き高みへと育て抜いてくれた。犠牲者を減らし、新兵を育て、本隊騎士を簡単には死なない強き騎士へと鍛え続けてくれた。

屈強な騎士団を作り上げた騎士団長がいま、目の前で死を迎えようとしている。

誰もが憧れ、尊敬し、感謝し、焦がれた騎士団長の死を、誰もが受け入れられるわけもなかった。


「大丈夫よ。……私の国の民は」

映像を前に何もできず歯を食い縛り続けたアランは最初、誰が放った声かもわからなかった。

この場には不相応な言葉と、騎士ではない少女の声に幻聴かとも思う。カラムと同じ視線の先へと目を向ければ、あろうことか視察に現れただけだった筈の少女が口を開いている。補佐である第一王子に援助を指示し、このままでは崖の崩落で全滅すると予知を放った少女に呆気こそとられたが、今この場でその言葉はどういう意味だと思う。続きの言葉を待つ間すらあれば、騎士団長が死んでも問題ないという意味かと歯を剥きたくもなった。それほどに、彼にとっても映像の向こうは絶望だった。


─ 彼らは存在し、立ち続け、そして彼女と出会う。


「誰一人」

ハリソンは意味も考えられなかった。

先行部隊が編成された時こそ、自分も行かせて欲しいとクラークに決死で声を張り続け乞い願った彼だが、騎士団長の死を突きつけられた時から喉も干からびていた。苛立ちも絶望も表現できないほどに、膝をついてもおかしく無いほど呼吸の方法もわからなかった。足場が軋むような感覚に、現実に抗うだけで精一杯だった。

クラークと共に本隊騎士へと自分を引き上げてくれた存在の喪失は彼にとっても大き過ぎた。

そんな中、幼い少女が剣を取る姿はお遊戯かのように、滑稽にも騎士への侮辱とも受け取れた。気力さえあれば、その場で王女相手に剣すら突きつけても良いと思えたほどに。


「不幸にさせない」


─ 彼女もそこに居た。本来辿るべき未来では高見の見物をしていた筈の王女は、最前線へ降りることを決意した。






「私を、あの戦場に‼︎」






─ 無数の運命が、繋がった。


76-幕

304


ゼロサムオンライン様(http://online.ichijinsha.co.jp/zerosum)より第六話無料公開中です。

今回はまた初登場人物豪華絢爛です!是非ご覧下さい…!騎士団長の大立ち回りと三年経過し、顔立ちの変わったプライド達も必見です。

騎士団長の功績をちらりと書く機会も頂けて嬉しいです。


そして、この度10月24日にコミカライズが発売します…‼︎

本当に本当にありがとうございます!

予約も開始しているそうなので、是非お求め下さると嬉しいです。

活動報告も更新致します。宜しければ是非ご覧下さい。

作者も、松浦ぶんこ先生の一読者として心から発売を楽しみにしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ