〈コミカライズ六話更新・コミカライズ発売決定!感謝話〉騎士団は佇み、
─ 彼らは、確かにそこに居た。
「よっ、カラム。副団長と一緒じゃねぇで良いのか?」
演習を一時中断した騎士達は、今は一ヶ所に集っていた。
大勢の本隊騎士が集う中、見慣れた友人に気付いたアランはその肩を叩く前に呼び掛けた。人混みをかき分け、振り返ったその隣に辿り着いてから手を置く。隊長格の団服を着こなす彼は、立場としてはアランの上官だが昇進してからもアランは言動を変えようとはしない。
「副団長は先に報告書を纏めて来られる。今朝の件だ」
そしてカラムもそれだけは指摘もしなかった。
あ〜、とカラムの言葉にアランは一音だけを漏らす。今朝、という言葉に迎えに来る筈だった隣国の騎士隊が訪れなかったことを思い出した。
女王と王配も本国の騎士隊を連れて隣国へに訪れている為、騎士団長が自ら報告の為に新兵を連れて出国していた。例年の新兵合同演習ではあるが、隣国の騎士団が現れなかったことなど初めてだった。
騎士団長自らが急遽新兵を率いて行った為、副団長のクラークがその報告書を請け負っていた。
「間が悪いよな〜、今日に限って王族が視察に来るのにさ」
「仕方がない。急遽決まったことだ。通信兵を介しても、隣国も通常通り騎士隊を派遣したとしかわからなかった」
だからこそ、騎士隊長ではなく騎士団長自ら率いて女王と隣国の国王へ直接報告に向かうことになった。
それはアランもわかっている。しかし、よりにもよってこんな時に、とも思う。騎士団長が報告するなら隣国との波風も立たないだろうが、今度はこちらの波風が面倒だと思う。今日、演習場に視察に来るのは女王でも王配でもないから余計にだ。
「あの噂の我儘王女とステイル様だろ。確か三年前の式典はまともだったんだっけか……いきなり難癖つけてこねぇよな?」
「わからない。最近では幼くして優秀且つ聡明な王女であるとも聞くようになったが、……私も公式の場以外では初めて見る」
数ヶ月前に隊長昇格したカラムだが、最後に第一王女達を直接目にしたのは三年も前だった。
あれから彼女達の姿見てこそいないが、その悪評だけは途絶えたこともない。時折良い噂も聞くようにはなったが、それでも圧倒的に目立つのは悪評の方だ。同じ城内にある騎士団演習場も当然ながら例外ではない。
第一王女プライド・ロイヤル・アイビーと第一王子ステイル・ロイヤル・アイビーの初視察。更に遅れて第二王女まで訪れる。
子どもとはいえ王族三人の演習視察に、騎士団も少なからず緊張が走っていた。
「ま、〝そん時〟はがんばれよ史上最年少騎士隊長」
「……、……わかっている」
ふぅ……、と軽く投げられた称号に少なからずカラムは息を吐く。
カラムと同年に副隊長に出世したアランだが、それに対してカラムは騎士としての史上を塗り替える異例の大出世を果たしていた。若くして優秀な騎士隊長として周囲からの期待を一身に浴びているカラムだが、その為騎士団長不在の穴を埋める副団長の補佐を任じられてしまった。
隊長としては最も日の浅い彼だが、話題性としては最も高い騎士隊長である。王族に興味も関心を持たないカラムだが騎士団長が不在のいま、少しでも騎士団としての誠意を表する為ならば自分の出来ることをすべきだと思う。いくら異例の大出世とはいえ、所詮一騎士でしかない自分に第一王女が興味を抱くかは定かではない。だが、それでも最悪の場合は話題程度になる。
いくら視察とはいえ、あくまで剣術に本腰を入れ始めた第一王子の見本とその〝ついで〟で第一王女と第二王女は訪れる。もし噂通りの我儘王女であれば、途中で興味を失せて機嫌を傾ける可能性も充分あった。そんな時、話題になる〝史上最年少騎士隊長〟は助け舟でもある。状況によっては、己が暇を持て余した王女の話し相手になるのであろうこともカラムは既に覚悟していた。
「でもまぁ第一王子は勉学優秀で、ティアラ様も天使みたいだって噂だし、なんとかなるだろ」
「ステイル様、だ。だが、それでも不敬を侵すわけにはいかない。騎士団長が不在の今、少しでも無礼があれば我々騎士団の」
「ッ⁈おい待てハリソッ」
キィィンッ‼︎と、突如金属同士の甲高い音が集団の中で響き出した。
その周辺の騎士も騒つく中、アランとカラムも同じように騒ぎの方向に振り返る。見れば明らかに音源であろう場所で騎士達が一歩引いていた。
更には「こんなところで‼︎」「今は整列を」「場所を考えろ‼︎」と騎士達が止めようとする声まで聞こえる。アランとカラムは互いに肩を落とし、何が起こっているかを無言で察した。前方の騎士達に隠れて姿は見えないが、もう慣れたものだった。
しかし、間も無くして自分達の視界を塞いでいた騎士達が一斉に左右へ割れる。それを瞬時に理解した二人は互いに反対の動きを取った。避けるべく他の騎士達と同じく左右へ避けるカラムに反し、アランは慌ててその場に足を踏み止める。次の瞬間には騎士達が割れた間を通るように一人の騎士が吹き飛んできた。
背中から自分の方へ飛んでくる騎士をアランはそのまま全身で受け止めると、地を踏み締めて踏み止まる。ドン、と人間一人分以上の重さと衝撃が鎧越しに伝わってきたアランは更に背後へ背中が反ったが、何とか耐え切った。
そこで初めて受け止めた背中が誰かを確認すれば、思った通り八番隊の騎士だった。アランに受け止められたお陰で必要以上背中を打ち付けずに済んだ騎士は一言だけ短くアランに礼を言うと、自ら素早く体勢を立て直した。その後は追撃もないことにアランはほっと息を吐く。見れば、騎士を蹴り飛ばした張本人が複数の騎士に取り押さえられていたところだった。
─ 彼らは、確かにそこを歩んでいた。
「ハリソン‼︎‼︎いい加減にしろ!!」
「場所を考えろ場所を‼︎これから王族が来るんだぞ⁈」
「お前はもう最後列に引いていろ!!」
吹き飛ばされた八番隊の騎士へ更に追撃すべき剣を構えたままのハリソンだったが、流石に複数の騎士達に取り押さえられては動けない。
騎士達からの叱咤も聞こえないと言わんばかりに紫色の眼光を鋭くさせるハリソンは、それでもまだ闘志は薙いでなかった。ギギギッ……とそれでもまだやるぞと言わんばかりの彼に、八番隊の騎士も思わず剣を構えた。
「グウィン、アラン。怪我はないか」
「あー、俺は平気だけど。いや〜八番隊は本当大変だな…」
グウィンと呼ばれた八番隊の騎士がカラムに一言返してその場を去る中、アランは気にせずハハハッとカラムへ笑い掛ける。
八番隊の騎士が被害に遭うことは珍しくない。そしてたとえ仲裁されたとしても、八番隊の騎士からの素っ気ない態度も同様である。
ハリソンからの追撃ももうないだろうと判断したグウィンが去る中、アランは団服の埃だけを雑に払う。流石に王族を迎える前から汚れた格好は不敬になる。
「あのハリソンが本隊に入った時も驚いたけど。これからアイツの後輩になる騎士もすげー心配」
「アラン、お前も時と場所を考えろ。ハリソンの私闘に単独で介入するな」
適当にバサバサと服を払って満足しようとするアランに、服の皺も伸ばせとカラムが胸元を下へ引っ張った。
ハリソンによる私闘の場合、基本的に勝てる数でなければ下手に介入しない。本隊に入隊こそ日が浅いハリソンだが、その圧倒的な戦闘力だけは周知の事実だった。
基本的に私闘でも決めた標的しか攻撃しないが、邪魔に入られれば止まるどころか火に油を注ぐしかならない為、絶対的に止められる時しか騎士も実力行使には出なかった。そうでなければ、ハリソンの攻撃範囲が広がるだけだ。今もナイフで短く切った黒髪を振り乱す彼は、複数の本隊騎士が居てこそ何とか止められている状態だった。
吹き飛んでくる騎士だけであれば、怪力の特殊能力でアランよりも余裕で受け止められたカラムだが、今は状況も弁えていた。たとえ自分やアランが受け止めなくても、本隊騎士であれば吹き飛ばされたところで受け身程度取れる。そこでわざわざ受け止めにいくアランの方が余計とは言わずとも無謀であった。
いやーだってさ、と頭を掻きながら返すアランはそれでも反省はしていない。確かに他の騎士のように避けることが正しいとは思ったが、どうせ周りには騎士が大勢いるのだから何とかなるとも思った。それに騎士ではなく吹き飛んできたのが一般人だった場合も想定すれば、これも彼にとっては良い模擬練習である。
「まさかこんな時でも喧嘩売るとはなぁ……」
視線の向こうでは、騎士達に取り押さえられたハリソンがいた。
八番隊に所属した彼は入隊当初よりは激減したが、それでも同じ八番隊の騎士には時折こうして挑みかかる。緊張感が足りない、演習に集中できていなかった、発言が騎士としての心構えに反すると、その理由も拳を振るうに呆れる理由が多い。最近ではよっぽどの理由でもない限りは個人的不満から殴りかかることもなくなったが、やはり彼と同じ八番隊は標的になりやすいというのが騎士団の見解だった。
同じ本隊騎士とはいえ、相手は立場で言えば自分より先に本隊へ上がった先輩騎士である。それでもハリソンは躊躇いもしなければ、対一であれば負けもしない。むしろ入隊前とは違い、今では手心すら加える余裕すらある力量を持ち合わせていた。
「ハリソン、そこまでだ。……まったく。今度はどうしたんだ?」
ピタリ、とその声を合図にハリソンの動きが停止する。
先ほどまで複数人に取り押さえられながら暴れていた彼が抵抗を止めれば、騎士達もまたその手を離した。彼を呼ぶその存在が現れれば、無力化されることも周知の事実である。
拘束から解放された途端、ハリソンは先ほどまでのギラつきが嘘のように改まり、歩み寄ってくる影へ足を揃えて向き直る。副団長であるクラークの登場に周囲の騎士達も全員が姿勢を正した。
「グウィン・アドコックが剣を食堂に忘れた為、騎士としての自覚が足りないと判断し、〝手合わせ〟をこちらから挑みました」
「そうか、それで本人に剣は返してやったのか?」
「発見次第、投げ渡し直後に交戦致しました」
先ほどまでは騎士達の言葉など聞こえていないかのようだったのがハリソンが、たった一言で素直に答える。
誰もがその言い分に「それは手合わせじゃなく奇襲だ」と頭の中に過る中、ああやっぱりなとクラークだけが喉を鳴らして笑った。
当然それで私闘をして良い理由にも、そんな場合でもないことは変わらないが、入隊直後よりは大分配慮ができるようになったと思う。少なくとも以前のように一方的に殴りかかるのではなく、本人の中では〝手合わせ〟のつもりに変わっている。周囲の騎士達にも呼びかけるようにグウィンに怪我はなかったことを確認すれば、クラークはハリソンの肩に手を置いた。
「武器を先に届けてやったのは偉かったな。グウィンも今朝のことや王族の視察で緊張していたんだろう。次は手合わせではなく口で窘める程度にしておけ。入隊暦ではお前の先輩だ。それに、これから王族を迎えるのに騒ぎを起こすなどお前も緊張感が足りないぞ」
「申し訳ありません」
すんなりと自分の非を認め、深々と頭を下げた。
ハハッ、とそれにも慣れたように二度ハリソンの肩を叩いたクラークは、そのままゆっくりとした歩調で全員の前に出る。そろそろ馬車が来るはずだと声を掛け、ハリソンに手の動きだけで在るべき配置に戻るようにと指示を出す。
「お前達も全員配置につけ。騎士団長が居なくてもやることは変わらない。今日は王族が三人も来られるんだ。ロデリックの代わりに私にお前達を自慢させてくれ」
はっ‼︎‼︎と、次の瞬間には騎士達の一声が同時に放たれた。
その様子に楽しそうにいつもの笑みを浮かべるクラークを前に、先ほどまで集まっていただけの騎士達が次々と左右に整列をしていく。呼ばれるより先に前に出たカラムはクラークに一言挨拶し、その背後に控える。
見計ったかのように、演習場の門へ車輪と蹄の音が聞こえてきた。
─ 彼らは、確かにそこに立っていた。




