そして目を奪われる。
「で、結局昨日はアイツの家まで引き摺り込まれて。放っておけるか、心配だ〜って寝るまで一緒だった」
あいつだって仕事で疲れている筈なのに。と、肩を竦めたパウエルはそこでサンドイッチを最後の一口頬張った。
アムレットがいない間にお泊まりイベント⁈とちょっとだけまたアムレットが不憫に思ったけれど、パウエルの傍に文字通りずっといてくれたエフロンお兄様にはもう感謝しかない。
アーサーが「良いダチっすね」と柔らかな声で言うと、照れたように笑い返してきた。エフロンお兄様の妹のアムレットを自分の妹みたいに見ちゃうくらいだもの。
ステイルに目を向ければ、ちょっとだけ口元が笑んでいた。意外ではなさそうなその表情に、本当に昔からそういう人だったんだなと思う。
「昨日やらかしちまったのは後悔してるし、……しんどかったけど。…………でもやっぱ、いまは幸せだなぁって思った」
一瞬思い影を差したパウエルだけど、二度口を噤んだ彼は最後に柔らかく遠くを見るような瞳で笑った。
目が涙で潤んでいて、思わず私まで込み上げた。昨日、あんな辛い想いをさせてしまった側としても、彼の過去を知っている身としてもその言葉は嬉しさで胸が締めつけられる。エフロンお兄様のお陰か、それとも昨日話しに行ってくれたステイルのお陰か。どちらにしても、彼がそう言ってくれるだけで私まで救われる。
パウエルは一拍遅れてから気が付いたように慌てて腕を使って目を拭った。恥ずかしいように照れ笑いを浮かべてから、その顔を私に向ける。
「ジャンヌも、ありがとな」
えっ。と、突然の飛んだ話題に肩が跳ねる。
どうしてそこで私なのだろう。むしろ私は巻き込んだ側なのだけれども。
思わず返事よりも先に肩が揺れてしまえば、パウエルはまた声に出して笑った。ステイルも訝しげに私とパウエルを見比べている。
何のことかしら、と言いたかったけれど、ここでお礼を言ってくれたパウエルにそれを言うのは躊躇った。だからといってわからないままドヤ顔する気にもなれず、曖昧な表情になってしまう。
パウエルが私の反応に両眉を上げている。どうしよう、でも本当に私が謝るならまだしもお礼を言われる案件が思いつかない‼︎
「すんません、ジャンヌは昔っからこうなンです」
アーサー⁈
まさかのアーサーのフォローに、首が攣りそうなほどぐるんっと振り返ってしまう。瞼がなくなってしまうほど丸く開いて見返すけれど、アーサーはパウエルと目を真っ直ぐ合わせるだけだ。
きょとんとするパウエルへ「自分はちゃんとわかってます」と断言するアーサーに、ここで解説して貰いたくなる。何故かその言葉を受けた途端、ステイルまで察しが付いてるように一人大きく頷いしまう。ちょっと待って私を置いていかないで。
教えて欲しくて、アーサーの裾を指先でちょいちょいと引っ張ったら「今この場で自分の口から言うのは……」と座ったまま僅かに身を引かれてしまった。
でもここでわからないと困る。せめて耳打ちでも‼︎と前のめりにアーサーに顔を近付ければその倍の角度で背中を反らされた。途端にパウエルから笑い声が響く。
はははははっ……と、涙目を今度は指先で拭って笑うパウエルになんだかすごく恥ずかしくなる。「それも本当に素なんだな」と言われ、もしかして庶民らしい演技でもしてると疑われていたのだろうかと考える。ひとしきり笑ったパウエルは、「すまねぇ」と切ってからまた私に眩しく微笑みかけてくれた。
「だってあの時、ジャンヌが止めてくれただろ?すげぇ嬉しかったからさ」
「え、あっ……いえでも、あれはもともと私の所為で巻き込まれちゃったのだから……」
「関係ねぇよ。ああなったのも俺が勝手な行動した所為だし、最初にジャンヌ達に協力したかったのも俺の意思だ。……つい、格好付けたくなっちまったんだよな」
くしゃり、と金色の短髪を掻き上げ掴むパウエルは少しだけ苦そうに笑った。
ぎゅっと眉間を狭めるように笑うとそれだけで一度落ち着いた筈の胸がざわつく。パウエルがあの時どんな気持ちで村の人達を助けようとしてくれたのか少しは私にもわかる。
ただ人身売買達が許せなかっただけじゃない。誰かを助けたいと思ってくれたに違いないのだから。
ステイルが複雑そうに顔に力を込めてからパウエルの肩にそっと手を置いた。
「でも結局またどうにもならなくなっちまって。フィリップにだけでも格好悪いところ見られなくて良かった」
「助けようとしたこと自体はマジで格好良いと思います。ただあの時は騎……、エリッ、カラ、こっ、……えっと、別の人の役目だっただけで」
落ち込みを笑って誤魔化そうとするパウエルに、今度はアーサーが断じる。
途中で騎士やエリック副隊長やカラム隊長とか、言葉を選ぼうとしてつんのめったアーサーが真剣な表情から崩れて困り眉を垂らした。騎士のアーサーらしい答えだなと思う。本当にその通りだ。
パウエルもつんのめったアーサーにちょっとだけおかしそうに笑うと、「ありがとな」とまた顔の力を抜いた。
今はアーサーの正体を知っているから、年長者の言葉の重みもあるだろう。口を閉じ、組んだ膝の上で頬杖を突くパウエルはそこでまた口角を上げた。
「……本当に俺がフィリップ達に会えたの運良かったんだなぁ」
順々に私達を見ながら、しみじみとした声色だった。
きっと私達の向こうにいる正体を見通しての言葉だろうと考える。まさか相手が王族や現職の騎士なんて普通は考えられない。
ステイルが眼鏡の黒縁を指で押さえ、小さく視線を落とす。ステイルにとっては、本当に嬉しい再会だったのは間違いない。
あと二日というのは寂しいのかもしれない。まだ具体的にお別れの話は校内でできないけれど、私にとってもそうだ。
単純に第三作目の登場人物というだけじゃない。ステイルが助けた光の特殊能力者で、何よりこんなに良い子と友達になれたのだもの。むしろ運が良かったはこっちの台詞だ。
「俺さ、今の仕事辞めることにした。昨日の村の奴らに会うのもまずいし、ちょっとやりたいことできたから」
え‼︎
あっさりと放たれたパウエルの声に、私だけでなくアーサーとステイルからも今日一番の声が上がった。
仕事辞める⁈これ絶対間違いなく昨日私達が巻き込んだ所為よね⁈
パウエル本人は落ち着いて笑っているけれど、反比例するようにこちらは腰まで上げて顎が外れてしまう。どうしよう、迷惑掛けただけでなく折角雇われた仕事まで失わせてしまうことになるなんて。
でも確かにパウエルの言う通りだ。もともとあの村はパウエルの仕事先の一つだったし、国の補助を得て村もゆくよくは復興する筈だ。
時間があるとしても城下に彼らはいる。小間物行商中にまた目についたら心ない言葉を浴びせられるかもしれない。
一応パウエルのことは村人にもあくまで〝助けようとして巻き込まれた一般人〟として特殊能力も含めて箝口令が敷かれたけれど、万が一がないとも言えない。
どうすンすか⁈とアーサーが血相を変えれば、私も小刻みに頷いてしまう。やりたいこと、って言い方は嬉しいけれど正直私達の責任にしない為の優しさにしか聞こえない。本当にやりたいことがあってなら良いけれど、ただでさえ学校にも通いながら仕事をしているのに急に辞めることになっちゃうなんて‼︎
ステイルもこれには焦ったらしく、眼鏡の黒縁の位置を直しながら身体ごと彼へ向き直った。
「パウエル、聞いてくれ。焦る必要はない。やりたいことは良いが先ず自分のことを優先してくれ。それは学校と併用できる仕事なのか?一体どんな仕事なんだ?」
「衛兵だ」
………………衛兵⁇
にかっと笑いながらそう言うパウエルの言葉に、一瞬アーサーじゃない方のジャックが頭に浮かぶ。私にとっては一番身近な衛兵だ。
一体突然どういうことかと考えてしまうと、ステイルも目が零れそうなほど見開いてパウエルを見つめていた。
衛兵、は確かに城下では一応受容もある仕事だ。中級層から上級層には貴族や富裕層が住んでいる。小さなものなら彼らが屋敷を守る為に雇う一般人も衛兵だし、規模を大きくすれば領主の命で城下や領地の治安を守る仕事も衛兵だ。我が城にも大勢の衛兵が守衛として働いている。……って、え????
「今朝、職員室で相談してみたんだ。そしたら衛兵ならどうだって。俺みたいな学がない奴でも働ける仕事らしいし、騎士みたいに敷居も高くはねぇらしい。……いつか城で働けるように今から経験も積みてぇから」
取り敢えず兄貴の方のフィリップの伝手で紹介を頼んでみる、と。そう言うパウエルに空いた口が塞がらない。
唖然、という言葉が相応しい。しかも今、城って言った?言ったわよね??
ステイル一人だけ納得したように丸い目のままおもむろに頷く中、私はまだ感情がうまく追いつかない。アーサーが横で「マジっすか」と呟けば、パウエルがまた照れるように肩を竦めた。
「城で働くなんて大それた夢だけど、卒業までには絶対この能力も今より制御できるようになって城で雇ってもらって」
その為に選択授業も特殊能力と、もう一つは衛兵に近い騎士の授業を受けたいと。そう続けるパウエルは、陰りのない笑顔だった。
まるで水面にうつった朝日みたいな眩しさと柔らかさに目を奪われる。城で働きたいという言葉より、明日が一生のお別れじゃないかもしれないということよりも遥かにずっと
「それで、またいつか……友達に会いてぇなって思うから」
彼が〝自分の未来〟へ更に足を一歩かけた事実が、胸を高鳴らせた。




