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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
見かぎり少女と爪弾き

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そして思考する。


「高等部特別教室になります。少々お待ちください」


階段を登りきり、その扉の前で案内役の教師は一度足を止めた。

ノックを鳴らし、授業を取り行っている教師に確認をとってから扉を開ける。とうとう辿り着いてしまった扉の前に、ティアラを見ればりんごのような頬を必死に冷やすべく両手で包み隠していた。

うっかりとはいえ、セドリックに会うその前に変な話をしてしまったなとレオンは肩を竦めて反省する。「ごめん」と小さく謝れば、ふるふると首を振る動作だけで許された。教師が扉に手をかけても、彼女の調子が戻るまで待てば今度は消えいるような声で「私こそ……」と返される。

ティアラにとっても、こんな簡単な話題程度で取り乱してしまう自分が恥ずかしい。相手がレオンだと、つい気を許してしまう。

最後に大きく深呼吸を済ませ、やっと顔色の戻った彼女の頷きに合わせ、扉が開かれた。


「どうも、授業中何度も失礼します。アネモネ王国王子、レオン・アドニス・コロナリアです」

「こんにちはっ。第二王女ティアラ・ロイヤル・アイビーです」

いつもの挨拶で笑い掛ければ、自然と教室からは歓声よりも拍手が沸いた。

パーティーになれた貴族達には、今では当然の迎え入れである。心から歓迎するように示す貴族達に、一人セドリックが熱のこもった視線で二人を見つめ返した。

どうもセドリック王弟、といつも通り軽く手を上げ滑らかに笑めば、セドリックからも同じ挨拶が返された。焔のように揺らめく赤い瞳がレオンへ向けられ、……そして次には隣にちょこんと佇むティアラへも向けられる。


ティアラも「こんにちはっ」と明るい笑みでセドリックに返すが、顔色もそして表情筋も神経を最大限まで張り詰めての笑顔だった。

本音を言えばこの場でレオンの影に隠れたいぐらいだが、第二王女がそんなことを教師や貴族の前でできない。不仲説など囁かれれば大問題だ。

いつものティアラからはなかなか向けて貰えない真正面からの可愛らしい笑顔に、それだけでセドリックの顔の熱も上がる。自分だけではない、教室にいる貴族で同じように赤面する生徒はセドリックの視界に入るだけでも十四人いる。もっと見回せば正確な人数も確認できたが、どうしてもティアラが訪れると目が彼女ばかりを追って見回す余地がなかった。


また授業を見学させてもらっても?と確認をとってから、教室の最後尾へ歩むレオンにティアラもあくまで笑顔で続いた。

ポクポクと心臓が跳ねてしまうのを息を止めて必死に抑えようと意識する。だが止めようと息をしようと鼓動は全く止まらない。

いっそセドリックよりも、壁際に控える護衛のハリソンをみる方がずっと落ち着いた。ぺこりと礼儀正しく礼だけを返すハリソンに、今だけはその落ち着きの半分だけでも分けて欲しいと切に思う。


「……では、授業の続きを行います。〝アシュフィールド家の悲劇〟二十二頁について、順にベラの心情と行動の解釈を伺いましょう」

ちょうど授業は文学だった。

フリージア王国で昔からある有名文学の一つの題目に、レオンは興味が軽くそちらに向く。つい最近カラムに勧められた本の一つだと思えば、教師が音読して聞かせる内容をそのまま耳が奪われる。

今は別の勧められた本と公務で忙しいが、いつかは読もうと思っている。カラムからも大まかに内容は聞いているが、こうして他者の読み取りや考察を聞けるのは面白い。


「ティアラは読んだことあるかい?」

「え、ええ……。フリージアではとても有名な本ですから、何度か。悲しいですけど、とても好きなお話の一つです」

子どもの頃から読書に親しんだティアラは、博識家であり読書家でもある。

セドリックの背後に立ったことで、授業に集中した彼の視線から外れたティアラはほっと息を吐く。教室の全生徒の背中と教師の授業を聞きながら、お互いに聴こえる程度の声で話した。

レオン王子は?と尋ね、まだカラムから紹介されただけで読んでいないと返されれば「なら中身を知らない内に教室を出ましょうかっ」と声を跳ねさせた。

やっぱりこの教室にはいたくないんだなぁと思いながら、レオンは肩をすくめて断った。あくまで今教師が語っているのは、物語序盤の一部。これくらいなら明かされてもレオンは気にしない。むしろ読書会のように、教室全員の考えが聞けるとなればもう暫くここに足を止めていたくなった。

国で創設する学校には特別教室は不要かと考えたレオンだが、やはりそれとは別にこういう場所を作る機会は良いかなと思う。お茶会や夜会以外で、こうしてお互いの考え方や視野を広げるのは有意義である。


「ティアラはどう思う?ベラはどうしてアシュフィールド家から何も残さず姿を消したのだと思う?君の考えも聞いてみたいな」

「あの……私、もうこのお話は最後の真相まで全部知っていて」

「それは皆じゃないかな。セドリック王弟以外は皆知ってると思うよ」

貴族であれば、有名な文学をいくらか嗜んでいる。

フリージア王国で有名であれば余計にだろうとレオンは考える。その上で、今この時の一場面を考えることが必要なのだろうと教師の意図も組んでいた。

ティアラもレオンの言葉に納得し、授業の邪魔にならないように小声で彼の耳にだけ囁きかけた。

なるほど、と。ティアラの解説に頷いたレオンは改めて教師に当てられた生徒の考えにも耳を傾けた。


やはり全員本の内容を網羅しているのか、的確な答えが次々と上がっていく。特に今は王族二人の視線を受けているからいつもより意識も高い。

貴族として恥ずかしくない姿を見せるべきと、ティアラが考えたのと同じ完璧な返答が続けば順々にその生徒の理解を確認した上で続けて教師も更に踏み込み問いかける。

何故、それを従者は協力したのか。何故、今まで実行しなかったのか。貴方なら他にどのような方法を考えるか。同じ行動をとるか。これは最善だと思うか。貴方なら家にこのような人間が出て許せるか。そんな状況で恋人が突然自分の元に逃げ込んできたら




「彼女にとっての幸福を模索します」




「〜〜〜〜〜〜っっ……」

教師に当てられたセドリックの迷いない答えに、レオンは自分の隣がぷすぷすと熱くなるのを感じた。

フリージア国民でない彼もまた、フリージア王国城の図書館でその本の内容は暗記していた。最初に問われた教師からの問いも他の生徒ともティアラとも全く同じく完璧な返答をした、その次の踏み込んだ内容にもはっきりと答えた。

周囲の生徒も、そしてレオンも別段違和感は覚えない。教師も「なるほど」の一言と補足を加えて済ます中、ティアラ一人が両手で顔を覆って動けなくなってしまった。謎の熱源に気付いたレオンも、視線を向けてから目が俄に丸くなる。ぷすぷすと熱を持つティアラに半分笑ってしまいながら「大丈夫かい?」と背中を丸めて尋ねれば、流石に向かいにいる教師も異常に気が付いた。


ティアラ王女殿下どうかなさいましたか、と尋ねれば風を切る早さでセドリックやそして他の生徒も振り返ったが、その時はレオンが急ぎ優雅に彼女を背中に隠した後だった。

こちらの話です、授業中に失礼しました。そう滑らかな笑顔でやり過ごしたが、その間もティアラ一人はレオンの背中に隠れて顔の火照りを抑えるので精一杯だった。


他の生徒、そして最後にセドリックも授業へと背中を向ければ、レオンもやっとそこで胸を撫で下ろす。

セドリックでも自分でも、第二王女を赤面させたなどという噂をあまり立てたくない。

「ごめんなさい……」と弱々しく呟くティアラが、何とか顔色を直したのを確認してからレオンは再び隣へ並んだ。

授業再開後も、心配そうにちらちらとこちらに振り返ってくるセドリックに気を散らせてしまったことを申し訳なく思うと同時に




……なくはない、かなぁ。




もしかして。と、自分にしては思い切った予測にレオンは暫く困り眉が戻らなかった。


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