Ⅱ415.貿易王子は考え、
「今日で最後なんてなんだかあっという間でしたねっ」
「うん、だけど今後も出来ないわけじゃないから。君と一緒は最後だと思うと名残り惜しいけどね、ティアラ」
柔らかな声が響く中、レオンとティアラは二人揃って校内の廊下を歩いた。
鐘が鳴り、生徒は全員教室に一限を受けるべく戻った時を見計った来訪だった。王族であるセドリックの登校すら未だ悲鳴が上がる中、自国の王女とアネモネ王国の第一王子など混乱しか招かない。彼らの来訪を事前に知っているのは教職員だけである。
馬車が校門に止められた時点で、急ぎ彼らを迎えた教師が今も案内に付き添った。
今日は校舎以外の設備建物をと見学に回った彼は、先ほど案内された寮から再び今度はティアラの案内で高等部の校舎へ戻ったばかりである。事前にレオンへの案内の為、校内にレオンより一歩詳しくなった彼女は寮のあとは自ら高等部まで彼を先導した。
高等部の教室を巡った後には中等部。今まで幼等部や初等部、高等部に中庭や校庭も細かく見て回った彼らだが最も来訪数が多い建物は〝何故か〟中等部。これから回る高等部の後は中等部、そして最後はまた理事長とと予定を立てる彼らは他愛もない話を静かに語らい廊下を歩く。
教室の扉の窓から彼らの姿が見える度々、気付いた生徒が悲鳴を上げるが今はもう飛び出してくることはなくなった。
「私もですっ。アネモネ王国はどんな学校を作りたいか、発想は沸きましたか?」
「うーん……やっぱり先ずは王都に作りたいな。あとは海岸地域を中心に……フリージアほど大規模なものは難しいけれど、僕もできるだけ大勢を集めたいから」
今日で無事校内の設備全てを見て回れたレオンには、今はまだぼんやりとだけ想定する。
アネモネ王国は貿易としては名を馳せた大手国だが、規模は小さい。隣国と呼べるのもフリージア王国だけで残るは海である。特に港町でもある王都は人の往来が多い。
身体も力も弱い民を保護する方法はなるべく早く確立させたいとレオンも思う。「教育だけでなく寮という案も素晴らしいな」と呟きながら、自国で寮までも可能かは検討段階だろうとアネモネ王国王都で建設可能地を頭の中でいくつもあげながら考えた。欲しくとも可能かどうかは別だ。
学校を建設し、そしていくつか騎士団と同じようにフリージア王国と合同演習みたいなこともできればいいなと夢も同時に膨らんだ。
学校同士のお祭りとかどうだろう、いっそ交換留学も面白い。ゆくゆくは学校の数が増えればそれだけ機会も増える。アネモネ王国とフリージア王国では土地の規模から考えても同じ数や規模の学校にはならないが、アネモネ王国にも将来的には各地に増やしていきたい。その為にも今回の見学優先権で、プラデストの構成要素を何度も見て回れ理解を深めることができたのは幸いだった。
今後、プライドの極秘視察さえ終えれば他国も含めて王侯貴族が挙って見学を希望。たった一日の見学でも順番を待たされ、見学もこんなふうにのんびり時間をかけて回れるかも怪しい。
学校の隅々まで確認できたことはアネモネ王国にとって他国へ一歩差を付ける機会でもあった。
アネモネ王国で学校見学を許されたのは、創設者の盟友である自分のみ。既にレオンが見学で得た知識を元に学校建設計画も着手は始まっていた。今日も自国へ帰ったら父と上層部と共に会議である。
「特別教室……もどうしようか悩むな。フリージア王国は今後同盟共同政策の方もあるから貴族にも注目されているけれど、将来的に専門の学校を作る方向にして最初から住み分ける方向も─……?ティアラ、どうしたんだい」
つい夢中でアネモネ王国について考え過ぎた。
気づけば話していたティアラがいつの間にかずっと無言になっていた。ぼんやりと何か考え中のように俯きがちになっていた彼女へ小さく顔を傾けると、名前を呼ばれたティアラもはっ!とした表情で顔を上げた。
「なっ、なんでもありません。ごめんなさいっ、ちょっと考え事を……」
「君もかい?…………もしかして、これから高等部の特別教室に行くのが気が進まないとか」
カァッ‼︎と次の瞬間、レオンの言葉に一気にティアラの顔が火照った。
場を弁えて一応声を潜めたレオンだが、そんな気の遣われ方をしてしまったこと自体にティアラは戸惑いすぐには反論も出なかった。
今までも何度か訪れた高等部の特別教室。その度にティアラの様子が妙だったり固くなったりしていることをレオンもわかっていた。自分の姉達が潜入している中等部の教室よりもはるかに。
理由として思い当たるのはやはりたった一人だが、何故ティアラがそこまで緊張したり物怖じしているのかは不思議だった。特別教室にまで入れば、あとはいつも通りに振る舞い笑っている彼女だが、その前後には毎回緊張を走らせている。
違いますっ!の一言も言い切るまでに二度も噛んでしまったティアラは、誤解を招かないようにとはっきりとした声でレオンに言い返した。
「とっ、特別教室は関係ありません!皆さんとても良い方ばかりですし、ただレオン王子殿下が何度も足を運ばれる必要はないかなと思って不思議には思いますけれどっ……」
「うん、そうだね。やっぱり特別教室はアネモネ王国には作らなくても良いかなぁと思うよ。いっそ貴族だけの学校を作るのを承認する程度で良いかな。社交の場としてはこれ以上ない機会だとは思うし」
慌てるティアラに否定はせず、やんわり話の気道を戻す。
特別教室の授業も勿論有意義だとは思う。しかし、どれも望めば貴族が個人で家庭教師を雇える域のものが多い。興味や視野を広げる為、そして己の学力についての見識を改めることにも効果的だが、国がわざわざ金を出す必要があるかは考えてしまう。ティアラの言う通り、高等部の特別教室にも何度か足を運ぶレオンだがその理由は取り入れる為というよりも可否自体の判断の為。そして……
「折角ならセドリック王弟にも会いたくて。ほら、彼も君が来ると嬉しそうじゃないか」
「っっそそそ、それは私ではなくて御友人のレオン王子に会えるのが嬉しいだけだと思いますっっ‼︎」
ボンっ!と今度こそ音を立ててティアラの顔が熱くなる。
今までになく早口で否定するティアラに、可愛いなぁと思いながらレオンは滑らかな笑みだけでそれに返した。ティアラもその笑みにきゅっと唇を結んで何も言えなくなってしまう。いつもよりも弱々しい足音を立てながら階段の手摺に手をかけた。
明らかに顔を赤くする彼女に、やっぱりセドリックの気持ちにはわかっているのかなとレオンは考える。
しかし、恋心を知られている程度であれば今更ティアラが彼にだけ緊張するのも少し不思議ではあった。ティアラに恋心を覚えている男性などそれこそ数知れない。中には会うたびに直接アプローチをかけている妙齢の男性も珍しくない。なのにただ会うどころか、存在を仄めかされただけでこんなに取り乱すなんてと考えれば、一体セドリックが彼女に何をしたのだろうとまで考えてしまう。
簡単な愛の言葉程度でティアラがこうなるとは思えない。いっそ参考までに聞かせて欲しい。
……でも、あのセドリック王弟がそんなことするかなぁ。
少し以前の彼ならばあり得なかった話でもない。
ハナズオ連合王国とフリージアが同盟を結んだ頃、彼がプライドにすら何らかを犯したことをうっすらとだがレオンも気取ったことはある。更にはその前にも会ったことがある彼は、王族である自分に親しくもないのに伝言を任すような暴挙もあった。
しかし、今の彼にそういう一面は正直感じられない。自分に恋心が見通されただけで赤面し目を泳がせた青年である。
彼がティアラに思い入れを見せるようになったのは、ちょうどその時の身の振りが改まってからど。
一番あり得るのは、その改まる前に何かやらかしたのかなくらいだが、先ず第一に心の広いティアラがそこまでずっと引き摺るような恥ずかしいこととは何か想像もつかない。
自分もうっかりティアラを赤面させることはあるが、それは言動が理由ではないことはレオンも自覚している。なら、自分には想像がつかないような愛の言葉でも口にしたのか、それとももしくはティアラ自身もまたセドリックのことを─……
「高等部特別教室になります。少々お待ちください」




