Ⅱ414.見かぎり少女は階段を登る。
「では行ってきます、エリック副隊長」
エリック副隊長と別れるべく、振り返る。
校門を潜ったところで、守衛の騎士と一瞬目が合った。私の気にしすぎかなとも思ったけれど、その直後に思い切り唇を引き絞ってそしらぬ顔をしてくれていたから間違いない。
ステイルはいつも通り目も合わせず過ぎたけれど、アーサーは瞼が痙攣しそうなほど大きく開いてから私と同じくぺこりと小さく頭を下げていた。
昨日の一件の所為で、私達の正体はもう騎士達には筒抜けになっている。今までも何度か校門の守衛で見覚えがある騎士だ。恐らく今日も明日も彼だろうし、一人だけ心臓に悪い気持ちにさせて申し訳ない。気をつけて、と手を振ってくれるエリック副隊長もちょっとだけいつもより苦笑気味だった。
私からも手を振り替えし、三人で中等部の校舎へ向かった。
校門から中庭を抜け、中等部校舎の昇降口へ入る。その間もおはようと声を掛けられれば、本当に顔見知りが増えたなぁと思う。
アーサーやステイルだけでなく、私にも「ジャンヌおはよう」と名指しで呼んで貰えると未だにちょっと胸が跳ねる。目立ってしまっていることは困るけれど、友好的に挨拶をくれるのは素直に嬉しい。そして名残惜しい。
二日と言わずもっとこの生活を続けられればとこっそり欲が沸きながら、階段へ足を掛け
「ジャンヌ‼︎」
きゃあ⁈と名前を呼ばれたと気付くより先に悲鳴がうっかり上がった。ちょっと物思いに更けてしまったからか大きな声になってしまった。
殆ど同時に横から飛びつかれた勢いと、アーサーが凄まじい反応でそれを引き剥がし二拍遅れてステイルが身体ごと傾いた私の肩を受け止め支えてくれた。一瞬だけ、凄まじい殺気の針までどこからか刺さってくる。
引き剥がしてきたアーサーに「わっ!」と逆に驚いたように声を上げる彼は、階段脇に二歩たじろいでから足を止めた。私も大きな声を出してしまったことに両手で口を覆ったまま突進の張本人へと身体ごと向き直る。
「ネイト!びっくりしたわ、全然気付かなくて……」
「へへーんっ!あったりまえだろ‼︎気付くわけねぇじゃん!!」
階段は危ないから逸れましょう、とステイルがそっと支えた手で階段正面からネイトと同じ階段脇へと促してくれる。確かに階段前で四人お喋りなんて邪魔且つ迷惑だ。
引き剥がした本人であるアーサーが「すみません」と軽くネイトに謝りながら腕を引く中、本人は気にしていないと言わんばかりに胸を張って笑って見せた。
気付くわけない発言に、私も彼の顔を見て納得する。いつもは額に乗せているゴーグルが今日は目にしっかりと嵌められていた。
彼の発明であるゴーグルを被っている間は、隣に立たれていてもネイトとは気付けない。
自分の発明で自慢げに笑うネイトを見ると、もしかして前回私がこれでカラム隊長を驚かせたので味をしめちゃったのかもしれない。私達やカラム隊長はあと二日だけれど、今後お友達に同じことをしないかすごく心配だ。
しかも階段を登る前だったから未だしも、階段中だったら怪我もありえた。ドッキリさせる場所も最悪だ。
ここは年長者としてお咎めをしなきゃなと、意識的にネイトへ眉の間を寄せた時。
「……あら?ネイト。いつもと違うわね……?」
そこで気付く。
ネイトのゴーグル。よく見るとベルトの色からして違う。いつものゴーグルは茶色のベルトに丸レンズ二個の前世でスチームパンク映画に出てきそうなものだった。それと比べると今かけているのはシンプルなデザインと形状だ。一瞬眼鏡の一種かなと錯覚してしまう。
珍しいと思いながら中腰になってステイルやアーサーも一緒にまじまじとネイトの額へ顔を近付ける。その間もフフンと鼻歌でも歌いそうなネイトはご機嫌のまま腰に両手を当てて得意げだ。
ステイルが小さな声で「もしや……」と呟くのに、私も思わず短く息を止める。いや、でもまさかこんなちょっとでと思ったけれど、……そうだこの子は天才なんだったとすぐに思い出す。
「ジャンヌの分!どうだよ格好良いだろ‼︎」
へへっ、と歯を見せて笑うネイトに「やっぱり‼︎」と頭の中だけで叫ぶ。
以前、カラム隊長へ発明ドッキリをした際にネイトから私の分も作ってくれるとは言われていた。でもまだ一週間も経っていない、翌日だ。
ネイトの発明ペースの凄まじさもそしてレオンから余裕を持っての発注数も知っている。でもこんなに速く⁈と驚きが強くて口がぽかりと開いて閉まらない。
アーサーが横で「もうできたンすか⁈」と私達の気持ちを総じて叫ぶ中、ネイトの鼻の角度だけが高くなった。ステイルが鼻先までぶつかりそうなほど顔を更に近付ける中、私も穴が空くほどに眺めてしまう。
ベルトから淵までちょっとお洒落な赤茶のゴーグルだ。
グラス部分はネイトのゴーグルよりも広めだけれど、レンズ自体の出っ張る高さも低いし一見すると掛けて見てもゴーグルというよりちょっと変わった眼鏡程度も見えるだろう。ゴツゴツとした印象がなくなって女性らしくて且つシンプルなデザインにしてくれたのだなと思う。
これなら庶民として額の上に乗せていてもネイトほど目立たないだろう。
「俺は平気だけどジャンヌは使えるのあと三回な。取り敢えずデコにだけかけてみろよ」
貴重な三回。
うっかり使わないように……!とゴクリと喉を鳴らしながら私はそれを受け取った。特殊能力効果無しでも良いから目にもかけてみたい欲を抑えつつ、お言葉に甘えて額に乗せてみる。
ネイトと頭の大きさが違うけどベルトを調節すればと前回と同じようにステイルが手伝ってくれた。バンダナを付けるような感覚で額に乗せれば、付け心地もばっちりだ。
キョロキョロと視線を回したけれど、残念ながら鏡はない。代わりにネイトやステイル、アーサーに顔を向けて笑ってみる。
「どうかしら?付け心地もとても良いの」
「ッ似合ってます!格好良っ、可愛……っとにかく似合ってます!」
「俺もそう思います。ジャンヌは眼鏡もお似合いですね」
「眼鏡じゃねぇーし‼︎ゴーグルに決まってるだろ!」
密着させねぇと効果でなかったんだよ‼︎と、鼻の頭に皺を寄せて怒るネイトに、ステイルが「お見事です」と小さく笑いながら返した。
更には拳を握って力いっぱい褒めてくれたアーサーが「俺はゴーグルの方が格好良いと思います‼︎」と前のめる。ネイトもそこでまたニマァと表情筋が緩んだ。「だよなぁあ⁈」と言いながら、もう顔はアーサーへにっこにこだ。相変わらず褒められるのには弱くて可愛い。
「眼鏡とかだっせーし‼︎やっぱゴーグルの方が落とさねぇしズレねぇしかっけーし‼︎⁈」
そう言いながら嬉しそうに声を張るネイトに、銀縁眼鏡アーサーが「わかります‼︎」と全力で同意する。
やっぱりアーサーも戦闘に向いている形状の方が好きなんだなぁと微笑ましくなる。続いて黒縁眼鏡ステイルが、ゴーグル談義に花を咲かしそうな二人を横に、私を正面からちょっと身体の向きを変えたり角度を変えたりしながら「これなら充分目立ちません」「一見なら髪留めにも見えますし」とどうやら目立ちにくさを確認してくれた。
登校初日から私の悪目立ちに苦労させられたステイルには重要事項なのだろう。
何はともあれ二人が似合っていると言ってくれたのなら、是非鏡を見たい。
額に当てたままベルトの感覚とグラスの大きさを手で確認しながら、これなら元の大人になっても使えるだろうかと考える。流石にドレスにゴーグルは目立つけれど。
「ありがとうネイト。すごく嬉しいわ!私の……ということは、買わせて貰っても良いのかしら?ただごめんなさい、今は持ち合わせがないから放課後に……」
「ハァ⁈ジャンヌのだからジャンヌが貰っておけば良いだろ!別に暇つぶしでちょっと作っただけだし!」
そんなもん!と、最後には捨て台詞のようにさっきまで絶賛していたゴーグルを目で差して鼻を鳴らす。
思わず一音が零れたけれど、ネイトからのプレゼントだと理解した頭が流石に慌てる。ちょっと待って⁈と一度返却すべくゴーグルを額から外すけれど、その間にネイトは自分のリュックへ隙間から腕を突っ込んでいつものゴーグルを取り出した。
「ネイト、駄目よ。前にレ……あの方にも言われたでしょう?ちゃんと物の価値を理解しないと駄目。この前の発明とは別よ。貴方の才能は無料でポンポン誰にでもあげて良いものじゃないの」
「誰にでもじゃねーし‼︎ジャンヌだから良いだろ。それに女用に作ったモンなんか俺絶ッッ対つけねぇから‼︎」
だから料金を払うまで待ってって言ってるのに‼︎
私が付き返そうとする手を肘や肩で雑に押し返すネイトは、そのまま首まで下げていた自分のゴーグルを額に装備した。確かにそっちの方がネイトにはお似合いだけれども‼︎
せめてお金を、と言っても「気に入らねぇのかよ⁈」と反撃される。いやすごく気に入ったし嬉しいと言えば、続きを打ち消すように「じゃあ良いだろ!」の一点張りだ。
助けを求めるべくステイルに視線を向ければ、ステイルも難しそうに眉間を押さえた。
「……ジャンヌ。取り敢えず受け取っておくのはいかがでしょうか。謝礼については追々考えましょう。…………いつ、何時必要になるかわかりませんし……」
絞り出すようなステイルの言葉に、直後ネイトが「ほらみろ!」と叫ぶ。
いつ何時発言に、ステイルを見つめるアーサーの喉骨も大きく上下した。もう完全に目立ち防止が最優先事項になっちゃっている。そのまま唇を絞る様子に、アーサーもステイルと同意なのだと思い知る。まさかこんな形で日頃の行いが返ってくるなんて。
装備を整えたネイトが、とうとう階段に足を掛けて登り始める。
私達も追うようにその後ろを追うけれど「本当にありがとう」と言いながら頭ではどうやって代金を払うか考える。レオンにこっそり支払って、ネイトへの商品代替料金に足して貰う手もあるけれど……。
「……あ。じゃあ金の代わりにさー」
ふと、二階へ上がりきる前にネイトの声が上がった。
何か思いついたのか、登りながらこちらを向くネイトに「前を向いてください」とステイルとアーサーの声が重なった。
私も危ないと思い足を一度止めて手摺りを掴めば、ネイトもちょっとだけ唇を尖らせながら早足で階段を先に上った。
二階に昇りきり踊り場まで離れてから、何かしら?と改めて尋ねて見る。
するとネイトは話を中断されたことにちょっとだけ不機嫌気味に私達を順々に睨んだ後、腕を組んで向き直った。
「カラムに‼︎それ、ちゃんと自慢しろよ。俺が作って、すげー!ってことと、家まで頼み込みにこねぇと作ってなんかやらねぇって‼︎」
……なんだか、既視感が。
怒ったようなムキになったような表情で言いながら突然出たカラム隊長名指しに何とも言えずに私達も口だけ笑ってしまう。
今までも何回かあったけれど、つまりはカラム隊長にまた自慢して見せて、欲しいなら家に遊びに来て欲しいということだろうか。
本当にカラム隊長に懐いたなぁと思う。しかもやっぱり頼めば作ってくれるつもりらしい。
「それでいいから‼︎」と廊下に響く声で断言する彼に、私からも肩の力を抜く。アーサーが「カラム隊長です」と訂正したのに続き、笑いかける。
「わかったわ。代金の方は保留にしておくとして、カラム隊長に私達からも自慢して伝えて置くわね。きっと褒めてくれると思うわ!」
ネイトのゴーグルの時もしっかり褒めてくれた人だもの。
そう思いながら笑顔で返せば、ネイトの眉間の皺が伸びた。「……そう思うか?」とちょっと探り探りに低めた声に「絶対」と自信を持って返せば次の瞬間にはまたピカリと目が輝いた。
「だよなぁあ~?まぁ⁈でも⁈簡単にはやらねぇけど⁈俺の全部すっげーーーから!!」
さっきは「そんなもん」と言ったりやっぱりすごいと認めたり。
彼らしい発言の移り変わりを感じつつ、「そうね」とだけ共感を示す。実際ネイトの発明はすごいし、そして更にはセンスも良い。
単純に装飾に興味がないのかもしれないけれどシンプルなデザインだけでなく、ちゃんと女性らしさの色変えまでしてくれたのだもの。しかも今回は私用とのことで、ベルトも髪の色にちょっと合わせてくれ……、…………。
「じゃあ俺もう行くから‼︎ちゃんと約束守れよ⁈」
じゃあな‼︎と大きく手を振ったネイトはそのまま元気よく自分の教室へと駆け出した。
素敵な物をありがとう!と一度外したゴーグルを両手で抱き締めながら私からも精一杯声を上げて感謝と賞賛を示せば、最後にネイトの顔がにやっと嬉しげに笑った。
アーサーとステイルからも「授業頑張ってください!」「このお礼はきちんとしますので!」と張られた後、完全に背中を向けたネイトは教室の方向へ消えていった。
「……そういう返礼も良いですね」
「フィリップ。お前また何か企んでンだろ」
消えたネイトの方向を見ながら呟くステイルに、アーサーが低めた声で返した。
私も振り返れば、にっこりと笑みで私とアーサーに返したステイルは「教室へ急ぎましょうか」と階段へ促した。その肩をアーサーが肘で突く中、三人でゆっくりと階段に足をかける。
あの笑い方からステイルが何か考えついたのは間違いないだろう。でも今はそれより気になってしまうのは
「…………カラム隊長のこと、本当に大好きなのね」
ネイト。と、そう呟いた私の声を拾った二人が、言い合い中にも関わらず深く頷いた。
教室に入ったら早速額に装備し直そうかしらと考えながら、手摺りに手を伸ばした私は落とさないように持つ指へ力を込めた。偶然かもしれないけれど、
カラム隊長の髪と瞳と似た色のゴーグルに。




