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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
見かぎり少女と爪弾き

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Ⅱ413.見かぎり少女は確認する。


「ところでジャック、ノーマンは今朝どうだったかしら」


潜入視察終了まで今日をいれてあと二日。

無事極秘潜入を続けるのを許された私は、ギルクリスト家から出た後にアーサーへと投げかけた。昨日は休息日で演習場にも帰ってこなかったであろうノーマンだけど、今朝はどうだったかとずっと気になっていた。

ブラッドのことを抜いても御実家があんなことになってしまったのだし、休息日の延長を願い出ていてもおかしくない。

エリック副隊長も知っているとは思ったけれど、やっぱり直属のの上司であるアーサーの方が接点もある。


ステイルからも気になるように視線を投げる中、アーサーはすぐに口を開いた。眉が寄って少しだけ気まずそうに口端が歪みながら。

「ノーマンさんは、今日も早朝演習から合流していました。やっぱいつもより元気はなさそうでした。昨日の関係者ですし、俺からも今日ぐらいはっつったンすけど……」


『騎士としてたとえ身内の不幸があろうとも任務を優先する心構えは既にできています。騎士団長と副団長からもつい先ほどお声がけ頂いたのをアーサー隊長もご覧になっておられていたと認識しておりましたが?お気遣い頂けるのはありがたいですが、騎士団長にお断りした以上ここで自分がアーサー隊長に一声頂いたからと決めた判断を覆すのは騎士団長にも無礼になります。昨日は多大なるご迷惑をおかけいたしましたが非番でしたし、元々妹の様子を見に行く為にお暇を頂いているのにこれ以上の特別扱いは受けられません。今日は騎士として自分はここにいるので、不要なお気遣いは結構です』


……相変わらずノーマンだ。

アーサーが覚えている限りノーマンに言われた言葉を並べてくれる中、なんとも口が苦くなる。言っていることは正論なのだけれども。

確かに騎士として「身内が大変で……」程度で任務を離れることは基本的に難しい。王国騎士団は厳しい組織だ。

だけど今は任務中ではなく演習はあくまで待機中のものだ。アーサーも騎士団長達も気を遣ってくれたのだろう。

実際、保護所にいるお母様だけでなく特殊能力者の弟を宿で匿っていることを騎士団長は知っている。だからこそ、騎士団長からも昨日非番中に任務に参加した分だけでもと午前休みを与えようかとノーマンに提案があったらしい。

けれどノーマンはあくまで仕事は仕事、私事は別と割り切って断った。昨日の任務参加も寧ろ自分が望んで参入させてもらったのですから、と。そしてそれを見ていたアーサーが「今日ぐらいは」と言った結果が、いつものノーマンからの言葉のガトリング砲だったらしい。


自分で言いながら、ハァ……と肩を落とすアーサーにエリック副隊長が苦笑いで肩に手を置いた。私も同じ気持ちだ。

騎士としてはノーマンの考えは見本なのだけれど、昨日の現場やブラッドの事情を知っているとどうにも心配になってしまう。今もブラッドは一人でいるのかもしれないと思うと余計に。


ゲームのブラッドは、アムレットに過去を語る部分で自分の所為で村が全焼したことや家族も村人も全員を死なせてしまったことだけでその後具体的にどうやって生きてきたかは語っていない。

三年後のゲーム開始より前に第二作目の学園にはいる筈なのだけれど、つまりはそれまで一人で生きてきたのだろう。家族全員が死んでしまったのだから。

授業をサボることが多く屋上で過ごすことが多かったブラッドは、学校の支配者であるラスボスのお気に入りのお陰でそれも見逃されていた。

ラスボス……グレシルはブラッドに自分の手元へ来るように誘い続け、ブラッドも「その方が都合も良いし」と軽く受け入れていた。

グレシルにも主人公のアムレットにも深層が掴めない、ふわりふわりとしたキャラだった。


アムレットと出会い少しずつ自分の心の傷を明かして向き合うことができるようになったブラッドは、父親の跡を継ぐ為に騎士を目指していた。つまりはノーマンと同じということだろうか。

ただブラッドの場合、騎士になりたい……というよりも家族の為という意思が強かった。


ゲーム中もアムレットに「家の手記にこんな騎士の記録があったんだ」「僕と父さんは昔」と楽しげに一族の話をする場面はあったけれど、だからブラッドも騎士になりたいねと言われたら暗い影を落とすだけだった。

怪我もしたくない、自分の特殊能力で仲間や大事な人を傷つけるのも怖い。だけど、代々続いていた騎士の血だけは絶やせない、それが自分の責任だと。

そう語るブラッドも、アムレットのお陰で少しずつ騎士を目指すことに気持ちも前向きになっていた。騎士としての血筋も才能も、そして先祖代々残された記録や手記も全部暗記していた彼は騎士になるべく生まれたような子だった。

アムレットがブラッドルートに行けば、エンディング後には騎士になったブラッドと笑い合う姿もあった。


今思うと、多分第一作目のアーサー要素を込めたキャラだったのだろうと思う。作品をまたいでの人気キャラだったもの。

第一作目で父親の死の真実と仇を討つ為のアーサーに続き、第二作目のブラッドは亡くなった父親の後を継ぎ、亡くなった家族への償いの為に騎士を目指すキャラだ。

ゲームをした時は、エンディングも「騎士に慣れてよかったね」くらいの気持ちだったけれど……やっぱり、よくよく考えれば彼自身の望みとは違った道だったんじゃないかなと思う。

若い内から騎士になれたのだし、才能はあるだろう。けれど、死なせてしまった家族の為にとそれだけに縛られて、危険と隣り合わせである騎士の道を行くしかなかったことが彼にとっての幸せだったのかは難しい。

昨日会ったブラッドも、痛いことも危ない目にも逢いたくないと言っていた。それだけ普通の平穏を願う彼にとって騎士は相反した生き方だ。

今は騎士であるノーマンも生きているし、現実でこそ自分の生き方を選んで欲しい。


「正体の件についてはどうだったんだ?騎士団長からその話もあっただろう」

「そっちは問題ねぇ。昨夜の内に弟さんへも口止めはしてくれたらしいし、ライラにはまだ事件のことすら言ってねぇって。母親さんには休息時間に会いに行くけど、口止めも何も気を失ってたから何も知らねぇし」

大丈夫だ、と。ステイルに返すアーサーは後ろ首を擦りながら視線を空に上げた。

ぼそりと「俺もなんか力になれりゃあ良いンだけど」と呟くアーサーは本当に良い上司だなと思う。

ステイルも昨日パウエルへの説得は叶って秘密にして貰えることになったし、ブラッドも頷いてくれたのなら一先ずは安心だろうか。

ステイルや騎士団長、アーサーが口止めしてくれたのなら私も信頼できるし安心できる。そこまで考えてから、ふともう一つ心配なことを思い出した。


「因みに……、ノーマンからジャックはー……何か報告以外で……?ほら、きっと正体も気づかれてしまったでしょうし」

私の正体は当然ながら、そこから芋づる式でアーサーの正体もノーマンは気付いた筈だ。

ノーマンの事情もちょっぴり知っている私としては、そちらの方も色々心配になる。なるべく接触を避けていたアーサーだけど、それでもノーマンも〝ジャンヌの友達に銀髪の子がいる〟程度は把握していたし、そこから昨日その子が寄りにもよってアーサーだと知ったら衝撃も大きかっただろう。

極秘視察を終えたら、そのまま騎士団にも後から知らせる予定ではあった。それが二日早まっただけとはいえ、ノーマンにとっては特に衝撃的な知り方になってしまった。……もうちょっと早く私がブラッドのことがわかれば、彼にも順を追って伝えられたかもしれないのに。


「いえ……なんっつーか普通、でした。一応今朝会って一番に「それだけでも先に謝罪させて頂きます」って謝ってはくれましたけど。そんだけで」

プライド様、ステイル様に無礼を、と。そこだけ声を潜めて言ってくれたアーサーが、続けて「俺からもすみませんでした」と改めて言ってくれた。

謝ることないわ、と私から首を振るけれどそれでもアーサーは歩きながらがっつり私達につむじが見えるほど頭を下げる。ステイルが「転ぶぞ」と言ってアーサーの頭を横から指先で突いたらやっと上げてくれた。


「別にノーマンに俺達は無礼は受けていないと前にも言っただろう。それに隠していたのはこちらの方だ」

眼鏡の黒縁を指先で押さえながら言うステイルに、アーサーはちょっと首を丸くして肩を狭めた。

私もそうよと同意するけれど、アーサーからすれば心配もあるのだろうなと思う。私とステイルとノーマンとのやりとりを直接見ていないのだもの。

きっとノーマンも王族にいろいろ話しちゃったことも色々動揺したのだろう。全く無礼なことを言われた覚えはないし、むしろお菓子もくれたし……と思ってからちょっとだけ私まで肩が強張った。もしかしてノーマン、王族にお菓子あげちゃったことも気にしているのかもしれない。しかも私も私で後で美味しくいただいてしまった。


ただでさえ他にも色々大変なことや考えないといけないことが山積みなのに、余計惑わせてしまう結果となったと思うと本当に申し訳なくなる。

私からもできることあれば……と思うけれど、今できるのは他の村人と同様に国として充分な補償を与えることくらいだ。生徒ではない上、保護所にも居ないブラッドには私達も今後会うのは難しい。しかも私に至っては基本公務以外外出禁止だ。



「取り敢えず今日は午後休貰ってるんで、弟さんの様子見に行ってきます」



えっ!と、驚いてアーサーへ振り向けばステイルだけでなくエリック副隊長も僅かに目が丸かった。

弟さんってつまりはブラッドを?

アーサーとエリック副隊長は学校がある日は特に毎回護衛についてくれているから、表向きは城下の見回りでも実際は半日休みを貰っていたことも今日だけじゃない。

もう私達の極秘視察は知られちゃったし、表向きの体裁を守る為に御実家にいなくても良くなった。確かに今なら城下を回るのも、演習場を巡るのも自由だ。

それに騎士ならブラッドも警戒せず済むだろうし、特にアーサーの場合は一応顔見知りだ。……ジャックの状態で、だけれど。


「ノーマンさんに頼んだら、宿の場所と部屋も教えて貰えました。やっぱ昨日あんなことあった後ですし、ノーマンさんも休息時間は母親さんに会いにいかないといけませんから」

渋々だけど了承してくれました。

そう銀縁眼鏡の蔓を両手で押さえながら言うアーサーは流石だなと改めて思う。

今朝分聞いただけでも相変わらず刺々しいノーマンから、御兄弟の場所を教えてもらえたのだから。ノーマンからしても、アーサーと自分の弟は関わらせたくなかったんじゃないかと思うのに。……いや、それよりも弟を一人にしたくなかったの方が強かったのだろう。アーサーなら事情も知ってるから、断腸の思いかもしれない。

私も……、と思ったけれどアーサーならともかくこれ以上ノーマンの頭痛の種は増やせない。ただでさえもう謝らせてしまっているのに。

アーサーの背中を見つめるエリック副隊長が半笑いを浮かべる中、私も言葉を飲み込んだ。視線を感じたのかアーサーもくるりとエリック副隊長に振り返る。


「!そういやエリック副隊長。昨晩は遅くまで飲んでましたけど、帰ってからキースさん大丈夫でした?」

「ああそれは、まぁ。……騎士隊の大きな出動あれば、どうせあっちも職場へ飛び戻ってるのわかってたからな」


それはつまり帰った時にはもう出勤して居なかったということだろうか。

少し遠い目で笑うエリック副隊長に、昨日のアレも新聞になったのかしらと少し思った。


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