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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
見かぎり少女と爪弾き

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Ⅱ409.見かぎり少女は喉を鳴らす。


「あ……。え、……ええと……」


騎士団演習場から戻った後、私は立ち尽くしたまま言葉が出ない。

騎士団の報告では、人身売買組織は確保。村人も無事馬車に乗せての城下へ保護も順調に進んでいる。ブラッドもノーマンが迎えに来てくれたし、パウエルもステイルがヴェスト叔父様に許可を得て話しに行ってくれた。作戦会議室でもステイルとジルベール宰相の協力を得て、無事に矛盾のない事情説明をすることができた。

作戦会議室に入った時から騎士達の目がチラチラと痛かったし、また年甲斐もなく十四才姿で暴れ回った王女として大注目を浴びてしまっているのだろうなと帰る時まで肩身は狭かったけれど。しかも風呂上がりホカホカの格好で訪れたのも気まずかった。でも、やっぱり身嗜みを整えたのは正解だった。十四才でヤンチャどころかビショビショドロドロバッサバサの格好で現れたらそれこそ八年前から成長していないと思われてしまう。


そして、取り敢えずはゲームのような惨劇だけは防げたことに安堵した私はティアラやジルベール宰相と一度王居へ戻って来た。

母上達に私からもパウエルに正体がバレてしまったその上であと二日……少なくともあと一日だけ通わせて欲しいと願い出にいかないといけなかった。

ジルベール宰相とティアラも協力してくれるとのことだし、ここはと覚悟を決めたところだった




第二作目ラスボスがヴァルに連れてこられたのは。




……いや、正確には連れて来たのはケメトと言う方が正しいだろうか。

王居に帰ったところで、ヴァル達が来ていると行き違いになった報告を受けた私達は取り敢えず客間で待つ彼らに会うことにした。もともと今日来て欲しいと連絡したのに一方的に遅刻してしまったことも謝りたかった。

てっきり彼のことだからもう配達一件二件終えちゃったのかしらとか思ったらまさかのゲスト付きだった。

客間を開ければ壁際でいつものように床に座って壁にもたれかかっているヴァルと、その隣にちょこんとくっつくように座っているセフェク。そしてソファーの上に行儀良く座るケメトと、そのケメトの腕にしがみつく女の子がいた。


初対面だけれど、私は見事に見覚えがある女の子だ。


青みがかった緑の長い髪と暗緑色の瞳。間違いなく、第二作目ラスボスのグレシルだ。ジルベール宰相も探していた事情聴取すべき〝謎の少女〟でもある。

ケメトと友達らしいということは知っていたけれど、まさか昨日の今日でご本人に会えるとは思わなかった。一瞬見間違いかとも本気で目を疑ったけれど、どうしようもなく間違いない。


「主!」とケメトがパッと明るい顔で振り返ってくれる中、グレシルは伏し目がちなままだった。ぺこりと頭を下げてくれるセフェクと違いヴァルに至っては「遅ぇぞ」の一言だけだ。

あまりの展開と、予想外のゲスト登場に私もすぐには言葉がでなかった。背後に控えるエリック副隊長とアーサーも言葉がない。

先にジルベール宰相が「おや……」と低めの声を漏らす方が圧倒的に早かった。


「もしや、その少女は件の。失礼ですが、名前からお尋ねしても?」

「昨日お話していたケメトもお友達ですよねっ?……お姉様、つまり……⁇」

ジルベール宰相に続き、ティアラが首を前のめりにしてから私の耳元で声を抑えた。

ティアラも昨日私達がどういう結論に達したかを知っている。こくりと頷きで返す私にティアラが両手で口を覆う中、ケメトが代わって「グレシルです」と彼女を紹介した。やっぱりだ。

同性の私でも一瞬裸かとびっくりするような透け感のあるワンピース。女性として露出しちゃいけないところは透けてはいないけれど、本人の肌の透明感のせいもあってか一瞬全て透けているかのように見えた。長い髪に隠された背中までぱっかり開いていてそこは本物の肌だ。

正直、ヴァル達の同伴じゃなかったら城に通されなかったレベルの露出度の高い格好だ。

ゲームでは透けるどころかゴテゴテの派手ドレスと装飾で上から下まで着飾って化粧もがっつりだったのに。……全て、レイのお金で。


おやおやおや……と静かに歩みながら、ジルベール宰相が私とティアラを先に向かいのソファーへと促してくれる。

私達も並んでソファーに腰を下ろす中、グレシルはずっと私達に目すら合わせなかった。

目の前にいるご本人にやっと私も一息だけ吐いて胸を落ち着け、先ずはと壁際の彼へ投げかける。


「ヴァル。これはどういうことですか?何故この子がここに……?」

「聞きてぇって命じたのはそっちだろ。ちょうど良いから連れて来ただけだ」

素っ気ない返答に、城下で怯えていたんです!と続けてケメトが説明してくれる。

セフェクは代わらずヴァルの隣で威嚇するように睨みつけているけれど、グレシルは一言も喋らない。怯えてた……?と思わず私も聞き返したけれど、それも本人からは頷きも帰ってこなかった。

ただケメトの腕にしがみつく力だけが全身で強まっていることが見ただけでわかった。何も言おうとしないグレシルに、ケメトが優しく笑い掛ける。


「グレシル、怖がらなくて良いですよ。この人達はグレシルが話していた〝優しい人〟と同じくらいすごく優しい人です」

「……っっ……けっ、ケメっト……?あ、ぁぁあ、アルジって……こ、絶対その、……なんっ……」

どうやら彼女も訳が分からないまま連れてこられたらしい。

ヴァルは隷属の契約で本人の承諾無しに連れ込むことはできないしある程度の承諾もあってついてきたのだろうけれど、突然何も変哲もない友達が城の王居までなんて驚いて当然だろう。

ビクビクと肩ごと何度も上下に震わせながら擦れるような声を漏らすグレシルには納得する。同時に、……この怯えている理由を考えるとどうにも嫌な予感しかない。

何か怖いものに怯えているか、もしくは私達王族相手に何か後ろめたいことがあるかのどちらかだ。そしてゲームの設定を知っている私はどうしても後者を想定してしまう。


もしゲームと同じようにグレシルが人身売買に協力したのなら、王族なんて今すぐ逃げたい相手の筈だ。……ッ駄目だ。ちゃんと!ゲーム前提で判断しないで先ず本人と話さないと。

自分を律するべく口の中を小さく噛んだ私は、音にならないように静かにまた呼吸をする。意思を持ってジルベール宰相に視線を向ければ、しっかりと薄水色の瞳と目が合った。

こくりと頷いてくれるジルベール宰相が「では」と静かな声色でグレシルへ呼びかける。


「ご足労頂き感謝致します、グレシル殿。私はこの国の宰相を任されている者です。……少々お聞きしたいことがありまして、お答え頂けますでしょうか?」

言葉を選び、怯えないように波の立たない声で尋ねるジルベール宰相は静かに切れ長な目だけが光った。

現状で、グレシルの容疑は〝ゲームのラスボス〟ではない。あくまで事情聴取の段階だ。


当時裏稼業達が取り巻いていたレイの屋敷周辺に潜んでいた少女。

裏稼業にレイの所在情報を中級層単独時と学校、二度提供した少女。

裏稼業側かアンカーソンとの何らかの関係者か、そしてヴァル達が城下で捕まえた人身売買との関係。〝謎の少女〟の容疑はそれだけだ。

どれも証拠がない今、彼女の口しか手がかりはない。目撃者が殆ど犯罪者の現状では他人のそら似や覚えがないと言われればそれだけで言い逃れされてしまう。


彼女の言葉を探るべく言葉を慎重に選んでくれたであろうジルベール宰相に、私も口の中を飲み込んだ。

すぐには返事をしないグレシルへ、ケメトが名前を呼んで呼びかける。唇をぎゅっと結んで黙秘する彼女は怪しくも、単に王族や宰相相手に萎縮しているようにも見える。

グレシルの反応に、「先ずは簡単なことから聞きましょうか」と柔らかく言うジルベール宰相は、ゆっくりとした動作で自分の膝の上に手を置いた。


「グレシル殿。貴方は何故そんなにも怯えておられるのでしょうか。場合によっては我々がお力になれる可能性もあります」

ピクリッ。

震えていただけのグレシルの肩が一際大きく上下し、明らかな反応が返ってきた。

やっぱり怯えている理由は王族や城だけじゃない。確信を持たその瞬間、更にジルベール宰相は声だけがにこやかに言葉を続ける。


「正直に申しまして状況や〝条件〟にも寄ります。しかしそこにいるケメトは、共にいるお二人と同様に私共も懇意にさせて頂いておりまして。彼のご友人ということであれば、まぁ……?私どもも人間ですのでそれなりの譲歩や情は否定しません」

なだらかな声に反して、ジルベール宰相の目が冷ややかに笑んだ。

いつもの優しい微笑みとは違う、怪しい笑みに私とティアラまでビクビク肩が揺れてしまう。ティアラと私でお互いの腕を組み合いながらジルベール宰相を見上げるけれど、俯いたままのグレシル本人はジルベール宰相がどんな顔をしているかすら気付いていない。顔を上げている私達だけに天才謀略家の笑みがはっきり見える。

なんだろう、手を差し伸べているのかナイフを隠し持っているのかわからない。

ピクピクとさっきよりも俯けた顔のまま耳が反応する彼女に、ケメトも軽く頭を傾けた。壁の向こうでヴァルが「誰が懇意だ」とだけ言い返したけれど、ジルベール宰相は聞こえてもいないように突然侍女へお茶の用意を命じた。優雅な動作でまたグレシルに向き直る。


「もともと私がお聞きしたいのは、大したことではないのですよ。貴方が裏稼業とどのような関係にあるのか。もしくは何処かの貴族と関係をお持ちなのか。それが貴方にとってどういった目的で要件で、見返りは何だったのか」

少々目撃談などが見逃せないほど寄せられておりまして。そう続けながら語るジルベール宰相の声は温かいのに、冷たい気配が背中をなぞる。


ジルベール宰相が言っている〝聞きたい〟ことは全て真実だ。

彼女の容疑はそれだけだ。具体的にそこを辿って、裏に何者がいるのかそれともただの軽犯罪か黒幕か、事件の関連性があるのかを確かめる為だ。

あくまで話を聞くだけ、本来であれば宰相が出るほどの幕でもない。衛兵に見つかったら話を聞かされて、その報告が巡りに巡ってジルベール宰相に届くくらいの話だ。今だって、城に通されたのは単純にケメトとヴァルによる紹介なだけだ。

でも、何だろう。ジルベール宰相の切れ長眼差しが彼女を黒と言っている気がしてならない。


「立場の弱いであろう貴方が〝脅迫〟や〝利用〟されていた可能性も私は鑑みております。ただ……、頭の固い者にはそれに〝気付けない者〟も多いでしょう」

ケメトが丸い目でジルベール宰相を直視し、僅かに身を強張らせる。

セフェクもさっきよりひしとヴァルにくっつき、私達も何も言えない中でグレシルだけ身体の震えが逆に止まった。もし彼女が何らかの後ろめたさで口を閉ざすのならばジルベール宰相の語る〝自分に都合の良い解釈〟に聞こえるそれは魅力的に聞こえるだろう。


自分は被害者、そして今とても困っている。そこで宰相が味方についてくれたらこれ以上心強いことはない。……ゲームでレイという権力者を利用していた彼女なら、この機会は絶対に逃がさない。

相手は貴族よりも圧倒的な権力を持つ宰相だ。勿論、ゲーム通りの彼女であればだけれども。

「勿論、初対面である私共を信用できないというのであれば仕方がありません。一般人のグレシル殿であれば、我が国の治安を守る衛兵の方が遥かに親しみもあり話しやすく信用にも足るで」




「話します……っ」




か細い声が上塗った。

さっきまで殆ど私達には話せなかった少女の言葉に、ジルベール宰相も待っていたと言わんばかりにピタリと口を止めた。

グレシル?とケメトが心配するように呼びかける中、彼女は変わらずしがみつきながらもケメトの方は見なかった。

俯き続けた顔を上げ、真っ直ぐと勢いよく顔をジルベール宰相へと向ける。潤んだ目が勢い良く顔を上げた拍子に流粒が弾け零れた。

ゲームよりも幼い顔つきの彼女は恐怖そのものを塗ったような険しい表情で再び口を開く。


「全部っ、話します……‼︎何でも、何でも話しますから‼︎だからっ……か、匿ってください‼︎」


少女の声で張り上げ響かされたそれに、その必死さだけは偽りがないと思った。

ジルベール宰相から「御協力感謝いたします」と優雅な笑みが返される中、私の中の嫌な予感だけがぐつぐつと煮えるように気味悪く主張する。

〝匿う〟という言葉の重さにゲームとは関係なく妙な肌触りの悪さが感じられた。


証拠を残さず人を陥れる言葉だけで不幸へ導いた彼女が、自ら告白することの違和感か。現実ではもう容疑にかけることすら難しいゲームの設定の容疑が引っかかっているのかもわからない。

どちらにせよこのままジルベール宰相に任せば大半は白日の下に晒される。なのにどうしても気持ち悪い。


少なくとも彼女が裏稼業や人身売買に少なからず関わっていることを認めれば、何らかの罰は受けることになる。

情調酌量の余地が入っても罰はある。それくらいは彼女もわかっている筈だ。それでも、今は処罰されても匿われたい理由が彼女にある。

一番最悪なのは、ゲームのようにブラッドの村襲撃に関与していること。騎士団が駆けつけて無力化されたことをどこかで見てたか何らかの形で知って、報復に怯えている。

だけど、もうその組織は全員騎士が捕まえたし、全員なら彼女を報復するような人間も外には出てこない。なら人身売買組織の背後に別の何かがいるのか……と、そこまで考えたら急激に全身が震え上がって両手首を握って首を振った。

ティアラが「お姉様??寒いのですか?」と突然手を離した私を心配するように覗き込んでくれる中、強張った笑みしか返せなかった。


とにかく今考えるべきなのは、グレシルの容疑と余罪。

もしゲームのような犯したことがあっても全ての求罪は難しい。全く証拠がないから。

そして何らかの罰を受けたとしても再び外に放たれた場合、彼女が今後何をするかもわからない。少なくとも現時点でレイに被害を与えようとしたことは間違いない。ケメトを標的にした可能性だってある。

もし他の攻略対象者と無関係であっても、今後彼女が彼らや他の人間に再犯をしない保証がない。そして、前世を思い出すまでの八才の私がそうだったようにきっと彼女も──



……だからこそ。



「…………っ……」

何とかしなきゃ。

そう、決意を新たにしながら私は、そっと心配してくれるティアラを今度は両手で抱き締めた。いつの間にか冷え切っていた身体にティアラの身体は数倍温かく感じられる。

ジルベール宰相の問いに一つ一つ目を泳がせながらも懸命に答えていくグレシルを見つめながら、私は次の手を思考の中で考え続けた。


一瞬たりとも、休まずに。


その後、ジルベール宰相により情報提供と引き換えの特別処置として〝減刑〟とひと月の投獄がグレシルに提案された。


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