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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
見かぎり少女と爪弾き

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Ⅱ407.見かぎり少女は訪問し、


「ッよくも……‼︎あと少しだったのに……‼︎」


歯を食い縛り、青緑を振り乱して荒れ狂う。

ギラリと鋭く釣り上がった暗緑色の目が彼女達を映し、鈍く光った。

拳を握り憤りを露わにするレイの目の前で、今の彼女に映るのは寄り添い合う男女だ。


アムレットと、……ブラッド。


ああそうだ、これはブラッドルートの最終局面だ。……いっそ、攻略しない方が幸せだったかもしれないエンディング。

整頓された理事長室を我が物にするラスボスとレイ。机にはたった今サインをする筈だった学校権利贈与の書類が広げられていた。

もう、そこにサインが記されることはない。

ライアーの所在を知っているという嘘を暴き、学校を奪われることを止めた主人公達をラスボスが睨む。これがレイだったら彼自身の手で断罪しかけ……ネイトかディオスなら、そのままレイの黒炎によって焼かれて終わる。そして、ブラッドは。


「終わりだよグレシル様。学校もレイ先輩ももう君の物じゃないから」

「ブラッド……‼︎今まで尻尾を振っていた分際で‼︎」

獣のような眼光からアムレットを庇うようにブラッドが前に立つ。

今までラスボスの機嫌を取り続けていた彼の、突然の裏切りだった。他の攻略対象者と違って彼はグレシルに恨みもなければ弱みを握られてもいない。ただ機嫌を取って、学校生活を楽に過ごす為の関係だった。……この瞬間までは。

よくもよくもよくも、と。呪詛のように唱えた彼女が、とうとう彼に一矢報いる為だけに罪を吐く。




「アンタなんか村の連中と一緒に焼け死ねば良かったのよ‼︎」




「ッ⁈どうしてそのことをっ……⁈」

ブラッドの過去。

それを語ったのは学校で唯一心を許した相手であるアムレットにだけだった。

自暴自棄に生きる自分に、未来の明るさも幸福も教えてくれた彼女だからこそブラッドは打ち明けられたのだから。それを、グレシルが知っているわけがない。

ハハハッ‼︎と狂ったように攣った笑いを上げるグレシルが勝ち誇ったかのように胸を張る。アンカーソンの財力で仕立てさせた上等なドレスを翻し、過剰に彩る化粧に紅を引いた口を大きく開き嘲笑う。


「調べさせたもの‼︎この私が顔だけでアンタなんかを傍に置いてあげるわけないじゃない!あの村の生き残りだから可愛がってやっただけ‼︎」

レイやネイトのように利用価値もない。それでも彼女が彼を側近の一人として目に掛けた理由。

全てを目の前で失い崩された彼女は語り出す。ブラッドの凄惨な過去に自分が関わっていたことを。

事故でも偶然でもない。人身売買に村人しか知らない抜け道を教えたのは、彼女の仕業だったという事実。

『男のくせにいっつもヘラヘラしてご機嫌取りばっか』『私に尻尾振るしか貴方に取り柄もないものね?』『貴方みたいな迷惑な特殊能力しかない凡人、生きる価値なんかないのに』『……ああそうそう、家族いないんだっけ?』『可哀想。どうせなら貴方が死ねば良かったのにね』と、知らないふりをしながら彼の心の傷を抉り続けた。

自分も崖上から眺めていたという彼女は、まるで今目に映っているかのように詳細に村が焼け焦げていく様子を語り出す。

村人が次々追われ、捕まり、そして村が焼かれ、一瞬で火の海にまで化したその瞬間まで生々しく嬉々とし語る。所詮ブラッドも自身の手の平で弄ばれていた一人に過ぎないと思い知らせる為だけに。

「馬鹿よね?村を襲わせた張本人に今までヘコヘコしてきたなんて‼︎ハハハッ!どうしてアンタだけ生き残ったのかは知らないけど所詮アンタなんか」



「思い知らせてやる……‼︎」



唸るように低めた声が、遮るようにブラッドから放たれた。

垂れた目が信じられないほど釣り上がる。水色の瞳が殺意に染まり、整った白い歯が剥き出しに食い縛られる。柿色の髪を逆立てる姿はいつもの彼とは別物の、まるで獣のようだった。

ズボンのポケットから取り出した小ぶりのナイフに、アムレットが止めに入る。何をするつもり、やめてと。それでも彼はアムレットを引き剥がし理事長室の扉から無理矢理追い出した。「ごめん」「離れてて」と辛うじて残る理性で絞り出す。

ドンドン、と追い出された後もアムレットが扉を叩き呼びかけてもまだ届かない。


「ひっ……な、なにするつもり⁈いやぁああ‼︎‼︎」

グレシルの断末魔を皮切りに、彼女の眼前まで迫ったブラッドは躊躇いなく自身の手首を切った。

何度も、何度も何度も自身に刃を突き立てるブラッドのナイフは、彼だけでなくグレシルにまで拡散される。

「レイ様お下がりください‼︎」と二重の悲鳴と同時にブラッドが手首を裂く回数分グレシルの悲鳴が上がった。

やめて、痛い、顔だけは、残っちゃうと、何度も懇願するように叫ぶグレシルの言葉もブラッドは踏み付ける。


「逃がさないよ……?僕と一緒に村全員分苦しんで貰うんだから」

どこか楽しげなブラッドの声に、アムレットが必死に扉を開けようとドアノブを握りまた叩いた。

お願い開けて、ブラッド止めて‼︎と叫ぶ彼女にまで、とうとうブラッドの拡散が広がった。重厚な扉と共に、何もしていないのに頬が切れ肩に腕にと次々切り傷ができる彼女はそれでも呼びかけるのを止めなかった。

自分の身よりも彼がこのまま人殺しになってしまうことを按じている。ブラッド、誰かお願い扉を開けてと血を流しながら嘆く彼女に




銀髪の騎士が、前に出た。




「お嬢さん、お下がりください」

……アーサー?

銀色の騎士が剣一振りで理事長室の分厚い扉を切り開い……お忍び中のティアラの警護で、学園に来ていたんだ。

ありがとうございますを言う暇もなく、アムレットは再び扉の向こうへ飛び込んだ。グレシルだけじゃなく、レイも、それを庇おうとするディオスとクロイも、そしてブラッド自身も切り傷まみれで血を流す惨状に駆け込んだ。


ブラッド、ブラッドと叫びながら今も拷問の手を止めようとしない彼に自ら飛び込み背中から抱き締めた。

目の前の復讐へナイフを振るっていたブラッドも、血を流す彼女の姿に初めて我に返った。泣きながら自分を抱き締めるアムレットまで傷を負っていたことに、ナイフを握る手が震え出す。

切り刻まれ、顔を中心に血まみれになっていたグレシルも止んだ攻撃に床へ倒れ伏した。顔が、私の顔が、と嘆きながら見る影もない顔を両手で覆って泣き伏している。


「ッ離れてアムレット……!こいつの所為で僕は、僕の家族はっ……‼︎」

「これ以上自分を傷つけないで‼︎復讐なんかしても誰も戻ってこないの!…………お願いっ……‼︎」

憎しみに飲まれかかったブラッドを引き留める。

ナイフの手をそっと下ろさせて、憎しみに震える彼を今度は正面から抱き締めた。ブラッドもそれを受け、血まみれの腕で泣きながら彼女の細い身体を抱き締め返す。ボタボタと左腕を滴らせ、それ以上の涙を両目から溢しながら亡くした家族を呼んでいた。


……嗚呼、本当に救われない。


「ッふざけるな……‼︎この俺様を騙しておいて生きて終えられると思うな……‼︎」

「待て。ここから先は我々に預けてもらおう」

他ルートと同じくグレシルへとどめを刺そうとしたレイに、アーサーが止めに入る。

最後はティアラ達の会話が少し入る。学校はもう大丈夫だと、そう言って彼女達も去って行く。

学校は救われたのに、……ブラッドは知りたくもなかった過去の傷を抉られてしまった。アムレットがいなければ本当に人を殺していた。最後の最後まで人の心を傷つけることばかりで悦に浸るラスボスは、ブラッドにも大きな傷を残していった。

学園の警備に引き摺られるように連れ出されてもまだ「顔が」「今に見ていなさい」「よくも」と言いながら自分の行いを省みはしなかった。


「っ……アムレット……っありがとう……ごめん……‼︎僕、もう少しで、もう少しで本当にっ……」

「ブラッド……良かった、良かった……っ」

正気に戻ったブラッドと抱き合い、もう一度この学園でやり直そうと二人は決めた。

アムレットの存在に救われて、寸前に思いとどまった彼の幸せそうな泣き顔が今はただ




…………悲しくて。





……






「……承知致しました。近衛騎士から離れず動いてくださったことも理解致します」


騎士団演習場の作戦会議室。

そこで改めて騎士団長に今回のご迷惑を掛けたお詫びをしつつ、こちらからの整頓した事情を伝えた私は怒られる前から頭が重く、早々に首を垂らした。

王都にも雨雲が差し掛かったらしく、馬車に乗り込んだ時には雨が降り出していた。作戦会議室に入ると思った通りに騎士達が忙しなく動いていて、送られてくる村の映像では大雨の中で騎士が村人を馬車へ促している光景が見える。

そんな中で私一人がお風呂まで入って小綺麗にしているだけでもこの上なく肩身が狭くなる。ちょっとゆったりし過ぎたんじゃないかと今更になって省みてしまう。

入浴中も冷え切った身体が急に温められた所為か、今もぼんやりと気が遠くなったもの。


「状況から鑑みて……確かに、プライド様の御身を守る上でも騎士と共に最善の行動であったと頷きましょう。……最良は早々にステイル様と共に帰還されることでしたが」


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