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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
見かぎり少女と爪弾き

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そして立ち去る。


「でも、僕は怖いし近付きたくないんだぁ」


のんびりと日向ぼっこでもしているような声色で、語った言葉は悲しかった。

彼の滴る髪から流れる露が額から顔中を濡らして伝い、一瞬泣いているようにも見える。笑顔が変わらないまま指先だけが震え出す。

ゲームのブラッドも、最初は同じ理由で主人公のアムレットもそして全てを遠巻きにしていた。


雨音が強くなってくる中で、周囲の騎士が強制的にでも木陰へ移動させようと彼へ手を伸ばす。私にもそっとエリック副隊長が背に手を添える形で無言に移動を促した。

騎士に掴まれ、そのまま抱えられそうになったブラッドは仕方なさそうに眉を垂らしながらゆっくりと立ち上がった。彼に続く形で私も歩けば、道から外れた木陰で大勢の人がこっちを見ていた。

私に向けて物珍しそうな眼差しよりもブラッドに対しての忌諱に近い眼差しに思わず眉が寄ってしまう。騎士達が囲ってくれるお陰でちらちらとしか視界に入らないけれど、ブラッドはずっとこの目に耐えてきたのだろう。


村人から離れた位置へと騎士が案内してくれれば、やっと雨粒に叩かれることがなくなった。

くしゅん、とブラッドがくしゃみをしながら木陰にしゃがみ込む。

もう必要のなくなった傘代わりの団服を被り垂らしたままの彼に、騎士がそっとそれを回収した。私は丈の短くなった服代わりにもこのまま借りることにするけれど、彼の場合は余計寒くするだけだ。

ブラッドの隣に座り正面を向けるけれど、ブラッドは横に向いたまますぐには振り返ろうとしてくれない。代わりに零されたのは、消え入りそうなくらい小さな呟きだけだった。



「……いっそ僕のことも捕まえてくれないかな……」



ぽそりと、本当に雨音に打ち消されそうな声は今までで一番深くて重かった。

いつの間にか暗い表情で小さく視線を落とす彼に、一音で私からも聞き返してしまう。すると、またにっこりとした笑みを彼は私に向けた。

膝の上に置いていた両手を伸びでもするように前へ伸ばす彼は、信じられないくらい陽気な声を私に向ける。


「騎士になら捕まってもいいなぁ。ほら、牢屋ならまずくても少しは食事は出るし安全だし雨風もしのげるでしょ?ここで野宿し続けるよりはずっと快適だよねぇ。あ、でも兄ちゃんが困るか」

はははっ、とお腹を抱えながら冗談にも本気にも聞こえる声にぞっと背筋が冷たくなる。

この村で今唯一笑い声を上げているだろう彼に、自分でも血色が悪くなっていくのが鏡を見なくてもわかる。本当に彼の中ではここに残るか牢屋しか考えていないように思えてしまう。

実際は牢屋になんて簡単に入り続けられるものではないし、それ以外の刑罰の方が多い。でも今それよりも解くべきことがあまりにも多すぎる。


「冗談でもそんなこと言っちゃいけません。貴方は悪いことなんてしてないのだから」

「えーそんなことないよ。だって僕、あの時村の人らがどうなっても良いと本気で思ったもん」

騎士達に囲まれる前で堂々と言う彼に、心臓がうるさくなる。

だめよ、と口を塞ごうと手を伸ばしたけれどひょいと横に顔を傾け避けられる。騎士に聞かれたら誤解を招きかねない言い方をする彼がわざとなのか天然なのかと雨とは別の理由で全身が湿り汗ばんだ。


「僕の所為で怪我しても死んでも良かったんだ。母さんさえ守れれば、それで。君達や村の人がそうならなかったのはただの偶然だよ」

「方法がそれしかなかったからでしょう?あいにく、私も彼も怪我一つありません」

気付けば強い口調で言ってしまう私に、初めてブラッドの目が丸くなる。

兄の立場を悪くしたいわけでもないのに、自分に不利なことをわざと口に出す彼を咎めたくなる。そんなことをしても彼の望むようなことには決してならない。

口を僅かに開いたまま固まってしまう彼に、私は今度こそその手を掴んだ。布を巻いた腕が、濡れ切って軽く指の腹で触れただけでもじんわりと血に染まる水が溢れた。

周囲の騎士に新しい包帯をお願いしたかったけれど、もう今ある分は村人に使ってしまったようだ。重傷者以外は応急処置だけで、保護所に行った後に本格的な治療が待っている。

「ちゃんと保護所に着いたらこれも医者に診せてね。薬塗って包帯もちゃんと取り替えて」

「……ん。平気だよこれくらい。見かけのわりに痛くないから」


「私が痛いんです」


伸びのある彼の声を強めにうわ塗る。

笑顔に取り直そうとした顔がまた中途半端なところで固まった。言葉の意味がわからないように口を止める彼に、巻いた布越しにそっと当てる程度の強さで触れる。

巻く前にみた夥しい傷跡に思い出すだけで胸が痛い。こんなの平気と言って良いわけがない。駆けつけた時には酷く血を滴らせていた無数の




自傷痕が。




「貴方を大事に思う人達にとっても、同じ筈よ」

布を巻く前に見た生々しい傷を思い出せば自然に自分の顔が険しくなるのがわかった。

左腕にできた無数の切り傷、全て彼自身がつけたものだ。

ただの傷なら未だしも、リストカットの痕なんて私も本物を見るのは初めてだ。しかも前世のテレビドラマで見たような一本二本程度の傷じゃない。何重にも重なり皮膚がめくれ上がり、深く入り過ぎて斜めに肉を抉っている傷もあった。もう少し手首に近付いていたら出血多量もあり得た。多分、特殊能力者の治療でも受けない限りはこの先も残ってしまうだろう。

ナイフを使って何度も何度も自分でつけた傷はどれも真新しいものばかりだった。手首から肘まで裂けた傷全部がそうだ。……当然だ。だって全て、火事の中でお母様を助ける為だけに彼自身がつけた傷なのだから。



〝拡散〟の特殊能力者。



基本的に触れることで人に作用する特殊能力だけど、彼の場合は〝自身を軸に〟周囲へ作用する珍しい特殊能力だ。

身に受けた刺激を波状に拡散してしまう特殊能力。彼が手に切り傷を負えば近くにある物も同位置に切り傷を受け、刺激量や感情によって拡散範囲も振れ幅が広い。

通常は両手を広げた範囲から数メートル程度でも、ゲームで語られた過去では村一帯どころか周囲の山まで火の海にしてしまったと語られていた。

波状の一本線だからとして跳ねたりしゃがんで避けれないこともないけれど、当たるまで目で見えないから難しい。アーサーだってブラッドの家に駆け付けた時に予知した私の動きに合わせなかったら避けれなかっただろう。


だからこそ、今も騎士達が彼だけをこうして囲い守っている。

馬車で私からステイルに、そしてステイルから〝予知〟を聞いた騎士団長が騎士達へ共有しくれたお陰だ。万が一の事故を防ぐ為にも安全な場所で守り通す必要があった。

盗賊に攻撃を受けただけでも、村人や騎士にまで傷が拡散される。今の不安定な精神状況なら範囲も広がっただろう。

もし暴走したパウエルの攻撃が彼の身にまで届けば、……きっと雷か放火かの違いでゲームと同じ悲劇が村に待ち受けていた。


「ブラッド、貴方は決して悪くないわ。ただ人身売買に襲われて、逃げて、戦って必死にお母様を助けようとしただけ。他の人達と変わらない、被害者よ」

その為に何度も何度も自分を刃で裂いた。拡散の特殊能力だけが彼に残された唯一の攻撃手段だったから。誰にでもできることじゃない。

たとえそれで他に影響があっても省みれないくらい、必死で家族を守ろうとした。お陰でブラッドの家に入る前から倒れている盗賊も何人かいた。私みたいに予知で避けられなかったら、ブラッドの傷と同じ位置が突然裂けるのだから致命傷になってもおかしくない。

ブラッドが裂いたのが腕でも、ちょっと上に掲げるだけで大人には首の位置にもなる。


そうやって致命傷になるくらいに、何度も何度も深く自分を傷つけた彼は私達が見つけた時にはもうボロボロだった。


言いながらも、その傷痕を布越しに指でなぞりその特殊能力を示唆した。

彼にとって言葉にされたくない特殊能力なのは知ってるから。

唇を結んだまま私のなぞる指の動きを見つめる彼は、瞳を静かに揺らした。ぶるぶると微弱に震え出す彼の手に、やっぱり傷が痛むのだろうかと一度手を離す。

代わりにその手のひらを両手で包んで温めた。同じ雨に打たれたのに、私よりもずっと冷え切っていた。


「特殊能力を持つことに罪なんてないの。貴方は普通の人間よ。大人より力も弱くて家族を大切できて、人を傷つけるのを怖がる優しい子だわ」


『見逃してくれない?』『先に逃げるから』

どちらもきっと、母親の為だけじゃない。

自分が怪我をすることで周囲にいる人達まで傷つけたくなかった彼の優しさだ。

震える手に温度を分けながら彼を見つめれば、兄と同じ水色の瞳がゆっくりと曇り出した。笑っていた口角が落ち、人形よりも褪せた表情に落ちる彼は生気が薄れていく。全身の肌の白さが青白さに代わっていく。

本当は、最初からずっとこうであるべきだったと言って良いくらい、保護された村人達と同じ雨雲のような暗い表情だ。

さっきまでの明るい表情が嘘みたいな彼に反し、ほっと私は心の中で胸を撫でおろす。あんな風に笑っていられたことの方がおかしいもの。


温度を分けていた右手を離し、雨に濡れた柿色の髪を撫で水滴を払う。

頭頂部から額の横、そして耳にかけ表面をなでおろすだけでもピチャンと絞ったような水が零れ落ちた。雨が届かない木陰で、頭を撫でるだけで彼一人が雨に打たれているかのように水滴が落ち続けた。

まるで初めて力が抜けたかのように口を僅かに開けたまま放心する彼に、私は手のひらで何度も水滴を拭い、払い落す。着ていた服もべったりと身体に張り付いていた彼は、余計に身体の細さが強調された。

止血の為にとった腕も細く、特殊能力なんて関係ない弱弱しいただの少年だ。



「……ぱり、……たくないなぁ……」



ぽそっ、と雨音のような声がした。

彼の水を拭うことに目を向けていた私は、もう一度そこで彼を見る。震えた下唇を噛んだ彼と一瞬で目が合った。

あれだけ笑っていた目が今は苦しそうに細められ、雨粒ではない奥から潤みだしている。

その表情を見た途端、大事な盟友の顔が鮮明に記憶の中で映った。


耐えられなくてもう一度両腕を伸ばしたら、今度は避けられることもなく背中まで掴まえた。

私の足りない細腕で交差するように彼の身体を抱き締めれば、やっぱり芯まで冷え切っている。こんな弱くて細い身体で、一体どこへ行こうとしたのだろう。どうして、……独りで残ろうとなんてしたのだろう。

山奥の焼け落ちた村に一人で、自分がどうなるかなんて誰よりもわかっている筈なのに。


ぺたりと、抱き締められたまま私に体重を移すように寄りかかった彼は私の肩に額を当てて沈んでいた。

ふらりと私までうっかり仰向けに倒れそうなところで、エリック副隊長がそっと背中から支えてくれた。アーサーも隣から私とブラッド二人を両腕で肩を抱くように支えてくれる中、ブラッドがもう上半身ごと傾いていた。

何も言わず、背中を撫でても身じろぎ一つしない彼の耳元に口を近づけ、聞こえるように囁きかける。


「何度でも当たり前のことを言うわ。貴方はただの被害者で、普通の男の子よ」

まるで子どもを寝かしつけるように背中を撫でおろし、当然で忘れてはいけない事実を告げる。

背中が膨らむのに合わせて息を引く音が聞こえた気がしたけれど、彼の寝息か呼吸かもわからない。ただ、完全に触れることを許してくれた彼に逃げることは思いとどまってくれたのだろうかと祈るように思う。

言葉の返事はなくてもこの預けられた重さが、そのまま彼の意思のような気がした。


「責任なんて感じなくて良いの。盗賊を倒す騎士でも衛兵でもなくて、平和な治世を築くべき王族でもないのだから。普通の男の子で、普通が好きな貴方だから私達は守りたいと思うの」

……自分のできる精一杯を続けようとする貴方だから。

そう心の中で唱えながら彼を抱き締める。彼の過去を知っているわけのない私がそこまで言えるわけもない。

ただ、どこまでも自分を〝異端〟だと思い込むこの子が、何の責任も使命もないと伝えたかった。……もっと早く彼の存在に気付くことができればと思えば、指が強張った。


「…………遅くなってごめんなさい」


彼だけじゃない、何度も思ったことだ。

口の中で殆どが留まった懺悔は、それこそ大きくなった雨音に塗りつぶされた。ざーざーと耳を塞ぐような音に重くなった瞼を落とす。

視界が閉じた世界で、手のひらに彼の震えが伝わった。肩の位置に感じるほんのりとした温もりが彼の中で一番温かい。

抱き締める腕に力を込めれば彼の腕がゆっくり動き這うようにして私の背中に触れ、抱き締め返してきた。

本当に受け止める程度の柔らかな力と人の感触に、やっぱり彼は優しい子だと確かめる。




「ッ……ブラッド‼︎」




蹄の音が近づいてきたと思ってすぐだった。

聞き覚えのある声に目を開けて振り返れば、村の方向からたんぽぽ色の髪をした騎士が馬から飛び降りたところだった。

「兄ちゃん」と掠れた声がブラッドから聞こえた。ブラッドの兄でもある我が国の騎士、ノーマンだ。

私達を囲う騎士が腕を上げて知らせてくれると、ノーマンは一直線に血相を変えて私達のところまで駆け寄ってきた。息を切らせ、ハァッハァと白い霧のような息が遠目にも見えた。

私の肩から額を上げてノーマンに目を向けたブラッドだけど、かじかんだのか身体に力が上手く入らないようだった。足を曲げてはペタリと伸ばし、顎の角度だけをノーマンに上げる彼が見やすいように私からも腕を緩め大人一歩分離れる。

私達を囲う騎士に道を開けられたノーマンは、雨の中でくせっ毛がかった髪がぐしゃぐしゃに乱れていた。

大丈夫か、怪我はと。そう言って膝をついて肩に手を置くノーマンに、ブラッドは丸い目で見返した。すぐには結んだ口も開かず固まったままの弟に、ノーマンは優しく撫でるように触れながら周囲も見回す。


「母さんも無事か⁈遅くなって悪かった!」

「……母さんは、向こう。無事だよ。それより兄ちゃん、ライラは……?」

「ライラは寮で待っている!騎士団長から許可を頂いた、一緒に来い。もう大丈夫だ」

城下に宿を取ろう、と。

早口に言ったノーマンは一度全身で無事を確かめるようにブラッドを抱き締めた。ぺたりと力なくそのまま寄りかかるブラッドはまだぼんやりと丸い目の光が薄らいでいる。すーっと息を吐き出すのが肩の上がり下がりでわかった。

弟の身体を強く抱き締めるままに、ノーマンの横顔が険しい表情を剥き出していた。ブラッドと同じ水色の瞳が僅かに赤く染まっている。


「…………。……ねぇ兄ちゃん、僕さぁ……」

ノーマンが抱き締めた体勢からブラッドの両肩を掴んだ時だった。

ぼんやりとした声で唱えるブラッドの声に、貸そうとした手を止めて彼を見る。力なく腕だけが垂れるブラッドはまだ放心に近い。

それでも、肩の力が抜け切った彼は首を動かして兄を見る。眉を垂らしたまま笑う彼は、悲しくなる笑顔で目元に溜めた水滴を一筋溢した。





「……ライラにも、……会いたいな……っ………」





柔らかな声が今は震えていた。

言葉にした瞬間、笑った顔が今までになく歪んでひしゃげた。一筋だけだった涙の痕を追うように大粒が次々と溢れ出す。

喉を引き攣らすような声に、ノーマンがもう一度ブラッドを勢いよく抱き締めた。

わかった、会おう、と続けながらゆっくり膝から立ち上がるノーマンに引き上げられる形でブラッドも立ち上がった。自分を抱き締める腕に手を掛け、瞼を絞って泣き続ける彼から本当に数秒だけ嗚咽にも似た音が聞こえた。

自分の足で立ち上がれたブラッドに、腕を解いたノーマンがそのまま彼の腕に肩を貸す。身長の似ている二人を見上げていると、途中で私の視線に気付いたらしいノーマンが振り返ってきた。

私を見つけた途端に丸渕眼鏡の奥が見開かれた。更には開き切った目が引っ張られるように私の隣に並ぶアーサーにも注がれる。

がばっ‼︎‼︎と次の瞬間身を翻したと思えば、折角立ち上がっていたブラッドが地面に再び両膝をついて頭を垂れていた。本当に数秒の間の出来事に今度は私達が虚をつかれてしまう。


「ッこ、の度は大変申し訳ありませんでした。弟のことについても騎士団長から伺っております。心より感謝致します誠に申し訳ありませんでした……‼︎」

名前こそ呼ばないものの、明らかに違うノーマンの態度に私達も理解する。

片膝でも足りないように、そのまま平伏の体勢を取るブラッドに慌てて止める。アーサーも両手を振って言葉以外で断るけれど、それでもノーマンは変わらない。垂らした額が下げ過ぎたまま地面に擦れていた。

きっとこれは私が騎士団長にノーマンの合流とブラッドの個別退避をお願いした件だけじゃない。

茫然と佇むブラッドが、改まる兄と私達を見比べて立ち尽くす。〝まさか〟や〝本当に?〟と言いたいのが声に出されなくてもわかる。ゲームでも察しの良かった彼ならきっとこれだけで自分の聞こえたそれが勘違いでも何でもなかったと理解できちゃっただろう。

ぺこりと、兄の真似をするように頭を下げるけど、その後も目だけがちらりちらりと私を覗いた。

頭を上げるように一言かけても、ノーマンの方は節目がちなままだ。


「私もすぐに帰ります。弟さんを宜しくお願いします。……妹さんの大事な誕生日に本当に色々とごめんなさい」

とんでもございません、と。早口で言いながらまた頭を下げるノーマンの目が溺れる。息も絶え絶えのように姿勢を正したまま片膝をつく彼に、私の方が先に両膝を立てて立ち上がった。


エリック副隊長とアーサーに支えられ手を取られ、帰還の意思を示せば周囲の騎士達も整頓された動きで私達に道を開けた。

ブラッド、と。最後にもう一言だけ告げるべく彼に呼びかける。細い眉を疑うように寄せて顎の角度を変える彼は、……きっともう逃げたりしない。


「……予知しました。心の安定さえ得れば貴方の能力は完全な制御も難しくはありません。身体が成長すれば自ずと精神も、そして……今より生活もしやすくなる筈です」


水色の丸い瞳が四つ、私を映した。

きっと遅かれ早かれ事実を知ることになるブラッドに、これが新しい生活の希望になれば良い。

ノーマンからの謝辞を受け止めながら、私は二人に背中を向ける。エリック副隊長が雨に降られないように腕でも庇ってくれ、アーサーが泥濘に取られないように手を取ってくれながらその場を後にする。



─ どうかブラッドが、ゲームの生き方を選ばずとも幸せであれますように。



ステイルへ合流すべく雨の先へと向かった。


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