Ⅱ403.見かぎり少女は正座する。
「御迷惑……おかけ致しました。……騎士団長」
保護された村人達とも離れた陣営で、私は自然と正座してしまう。
あくまで安全地帯からは離れられない為、騎士達が馬を降ろしたその背後に私達とそして通信兵、新たな座標への通信が送られていた。
今、騎士団演習場の作戦会議室には通信兵が私達の映像を送っているけれど、私達からは騎士団長の姿は見えない。向こうから通信を繋げてくれている騎士が、音声のみの通信兵らしい。……まぁ、普通は連絡や指令をもらうだけで事足りるものね。まさか王族とのテレビ電話なんて誰も想定しない。
お陰で騎士団長の姿が見えないことが幸いなような逆に落ち着かないような気持ちでいっぱいになる。向こうは私の姿がしっかり反映されているものだから余計気が抜けない。
私達の方は、目に映る映像を送ってくれる特殊能力者だから他所から見たら私がその騎士一人に改っているように見えてしまう。
『……お戯れ、とは言いません。しかしその御姿で戦場に出られるのはどうかと』
おっしゃる通りです。
そう口でも返した直後、むぐぐと唇に力を込めてしまう。
こちらは声しか聞こえないからか一層鮮明に聞こえる気がする。騎士団長の溜息混じりの声も、更にはその周囲からかうっすらと「本当にプライド様が」「あれアーサー隊長か⁈」と声が聞こえるから本部の混乱を増させてしまったことまで察せられる。潜ませてはいるけれど、確実に私達の話題だ。
もう私達が戦場に乗り込んだことはしっかりきっかり騎士から騎士団長に報告されている。……勿論、作戦会議室の騎士達にも。
『先ず、いくつか確認からさせて頂いても宜しいでしょうか』
何なりと。
うっかり完全下目線で言ってしまいそうなのを、王族らしい言葉遣いで返す。最近は学校に通っていたから若干言い慣れてしまっているから余計危ない。あくまで悪いのは私だけれど、うっかりそれ以上に遜りたくなる。
ありがとうございますと騎士団長の低い声に、私だけでなく背後に控えるアーサーとエリック副隊長も直立したまま緊張の糸が張り詰めた。
いや、今回は大丈夫……な筈だ。私はともかく二人はちゃんと役目を果たしてくれた。私を止めなかったこと事態を怒られたら、ぐうの音も出ないけれど。
『プライド様、お怪我は』
「ッありません!擦り傷一つ‼︎優秀な近衛騎士達と駆けつけた騎士達が守ってくれましたから」
ちょこっと軽〜く戦闘はしちゃったけれど‼︎
その言葉を飲み込んで映像を送る騎士の目に向けて笑ってみせる。その途端、目の前の騎士がほっと肩を落とすのと同時に音声からも騎士団長達か複数の息を吐く音が聞こえた。
遠目だったし、私達の様子を細かくは見えなかったのだろう。
騎士団長達からすれば、謎の特殊能力者乱入事件に続き私が突然乱入二号で騎士達の前にネタバラシしてすぐパウエルに突入してしまったから混沌そのものだっただろう。
だけどああでもしないと突入段階の一番隊の足を完全には止められなかったし、その後にパウエルの状況をすぐ〝予知〟として一番隊に話さないと本気で惨劇もあり得た。友人である私達が話しかけるのが一番交渉には間違いないと思ったし、……それに今回は
『アーサー、エリック。近衛任務は』
「離れてません‼︎ずっとお傍にいました‼︎」
「じ、自分は別行動により先ほど合流をしました。ですがアーサーとカラム隊長がお傍について下さっておりました」
今は交代して特殊能力者と共に馬車に、と。
声を張り上げるアーサーに続いて、エリック副隊長が簡潔に説明してくれる。私と一緒にパウエルへ突入したのがカラム隊長とアーサーということは既に報告済みだろう。
騎士団長も今は詳細は置いたのか「そうか」と一言だけ返すと、数秒だけ黙した。姿は見えないのに眉間に皺を刻んで腕を組んでいる姿が容易に想像できる。
『……状況は通信兵を介し、こちらからもある程度把握はしております。〝ジャンヌ〟の正体について知ったのは我々騎士団を除けば極一部。一般人は一名……いえ二名でしょうか』
パウエルと、ブラッド。
名前を出されなくてもわかる。パウエルについてはバレたかはグレーだという意味だろうけれど、さっきバッチリバレてしまった。
そうでなくても彼には騎士と連携しているのをがっつり見られているから、予想はついたのだろう。
ブラッドのお母様が気を失ってくれていたのは不幸中の幸いだった。出来れば正体を知っている人間は少ない方が良い。
学校の生徒であるパウエルにバレてしまったことは、あとで父上達に報告案件かもしれないけれど。……人数が多かったらそれこそ処理が必要になった。
そして恐らく現段階でその処理を行うのはヴェスト叔父様だろう。今回既に一回ご迷惑をおかけしているのに、これ以上やったら本当にお説教数時間程度じゃ済まない。
『秘匿に付きましては、場合によっては私から陛下に御報告せねばなりません。城に篭っておられる筈の第一王女殿下が、まさか郊外の戦場に巻き込まれたなど噂にでもなれば』
『そちらに関しては僕の方で手配と交渉をさせて頂きます、騎士団長』
ひぃっ⁈
騎士団長の声を上塗るように放たれた声に、私の肩が上下する。一体いつの間にと思ったけれど、こちらは映像無しの音声だからわからない。
騎士団長だけでも心臓に悪いのに、覚えのある声に膝の上に乗せた手のひらが湿る。この声は間違いようがない、ステイルだ。
『ご安心下さい。子どもの姿をした自称王女が騎士団を率いていたなど、たかが証言者一人の話を村人が信じるとも思えません。貴方の部下であるノーマンの身内ですし、秘匿と説得は難しくないかと。それにもう一人は僕らの友人です。信頼できる人間ですので、両方僕の方から口止めと交渉をさせて頂きます』
『御言葉ですがステイル様、その〝信頼できる人間〟とは先の特殊能力者のことでしょうか』
ええ、そうです。と騎士団長からの控えめな苦言に堂々と返すステイルは、きっとまたにっこりと悪い顔をしているんだろうなぁと思う。
でも確かにブラッドは騎士の関係者だし、パウエルは間違いなくステイルの話は聞いてくれるだろう。今、作戦会議室でステイルが元の姿か子どもの姿かも私達からは確認できない。多分低さからしても本来の姿の時の声だとは思うけれど、結局は同一人物だし自信はない。ただでさえ今、にこやか且つ低めた声だ。
「す……ステイル、貴方もそこに居たのね……?あの、一体いつから……?」
『申し訳ありません姉君。騎士団長との条件で僕はそちらには戻れませんでした。先ほどまでは騎士団長室で控えさせて頂いたのですが、……〝ジャンヌ〟が。正体を明かし騎士隊を率いたと聞き、急ぎ準備を整えてからこちらに合流させて頂きました』
あ、ちょっと怒ってる。
にこやかな声だけれど、若干の棘がある。準備を、ということはやはり今は元の姿ということだろうか。つまりはジルベール宰相も現状を知っているのだろう。
ステイルもステイルで、私達が正体を明かしてしまったことだけではないだろう。彼からすれば盗賊からブラッドを助けるだけの筈だったのに、途中でパウエルとの大決戦だったのだから無理もない。
しかもパウエルに一度酸欠且つ火傷を受けたことのあるステイルは彼の特殊能力の危険性を知っているから、心配もしてくれたのだろう。
思い入れのあるパウエルについては自分も一緒に助けたかったというのもあるかもしれない。
『ところで姉君。これで予知の方は〝どちらも〟回避できたということで宜しいでしょうか』
「ええ……、騎士団がきてくれたお陰よ。例の〝生徒〟も、それにパウエルも今は乗ってきた馬車で落ち着いているわ」
正確には〝生徒〟になる筈だった子だけれども。
それにまだ完全にとは限らない。そう思いながらも最後にパウエルの馬車がある方向に視線を投げて伝えれば、少し柔らかくなった声で「良かったです」と返ってきた。
私が振り返ってみた限りはパウエルの馬車に問題もない。学校の講師でもあるカラム隊長が付いていてくれるのなら大丈夫だろう。……本当に、仕方が無いとはいえ彼をここに連れてきたのは間違いだった。
彼の過去を鑑みれば人身売買だけでもそうなのに、村人まで絡めば逆鱗に触れるどころの話じゃない。完全に巻き込んだ私達の責任だ。
第三作目の攻略対象者兼隠しキャラ、パウエル。
全キャラ攻略しないとルート解禁されない彼だけれど、ラスボスに関わる前から彼の過去も例に漏れず酷い。
子どもの頃から電気の特殊能力を持った彼は、それを制御できなかった所為で親どころか住んでいた村全体から化け物扱い。家でも村でも毎日当然のように酷い扱いを受けて、それで感情が高ぶれば能力を暴走させて被害を出し余計にまた後ろ指を指されるという地獄の日々。
守ってくれる人も頼る人もいなかった彼は、とうとう村を出てしまった。
そして、新しい場所に移っても環境は大して変わらなかった。強大な特殊能力を持てあましていた彼は制御できずちょっとしたことで能力を出し、望まず特殊能力者であることも知られてしまう。その度に冷たい扱いをされまるで指名手配犯のように逃げ、人目を避け隠れる日々を続けていた彼はとうとう人身売買に見つかり捕まった。そしてラスボスのー……
『ただいま、村人を保護する為の馬車も向かわせております。その特殊能力者に関しても、人身売買組織と関係がないようであれば聴取を取ってから城下に戻すつもりです、が……』
はっ!と騎士団長の声で思考が戻る。
村が全部焼かれてしまったから、被害者の村の民は一度城下の保護所に連れて行く必要がある。
パウエルもその中の一人となれば村人でなくても一時保護として当然そうなる。少なくとも村人とは離しておきたいのが正直なところだけれど……、帰還について少し言葉を濁し気味になる騎士団長に、次に言われる言葉が想像できた。
一秒先に口端が引き攣ってしまうまま通信兵を上目に見つめ返す。
『そろそろ、お帰りになる準備は宜しいでしょうか』
気が済んだならさっさと帰ってきなさい。と、遠回しの騎士団長の意図が二重に聞こえた。
うん。ここまで来たらこれ以上ボロを出す前に帰れというのは至極当然だ。続けてステイルから何もないということは彼も同意なのだろう。
もともとここまで強制回収されなかったのも、私が騎士達にも正体を隠していたこととステイルが庇ってくれていたお陰だ。
ええと……と枯れた喉で返しながら目を左右に泳がしてしまう。視線を逃がせば、エリック副隊長も、そしてアーサーも騎士団長達と同意のように私を見つめ返していた。
ここで頷けばステイルが瞬間移動で村人に見つかることもなく一瞬で迎えに来てくれるだろう。けれど、まだ今は。
「……ごめんなさい。まだ、ちょっとだけ心配なことがあるので」
直後、予想でもしていたように長く深い息が吐かれた。……若干、二重の。
それがすぐに終わったら帰ります!と慌てて続けたけれど、明るい声は返ってこなかった。
でもここで中途半端に投げ出したら、最悪レイのバッドエンドルートみたいになるかもしれない。村人が死ななかったからこれで良しとは思いたくない。
私が思い出すのを遅れた所為で少なからずもう彼は心に傷を負っているから余計にだ。放り出せない。
『……承知致しました。ですが、騎士団からの馬車が到着してもいらっしゃるようでしたらその時は一番に乗って頂きますのをご了承下さい。ステイル様もお待ちです』
「わかりました。それまでにはちゃんとステイルと帰ります」
本音を言えば、パウエルと一緒の馬車で帰りたいけれど、……そこまで言うと本気で怒られるから飲み込んだ。
エリック副隊長と別行動になったことも含めて細かい話は是非城に帰ってきてからじっくりと、と言う騎士団長に水飲み人形みたいにコクコク頷き返す。
多分聞きたいことだけでなく、言いたいことも山のようにあるのだろうなと今から覚悟する。
段々と騎士団長の心境そのもののように空の雲行きも怪しくなってきたところで「それでは何とぞ引き続き近衛騎士達からは離れませんように」と騎士団長から話を締めくくられた。
水飲み人形状態から、そこで私は慌てて「あのっ!」と前のめりに通信兵へ声を上げる。
「あと、折言って騎士団長にお願いがあるのですが……」
何でしょうか、と。
少し重い騎士団長の低い声と同時に、ポタリと小さな雨粒が落ちてきた。




