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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
見かぎり少女と爪弾き

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Ⅱ401.見かぎり少女は受け止める。


「パウエル!聞いて‼︎もう騎士が来たから大丈夫よ‼︎」


バチィッ‼︎

声を張った直後、金色の閃光が私の真横を走り抜けた。

避けるまでもなかった先だけど、私の前方に立つアーサーと背後を守るカラム隊長も振り返れば警戒して身構えていた。大丈夫、まだ当たる攻撃は来ない。

声は間違いなく届いている。けれど、返事もすることができないようにパウエルは背中を丸めて頭を抱えたままだ。擦れた声で「来るな」と繰り返し聞こえるけれど、今それには従えない。


ゲームでも、こんな場面はあった。

衝動のままに特殊能力を制御できなくなった彼を、ルートに入った主人公が止める場面だ。攻撃の意思とは関係なく、ただ感情が荒ぶれば比例して能力が暴走し周りを攻撃してしまう。

今だってきっと私を狙ったわけじゃない。ただ意識が向いた証拠だ。彼の能力の暴走を止めるには大技で発散させるか心を静めるかのどちらかしか方法はない。もしこんなところで大技がでたら、……最悪の場合死人だってあり得る。


けれど今ここには主人公も居なければ、第二作目主人公のアムレットすらいない。四年前に彼を助けたステイルだっていない。愛する人でも恩人でもない、ただの友人である私に彼を引き留めることが簡単とは思わない。


「パウエル、ごめんなさい貴方まで巻き込んでしまって……」

「ッ違う‼︎俺が自分でこうしたんだ‼︎」

途中の言葉は聞き取る余裕もなかった。

火を吐くような声と同時に、今度こそ電光が私に向けて放たれた。前方にいるアーサーの裾を掴みながら身を翻し右へ避ける。振り向けば雷撃が過ぎ去った先にはカラム隊長もいない。パウエルの攻撃というよりも、ぴったり私の動きについてくれている感触だ。

この調子ならいける、と小さく息を吐けばカラム隊長に「前を見て下さい‼︎」と叫ばれる。慌てて正面へと振り返り、また一歩彼へと近付いた。


「村の人達を助けようとしてくれたのでしょう?」

「そうだ!!でもッだけど‼︎」

バチィッバチッと閃光がいくつも走る。

彼が言葉を発する度、堪えきれないように電撃が走り散る。横に跳び避けた直後伏せて頭上を回避する。私達に注意がいっている所為で攻撃まで連撃でこっちに来るけれど、代わりに他の範囲には被害がいかなくなった。

大声で私に返しながら詰まるように言葉が溺れ、彼自体が何度も何度も瞬いてこちらの目が眩む。


一歩一歩また近付けば熱源が近付いているように額が汗ばんだ。

堪えられないように今度は地団駄まで踏む彼の足下から弾けた小石が飛んできた。ピカリと光ったと思った瞬間まるで銃弾のように跳んできたけれど、幸いにも私達の方向には跳ばなかった。でもまた電流があふれ出し細い鞭のように走った。避けるのは難しくない、高く飛び跳ねれば引っかからずに済んだ。


電流が走り終えた地面に着地し、また一歩彼に近付く。

距離を縮めるにつれパチパチバチバチと細かな弾ける音まで耳に届いてきた。彼を中心に周囲へ放電しているのだと理解する。

「大丈夫、ゆっくり話して」と私自身落ち着けるようにゆっくり話かければ、今度は同時には電撃が走らない。さっきより僅かに瞬きが緩んだ。


「俺っ……、助けようと‼︎人身売買って聞いて、それで俺一人でならって思っ……先に行って全員倒せりゃあと……」

「ゆっくり、ゆっくりで良いのよ。大丈夫聞いているわ。私達を攻撃に巻き込みたくなかったのね?」

少しずつ内側の淀みを吐き出してくれるようなパウエルに、言葉を重ねる。

彼が一言一言語りきる度また雷光みたいな電撃が飛んできたけれど、全て予知して避けきる。予兆に弾ける音や瞬きがあればこちらのものだ。速度以外は銃を避けるのと変わらない。

アーサーの裾を掴んだまま、背中越しに見える彼へと視線を注ぐ。バチバチと電撃の数は増えたけれど、さっきの稲妻みたいな激しさはない。

このまま少しずつ話しを聞ければと、私からも急かさないように留意する。瞬くパウエルから短く頷きが返ってきたから、やっぱり彼は自分の意思で消えたのだと理解する。


学校で会った時も、彼はきちんと自分の特殊能力の危険性を自覚していた。

だからこそ私達と同行ではなく自分一人で何とかしようとしたのだろう。……人身売買、という言葉を彼の口から放たれた途端、胸が急激に痛んだ。彼が、それを誰よりも許せない気持ちは知っている。

四年前にステイルが助けてくれなければ彼の運命は酷いものだったのだから余計にだ。ゲームよりも良い人生を歩んでくれている彼だけれど、心に何の傷もないわけじゃない。


「抜け道……っ、こっちの、知ってて!あいつら見えたから全員纏めてって思ったら!!っ…………村の奴らもいるって、最初気付かなくて……」

声を荒げる度にまた雷撃が荒くなる。

身を反らし、伏せ、また横に跳び避ける。片足が地面を蹴ったところでパウエルの弱々しい声がまた絞り出された。

抜け道がどこかはまだわからないけれど、きっとこの川岸に繋がる道だったのだろう。

物陰で盗賊達が見えて飛び出したらまさかの村人も捕まっていたというところだろうか。彼自身、村人を間近にするのはきっと想定外だった。そして頭を抱える指を震わせるパウエルに、……彼が狼狽した理由も理解する。


単に、巻き添えにしてしまったことだけじゃない。

人身売買組織というだけでも彼の過去を刺激する要因として充分過ぎるのに、しかも目の前には逃げ惑う村人だ。下手をすれば盗賊と紛れて酷い言われ方や反応をされたのかもしれない。

「助けようと思ったのに……」と哀しげに溢す言葉に、それを確信する。バチリッと今度は彼自身が大きく明滅した。


「あいつらも、もう、嫌いだ……なんっ、能力知った途端っ……あんなんじゃ連中と……やっぱり、村、なんか」

「パウエル。貴方が嫌う人達なんかよりも、大事な人達を思い出して。アムレットもエフロンお兄様も。それに私達のフィリップだって貴方のことが大好きよ」

もちろん私達も。

そう続けて一歩、二歩と近付きながら呼びかければ彼の肩がぴくりと震えるのが見えた。

彼にとって憎い相手よりも、今は確かに得られた大事な人を思い出させたい。皆、ゲームの彼ではルート攻略後だって得られなかった存在ばかりだ。

俯かす顔から涙がパチパチと瞬いて蒸発し続けている彼はそこで放電がわずかに薙いだ。……かけがえのない存在を、思い出してくれている。

ゲームのような恋がなくても主人公の愛がなくても間違いなく今の彼は幸せだ。


「苦しまないで良いのよ。今の貴方にはちゃんと貴方の大事な人が待っているわ」

だから、どうかこの先も手放さないで。

願いを込めながらゆっくりと歩みを勧めれば、パウエルが少しずつ抱え込んでいた顔を上げた。私達の歩みよりもずっと遅く、少しずつの変化に息の音も消して待つ。

足下だけに向けていた顔が俄に上がって透き通った瞳だけが私達に向けられた。

まるで釜戸にでも近付いているように熱源で肌が焼ける感覚に蝕まれながらもあと一歩、あと一歩と緊張を気取られないように笑んでみせる。

ずっと放電を続けているからか、彼に近付く度に少し酸素が薄い気がする。でも大丈夫、今の彼はゲームのパウエルとも違う。ちゃんと繋ぎ止めてくれる人が何人もいる。

潤みきっても蒸発してどうしても悲しみを流せない彼の瞳に、目を合わせたその時。








「なんで俺は……まだ〝ここ〟なんだ」









光が、空気を裂いた。

ビッシャァアアアアアアアッ‼︎と彼を中心に光が空へ放射されるのと鋭い音は同時だった。跳ねて後退しぎりぎり範囲を免れたけれど、私と一緒に下がったアーサーのいた足下手前まではぷるぷすと灰色の煙を上げていた。あと数歩下がりきれていなければ丸焦げだった。


ぞっ、と背筋に冷たいものを走らせながらもう一度パウエルをみる。私達へ見開いた目が灰を被っているようだった。

どうして、どうしてここでそんな表情をするのか。何か間違ったことを言ってしまったのかと一瞬の間に考えては自分の鼓動が早くなる。

パウエル、の一言すら出ないまま見つめ返せば、遅れて現状に気が付いた様子のパウエルが「ッすまねぇ‼︎」と叫び、またピシャリと雷電を走らせた。

さっきまで薙いだのが嘘みたいにパチパチと破裂音が繰り返される。

近くまで迫っていた私達には、彼の周囲を取り巻く無数の火花が線香花火の最後のように瞬いて見えた。頭を抱え、「もっと離れろ!来るな逃げてくれ‼︎」と叫ぶ彼にまだ声も出ない。


「ッなんで、なんで俺……‼︎もう四年も、折角、なのに……‼︎また、今度はジャンヌ達に迷惑かけて‼︎なんで、なんで‼︎」

瞬きの中で彼の残像が揺れるのと同じくらい声も酷く波立った。

まるで自身に苛立つように金色の短髪をガシガシと掻き毟り、食い縛った唇から血が零れていた。ダン!ダン‼︎と足踏みするだけで小石が散って散弾銃のように飛んでくる。

バチンッ!バチンッ‼︎と鞭を打つような音が聞こえれば光の刃も鞭も同時に放たれる。さっきより一層混乱しているように見える彼は髪を掻き上げぶちりと毟った。

痛みも感じないみたいに唾が飛ぶほど声を荒げる彼は、また固く瞑って視界を消してしまった。あと少しで届きそうだった手が、いまは全く届かない。


ただ、〝四年も〟という言葉に、……彼が私達を通して映したものが見えた。

私にとっては〝ずっと変われた〟彼が、彼の中では違うのだと思い知る。


拳を握り、また一歩彼に歩み寄る。

アーサーの背中を額で押し出すように進めば「今は危険です!」と前後から声が重なった。それでも今は胸を張り、背中が反るほどに伸ばして顎まで上げる。

息も上がるのか、ハッ、ハッと過呼吸のように短く早い呼吸音が彼から聞こえてくる。

きっとステイルに助けられた後も、アムレット達やたくさんの人に助けられて今の彼がある。辿るべき未来を知っていた私にはそれが嬉しくても彼にとっては、きっと。

「みんな、あんだけっ……‼︎なのにいつも俺だけこんな迷惑ばっかで‼︎フィリップやアムレットよりも俺の方が大人なのに‼︎俺が!俺が力になれることも何も‼︎‼︎」




「ッステイル(フィリップ)だって完璧なんかじゃないわよ‼︎‼︎」




今日一番の、喉が裂けそうな声を張る。

途端にほんの数秒だけど彼自身の光までぴたりと薙いで止まった。

頭を抱え込んだまま、息すら止まったみたいに動かなくなる。太い腕で目や顔まではよく見えないけれど、周囲の放電も聞こえなくなっていると耳が拾う。

思考が止まった彼に、続けて叫ぼうにも声を上げすぎて酸素も薄くてすぐには続けられなかった。肩ごと使って音になるほど大きく息を整え、彼より先にと吸い上げる。いつの間にか汗が額や頬だけじゃなく顎まで伝ってボタボタ落ちていた。

まるで真夏のような空気が私の口を中心に震えるのを自分でも肌で知る。


「貴方もわかるでしょう⁈フィリップだって怒るし間違うし落ち込むし根に持つわよ‼︎そんなステイルに一度でも軽蔑した⁈自分の胸に聞きなさい‼︎」

叫び過ぎて、頭に熱が回りすぎて気が昂ぶるように目まで熱くなる。

歯を食い縛り、放心する彼を睨みつけてしまう。彼が抱えた腕を僅かに緩め、肘を曲げる中今度は首ごと私に向いた。こんな酷い顔をパウエルに向けてすることになるとは思わなかった。

だけど今は彼の間違った思考を切り落とす為に脇目もせず立ち向かう。大股に血を踏み締め前で進めば、今度はアーサーの背中に頭突きした。


「思わないならこっちだって同じよ‼︎貴方が好きな人達が本気で迷惑だって言ったことがある⁈」

そんなこと絶対言うわけがない。わかってる。

ステイルだけじゃない、エフロンお兄様だって皆あんなにパウエルのことが好きでアムレットなんて恋までしてるのに‼︎パウエルがあんなに心を傾けている人達がそんな言葉を彼に言うわけない。

今の彼は、ゲームの彼じゃない。だから現状に不満って思うし辛いと思うことだってある。だけど、ゲームじゃない現実で生きる彼だからこそ思い知るべきこともある。

震えかける拳を解き、両手首をぎゅっと握る。アーサーの背中に額を当て押しつけまた彼へと進み怒鳴る。


「自分が嫌いなら‼︎そんな〝やつ〟より好きな人達の言葉を信じなさい‼︎」

叫び過ぎて途中で喉が擦れたのを無理矢理空気と一緒に吐き出す。

彼がどれだけ自分を否定する世界にいたかも、自分が嫌いになる気持ちもわかる。だけど、今は私がゲームで知る以上に優しい世界だって知っている筈だから。


明滅がなくなったと思った彼から、周囲だけがバチバチと放電の火花がまた生まれた。でも今回は今までで一番小さい。本当に線香花火程度の規模の小さな火花だ。

アーサーを前に出しながら進めば、とうとうさっき彼に届きかけた位置まで戻って来れた。首ごと回して私を見る彼は瞬きの仕方も忘れている。口を力なく開けたまま丸い目元に堪った涙が、パチパチと蒸発しきれずに残って伝っていた。

綺麗に透き通った瞳が、アーサーの背中から酷い顔で睨む私を映す。


「貴方はちゃんと変われているわ!だって……」

つい言ってしまった言葉に、一度口を閉じる。

あくまで私が持っているのは予知。彼の過去を知っているわけがない。それでも続けて言おうと思った言葉に私は口の中を噛んで、決めた。

アーサーの背中から顔を出し、結んでいた手首を解いてまたその裾をぎゅっと掴む。この言葉でまたもし彼が暴走してしまったらと気持ち悪く脈が拍動する中、地面を靴のつま先で引っ掻き構える。もう、彼が次の暴走に一瞬では逃げれない距離まで来てしまった。パチパチと火花に自分の視界まで侵されながら目を窄めて彼を見据えた。

蒸発しきれなかった涙が頬まで伝う彼に、もう一度……今度は問い掛ける。





「……今の貴方は誰の為に変わりたいの?」





バチンッッ、と。一瞬だけ細い雷鞭が彼のすぐ横で弾け、……それだけだった。

彼が注視する私達にも、誰にも向けられず弾けて消えた。小さな稲妻では蒸発しきれないほど、ぼろぼろと涙を溢すパウエルは口の中まで伝い濡らしていた。

う゛……あアァ゛……。と小さく、呻くような声と一緒に彼の肩が上下に震え出す。

アーサーの背中から逸れ、一歩一歩今度は騎士二人を横に挟んで歩み寄る間に一度も彼は光らなかった。


触れても大丈夫だろうかと、指先からそっと彼へ伸ばそうとすれば途中でカラム隊長に止められた。指より先を阻むように鎧の手で阻まれれば、触れた先がほんのりと熱かった。

アーサーもカラム隊長に同調するようにそっと前に腕を伸ばし私を制す。

私と、そしてアーサーを抜けて最初にカラム隊長がパウエルに歩み寄る。

自ら手を伸ばしてパウエルの肩に手を置いた。とん、と静かな音で触れた鎧の手を何も弾かなかった。彼の肩に手を置いたまま彼の背後にカラム隊長が回り始めると殆ど同時に、パウエルが膝からがくんと崩れ落ちた。

合わせるように膝をつくカラム隊長に、そこで目を私達も合わせられて頷かれる。安全、……ということだろう。


嗚咽を漏らして泣く彼に、「パウエル」と勇気を振る絞って呼んでみる。

返事はなかったけれど、電撃もやはりない。私と、そしてアーサーも彼の前に膝をつく。恐る恐る地面に力なく垂らされた彼の手を取れば、本当の姿の私よりも大きな手だった。……今は、この手に躊躇いなく触れてくれる人がちゃんといる。


「……怖かったわね。もし、彼らが貴方を傷つけてしまったのなら私から謝るわ。ごめんなさい」

彼が、どうしてあんなに傷ついて暴走させてしまったのか全部はわからない。

けれど、彼の言い方から考えても村の人達との間で何かあったのは間違いない。さっきのはただ敵を倒そうとしただけの暴走じゃないもの。……せっかく助けようとして、そこで辛いことを思い出させられたのなら彼にとっては悪夢の再来だった筈だ。

えずく彼の手の平をそっと両手で重ねて擦れば、ちょっとだけ指先が応えてくれた。


「だから、……これも私から代わりに言わせてね」

静かに正常を取り戻してくれる彼の、呼吸を待ちながら刺激にならないように囁きかける。

涙を流すのと呼吸を繰り返すので精一杯な彼は、この混乱の中心かもしれない。村の人と盗賊がこんなに錯綜していなければ掃討だって救助だってきっと早かった。助けに来た騎士に負傷者が出たのもわかっている。だけど、騎士がこんなにすぐ間に合うことも知らなくて目の前で燃えている村を見て、それでも一人で。……隠していた特殊能力を晒してまで、人身売買を止めようとしてくれたのは間違いなく




「助けにきてくれてありがとう」




彼自身が、自分の為ではなくて誰かの為に戦おうと思えた結果だから。

村の人達から届けられるべきだった、……彼自身もどこかで望んでいたのかもしれない言葉を私から代弁する。自分の特殊能力の不安定さも、明かすことも怖さも知っている彼が一歩前に進もうとしたことを今は受け止めたい。


口を大きく開けて零れた嗚咽が震え、苦しそうに顔を歪ませながら声ともいえない音が彼の喉から溢れた。

痙攣する喉がひくついて、今までで一番辛そうに声を上げてていても今は特殊能力の欠片も溢さない。現実の彼だからこそ流せる涙も苦しみも葛藤も全部、今の幸せを手放したくない証拠だ。

包む私の手を片手で握り返してくれた彼は、年相応の男の子だった。

反対の手を緩め、今度は濡れる頬に添える。こんなに苦しそうで辛そうで、後悔までしているかもしれない彼を見て、……それでも。彼が、本当の意味で一人じゃ無いことが嬉しい。

視界が私まで攣られるように滲んで、必死に鼻を啜って堪え無理矢理口角を上げて彼へと笑う。



「こんなに優しい人。……頼まれなくても助けたいと思っちゃうわよ」



ふふっ、と不出来な笑顔で言ってみれば、僅かに滲んだ視界の中パウエルが唇を結んだ。

それから彼も、……ぎこちなく笑ってくれた。ぐしゃりと涙と汗でぐしゃぐしゃの顔で泣きながら笑顔を返してくれる。


特殊能力も使っていないのに光って見えるくらい、透き通った空色の素敵な笑みだった。


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