Ⅱ48.支配少女は座礁する。
「キース。だから何度も言ってるだろ。この子達は俺がアラン隊長に任されていて……」
「いやだから、俺が休みの日くらいは手伝うってだけの話だろ?」
兄弟バトル再開。
エリック副隊長の家に入ってすぐにまた口論が始まってしまった。エリック副隊長の意見も一貫しているけれど、弟さんであるキースさんの意見も一貫していた。普段なら未だしも、自分が手が空いている時くらいはエリック副隊長は仕事に専念しなさいという意見はなかなか手強い。
エリック副隊長はもう先に瞬間移動でと私達を促したけれど、私達の所為で喧嘩しているのに先に失礼する気にもなれなかった。曖昧な半笑いで返しながら、二人の一貫した言い合いにエリック副隊長のお母様が「こんなにお互い譲らないなんて珍しい」と言っているから、余計申し訳なくなる。
話を聞いていると、キースさんは今日こそ軽い寄り道ついでに私達に城下を案内してくれようと思っていたらしい。本当に優しい御兄弟だ。
正直に言えば、個人的にそのお出かけもすごく行きたい。キースさんがどんなところに案内してくれるかも気になるし、城下の視察では叶わないような場所も見れるかもしれないもの。……何より、私は公務以外は月一回しか城下に降りれない罰則中だ。今の極秘視察もギリギリラインになっている私には余計魅力的な誘いだった。ジルベール宰相にお願いすれば放課後延長や休日も子どもの姿にしては貰えるけれど。……でも、だからこそ私個人が本来の目的以外での観光に頷くわけにはいかない。いっそキースさんが攻略対象者関係者だったら喜んで頷いたけれど。
「今度の休みこそは俺に任せろよ。別に長く連れ回すつもりもないから」
「駄目だ。この子達は実家の方で忙しいんだ」
「せっかく城下に来たのにまだ何も見れていないなんて可哀想だろ」
だから、それは、とエリック副隊長が段々疲弊してきてる。
どうしよう、どうすればキースさんも納得してくれるだろうか。ステイルがこそりと「このまま僕らが居てもエリック副隊長の居心地が悪いだけかもしれません」と耳打ちしてくれ、先に帰ろうと促してくれる。でもこのままにしてしまうと最悪の場合兄弟仲に亀裂か、今度はエリック副隊長がキースさんや御家族に悪い誤解をされてしまうかもしれない。
エリック副隊長は全く悪くないし、寧ろ忠実に任務を遂行してくれているのにこれではあんまりだ。騎士団には最後に事情を話す許可は母上から得ているけれど、エリック副隊長のお家には今回の潜伏後に正体を知らせる許可は降りていない。私達の所為でエリック副隊長が預かった子どものことを考えていない上に家族には信頼して任せてくれないと思わられるのは嫌だ。何か、せめてキースさんが納得してくれる理由さえ作れれば……。
そのままステイルへ有無も返せずにどうしようか考えていると、突然キースさんから「なぁフィリップ、ジャンヌ、ジャック」とこちらを向いて投げかけてくる。思わず肩を揺らしながら「はい⁈」と言葉を返すと、まさかの選択を問われた。
「お前達はどうだ?城下とか見たくないのか⁇山育ちでわざわざ厳しいお爺さんに許可を得てまで来た城下なのに、そんなことあるか?」
うぐっ。
物凄い難しい質問だ。私だけでなくステイルとアーサーも即答できずに口を噤んでしまったし、エリック副隊長もこちらを振り返りながら唇を引き絞っている。
本当のことを言えば城下はある程度見慣れた方だし、立場的にもここは「いえ、興味ありません」だけど、それじゃあキースさんに不審がられてしまうかもしれない。だからってここで子どもらしく「見たいです!」とか言ったら、そら見ろとエリック副隊長が責められてしまう。一体どうすれば……言葉につまったまま口の中を飲み込んでしまうと、突然私の背後から鼻息だけの深い溜息が聞こえてきた。
目だけで振り返ると、ステイルが黒縁眼鏡に手を添える振りをして口元を隠しながら「仕方ありませんね……」と小さく呟いた。何か良い策でもあるのか、と半ば期待して顔ごと向けて見返すと、一瞬だけ眉間に皺を寄せた後にっこりとした笑顔で前に出た。私よりエリック副隊長達に近付いたステイルに、キースさんは引き続き語りかける。
「それに来週には城下で大きな祭りもあるし、その前に地理は知っておいた方が安心だろ。なにせ我が国の」
「申し訳ありません、キースさん。僕もジャックも本当はキースさんと城下を回りたいのですが、それが無理なんです」
キースさんを上塗り、まるで台本が用意されていたかのように流暢に語り出した。
どうしてだ?とすぐにキースさんから返される。
エリック副隊長もこちらに身体ごと向き直る中、アーサーがゆっくりと私の隣に並んだ。少しだけ前のめりに上体を倒し、ステイルを覗き込んで様子を伺う。
にっこりと笑みのまま、一度言葉を切ったステイルは、はっきりと私達の前で新たな設定を宣言した。
「実は、ジャンヌが極度の人見知りで」
まさかの私の設定追加だ。
へ?と声を漏らしたくなるのを意識的に口を閉ざして耐える。今はステイルの策に全力で乗っかるべく、小さく顔を俯かせて〝恥ずかしくて自分からは言えない〟ふりをする。人見知りらしく、隣に立ってくれたアーサーの腕に両手でがっしりしがみつく。突然腕を掴まれたことでアーサーの肩が無言で大きく上下したけれど、今は断行させてもらう。
「こうして僕らと一緒にいれば平気なのですが、そうでないと上手く周囲と関われなくて。ずっと山奥で僕ら親戚だけで育ったので他人に慣れていないし、同い年の女の子とも今日やっと話せたくらい」
まるで狼に育てられた少女並みの扱いだ。
でも確かにこれなら今までの設定にも大きく脱していない。流石ステイル、ちゃんと上手く当て嵌めてくれている。
キースさんが「あー……」と少し納得したように呟けば、更にそこに追撃を抜かない。
「僕もジャックもやっぱりジャンヌが大切なので。お爺様に言われてなくても彼女の面倒をみたいと思っています。それに紹介して貰ってからエリックさんにはジャンヌも僕らが驚くくらいすぐ慣れたので、できればこのまま送迎はずっとエリックさんにというのもジャンヌの希望で」
……物凄く私が困ったさんになってる。
いやでもこの際それはどうでも良い。確かにそれなら城下を回れないのもエリック副隊長が必ず送り迎えしないといけないのも納得できる。
上目でこっそりキースさんを覗けば、私とエリック副隊長を目だけで三度ほど繰り返し見比べていた。エリック副隊長が突然の設定丸投げに困惑しているのか、表情を無理に固めて痙攣させながら目を白黒させていた。なら、エリック副隊長の代わりにもここは私も全力で乗らないと。ステイルの設定にしっかり耳を傾ける。
「黙っていてすみませんでした。もう十四なのにこんなの知られるのはと、ジャンヌも恥ずかしがって。ずっと僕らが秘密にして貰えるようにエリックさんにはお願いしていました。いつかジャンヌが城下に慣れるように僕らも少しずつ学校以外にも連れ出して行こうと思います」
それらしく申し訳なさそうな声を出すステイルに合わせ、私もしっかりと顔を上げる。
エリック副隊長と同様、突然の設定に戸惑っているのか腕にしがみついてからカチリと固まったアーサーからそっと力を緩めて離れる。ほっ、と息を吐く音が聞こえたから、もしかすると単純に腕を締め付け過ぎて地味に痛かったのかもしれない。
あとでアーサーにも謝らないとと思いながら私は駆け、アーサーから今度はエリック副隊長へと飛び込んだ。ステイルの横を過ぎ、キースさんに見せ付けるようにエリック副隊長の腕へアーサーの時と同じようにしがみつく。セフェクもこうしてよくヴァルにしがみついているし、今の私より大人のエリック副隊長にもこれが一般的子どもの定位置であるに違いない。がしっ‼︎と掴んだ途端、エリック副隊長も流石に驚いたのか「プっ、ジャン……‼︎」と掠れた声が漏れたので、上塗るように私からキースさんに向けて声を張る。
「ちゃんと言わなくてごめんなさい。私、本当にエリック副隊長が大好きなんです。エリック副隊長とどうしても一緒に居たいので、送迎もエリック副隊長が来てくれないと嫌なんです」
我儘でごめんなさい、と続けて謝った私はキースさんに頭を下げた。
今はあくまで庶民の女の子なのだから頭を下げるのも躊躇しない。年齢よりかなり幼い言動とは自覚しながらも、私はエリック副隊長を掴んだまま離れたくありませんの意思を示す。
王族に腕ごと捕まって逮捕された人みたいに動かなくなったけれど、取り敢えず優しいエリック副隊長は振り払ったり否定しないでいてくれた。なんか鎧越しの腕に熱がこもっている気がする。やっぱりその場でいきなりアドリブを投げられて緊張しているらしい。当然だ、戦闘任務とコレは全く違うもの。
身体全体でエリック副隊長にしがみつき、じっと目を大きくしてキースさんを見上げれば、私とエリック副隊長を交互に見て、……少し怪訝な顔をしていた。
「兄貴……取り敢えずまだ手を出してはいないよな?」
出すか‼︎‼︎と、直後にエリック副隊長の裏返った声が玄関に響いた。
少し疲れた様子のステイルが背後から「なので、……申し訳ありませんがジャンヌにはこのままエリック副隊長をお願いします……見た通り本人も離れたがらないので……」と、さっきよりもどこか棒読みに説得を試みてくれた。
何故かそれ以上エリック副隊長は何も言わずに固まったままだったけれど、キースさんとお母様は納得してくれた様子だった。可愛いわねぇ、と微笑ましそうに言ってくれるお母様に続き、キースさんが目の前にいる私の頭を結えた髪の流れに沿って優しく撫でてくれた。
「……取り敢えず俺は全力で応援してやるから」
そう言って。
がんばれ‼︎と声を潜めて私に言ったキースさんは、取り敢えずもう送迎を俺に任せろとは言わないと笑ってくれた。
なんだか微笑ましそうな楽しそうな笑顔は、エリック副隊長よりも副団長やアラン隊長に似ていた。
……でも、応援って何だろう。
ちょこっとだけ謎が残ったまま、取り敢えず丸く収まって納得してくれたキースさんとお母様に挨拶をして私達三人は城へと瞬間移動した。
離れた後も固まったままのエリック副隊長が気になったけれど、視界が切り替わった後は振り返った先にいるステイルとアーサーが頭を抱えていたことで「ど、どうしたの⁈」と慌てることになった。
まさかこの時のキースさん達の判断が、今以上にエリック副隊長にご迷惑をかけることになるとは思いもしなかった。




