Ⅱ395.騎士隊長は振り払う。
人身売買組織。
彼らの商品補給は、その殆どが〝人攫い〟〝人狩り〟〝奴隷狩り〟と呼ばれる誘拐強奪だ。正規の奴隷商と異なり、彼らは金が掛かる正規の手段で奴隷を補給しない。組織の規模が大きくなれば一夜の間に村や町が建物ごと消えていることも珍しくない。
特に人身売買自体を禁じているフリージア王国の民は全てが中級以上である。
大きな網で丸ごと掬い、その中に特殊能力者がいれば幸運。特殊能力者一人を得る為に村や町一つ消す価値がある高額商品だ。近年ではフリージア王国で人身売買の取り締まり強化が続き、国外であろうともフリージア王国の民を取り戻そうとする動きも強まっている今では特殊能力者の裏での市場価値も跳ね上がっていた。
王都に近い城下であればそういった犯罪も難しいが、逆を言えば城下を離れれば離れるだけそういった大規模狩猟も行われやすい。
国や領主の衛兵が常駐せず、更には王国騎士団の目にも止まりにくい山奥であれば尚良い。国内を常に遠征する騎士団に運悪く遭遇さえしなければ丸儲けである。
一度でも特殊能力者を狩ることができれば、莫大な資金を得るその組織は規模を飛躍的に向上させる。そして組織の規模が大きくなればそれだけ大規模な人攫いも人狩りもしやすくなる。
資金があれば武器も買える。ナイフや剣などの刃を中心にした安物武器ばかりではない。一丁でも高額なやり取りがされる銃を幹部以外の人間も手に掲げることができる。
そんな中地図でみれば城下にも比較近くとも山々に囲まれた逃げ場の無い農村は、人身売買組織にとって格好の獲物だった。
大規模な人数で一度に襲い村を燃やして逃げ場を無くし、村人全員を圧倒的数と武力で一人残らず捕らえれば良い。人身売買組織の中でも大規模組織に入る彼らは人員にも武器にも恵まれる。赤子の手を捻るより簡単なことだ。……そう。
「ッおい!テメェが前に行け‼︎」
「ふざけんな‼︎村人以外が相手なんざ聞いてねぇぞ⁈」
「クッソどこから情報が漏れッグアア‼︎‼︎」
騎士にさえ、見つからなければ。
「他の民はどこにいる。村の襲撃にこの程度の規模ではない筈だ」
剣に纏った血を横降りだけで地に払いながら、カラムは全体を見据えた。
仲間が付近に潜んでいる可能性も見据え、深入りしないように距離を保つカラムだが決して一歩下がることもない。
単騎で突入してから最前で武器を構える男達に己が刃が届く点で踏み込む。
振るったカラムの剣に、打ち合う間もなく男達は武器を持つ腕が裂かれ、指が落とされ手首が跳ね飛んだ。
一瞬でそのまま彼らの懐に入ることもできたカラムだが、あくまで最前列の男達から綺麗に無力化していった。
目の前に現れた騎士の存在に戦闘を放棄し逃げだそうとした者もいたが、すぐに気取られ背中を向けた瞬間に銃を撃ち込まれた。
腹の中心を的確に狙われ、呻いたままバタリと顔面から地面に倒れた男はもう動けない。
プライド達の方向か否かは問題ではない。人身売買の一味である時点で彼らに残されたのは掃討か殲滅の二つのみ。生かすことは許されても逃がすことは許されない。
剣を持ち直し、目の前の敵を今度は大きく斜めに裂いた。血飛沫が噴き上がった時には既に身体を逸らし位置を変えていたカラムは、直後にはその隣の男の首を落とした。血を噴き散らす男と、首を失う男が殆ど同時に倒れ込む。
「国外の者か。どうやってフリージアまで入り込んだ」
パァン!とカラムの言葉を遮るように今度は敵側の銃口が火を噴いた。
集う中でも人の壁で隙間を縫い狙ったが、カラムが剣を盾にして弾く方が先だった。弾かれた銃弾が地面を引っ掻き、赤茶の瞳に睨まれた男は煙を吐く銃を隠す暇もない。牽制すべく引き金に力を込めるより前に、カラムが二度撃ち込んだ。一発は手の銃を弾き、もう一発は脳天へと命中する。
奥に立つ男へ銃弾を撃ち込むべく体勢を崩したカラムへ最前の男達がまた一斉に襲い掛かるが、無駄だった。
人の隙間を縫うべく地面を蹴り右肩を下に倒れ込む体勢だったカラムだが、着地する前に銃を握るまま手を付いた。片手を軸にし、長い足が大きく弧を描き襲い掛かってくる大男の顎を蹴り飛ばす。脳ごと揺れて武器を持つ手も脱力する男を勢いのまま背中から倒れさせれば並ぶ男達ごと巻き込み下敷きにした。
まるで短い側転のように、直後は両足と片膝で地面に着いたカラムはまた銃を別方向にそれぞれ撃ち込む。彼が最前に気を取られている間にとまた逃亡を図っていた男達が声を上げ倒れていった。
「民は、どこにいる。捕虜にしているのだろう」
低い姿勢にいる自分に大きく斧を振りかぶった男へ、今度は剣を突き立てる。
今の位置を利用し、喉を貫けばその男は答える為の舌も動かなかった。手応えを得た時点で太い喉から剣を抜くカラムは、自分の方へ倒れ込む男をするりと避けながら立ち上がる。
地面に転がる無力化された固まり一人一人を足下も見ずに避け、代わりに弾数の減った銃を手早く補充した。男達を一歩また一歩と追い詰める。
今度は影にかくれてそっと地面に落ちた銃を拾おうと男が身を屈めたが直後には騎士の剣にその肩を貫かれ、叫び仰け反った。
最前線を一人また一人と倒され、隠れる肉壁も薄い。眼前で武器を構える自分達の隙間を縫って剣を差し込んだカラムに、男達も今が好機だと至近距離まで食い込んだ彼へ武器を振る。
すると今度は〝肩を貫通した男ごと〟大きくカラムは剣を横に振るう。串刺さった男ごと剣を振られた方向にいた男達は怪力の特殊能力で吹き飛ばされる。
まるで天災にでも遭ったかのように、吹き飛んだ距離も数十センチ程度で終わらない。メートル単位先にある黒焦げの家へ男達三人が頭から突っ込み、そのまま崩れ落ちた。
肩が貫通していた男も遠心力で剣からは身が抜けたが、四度五度と勢いのまま地面に転がり叩きつけられ気を失った。
突然吹き飛んだ仲間に男達が目を疑い隙を作ってしまった瞬間、今度はカラムが銃を四度乾いた音で響かせた。
「家に火をつけたのはお前達だな」
バタバタと倒れる男達を横に、変わらず静かな声でカラムは尋ねる。
気付けばもう最後列にいた筈の数人しか残っていない。
最前線の返り血を浴び続けた所為でカラムは肩にも頬にも赤がべったりと染みついていた。白の団服に際立つその汚れも今は気にも止めず、剣先を残党へと突きつける。
ただでさえ尋常ではない強さだった騎士が、最後の最後に見せた異常な戦闘力に男達は唖然とし言葉も出なかった。ここまで次々と無力化したカラムだったが、特殊能力を使ったのは今の一度だけだった。
最後の最後まで運良く死を免れた男達だが、圧倒的な力量差を見せつけられた衝撃で武器を落とした。
ついさっきまでは生き生きと村人を家から引き摺り出していた顔が一気し蒼白し、落とした武器と同じ位置まで膝をつけ降伏を示す。
自分達の予想が当たって入れば、目の前の騎士を生け捕りできれば暫くは遊んで暮らせるとはわかる。だが、実行に移そうとは思えない。
武器を置いて膝をつく男達に、カラムも小さく息を吐くと剣を腰に収めた。
銃は構えたままに、一先ずは降伏した男達を纏めて縛り上げることにする。裁判後に行き着く先は同じだが、降伏したのならば情報を聞き出す為にも生かしておくべきと判断した。
彼らの落とした武器を足で遠くへ蹴り飛ばし、降伏した敵が隙を狙ってこないか眼差しを鋭利に向けながら捕縛した。
一人だけ腕を縛り上げようとした瞬間に予想した通り隠し持っていたナイフを向けてきたが、鎧の手で直接鷲掴み止めた。そのままナイフを握り潰した拳を容赦なく顔面へと打ち込む。
殴る拳自体には特殊能力を使わなかったが、それでも鼻から血を噴き白目を剥き倒れた男の鼻は見事にひしゃげていた。
髪や瞳だけでなく団服まで赤を帯びさせる騎士から眼前で投げられる二度目の問いに、完全に捕縛された彼らは思いつく限り口を動かした。
村人は全員川の向こうに集められている。自分達は雇われただけ。フリージア王国には抜け道を使い入り込んだ。自分達は火をつけ村人を全員炙り出す役目だったと。そう語る男達の発言一つひとつをカラムは精査した。
全てが真実とは限らない。どこかで嘘が混じり自分達を陥れる可能性もあると鑑みた上で情報を整理する。
最終的には生存している残党全員を全員火事からは離れた木へ纏めて縛り付けたカラムは、そこでやっと背中を向けたまま待たせていた人物達へと振り返った。
「待たせてすまない。全員流れ弾などはなかったか」
乱れた前髪を指先で整えながら歩み寄るカラムに、張りのある声で返せたのはアーサーだけだった。
大丈夫です‼︎と見送った時と変わらない姿勢で目を輝かすアーサーに、遅れてプライドも言葉を返す。待たせたも何も、時間でいえば十五分も経っていないと思う。
カラムに指示された線からどころか、その場から一歩も動かなかった彼女はブラッドの傷を一つ止血した後は抱き締めたまま硬直していた。カラムの実力はハナズオ連合王国の防衛戦でも見てきたが、やはり特殊能力を使わずとも圧倒していたなと思う。
地面に座り込んでから、茫然としていたブラッドは口がぽかりと開いたままカラムの戦闘を瞬き一つせず凝視していた。抱き締められた腕を振り払おうともしなければ、抱き締め返そうともしない彼はプライドにはまるで抜け殻のようにも感じられた。
無事敵を掃討して安全が確保されたのを見届けてから、そっとブラッドの背中を擦るプライドは思い出したようにカラムへ視線を上げる。
「カラム隊長、この子すごくたくさん怪我をしていてっ……」
一番傷の酷かった銃痕だけはハンカチで止血したが、それ以外にもブラッドの身体は至る所に血が滲んでいた。
危険要素の掃討を優先したカラムも、それを見ればすぐに片膝をついた。見せてくれ、とブラッドの左腕をそっと手に取ったが、直後には慌てるように引っ込められる。
「大丈夫です」と明らかに血が止まっていない腕をブラッドは服の袖で隠した。一番重傷である肩がハンカチで止血された今は、自分のことは後で良いと思う。
「それより早く母さんを安全な場所にっ、……あと、他の人達は……?」
「村の人は全員川の対岸に集められているそうだ。そこが君達の村で避難場所でもあった、で間違いないか?」
プライドの腕の中で水色の目を泳がせ顔ごときょろきょろさせるブラッドに、カラムはゆっくりと落ち着かせるように語りかけた。
村の水源の一つでもある川。その対岸は山で囲まれた村にとって唯一の避難場所だった。国外への抜け道もあったからそこから入り込んだようだと説明するカラムに、ブラッドの顔から血の気が引いた。
逃げ遅れた自分達以外間違いなく全員が一網打尽にされていると確信する。自分もまた、母親を連れてそこへ逃げようと思っていたのだから。
「大丈夫、殺されはしない筈だ。お兄さんも今頃こちらに向かっている頃だろう」
特殊能力の有無がわからなくてもフリージア王国の人間は全員が高額商品。
見せしめであろうとも、みすみす数は減らさせない。だからこそ男達は炙り出しを目的に燃やした家から全員をわざわざ引き摺り出した。今の今までブラッドも母親と共に殺されずに済んでいたのも、生け取りが目的だったからだ。
柔らかい笑みを向けながらそっと肩に手を置いてくれるカラムから兄の存在まで告げられれば、自然とブラッドの息も深くなった。兄ちゃんが、と溢しながらも目の前にいる騎士が味方なのだと改めて理解する。
ブラッドの肩が降りたのを確認したカラムはそこで視線をアーサーへと向けた。「預かろう」と両手を差し出し丁重にブラッドの母親を受け取った。
煙の中から抜け出しやっと呼吸も落ち着いた女性は、騎士の応援と安堵で今は気を失っていた。両腕でしっかり女性を抱え、片膝から振動も与えず立ち上がる。
「とにかくここは火が回って危険だ。ゲイル君、すまないが川まで案内してくれないか。少なくともここよりは呼吸もしやすい筈だ」
安全は私が保証する、と続ければブラッドもこくりと頷いた。
逃げようにも、村まるごと燃えている状況で山道を逆走することは危険過ぎる。川の先であれば火事も届かない。
プライドが手を緩めればゆらりとフラつきながらも青年は立ち上がった。同年の姿をしたアーサーと並ぶほどの高身だ。
プライドも地面に置いていた武器を両手に持ち直し、カラムの横に並ぶ。ブラッドのことも気に掛かったが、それよりも今は現状の把握である。
カラムが抱える母親と周囲の気配に気を配り声を抑えながら「エリックはどこに?」「あの、フィリップは……?」「もう少しで応援が」「とにかく彼とお母様は安全な場所に」と情報交換を交わす。
「大丈夫っすか?傷痛みませんか?反対の肩貸しましょうか?」
「あー……ううん、大丈夫。さっきはありがとうねぇ……」
道案内の為に先を駆けながら、初対面の自分を心配する青年にブラッドは眉を垂らして笑う。
兄と同じ騎士が来てくれたことで心強さが生まれたこともあるが、茫然としている間に今は少しだけ整理もついた。
あはは……といつもの調子で笑いながら顔を向けて優しい青年に礼を言う。よくよく思い出せばこの青年もすごく強かった気がするなと、彼が反対の手に握る立派な剣が気になった。成人した兄が携えている剣と同じ、重みのありそうなそれに自分と同じくらいの年なのにもう振れるのかなと考える。
いえ!と覇気のある声で返した銀髪の青年からいっそ背負いましょうか?と提案されるが、それは断る。そんなことをされたらもしもの時にすぐ降りられなくなる方が嫌だった。
「すっごい強いよね君……背後の女の子も。格好良いなぁ……」
「??……いえ、あの、……川こっちで合ってます??」
伸びやかな声で力なくだが笑うブラッドに、アーサーは首を小さく傾けて目を丸くする。
妙な違和感の感じる笑みに、彼の意識が定まっているかも含めて心配になった。母親は無事とはいえ、何故こんなにも彼が冷静になったのかが気になる。
「大丈夫大丈夫ー」と答えるブラッドは、走り過ぎながら燃えて焦げる家を視界の端に次々と捉えた。全て見る影もなく焼け焦げているが、方向はこっちで間違いないと考えながら別のことにも思考が及ぶ。
「……〝そんなことより〟あの騎士さんと知り合い?実は君も新兵とか」
「あッ⁈いえ、そのちょっと親戚が騎士で知り合いで……自分は別に」
「えー勿体ないなぁ。君なら絶対なれるよー」
あんなに強いんだもん。と綿のような声で続けるブラッドに段々とアーサーの顔が引き攣った。
自分自身が嘘を吐くのが苦手なのもあるが、あれ以前にさっきまでの違和感を確信して身が強張った。
褒められるのは嬉しいし、彼が絶望に打ち拉がれるよりはずっと良い。こうして協力的に道も案内してくれている。プライドからの予知を聞けば余計に彼を護らなければとも思う。彼が必死に母親を護ろうとしていたことも間違いない。そしてノーマンとステラの弟兄であると思えば彼を信用したいと思う。……だが、しかし。
─ なんでコイツ……この状況でへらへら笑おうとしてやがンだ……⁈
傷の痛みに苛まれ、家を焼かれ村を焼かれ今から村人の安否を確認しにいく青年にはあり得ない柔らかで不気味な笑みに。
アーサーは一人冷たい汗を流しながら共に先を急いだ。




