Ⅱ391.見かぎり少女は言葉を選ぶ。
数分前。
「それに束の間とはいえノーマン殿とお話できたことも幸いでした。つい私ばかり話しこんでしまいましたが……」
王族専用の馬車に揺られながら、セドリックはいつものように機嫌良く寛いでいた。
学校体験終了まで今日をいれて三日。名残惜しくも思うセドリックだが、改めて振り返ってみても良いひと月だったと思う。お陰で昨日兄達の出国を見送った後も全く心細さを感じなかった。寧ろ王弟として胸を張って兄達を迎え、送り出せたことに満足感が強かった。
「セドリック王弟殿下自らノーマンと話したいと仰っていましたので、自分も機会が来て何よりでした」
嬉しそうに笑うセドリックに、アランも楽しげに返した。
セドリックが以前から今日もノーマンと話せなかったと残念がっていたことはアランも馬車の中で聞かされている。珍しくノーマンがいると思ってもエリックと言い合いか、もしくは妹の会話後早々に去ってしまう。
セドリック自身はプライドがエリックに合流するまで時間があるが、王族である自分が話しかければノーマンも無碍にはできないことを知っている。わざわざノーマンのの時間を奪うようなこともしたくはなかった。
そして今日やっと、誕生日を友人に祝われて合流に時間のかかったライラのお陰でほんの数分であるが語らうことができた。
「ノーマン殿はハリソン殿の八番隊に所属されていると記憶しております。家族想いでとても思慮深い騎士とお見受けしましたが、ハリソン副隊長殿からの見立てはいかがでしょうか」
上機嫌をそのままに、平然とハリソンにも親しげに話しかけるセドリックにアランは胸の中で「すげぇなぁ」と感心する。
今までも馬車の中では特にこういったセドリックからの投げかけは多いが、騎士団でも殆どの騎士が恐れるハリソンへ何度も平然と話しかけている。ハリソン自身が慕うアーサーやプライド、副団長のクラークや騎士団長のロデリックなら未だしも基本それ以外の相手であれば例え上官や王族であろうともハリソンは
「……優秀かと思われます」
全く興味がない。もともと愛想が死滅していると思われることも多いハリソンが、興味のない相手には特に淡白である。無礼、というほどの相槌ではないが、それでも会話をして楽しめるような相手ではない。
〝優秀〟の一言も、ハリソンの場合は八番達の騎士誰についてもその一言で済ませるんだろうなとアランは思う。アーサーに対してすら、他人に聞かれたところで素直に長々褒めちぎるような人間ではないと考える。
この態度のハリソンに、全くものともせず嬉々として会話をそれでも何度も継続させようとする人間など、ハリソンが慕う人間を除けばティアラかセドリックくらいものである。
「そうですか!やはりハリソン副隊長殿の目にも優秀となれば、間違いないでしょう。アーサー騎士隊長殿も優秀な部下に恵まれています」
ハハハッ!とむしろ楽しそうに返しては裏表ない賞賛を返すセドリックに、アランも一応は心安らかに二人の会話も見守れている。
これがただ一方的に話しかける類の相手で少しでも騎士を貶めるような冗談を言う類の人間であれば、ここまで落ち着いて聞いていられなかった。むしろ王相手であろうとも馬車の中が殺気か血の海に満ちないように自分一人で乗り切らなければならない。
「恐縮です」とやはり一言しか返さないハリソンだが、それでもセドリックは構わない。
「ノーマン殿は防衛戦にも参じて下さっておられましたが、いつ頃から騎士に?」
「…………」
「……あ、あ〜!確かノーマンは防衛戦前に入隊した騎士です」
ハリソンが自分の隊長時代の入隊者すらまともに覚えていないことを察したアランが助け船を出す。
当時は騎士隊長だったハリソンだが、基本的にアーサー以外の入団も入隊もどうでもいい彼は自分の隊員の細かいところまで覚えていない。
アランも自分の隊以外は大して把握していないが、当時入隊してからすぐアーサーを困らせていた彼のことを思い出せば何とか記憶も掘り当てられた。
直属の上官であるハリソンが答えられなかったことも「そうですか」と気にしないセドリックは、ならば入隊して間もなくで防衛戦で選ばれたのかと感心する。当時、フリージア王国の騎士団に死傷者は出なかったが、つまりはその一人のノーマンもまた生存者側ということである。
「若く優秀とは素晴らしい。騎士団には新兵でも年配者である騎士も多くいると存じております。その中であの若さで騎士になられたというのであればいつかはノーマン殿もアーサー騎士隊長殿のようになる日も近いかもしれませんね」
「いえ、隊長の足元にも及びません」
ハリソン!と、アランは思わず声に出したくなるのをぐっと堪えて口の中を噛んだ。
事実は事実でも言い方というものがある。王族の褒め言葉を叩き折るような言い方をするハリソンに、この場にノーマンがいたらどうなっていたかとアランは馬車の中で頭を抱えたくなる。
目の前でセドリックが「それほどにアーサー騎士隊長殿は」とアーサーを褒める方向に目を輝かせてくれたことが救いである。そうでなければ最悪空気が沈没していた。そこまでハリソンが高く見るアーサーはどれほどの人物かと、セドリックが前のめりにまた投げかけようとしたその時。
ヒラリ、とカードが表出した。
「⁈これは……」
完全に密室空間の、締め切られた馬車の中で。
突然セドリックの目の前に現れたカードは、そのままひらひらと舞いながら彼の膝に落ちた。アランもハリソンも覚えのあるその表出に思わず息を飲む。セドリックもまた、こんな芸当ができる相手は一人しか想像がつかない。
指先で摘み上げ、カードを覗けばそこには記憶に照合するまでもないステイルの直筆字が走り書きされていた。
「ステイル王子からだ」と呟けばそれだけでアランもハリソンも張り詰める。城での合流も待たずにステイルが何故カードをと考えればいやでも緊急事態を想定する。
短い文で書かれたそれを一目で読み終えたセドリックだが、向かいに座るアランもハリソンも自分から覗きにいくことは流石にできない。「何と書かれていましたか」と尋ねるアランに、セドリックは僅かに首を傾けてからカードの文字面を彼らへとくるりと示して見せた。
〝セドリック王子、ハリソン副隊長を直ちに校門へ戻してくれ〟
〝指令内容はノーマンの足止めだ〟
「ハリソン副隊長殿、今すぐに校門へ」
「承知致しました。失礼致します」
セドリックの命令を聞き終える前に答えたハリソンは、走行する馬車の扉を躊躇いなく開け放った。
すぐ馬車を止めますので‼︎とセドリックが大慌てで危険な行為を引き止めるが、もう本人は聞くつもりもなかった。馬の足で速度の出ていた馬車をひと蹴りで飛び降りる。開けっ放しにされた扉を急いでアランが掴んで閉めた時には、既にハリソンは高速の足で学校へ駆け出したところだった。乗り心地重視の馬車など比較にもならない足で地面を蹴り逆走するハリソンの残像は、セドリックの目に捉えることもできなかった。
「申し訳ありません、セドリック王弟殿下。ハリソンは本当にいつもああいう男で……」
ステイルの命令下、更にはセドリックから許可を得たとはいえ発言を遮り制止も聞かず飛び降りたハリソンの代わりにアランが頭を下げる。
とんでもありません!と手を振って許すセドリックだが、それでもアランは少しだけ膝の横で拳を握った。
セドリックの護衛の為にも、一人は護衛に残らないといけない。馬車で離れた距離を詰める為にも、八番隊の騎士であるノーマンの足どめという謎の指令内容から判断してもステイルがハリソンを指名したのは納得できる。しかし、ステイルの指令つまりはプライド関連だ。
本来ならば自分も馬車から飛び降りたかったと思いながら、アランは今はその場に止まる。
いつもはあっという間にも感じられる城までの走行時間が、妙に長かった。
……
「じゃあハリソン副隊長はステイルが呼んでくれたのね?」
王族専用とは異なる揺れの激しい馬車の中で、手摺りに捕まりながらプライドは声を上げる。
ノーマン達から馬車を奪った後、アーサーとステイルに一体どういうことかと訪ねられたプライドだが彼女自身まだ口に出すまでの整理がついていなかった。ただでさえ最後の攻略対象者から記憶を取り戻しただけでも戸惑っているのに、まさかのパウエルを巻き込むことになってしまったことも、突然ハリソンが現れたことも全てが瞬く間な上に予想外の展開だった。
尋ねる彼らにプライドからも「どうしてパウエルにハリソン副隊長まで⁈」と叫べば、混乱気味の彼女を落ち着かせる為にも早口でステイルが先に説明をした。
パウエルが居合わせたのは偶然だが、以前に彼が小間物行商の荷物持ちをしていると話していたから道がわかると判断した。あの状況でノーマンに協力させるのは無理だと判断した。セドリックの許可を得てハリソンを戻すように要請をカードでと、そこまで言われてやっとプライドも頭が少し落ち着いた。
先を急ぐ馬車にガタガタと頭を振られる中、最後にステイルがゆっくりと言葉を敢えて遅めてプライドへ深刻に眉を寄せる。
「もし確証さえあれば、ノーマンに正体を教えて協力させても良かったのですが。あの場ではジャンヌから予知なのかの確認もできませんでしたので」
ノーマンの妹のライラに、傍には守衛の騎士。更にはいつパウエルのように生徒や教師に聞かれるかもわからない場所では言及も難しかった。プライドに耳打ちで確認を取る間にノーマンに馬車で逃げられていた可能性もある。
ここなら安心して聞けます、と一度話を切るステイルにプライドも口の中を飲み込んだ。
彼女からまだ確証として言われたわけではない。しかし彼女の様子からそれが予知関連であると、ステイルもそしてアーサーも察しはついていた。
「パウエルならば大丈夫です。エリック副隊長もいますし、俺の特殊能力を知る彼なら瞬間移動でも帰せます。プライド、予知……で宜しいですか?」
言葉を重ねるステイルと、喉を鳴らすアーサーにプライドはただ頷いた。
ハリソンの謎とパウエルの安全が保証されたところで、今自分が確定したこととして言って良いことと、まだ確信は持てない展開を整理する。
これから起こるかもしれない悲劇は、まだ言えない。だが、ゲームと同じ展開が起こるようになっているこの世界では「大丈夫」とは思えない。どんな運命がねじ曲がって〝そう〟なるかは想像もできない。
「例の……予知した生徒を思い出しました。彼の名前はブラッド。ノーマンの弟さんです」
ノッ……⁈とアーサーが思わず息を詰まらせる。
まさかこんな身近にプライドが探していた人物の親近者がいるとは思いもしなかった。
「つまりはブラッドに危機が迫っているということですか?」
「そう……ともいえるのだけれど」
事実を整頓するべく尋ねるステイルに、少しプライドは言葉を濁す。
全てゲーム通りであればここで頷いて良いと思う。しかしその確証がない今、〝予知〟の言葉を借りるにはリスクが高い。予知は間違いなく干渉しない限りは〝起こる現実〟でなければならないのだから。
今日、この日と断定してはとても言えない。だが必要であれば騎士団を呼ぶことになると考えながら。
「状況によっては騎士団も呼びましょう。取り敢えず、身近な戦力を呼びつけましょうか」
「!いえ、これ以上巻き込めないわ。それよりも城の予定変更だけ伝えてくれるかしら?」
きっと遅くなるから、と。
放課後城にくるように命じたままのヴァルへの伝言に、ステイルも頷きすぐカードへペンを走らせた。必要ならばこの場で呼ぶのも考えたが、今頃はセフェクとケメトも一緒だと考えれば諦めた。代わりに、急用ができたから城には急がなくて良いとの旨だけ書き記して瞬間移動させる。もうエリックへと同じ間違いは犯さない。
「危機はいつか、迫ります。そちらはいつになるか、わかりません」
ゲーム通りにならないかもしれない。設定通りであれば今日で間違いないが、これはゲームではなく現実だ。そしてゲーム通りにならないでくれるならそれが良い。しかし
「でもだから会わないといけないの。村に着いたらすぐにブラッドを探して彼を助、……いいえ」
一つ一つ入念に言葉を選び細い眉を寄せて険しい顔で絞り出す。
プライドの一語一句を逃さないように聴覚に集中させる二人は口も固く閉ざした。
ガタガタと馬車の揺れる音で逃さないように張り詰める。彼女の予知で、自分達が取るべき行動は変わってくる。そして
「止めたいの」
凛と決意を込めた彼女の言葉に、二人は目を見張った。




