Ⅱ390.無頓着少女は聞く。
「それではエリック副隊長と合流したら外周から、ということで宜しいでしょうか」
四限終了後、確認してくれるステイルに私も一言答える。
クラスの子達に再び「急いでないなら今日も騎士様と話したい!」と打診を受けたけれど、今回はステイルと一緒に丁寧に断った。なるべく授業が終わってから時間を空けず、外周は回りたい。
早々に教室から去って行く生徒達の波が勢いが薙いでから、私達も席を立った。すぐに出ても良いけれど、生徒の即下校が凄まじくて危ないこととちょっとした時間調整だ。
教室の窓から外を覗いたけれど、私達の教室からは門は見えない。
廊下に出てから覗き込めば、やっぱりエリック副隊長が既に待っていてくれた。更にはエリック副隊長の傍に立っている人物に今からつい苦笑いしてしまう。
生徒達の流れより少しゆっくりめにと一緒に階段を降りて、昇降口に出る。生徒が大体は吸い込まれるように校門へ出払って、私達が着いた時には貴族生徒達の馬車もおおかた出た後だった。
いつも通りセドリックが馬車の前で待っていてくれて、何処かにいるハリソン副隊長と共に私達も校門へ真っ直ぐ歩く。今日はいつもより早めに合流できたかしら、と思っていたら……ちょっと早すぎだったことを理解する。
「本当に奇遇ですね。ノーマン殿のようにお優しい兄をもって妹君もさぞかしご自慢でしょう。是非ノーマン殿ともお話したいと思っておりましたので、こうして機会を得て幸いです。貴殿の所属する八番隊は、私の護衛を担って下さっているハリソン副隊長が所属しておられる隊であると記憶しております。様々な特色を持つ騎士団で完全個人判断と実力至上主義を謳う八番隊は……」
ノーマンだ。
たんぽぽ色の髪に丸淵眼鏡を掛けたノーマンが、校門前に立っていた。しかも今回はエリック副隊長ではなく話し相手はセドリックだ。……いや、聞き手という方が正しいだろうか。
校門の脇で、セドリックが目を爛々と燃やして語り続けているのを姿勢を正して聞いている。流石に王族相手だからか、いつものように切り返しをしている様子はない。第一王女の私に対してと同じように謙虚な態度で聞いている。……素を出したらきっとセドリックとも話が合うのになと思うと勿体ない。
私達が気付くよりも遥か先にノーマンに気付いて歩みが遅くなっていたアーサーは、見事に顔色が悪かった。
ノーマンが直属の部下であるアーサーからすれば、正体がバレない為にも接点を作りたくない相手の一人だ。だからこそ私達も下校の時なるべくタイミングをずらしていた。妹さんの様子を見る為だけに訪れているノーマンは、私達がエリック副隊長に合流する時は既に用事も終えて帰っている。……まぁ、そうでなくてもエリック副隊長曰く、用事でもない限りは待っている間も敢えてエリック副隊長から距離を取って立っているらしいけれども。
そのノーマンが今日はまた校門前にいる。
妹のライラちゃんはまだなのだろうか。取り敢えずノーマンがセドリックの相手に気を取られている間に、アーサーを隠すような形で私とステイルはノーマンと守衛騎士の横を抜ける。私達よりも背の高いアーサーが背中を思いっきり丸めて銀淵眼鏡の蔓を両手で押さえながら併走した。
エリック副隊長に合流すれば、姿を隠していたハリソン副隊長も合わせるようにセドリックの背後に立つアラン隊長に駆け込み並んだ。
私達もエリック副隊長へ「お待たせしました」と声を潜め、そのまま流れるようにノーマンに気付かれる前に忍者のような気分で校門を去
「のん兄‼︎それにお姉ちゃんとお兄ちゃん達も‼︎」
……できなかった。
いざ行こうと足を回すよりも先に、聞き覚えのある声に引き留められてしまう。
聞かなかったことにして逃げたい思いよりも、無邪気なこの声を無視したくない気持ちの方が上回る。
ピタリと足が止まってしまう私とステイルに合わせ、アーサーが素早くエリック副隊長の背後に隠れた。代わりに私とステイルでくるりと揃って振り返れば、やはり思った通り柿のようなオレンジ色の髪を二つ結びにした少女が駆けてくるところだった。ノーマンの妹、ライラちゃんだ。
ノーマンの視線に合わせるように、セドリックが口を閉じて振り返る。
金ピカイケメンのセドリックに、真っ直ぐ駆け込んでいたライラちゃんの目が大きく開かれ「わぁ」と声が漏れるのが聞こえた。まるで生まれて初めてライオンを見たときのような反応だ。
ノーマンの親族らしき少女にセドリックも軽く手を振ると「それではノーマン殿」と切り上げた。
セドリックがハリソン副隊長とアラン隊長と一緒に馬車へ乗り込むのを、ノーマンだけではなくノーマンと離れた位置にいるエリック副隊長、影に立つアーサー、そして守衛の騎士も深々と礼した。
セドリックの馬車が去ったのを確認し、さっきまで見惚れるように立ち止まっていたライラちゃんもノーマンの懐に飛び込んだ。
「今の王子様⁈」「ステイル様⁈」と尋ねるライラちゃんがまた可愛らしい。残念ながらステイル王子様はそっちじゃなくて私の隣にいる人なのだけれど。
「……先ほどの御方は、ハナズオ連合王国のセドリック王弟だ。学校で噂になっていないのか?」
「聞いたような……?」
セドリックの馬車が去っていくのを見届けるまでそっとライラちゃんの頭にも手を置いてその場から下げさせたノーマンも、彼女の疑問に返す。
首を横に振ってからやっぱり思い出すように首を捻って次は左右に傾けるライラちゃんに、流石のセドリックの噂も別棟の初等部には届いていないのかしらと思う。もしくはライラちゃんが大して興味がないだけか。
二つに結んだ髪を揺らすように首を傾けたライラちゃんは、そこで視線がきょろりと私達に向く。手を大きく振って笑顔を向けてくれる彼女に、ノーマンも今こちらに気付いたように視線をあげた。
彼女がノーマンを連れてエリック副隊長の背後に隠れるアーサーに接近する前にと、私達から「こんにちは」と二人へ歩み寄った。
ぺこりと小さく礼をすると、ノーマンも口を結んだままではあるけれど目配せで返してくれた。……直後、眉を寄せた目で守衛の騎士とエリック副隊長の視線を確認したけれど。
騎士の前ではあまり私達に親しげにする姿は見せたくないのだろう。
「ライラちゃんお久しぶり。今日はいつもよりすごくお洒落で可愛いわね」
「とてもお似合いです。どこかお出かけですか」
柿色の髪を二つ結びにするライラちゃんへ私とステイルで膝を落とし、視線を合わす。
ノーマンからしても私達に直接話しかけられても色々困るだろう。名指ししてくれたのはライラちゃんだし、ここは彼女メインで会話をこなすことにする。
服装を褒められたライラちゃんは「えへへ~」とぷくぷくの可愛らしい頬を両手で押さえながらにこにこ笑ってくれた。今までも可愛らしい服を着ていたライラちゃんだけれど、今日は一際お洒落だった。襟にレースがあしらわれている上に、スカートも着古していないから取っておきなのかもしれない。これが年頃の子相手だったらデートかしら?と言ってしまいたくなる気合いの入れようだった。しかも腕や首にはお花で作ったであろうブレスレットにネックレスまでかかっている。
「あのね~、ライラ今日お誕生日なの!だから今日はお家でお祝いするの!」
おめでとう!おめでとうございます!と、私もステイルも先ずはお祝いに声を上げた。
まさかのライラちゃんのお誕生日!それはおめかしもする筈だ。さっき去って行った王子様とも誕生日が近いのねと言ったらどう言うだろう。
私達の祝辞ににこにこ歯を見せた満面の笑顔で頬を火照らせるライラちゃんがもう眩しいくらいに愛らしい。
ノーマンも妹さんがにこにこなのが嬉しいらしく、エリック副隊長達に背中を向けてから小さく口元が緩んでいた。本当にこの優しい性格のノーマンの方が素敵なのに。
アーサー達も誤解しているようだし、やっぱり誤解惜しい。ステイルが「その素敵な飾りはお友達に貰ったのですか」と尋ねると、また「へへっ」と照れ笑いを浮かべながら花のネックレスとブレスレットを指で摘まんで頷いてくれた。お友達とも仲良くやっているんだなぁと思うと余計に微笑ましい。
「のん兄がねぇ、今日はお家までの馬車も用意してくれたの。ライラお姫様みたい~」
にこにこうきうきと、頬を押さえながらお兄ちゃん自慢するライラちゃんに時間を忘れそうになるくらい胸がほっこりする。
見れば、校門の脇に馬の鼻先がちらりと見える。どうやらあれがノーマンのらしい。妹の誕生日の為に馬車まで借りてくれるなんて本当に素敵なお迎えだ。
思わず真正直に尊敬の眼差しをノーマンへ見上げると、中指で丸眼鏡の位置を直した彼にくるりと顔を完全に反らされた。直前のばつの悪そうな顔と擦れるような声で「家まで遠いからだ」とライラちゃんにも私達にも言っているような言葉が返された。
ノーマンの返答にそれでもにこにこを崩さないライラちゃんは、そのままもう一度お兄ちゃんの腰回りに飛びついた。
「ねぇのん兄!ケーキは⁇ライラのお願いしたの買ってくれた?」
「ちゃんと二週間前から王都の店で予約した。一緒に取りに行くと言っただろう」
「王都のなんて豪華ですね。どんなケーキをお願いしたんですか?」
うきうきが堪らないように兄にべったり甘えるライラに、ステイルも微笑ましそうだ。誤解が解けたからかノーマンにもにこやかな声で褒めている。アーサーのことを本当は慕っていると知ったから今は親近感もあるのかもしれない。
ステイルの質問に、ライラちゃんはまるで今ここにケーキがあるかのように目をきらきらと輝かせて振り返った。「あのねぇ」と少し勿体ぶるように言葉を切ってから唇を一度絞って身体をくねらせる。
もうずっと楽しみで仕方なかったんだろうなと思いながら、終始癒やされて返事を待つ。可愛らしい口を大きく開けたライラちゃんは両手で山を表現するかのように広げてみせた。
「お山みたいたっくさん果物が乗ったケーキ!」
『〝お山みたいにたくさん果物が乗ったケーキ〟だって。……子どもらしいよね』
……え?
思考が一瞬止まる。隣でステイルが「それは素敵ですね」と笑い返す中、私は表情も作る余裕がなかった。
いまの、何?ノーマン⁇違う、でも絶対これってと。思った瞬間ぞわぞわと全身の毛が逆立つような寒気に襲われる。
追うように頭の中を夥しいほどの記憶が雪崩れ込む。あまりの情報量に指先一つすら動かせなかった。
間違いない、ゲームの記憶だ。しかも第二作目の攻略対象者。ディオスでもネイトでもレイでもない青年の悲しげな横顔が頭に浮かんで離れない。
そうだ彼だと思えば、次々と記憶が繋がり浮かび出す。彼のゲームの設定も、悲劇も名前もすべて思い出していると私の様子に気付いたらしいステイルが「ジャンヌ?」と覗き込んできた。
呼びかける声にも返事する余裕がない。頭の中で凄まじい記憶処理が行われる。
ライラちゃんが視界の隅で「お姉ちゃん?」と首を傾けるから、きっと顔色にも出てしまっているだろう。ノーマンが「疲れたのか?」と呟くような声で私の顔色を確認するために丸めた背中を伸ばし、ライラの手を引いた。
「エリック副隊長を待たせているのだろう。早く帰って休んだ方が良い。ライラ、早く向かうぞ」
「ッ⁈だめ‼︎」
ライラを連れて行こうとするノーマンに、思わず悲鳴にも似た声を上げてしまう。
突然大きな声を出した所為で、ライラちゃんだけでなくノーマンも目を丸くした。声が届いてしまったエリック副隊長とアーサーも気になるようにこちらを向いている。ステイルが「まさか」と耳元で深刻な声で囁く中、今はノーマンとライラちゃんから目が離せない。
つい引き留めてしまった。まずい、でも、これは絶対駄目だ。今思い出した記憶が正しければ……
「……あの、ライラちゃんは今日で何歳に……?」
「??十さい!」
瞬きもしない丸い目で首を捻ったライラちゃんが、そう言って両手を大きく開いて見せてくれる。さっきまでは微笑ましかった筈の彼女の返事に、今は気が遠くなりそうになる。
呼吸の仕方も上手くまとまらないまま、震える手でライラちゃんの手を握る。絶対に行かせちゃいけないとそれだけを確信する。
雪崩れ込んできた記憶を整理しながらノーマンを見上げる。でも、彼を見ても攻略対象者とは思わなかった。記憶の中の攻略対象者とも別人だ。……それなら。
「ノーマン、さん。確かライラちゃん以外に……ご弟妹いらっしゃいましたよね……?」
『末のライラです。寮に無償で入れる年なのは妹だけなので』
『その話するとのん兄達ライラの話聞いてくれないし』
そう、言っていた。
初めてノーマンがライラちゃんを紹介してくれた時。それに、ライラちゃんも、のん兄〝達〟と呼んでいた。騎士の話をすると喜んで、しかも学校寮に無料で住めない年齢の兄弟もしくは姉妹が二人の間には必ずいる。
細切れな息と共に尋ねる私に、最初はノーマンが答える。「いるが……」とそんなことを何故聞くのかわからないように眉を寄せる。
お名前は?と間髪入れる余裕もなく前のめりに尋ねれば、今度はライラちゃんが答える。「ぶら兄」と呼ぶ兄の存在に、続けてノーマンがその名を告げた。
〝ブラッド〟と。
ブラッド。
その名を聞いた途端、最後の鍵が開けられた。
ブラッド。そうアムレットに呼ばれた青年を私は知っている。開ききった目を休ませることもできずにライラちゃんの手を掴む手が汗も沁みて強張っていく。
ブラッド、ブラッド、と彼の名前を頭に響かせながら必死にこの場を足で噛む。
十歳になる妹の誕生日。その事実に、もう悠長にできる余裕は消えていた。指先が冷たく、血が引いていく。
「ッッ村に帰ってはいけません‼︎ノーマン!貴方の村はどこですか⁈」
場所を教えてください‼︎と真っ直ぐに彼を見上げて叫ぶ。
目を丸くしたノーマンが、惑いを浮かべながらも辿々しく村の名前を教えてくれる。予想以上に離れた、城下からも遠く離れた農村だ。馬車で移動という事実に納得する距離に私は思考を回す。
駄目だ、ヴァルはもう今頃城に向かっている筈。今から城に帰ってステイルと座標確認でもヴァルに頼むでも手遅れになるかもしれない。
ステイルも行ったことのない場所じゃ瞬間移動もできないしこんな人目がどこにあるかもわからないところで大ぴらに能力も使えない。
騎士団をと思い、留まる。まだ確証がない‼︎確認して、状況がわからないと呼ぶわけにはいかない。どこまで本当に起きるかわからないのに先に〝予知〟にはできない!
「お願いします!その村まで案内して下さい‼︎ライラちゃんは安全な場所で待って、どうか私達をそこに……」
「⁈待ってくれ君は何を言っている?フィリップ、ジャンヌはどうしたんだ」
困惑を露わに険しい顔でノーマンが喉を反らす。当然だ、こんなこと言う人間を変に思わない方が可笑しい。私自身口を動かしながらも無茶なことなのはわかっている。
ノーマンもこんな変なことを言う子どもに構っていたくもないだろう。ライラちゃんの手前手荒に出来ないだけで、こんな不審者力尽くで引きはがされても文句が言えない状態だ。
せめての抵抗に行かせまいとライラちゃんから手は離さない。けれどそれだけで「わかりましたどうぞ」と二人が言ってくれるわけがない。いっそここでノーマンにもライラちゃんにも守衛の騎士にも構わず正体を明かしてしまおうか。
「⁇ジャンヌ、なに騒いでるんだ?」
⁈
突然掛けられた、聞き覚えのある声に息も止まって振り返る。
金色の髪を短く切った青年が、不思議そうな顔でこちらに向いていた。てっきりもう帰っていたと思っていた筈の存在に一瞬だけ思考が止まる。パウエルだ。
何故ここに、と聞きたくても今はそんな暇はない。いつもは既に帰っている筈の彼がこんな時間まで残っていた理由を尋ねる場合じゃない。
手の力が強張ったまま固まってしまう隙に、するりとライラちゃんの手が抜けた。慌てて振り返ると、ノーマンがライラちゃんを護るように抱き上げてこちらに眉を寄せた。背後にパウエル、正面にノーマンとライラちゃんとどこから思考を回せば良いかわからなくなる。とにかくノーマン達を行かせちゃいけない、と優先度を考えると
「パウエル。お前、確か小間物行商の手伝いをしていると言っていたな。城下から離れた町や村まで回っていると。詳しいか?道案内が欲しいんだ」
ステイルのはっきりとした声が、膠着を切り抜いた。
振り返った時には状況もわからないパウエルがきょとんとした顔で頷いた後だった。ステイルが懐にペンをしまいながらノーマンの村について尋ねてくれる。
何度か行ったことがある、と頷くパウエルにステイルは彼の肩を叩いて私に向き直った。
まさかパウエルに⁈と思うのもつかの間に決定的なカードを眼前に掲げられたも同然だった。遠目で様子を伺っていたエリックとアーサーも尋常ではない状況に「まさか」とを身構える。
「ジャンヌ。確認ですが、彼らお二人は村に帰ってはいけないのですね?」
「え、ええ……。その、せめてライラちゃんは。まだ、杞憂かもしれないのだけれど」
「では、馬車をお借りします」
なっ⁈と、ステイルのとんでもない発言に声を上げたのは勿論ノーマンだ。
妹の為に用意した馬車をまさかの奪います発言に目を回す。私とアーサーも流石にこれには驚いてすぐには言葉がでない。
どうぞ手を、と私に手を伸ばされ掴めば、そのまま私とそしてアーサーも反対の手でステイルに腕を引っ張られた。エリック副隊長は運転を、と流れるように話す彼にノーマンも黙っていない。ライラちゃんを抱き上げたまま、何を考えているんですかこの子達は一体と声を荒げエリック副隊長の肩を掴んだ、瞬間。
黒い影が、間に割って入った。
ぶわり、と短い風が私の鼻先にも届いたと思った瞬間には彼が立っていた。
エリック副隊長の肩を掴む手へ容赦なく刃を振り下ろしたそれに、ノーマンも流石に手を引っ込めて飛び退いた。自分の肩ごと持って行かれかけたエリック副隊長も反対に身を反らして目を見張る。
私もわけがわからない。ついさっき、セドリックと一緒に馬車から去った筈の人物が剣を構えて立っていたのだから。
「ッハリソン副隊長⁈一体、何の……」
「動くな」
チャキッ、と妹を抱える部下へ容赦なく剣を構えるハリソン副隊長に、ノーマンもそれ以上は口を噤んだ。間違いない自分の直属の上司の登場に思考が追いつかないのだろう。
一体どうしてハリソン副隊長がと思っている間に「さぁ今のうちに!」とステイルに手を引かれアーサーにも背を押されて馬車に乗り込む。あまりにも瞬く間の展開に私も口が開いたまま動かない。
ステイルに御者席で案内を頼む!と叫ばれたパウエルが、ノーマン達と馬車を何度も見比べながらエリック副隊長の隣に飛び乗るのが見えた。絶対彼も現状を正しく理解していない。
アーサーが風圧に叩かれる勢いで馬車の扉を閉めた瞬間、エリック副隊長の操縦で馬が大きく唸り蹄を響かせ駆け出した。
馬車の向こうで「お馬さんーーー!」と叫ぶライラちゃんの悲鳴に罪悪感で刺されながら、私は胸を押さえて息を整えた。
大事な日にごめんなさいライラちゃんノーマン、でも今だけは譲れない。
ブラッドは、危険なの。
Ⅱ190
Ⅱ22.46-2
Ⅱ183-2




