Ⅱ47.支配少女は苦む。
「本当に、本当にお待たせして申し訳ありませんでした……!」
言い訳もせずに平謝りを繰り返してくれたエリック副隊長は、帰路の半分を進んでも未だ落ち込んだままだった。
どうかお気になさらず、と言葉を返しても肩が丸い。弟のキースさんを取り敢えず家で待たせるまでは説得に成功したエリック副隊長だけど、本当にかなりの長期戦バトルだったらしい。キースさんは私達を今日こそ城下へ案内しようとしてくれていたとのことで、今朝から結構気合まで入っていた。結果、彼は彼でエリック副隊長に最後まで食い下がり続けたそうだ。なんだか、兄弟で子どもの取り合いさせたことがもう申し訳ない。
アーサーが呼びに入ってくれたことで、私達を待たせたと気付いたエリック副隊長は慌ててキースさんに必殺技の脅し文句で追い返したと。アーサー曰く「いい加減にしないと本当に燃やすぞ⁈」と怒ったらしいけれど、……本当に一体何を放火するつもりなのか。
「あの、ジャンヌ、……本当にノーマンさんには、何も」
「!言われてないわ大丈夫!その、むしろっ……」
お菓子もくれた良い人でした、……とは言えない。
心配してくれるアーサーに苦笑いしながら私は言葉を飲み込んだ。運良くか悪くか、最悪のタイミングで退場してしまったアーサーは、あの後にもノーマンが何かしら私達に失言の連続だったんじゃないかと心配してくれた。傍を離れてすみませんでした!と謝られたけれど、一応代わりにノーマンが傍に居たし、何よりステイルが許可してアーサーを逃したのだから問題はない。……ちょっと勿体なかった気もするけれど。
ノーマンがアーサーを慕ってることを知らないままなんて。
「むしろ……?」と私に聞き返してきたアーサーと興味深そうにするエリック副隊長に口を絞り、首を左右に振る。
ノーマンが黙っていて欲しいなら流石に言うわけにはいかない。まさか本人は王族相手に口止めしたなんて夢にも思っていないだろうけれど。それでも了承したからには守らないと。
苦笑いで誤魔化しながらステイルに目を向けると、彼もまた複雑な笑顔を浮かべて私を見返した。ついさっきまではアーサーの悪口を言っているのではと敵意満々のステイルだったけど、彼の本性を知ってからは何とも感情の整理がついていないようだった。そしてそれは私も一緒だ。
ノーマン・ゲイル。……彼は、アーサーのことが大好きだった。
しかも単に慕ってるレベルじゃない。エリック副隊長やアラン隊長のことも本当は良い騎士だとわかってくれているようだけど、アーサーに対しては特別だった。もう熱の入れ込みが尋常じゃない。超絶大ファンだ。
「不死鳥」発言からの熱弁する姿は、アーサーが騎士団やカラム隊長達のことを話す時にも似ていた。もう明言しなくても〝格好良い〟〝憧れです〟〝尊敬してます〟と叫んでいるようにしか見えなかった。毬栗を投げつけられると思ったら、まさかの直射日光を受けた気分だった。
あんなに熱弁且つ雄弁に語られたら、妹のライラちゃんも反動で騎士が嫌になっても仕方がない気がする。前世で、家族が野球ファンの所為で試合の日には全く自分に構ってもらえなかった文化系の女の子が野球嫌いに成長したのを思い出した。
でもつまりはそれだけノーマンが騎士もアーサーのことも大好きということなのだろう。
しかもそれだけじゃない。わざわざ身内の悪口を言ってしまったことを気にしてお詫びの品まで初対面の私達に用意してくれて、子ども相手に謝ってくれた。あの時のノーマンは少なくとも、王族としての私に礼を尽くしてくれた時と同じ人だった。……しかも、あちらを隠したがるということは、あの丁寧で騎士にメロメロな方が彼の本性である可能性が大きい。どうして隠したいのかは具体的にはわからないけれど、やはり騎士団の中では年齢も騎士歴も若いし、男の人はそれなりに都合とかもあるのかなと思ってしまう。……ただ、さっきも私達に謝った後すぐに「子供は嫌い」発言をして、少しだけ後悔している様子だった。きっと根は凄く優しい人なのだろう。
ハリソン副隊長の時もそうだったし、もしかするとノーマンだけでなく八番隊の騎士達って皆アーサー大好きとかなんじゃないかなとまで思ってしまう。だってアーサーは格好良いし優秀だし、凄く性格が良い騎士だもの。少なくともハリソン副隊長とノーマンはアーサーが大好きなのはもう確定済みだ。
「……そういえば、カラム隊長が以前にノーマンはアーサーのことは比較的に慕ってると仰ってましたよね」
ぼそっ、とステイルも同じ事に考え巡らせていたらしく、確認するように呟いた。
確かに。ノーマンの話を聞いた時にそんなことを言っていた。あの時はあくまで比較的、と思っていたけれどあんなことがあった後ではむしろ圧倒的にではないかと思う。比較的程度の慕いようで、〝不死鳥〟呼びはないと思う。由来説明に関してはちょっとふんわり言い過ぎてわからなかった部分もあるけれど、多分奪還戦の内情で機密部分だけはライラちゃんにも言わないようにしてくれているのだろう。
「いや、大したことねぇって。単に隊長だから話聞いてくれるだけで」
いや大したことあるから‼︎‼︎
心の中でそう叫びながら、口に出さないようにムギュゥウと歯を食い縛る。隊長とか関係ない。もうアーサーがカラム隊長慕ってるのと同じように人間性として慕ってるとしか思えない。
でも、多分ノーマンのことだから表向きは絶対ああなのだろうなと思う。前世の言葉を使うならある意味ツンデレというものに近いだろうか。本当はアーサーを慕ってるのに素直に言えないのか、それとも敢えてそういう風に振る舞っているのか。……素直な方がずっと素敵だと思うのに。アーサーだって絶対喜ぶと思う。まぁだからって私個人の希望を押し付けるわけにはいかないけれど。
アーサーからの返答にステイルは敢えて軽い相槌で済ませたながら、顔の筋肉は難しそうに中心に寄ってた。アーサーがステイルと私を見比べながら「本当に何もなかったンすか」と尋ねてくるし、何か気付かれてる気がしてならない。首をまた横に振り、それでもアーサーもエリック副隊長も納得しない様子に私は少し言葉を選んでみる。
「本当に私達と話している時は騎士団のこともアーサーのことも悪く言ってなかったわ。ライラちゃんも、大好きなお兄様が騎士団に取られちゃった気がして嫉妬しちゃってたみたい」
あくまで真実のみを抜粋して、取り敢えずは去り際までのアーサーの誤解を解く。
ステイルも続くように「間違いない」と同意の声を重ねてくれ、アーサーを真っ直ぐ見返した。すると私とステイルの反応にかなり安心したらしく、胸を押さえて撫で下ろし、長く深い息を吐き出した。「マジか……」と直後に力の抜けた声で歩きながらフラつくアーサーは肩の荷が降りたかのようだった。やっぱり大分ライラちゃんのことを気にしてたんだなと思う。
最初は何のことかと首を捻ったエリック副隊長も、私が最後まで言い切った時には何の話をしていたのか察しがついたらしく、少し可笑しそうに笑った。
「ああ……結構、騎士団の家族にはいますね。騎士団に所属するとなかなか非番や休暇でしか家庭に戻れない者が多いですから」
子どもや妹弟、妻などは特に。と重ねるエリック副隊長は肩を竦めた。
確かに……大事な人が仕事にばっかり取られてたらそうなるのも頷ける。騎士という職務への理解の有無もあるかもしれないけれど、ライラちゃんはまだ小さいし、きっと寂しいもあるのだろう。
そういえばエリック副隊長も弟さんが二人だった筈だし、と思い聞いてみると「自分は年も近いですし、男兄弟なので全く」と手を振られた。
「男性の場合は騎士に憧れを持つ者の方が圧倒的に多いと思います。実際、家柄で代々騎士の血筋というサラブレッドも珍しくないくらいですから」
自分は違いますが、と卑下でも自虐でもなく明るく言うエリック副隊長は頬を掻いた。
確かに、騎士団の入団希望者だと特にそういう人は毎年多いらしい。ふと気になってアーサーに目を向けてしまうと、すぐに言いたいことがわかったらしく「俺は……」と零してから首を振った。
「曽曽祖父と曾祖父だけです。なので、代々というとまた違うそうで」
つまりは騎士団長のお父様は騎士ではないということか。
それでも充分すごいと思うけれど。二人も同意らしく、ステイルが「充分だろ」と一言添えると同時に私もうんうんと頷いてしまう。エリック副隊長も楽しそうに肩を揺らしていた。
違う〝そう〟という言葉から考えても、きっと元は騎士団長がそう言ったんだろうなと思う。親子揃って律儀というか謙虚というか。四捨五入で〝代々〟と言っても誰も否定しないと思うけれど。
「因みにノーマンは……?」
ステイルが眼鏡の黒縁を触れながら尋ねると、エリック副隊長とアーサーは少しだけ考えるように視線を宙に浮かせた。
エリック副隊長は未だしも、直属の上司のアーサーもパッとは出てこないらしい。まぁ八番隊なら仕方ない気がしてしまうけれど。
それでも時間を使ってからアーサーが「あっ」と声を漏らした。そのまま私達に目を向けてくれる。
「ノーマンさんの家は代々騎士です。御父上も騎士だったそうで、……早くに殉職されましたが」
最後だけ声を潜めて言うアーサーは思い出すように顔を顰めた。
少し言うことを憚れる言葉に、私達も口を噤んだ。騎士に殉職は決して無いことじゃない。ここ数年はずっと優秀な騎士団長のお陰で死者が出ていないけれど、それまでは毎年の死者なんて当然だった。それでもやっぱり言葉で聞くと辛い。
エリック副隊長が「珍しくはありません」と落ち着かせた声を掛けてくれて、やっと沈みきった空気が少し晴れる。
「多かれ少なかれ事情を持つ騎士は明るみになっていないだけで多いと思います。自分が新兵の頃も数名とはいえ死者はいました。騎士の死亡率が急減し始めたのもロデリック騎士団長の代からですし、自分も一番隊の騎士全員の深い事情までは知りません」
騎士になるのに重視されるのは家柄でも世襲でも特殊能力でも過去でもなく、あくまで本人の実力だ。
騎士団長や副団長くらいになればある程度把握しているけれど、そうでなければ本人が言わないか有名でない限り知られることもない。騎士として存命のまま次世代騎士も出すような代々続く騎士の家というサラブレッドもいれば、貴族の家でありながら騎士になったエリートもいる。断続的に騎士を出している家もあれば、庶民や下級層から成り上がった騎士もいる。本当に様々だ。
エリック副隊長の言葉に、アーサーは一度喉を鳴らすと慌てたように「すみません、いま話したノーマンさんの事情もどうかここだけの話に……!」と訴えた。勿論だ。
私達が了承を返すと、アーサーの頭が上から鉛でも乗せたようにまた低くなった。王族に尋ねられたからとはいえ、勝手に事情を話してしまったことに後から気にしてしまったのだろう。
「でも、……そうなるとライラちゃんが騎士を嫌うのもしょうがないかもしれないっすね」
更に低まった声は地に引き摺るように落ち込んでいた。
私達もその意見には流石にフォローも思いつかない。アーサーは悪くないわ、とは言えたけれどそれだけだ。ライラちゃんは父親が騎士になった所為で親を亡くして、更には大好きなお兄ちゃんも取られちゃっているのだから。ノーマンが毎日、忙しい合間を縫ってライラちゃんに会いに来ている理由の一端に触れた気がした。
次第に会話のテンポが遅れ出したところで、気がつけば私達はエリック副隊長の家まで辿り着いた。
まだ気持ちが全員浮上できないまま、エリック副隊長が軽いノックの後に扉を開ける。外には見られずにステイルの特殊能力で城に帰る為、一度私達は玄関へ
「おかえり。兄貴、次の休みは四日後だからな?」
どんっ!と不意打ちのような第一声が投げられた。
私達を学校まで迎えに来てくれていたエリック副隊長の弟、キースさんが仁王立ちで待ち構えていた。今までになく不機嫌そうな表情で。
……そういえばこっちの問題がまだだったと今更ながらに気が付いた。




