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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
無頓着少女と水面下

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Ⅱ389.無頓着少女は目撃する。


「どうしましょうか。流石に別棟まで行くのは高等部でも時間がかかるかもしれません」


三限終了後。

そうね……、とステイルの言葉に私も小さく唸った。

今まで三限終了後に確認していた各学年クラス。だけどとうとうコンプリートしてしまった。

三週目するのも良いですがとステイルとアーサーは言ってくれたけれど、流石に望み薄だとわかる。そして未だ最後の攻略対象者が見つけられていない今、何もせず悠長にしている気にもなれない。

昼休みのパウエルショックの所為で三限中は考えるのも忘れてしまっていた。……本当に、パウエルは衝撃が強すぎた。第三作目フィルターがかかっているのは自覚しているけれど、本当にアムレットが好きになっちゃうのは無理もないわよねと思う。二人にも不審に思われちゃったし、残り三日もう少し気を張らないと。


「……職員室、をちょっと覗いてみていいかしら」

生徒であるとは思うんだけれど……、と自信なくつけながら提案してみる。

第二作目の攻略対象者に教師はいない。……いない、とは思うのだけれど念の為にも確認しておこうと思う。カラム隊長やジルベール宰相の報告もあるし、今更職員室の会話に手掛かりは期待していない。それでもまたケメトとグレシルの例もあると思うと念の為にもしないよりは良い。


即答で了承してくれた二人と一緒に、早速私は職員室へ向かった。

三限中も私の不審な態度の所為で大分当惑わせてしまった二人だけれど、授業が終わってからはいつも通りに尋ねてくれた。……「落ち着きましたか」とか「大丈夫っすか……?」とやっぱり心配はされたけれど。

ちょっとこちらの顔色を伺うような尋ね方に、パウエルへあらぬ疑いが立っていないかだけちょっと不安だ。二人に限ってないとは思うけれど、万が一アムレットにまで誤解が飛散したら王道少女漫画の悪役まっしぐらだ。むしろ応援したいことこの上ないのに。


階段を降り、職員室に向かうと私達以外にも生徒や教師が行き交っていた。職員室は中等部高等部両方の職員が所属しているから歩いている生徒も学年バラバラだ。

人に紛れるように歩きながら、職員室の扉前で邪魔にならないように端へ立つ。授業の合間ということもあり、不在の先生も当然いるけれどそれでも職員室内には大勢の教師が集まっていた。中には教師の手伝いや補助、または呼び出された生徒も複数立っている。

どうっすか、とアーサーが尋ねてくれるけれどやっぱりピンとくる人はいない。学校一ヶ月近くもいると、講師も含めて結構見覚えのある教師も多い。見覚えがない人は男子の選択授業とかだろうか。けど教師は学校開校の時挨拶した人もいるし、やっぱりどの人に覚えがあっても……


「カラム隊長、あのっこちら宜しければ召し上がって下さい」


はた、と。

一通り見回したところで、よく覚えのある呼び名に視線が止まる。他の生徒や教師に紛れて、扉から見て窓際の方に小さく人集りができている。

覗き見は私に任せて廊下に引いていたステイルとアーサーも、聞こえた声に興味を引かれたらしく私に並んで顔を覗かせた。背を丸めて覗き見ていた私の頭上から顔を出すようにステイル、その上にアーサーが首を伸ばした。三人分の視線の先は勿論窓際の人集りだ。

そこに意識を集中して耳を立てれば、他の話し声に紛れて「ありがとうございます」「感謝します」と聞き覚えのある声が何度も繰り返されている。


「カラム隊長、明日少々宜しいでしょうか?実は窓を割った生徒に指導と弁償請求をするのですが、できれば御同行して頂けたらと」

「カラム隊長、こちらの菓子も是非。息子が土産に買ってきてくれたもので。私一人では食べ切るのも」

「カラム隊長、宜しければこちらを。先日偶然王都に寄る機会がありまして……」

「カラム隊長、確か三番隊所属と伺っていますが誰か目にかけておられる騎士はおられますか」


カラム隊長モッテモテ。

老若男女関係なく、たった一ヶ所に教職員がずらりと集っている。しかも教師だけでなく講師も混ざっている中で高身な筈のカラム隊長が見事に埋まっていた。騎士の中では細身とはいえ、背は高いカラム隊長が今はチラチラと赤毛混じりの髪しか見えない。

私で宜しければ、ありがとうございます、宜しいのですか?感謝しますと。次々と彼らの言葉一つ一つに順番に返すカラム隊長の穏やかな声だけが隙間を塗って私達の耳まで届いた。

以前に担任教師から飛び級の件で呼び出しを受けた時は気付かなかったけれど、こんなに大人気だなんて流石だ。中にはお菓子らしきものや本をカラム隊長に差し出しているのも見えて、騎士団でもこんな感じなのかしら思ってしまう。

頭上からも「すげぇ」「流石だな」とアーサーとステイルの声が降ってきた。


「三番隊も他隊と同じく全員が優秀な騎士です。講師という観点から見ても、三番隊は勿論のこと他隊にも私が相応しいと考える騎士は多数在籍しております」

「では是非その騎士のお名前を教えて頂けませんでしょうか」

「マイク先生に私も賛成です。カラム隊長の保証があれば教師陣も安心できます。勿論、一番はカラム隊長が残って下さることなのですが」

「カラム隊長、どうにかなりませんか。勿論騎士様の本分が我々の職務とは遠く離れていることは承知しています」

ですが……‼︎と。なんだか段々と雲行きが怪しくなってきた気がする教師達の言葉にぎくりと勝手に肩が揺れた。

妙に口の中も乾いてくると思えば、ステイルの方からもごくりと細く喉の音が聞こえてきた。てっきりカラム隊長の人望ゆえの大人気姿だと思ったけれど、どうやらそれだけじゃないらしい。


「ありがとうございます。騎士の推薦については、私から責任を持って騎士団長にお伝えさせて頂きますのでご安心下さい。私も非常に残念ではありますが、やはり騎士隊長としての任務がありますので」

教師達へ丁寧に答えていくカラム隊長の言葉に、今度は集っていた全員が一度肩を落とした。……うん、やっぱり。

どうやら全員、カラム隊長を名残惜しんでのものらしい。つい先日、城宛に理事長直筆のカラム隊長講師継続打診がきたことを思い出す。

もともと特別講師である騎士として派遣されたことになっているカラム隊長だけれど、学校からは是非今後も彼をと熱烈なお手紙が届いていた。カラム隊長は近衛騎士でもある上、騎士隊長業務もあるからと丁寧にお断りさせて頂いたのだけれど……やはり有能な人材は簡単に諦め切れるものでもないということだ。


多分お菓子や本も、カラム隊長自身に講師を惜しがって欲しいからこその贈り物だろう。単純にお別れが近いからの名残惜しさや人望もあるだろうけれど。なんだか改めてカラム隊長に申し訳なくなる。

大丈夫です、ご安心下さいと一人一人に気を払うカラム隊長の言葉を聞きながら一度扉から身を引いた。どうしようかしらと視線を二人に向ければ、ステイルもアーサーも何とも言えない表情だ。本来ならカラム隊長ももう講師として退勤の時間なのに。


こうして互いに意思疎通をしている間にも、教師達が「せめてもうひと月あれば……」と嘆いているが聞こえる。

いっそ生徒として呼び出してカラム隊長が退室しやすくしようかと考えればその前に職員室から「では、私は城に戻らなければなりませんので」「お先に失礼致します」と声が聞こえてきた。

またちょこっと目だけで覗けば、片腕にお菓子や本を抱えたカラム隊長がこちらに向かって歩いてくるところだ。あの人数を難なく抜けてしまうのも流石だと思いながら、慌てて私達は廊下の隅に寄る。壁際に三人並んでぺたりと背中をつけたところでカラム隊長が職員室から姿を現した。


「!ジャンヌ。フィリップ、ジャックも」

ここで何を、と。出てすぐに私達の存在に気付いたカラム隊長が目を丸くする。

見れば、さっきまでは塞がっていた筈の片手がいつの間にか布袋の口を握っていた。校内で使っている教師生徒は見るけれど、エリート騎士カラム隊長の私物には見えない使い古されたそれに、つい質問へ答えるより先に疑問が立ってしまう。

「その袋は……?」と指を指して尋ねればカラム隊長も目で確認してから胸の上まで持ち上げて見せてくれた。


「以前ドレーク先生にお借りした。翌日お返ししようにも、……また何かしら持ち物が増えてしまい継続してお借りしている」

途中から少し気恥ずかしそうに眉を寄せるカラム隊長に、顔が半分笑ってしまう。

つまり教師達からのお土産は今日だけでないということだ。多分ドレーク先生も荷物が嵩張るカラム隊長を見かねて貸してくれたのだろう。そこで自分用の荷物入れを持参してこないところが、帰りに荷物が増えることを期待しないカラム隊長の人柄に表れているなと思う。

騎士の格好には少しアンバランスだけれど、片腕が完全に塞がらないからカラム隊長としてもありがたいのだろう。少なくとも最終日は確実に持参した方がいい気がする。


それで君達はと、改めて私達に尋ねるカラム隊長にステイルが一歩前に出る。三限後は中等部を見終わったので、職員室を少し見学にと生徒らしく言えば充分に意図は伝わった。なるほど、と言いながら前髪を軽く指で整えて改めて自分が出てきた職員室を振り返った。


「少なくとも職員室に呼び出される生徒はいても入り浸るようなことはない。問題視されている生徒については私の方でもある程度把握はしている」

「この前の不良生徒みてぇな奴らですか?」

「いや、もうその類いはいない。例の件で不登校になった生徒も少しずつだが戻ってきているようだ」

やっぱりカラム隊長、しっかり職員事情は把握してくれている。

アーサーからの問いにレイのやらかしで居なくなった生徒が戻って来ているという話を聞いてほっとする。アンカーソンの処罰が広まったこともあるだろう。

それにレオンやティアラが頻繁に訪問に来てくれていることも強い。王族が何度も訪れているような場所なら治安の保証や安心感が違うもの。

このまま少しずつで良いから学校の治安についても広まって戻ってくる生徒も含めて増えると良いな。


「……すんません、取り敢えず職員室から離れませんか?カラム隊長もお急ぎみたいですし」

職員室の方に視線を上げるアーサーが、ステイルの肩を軽く肘で突いた。

私からも振り返ると教師達が未だ去らないカラム隊長に気付き始めている。もう職員室も確認できたし、確かに早々に去った方が良いかもしれない。またカラム隊長が足止めを受けてしまう。

ステイルから「ジャンヌ、職員室の方はもう……?」と確認されたのに頷き、私達はカラム隊長に続く形で職員室を後にした。


「初等部は大分定員に近付いているが、幼等部も中等部高等部もまだ空きは充分にあるからな。この先まだ生徒は増えるだろう」

つまりその先に私が探している生徒がいるかもしれないと暗に示唆するカラム隊長に私達もそれぞれ頷いた。

そう、その可能性だって勿論ある。ゲームの学園設定を鑑みればいつかは学校に集まる筈という確信はあるけれど、それがいつかはわからない。もしかしたらまだ学校やその詳細を知らない可能性だって勿論ある。学校入学はあくまで民の〝権利〟であって〝義務〟にまではなっていないのだから。


カラム隊長から職員室の状況を聞きながら、昇降口まで一緒に歩く。

最後の四限授業開始まであと少しだ。城に戻っても聞けるけれど、やっぱりこうして現場の話を聞けることはありがたい。

攻略対象者について考えるだけじゃなく、学校の実状もよくわかる。あくまで教師と生徒として話せる範囲を簡潔に話してくれるカラム隊長はそのまま階段まで送ってくれようとしたから、私達の方から昇降口で立ち止まる。これからカラム隊長は本当に城へ戻らないといけないのだから。

二限三限に男女の選択授業を終えた今、外に繋がる昇降口は人も少ない。


「参考になりました。ありがとうございますカラム隊長、やはり教師の方々に慕われているのですね」

「いえこ……ッいや、これは私だけではない。確かに親しくして下さっているが、教師陣はここひと月で団結が強くなり休み時間になると互いに親交を深めている為こういう交流や裾わけも多い。皆、良い方々ばかりだ」

その中で自分一人が抜けて団結を崩すことは申し訳なく思うと。そう語るカラム隊長に、絶対それだけじゃないなと思う。

さっきだってカラム隊長を頼って仕事や相談している人もいたくらいだもの。本当にどこで働いても輝くってこういう人のことを言うのだろう。

しかもお菓子とかなら未だしも、本とか人事相談までされちゃうあたり騎士でなければ結構中核に近い存在になっていたのではないかと考える。流石は最優秀騎士常連者だ。


「それだけではありませんよ。カラム隊長の優秀さは僕もアランさんやエリック副隊長〝達〟からも伺っていますから」

にこやかに笑うステイルが敢えて名指しはせずにアーサーの胸を手の甲で叩いて示す。実際はアーサーからもしっかり聞いているという意味だろう。……というか、一番熱烈に褒めているのはアーサーだ。

ステイルに示されアーサーも「はい!」力一杯拳を握って頷いた。その途端、カラム隊長の表情が苦笑から小さな笑みに変わった。ずっと見てないとわからないくらい小さく会釈のような礼をすると、手を伸ばしてアーサーの肩をポンと叩いた。

なんだかこの年差だとアーサーがカラム隊長の弟のように見えて微笑ましい。カラム隊長からの合図に、アーサーが肩を両方とも上下しぎゅっと唇を結ぶのも可愛く見える。

アーサー達に同意すべく、くすくすと笑ってしまった口元を隠し私からも見上げる。


「私も慕われているのは当然だと思います。カラム隊長のお人柄を知ったら皆好きになっちゃいます。優秀で頼りになってお優しい方ですもの」


ネイトのこともそうだし、本当に誰からも慕われる人だ。

そう思って心からの笑んでみせると、無言のままカラム隊長の目だけが大きく開かれた。表情が固まったかと思えば、次の瞬間にはじわじわと顔色が紅潮し出す。

あれっ、え⁈熱⁈と反射的に思いながら見返すと、カラム隊長がぐわりと上半身ごと捻るようにして顔を背けてしまった。「失礼」と一言だけ手短に断ったカラム隊長が空いている方の片手で口元を押さえた。

どうしたのかと私が視線を顔ごとウロウロしている間、アーサーは「俺もそう思います!」とまるで励ますかのようにカラム隊長と私を見比べるしステイルに至っては困ったような楽しげな苦笑が顔に出ている。

もしかして教師全体に慕われている事実を今実感したのだろうか。てっきりカラム隊長のことだから既にそれは自覚した上での謙遜だと思っていたのに。ネイトのことだってあんなに憎まれ口を叩かれながらも本当は慕っていることもわかってくれている様子だし。


流石に〝皆〟という言うのは直接的過ぎたかなと少しだけ顧みる。でもやっぱり事実なのよね。

数秒でまた顔を向けてくれたカラム隊長は「お世辞でも嬉しく思う。感謝する」とすごく中身王族相手に言葉を選んで返してくれた。……しまった。もしかしてこの返答に困らせたのかもしれない。

生徒相手にありがとうございますなんて言えないし、だからって生徒相手みたいに王族へ「そうか?」の一言だけで済ませれるわけもない。ただ素直な意見を言いたかっただけなのにもの凄く困らせてしまった‼︎

でもここで謝罪するとまた返答に困らせると言葉を飲み込む。「お、お気を付けて……」と言葉を絞り出し、彼を見送った。

片手を上げて返してくれながら、足早に去って行ったカラム隊長の背中を見届けてから私達は急いで教室に向かった。


「ジャンヌ。〝時と場所〟を忘れないであげて下さい」

「……はい」

廊下を歩きながらやんわりと告げたステイルに、私も首を縮ませる。

ぐうの音もでない。いや、誓って忘れたわけじゃない。忘れたわけじゃないけれど、今のはそういう状況というわけではなかったもの!

でも確かに教師生徒の状況で、あまりにも流しにくい賞賛を浴びせてしまったことは事実だ。攻略対象者の手がかりも得られないまま、カラム隊長を困らせるだけしてしまったことにがっくしと私は肩を落とした。


城に帰ったら改めて謝るのとお世辞じゃないことも伝えたいと反省しつつ、教室に入った。


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