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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
無頓着少女と水面下

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そして飽和する。


「やっぱジャンヌも字、綺麗だよな」


やめてこれ以上心臓に爆撃しないで‼︎

まずい、この場をアムレットに見られたら十中八九私は勘違いされる。

ノートに例えの数式を書き込みながら息を何度も止めて堪えた。呼吸音も出ないように注意してまた吸い上げて、せめてパウエルに怪しまれませんようにと手の代わりに口だけ脱線させる。


「ッアムレットっも、すごく字が綺麗よね。彼女とは一緒に勉強とかしたことある?」

「ああ、ある。あいつも昔からすごい親切でさ、俺の方が年上なのに文字が読めなかった頃はアイツの方が本を読み聞かせてくれたりとかもして」

情けないよな、と楽しそうに話すパウエルにこれはこれで心臓がときめき死にしそうになる。なにそれその場面見たいすっっっごい見たい‼︎‼︎

やっぱりそういうところはアムレットなんだなと安心する。やっぱりパウエルにとってもアムレットは大事な人に含まれることは違いない。

これを機会に是非パウエルの話を聞きたい私は、ペンで丁寧過ぎるくらい丁寧かつ詳細に数式の解説を書き込みながら思考と口をぴったり雑談へと向ける。


「本当に、アムレットは優しいわね。私も素敵な友達ができて自慢なの。アムレットは本当に頭も良いから今度勉強も頼ってみて。高等部の範囲もきっと一緒にやれば勉強になると思うし、彼女ならノートさえ見ればきっとわかると思うわ」

パウエルのノートは丁寧だもの、と言いながら話すお陰でやっと熱も落ち着いてくる。

もともと真面目なアムレットなら、高等部の勉強を予習するのも喜ぶと思う。なにより相手はパウエルだ。頼ってくれれば全力で力になってくれる筈。

そう念じながらペンを動かすと、パウエルも「そっかなぁ」と何の気もなく組んだ足の上で頬杖を突いた。だめだそんな動作すら見上げると太陽の力でキラキラ補正される。


「あいつ、学校に入学より前からちょっと大人びたっていうか、俺とも兄貴のフィリップとも距離置くようになっちまってさ。「子ども扱いしないで」とか「そういう話し方やめて」とか。フィリップの方はああいう性格だからあんま気にしたそぶりも見せねぇけど、俺はちょっと寂しいっていうか……学校でももっと一緒に会えりゃあ良いのにな」

ステイルに「ややこしくてごめんな」と笑いながら言うパウエルがちょっとだけ寂しそうに言うから胸が絞れる。

なんだか凄く、凄く単純だけど複雑な気がして辛い。パウエルのその寂しいも好きな子だからなのか、それとも妹的なものなのか恋愛力ゼロの私には見当も付かない。けれど、取り敢えずアムレットがパウエルと距離を取りたいというわけじゃないことだけは確信する。


「彼女も今は十四歳だ。年頃ならあまり子ども扱いされたくないのは仕方ないだろう。自立したい気持ちもわかる」

「俺も、そう思います。実際すっげぇアムレットはしっかりしてると思いますよ。大人にまざって仕事も全然できるだろうなってくらい」

実はパウエルより年長者二人からも、とうとう助言が入る。でもごめんなさい問題はそこじゃない‼︎

当然ながら二人はアムレットの恋心は知らない。私だってアムレットに教えて貰えなかったら気付けた自信はない。でも二人の発言が完全に「兄離れしたい少女」を見る目線なのがチクチクと針鼠になりそうなくらい胸を指す。

確かに二十歳前後の私達からすればアムレットはまだ未成年の少女だ。実際、お兄様に対しては反抗期の部分もあるだろう。でもパウエルに対しては絶対違う!!


その……、となんとか声を絞り出せば凄く苦しい音になった。

書き終えたペンを止め、ずっとノートへ固定していた首ごと上げてみる。パウエルだけじゃなくステイルとアーサーも丸い目でこっちを注視していた。三人分の視線が痛いと思いながら、それでも必死に私からもフォローを投げる。


「二人の、言う通りだと思うわ。それにあと二年で、……本当に大人だもの。きっと距離は置かなくても良いのよ、ただ同じ目線で話してくれればそれだけで。パウエルも、彼女がすごく優秀で頼りになることは知っているじゃない?」

お節介になりませんようにお節介になりませんように‼︎‼︎

心の中で何度も自分に警告するように叫びながら言葉を精査し声に送る。もう気分は式典発表だ。

一字一句でも間違えたら終わりの心境で、あくまで恋のお節介ではなく人間関係取り持ち程度に調整する。


真っ直ぐに透き通った空色の瞳で私を映すパウエルを二秒以上直視できなくて、またすぐに視線を逃がした。

ほらここを代入するだけ、記号がある方がわかりやすいでしょう?と解説に戻るふりをして必死に気持ちを落ち着かせる。

気が付いたら緊張で汗が頬から顎まで伝って、ハンカチを取り出す暇もなく手の甲で拭ってしまう。


「……やっぱ、ジャンヌってすげぇな」


ふぇ⁇と、また間抜けな音が出た。

温かい声でパウエルに名指しされて何の覚悟もなくまた視線が上がる。寸前に後悔したけれどもう遅い。頬杖を突いたパウエルの微笑みが直撃した。

視界に捉えた瞬間に肩が上下して、一瞬目眩みたいに視界が白くなる。待ってなんでここで微笑み攻撃するの⁈

しかもゲームでは見れなかった光いっぱいの笑顔だ。勉強解説できたくらいでそんな素敵な笑顔されたらアムレットが好きになるのも当然だと第三作目推しフィルターで思う。多分普通の人の七割増しで私には格好良く映っている。いや実際にパウエルはすごく格好良い人なのだけれど!

数式解説しただけにしては過剰なご褒美に、必死に顔色に出ないように呼吸を制止し続ける。その間もにこにこと眩しい笑顔のパウエルは怖いくらいご機嫌だ。


「ありがとうな。試しに今日放課後話に行ってみる。……ジャンヌもフィリップもジャックも、俺なんか格好悪くなるくらい大人だな。負けねぇようにもっとしっかりしねぇと」

ごめんなさい全員ばっちり年上です。

そう勢いのままに言っちゃいそうな唇を噛む。絶対挙動不審な私に、パウエルは全く気にしないように手を伸ばすと頭をよしよしと撫でてきた。

そういう天然過剰接触なところだけゲームと一緒ね⁈と嬉しさが一周回って怒りたくなる。これはアムレットが苦労する筈だ。

もう大きな手で撫でられた頭がくすぐったくて悲鳴をあげたい。アムレットのことはレディー扱いして欲しいけれど私のことはもう一生妹扱いしてくれて良いのにと欲が出そうになる。

こういうのを前世では過剰摂取と言っただろうか。物理的に死にかける。


昼休み終了の鐘が鳴って、パウエルが「こっちもわかりやすかった」とにこにこノートを閉じた。

ペンも私の手からするりと回収し、バッグに詰める中情けないことに何も話せなかった。

私達も教室へ戻るべく片付けてから立ち上がる。上手く足に力が入らない私をアーサーとステイルが両側から支えてくれた。


「……ジャンヌ、一体何が……?」

「どォしたンすかマジで⁈」

声を抑えながら怖々と言うステイルと焦るアーサーに、違うの、違うの……と挙動不審の言い訳を唱えながら泣きたくなる。まさかアムレットの恋バナ相乗効果でときめいたなんて言えない。

先頭を歩いて上機嫌のパウエルがもう素敵で腹立たしい。ゲームでは全く思わなかったけれど、今だけは天然タラシと呼びたい。

アムレットお願いだから早く進展して欲しい。この人多分悠長にしていたら他にフラグを色々なところに立てまくってしまうんじゃないかと心配になる。アムレットの友人としては是非相思相愛が叶って欲しいのに。

高等部へ向かうパウエルと別れてからは、自粛してくれていた二人から再度質問攻めに遭った。アムレットのことは言えないし、まさか第三作目でとも言えない私はもう全てを一言で集約させるので精一杯だった。




「パウエルが幸せそうなのが嬉しくてつい……」




助けた張本人であるステイルなら未だしもお門違いこの上ない私の発言に、数秒の間の後にそれぞれ両側から溜息が聞こえた。

呆れるにしては妙に深い息音後に、「なぜ今更」「なんで今更」と言葉が二人重なる。


その言葉の意味を考える余裕もなく、ふらふらと教室に戻った私は机で脱力した。


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