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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
無頓着少女と水面下

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Ⅱ384.無頓着少女は覗く。


「すげぇですね、本当にアイツの発明」


そうね。三年の教室を覗き込む私の横で、壁伝いに立つアーサーの言葉に私からも一言返す。

ネイトのゴーグルを借りて三年の教室へ一組から順々に覗き込む。セフェクのクラスではないけれど、廊下でうっかり彼女に発見されないと思うだけでも大分気が楽だ。なにせ、あのカラム隊長にすら気付かれなかった発明なのだからと思えば信用性も高い。


一組を確認してもやはりそれらしい生徒は居なかった。次にと大本命のセフェクのクラスへ今度は覗き込む。

アーサーはこっそり廊下で控えてくれている中で、私だけがひょっこり顔を出す。本当は二組だけでも教室まで入ってこの機会に巡りたかったけれど、それじゃあゴーグル無しのアーサーが傍で守れないから我慢する。校内だし安全とは思うけれど、教室の扉から覗き込むだけで我慢だ。セフェクもうようよしてる相手に注視したらアーサーの変装に気付いてしまうかもしれない。


見れば、セフェクは既に教室にいた。

自分の席に座って、暇そうにぶらりと足を振って頬杖を突いている。がっつりこっち側に顔を向けていたから一瞬目があったんじゃないかと心配になったけれど、彼女の顔色に変化はない。ただ単に扉の方を見ているだけのようだ。もしかして友達を待っているのかなと思う。

一瞬まだお友達は一人しか…⁈とヒヤヒヤしたけれどちょうど傍にいる女の子達から「そうだセフェク、今日の選択授業何だと思う?」と尋ねかけていたからその心配はなさそうだ。セフェクも普通に笑顔で返している。……って違う違う!今はセフェクじゃなくて攻略対象者‼︎

なんだか昨日のケメトのこともあった所為でついつい保護者目線になってしまう。改めて視線を教室の隅から隅まで男子生徒を特にしっかりと確認する。けれどやっぱりピンとくる姿は


「レイ・カレンに、今日こそ話しかけてみる?」

「私も思った!やっぱり格好良いし、……けど怖くもあるんだよなぁ。あの仮面の下は酷いことになっているって噂本当だと思う?」

「二年の教室で騒ぎ起こしたんでしょ?」

「それ言ったら特別教室から移ったのだって噂じゃ……」

おっ……と……。

生徒全員確認し終えたところで新しい話題が耳に入った。見ればちょうどセフェクに話しかけていた子達がわいわいとレイの噂話を始めたところだ。

セフェクも顔を上げてお友達の話に耳を傾けている。表情こそ「ふーん」くらいの興味だけれど、まさかレイとセフェクにまで接点が生まれるのではと思う。


顔を引っ込め、壁に背中をつけてアーサーへ向けば彼も聞こえていたらしく苦笑いが返ってきた。

そうだ、レイの移動先はここなのだと思い出す。さすが攻略対象者というか、仮面で半分隠していてもわかるくらいの美形だし女子が注目するのもわかる。しかも元お貴族様なんて女の子には憧れのような相手だろう。

取り敢えず悪口だけは聞こえないのを確認してから、続いて三組へと移動を始めた。

レイもちゃんと大人しくしているらしい。彼がもし私達のクラスと同じような振る舞いをしていたら、いくらイケメンとはいえ女子からももっと反感を買っている筈だ。その証拠にレイがいろいろやらかした私のクラスの女子はレイを見て遠目でぽっとなる子はいても、直接レイに話しかけたいと試みようとする子はいない。

まともな会話をしたことがある女子なんて、それこそ主人公のアムレットくらいだろう。


三組、四組と確認したけれどやはり攻略対象者らしき人はいなかった。

五組の生徒を見終わったところで一限の予鈴が降り注ぐ。アーサーと一緒に急いでステイル達の待つ階段踊り場へ戻ろうとした、その時。


「!……ジャンヌ。こんな所で何してる」

なんだその格好は、と。ちょうど二組に入るところだったレイと鉢合わせた。

片方だけ露わになる眉がつり上げられて、仮面に隠されていない半分が怪訝に私を見る。瑠璃色の瞳だけが二つ一緒に私を映した。

一発で気付かれてしまったことに驚いて心臓が跳ねたけど、アーサーが一緒だからだとすぐ理解する。レイには私とアーサーが一緒なのは当然だからこうなって当たり前だ。もしかしたら階段の踊り場でステイルやネイトに会った後かもしれないし。

廊下のど真ん中に佇むレイに私も足を止めるけれど、その途端アーサーが庇うように私とレイの間に立ってくれた。一度攻撃を受けたこともあるから警戒しているのだろう。腕を伸ばしてこれ以上お互い近付かないように牽制するアーサー越しに、私もレイを見返した。


「ちょっとね。そんなことよりもレイ、登校するには少し遅すぎないかしら?」

遅刻ぎりぎりよ、と話を逸らしてみれば舌打ちが返された。

ライアーと再開後も相変わらずの態度の悪さで顔を逸らすレイは、忌々しそうに腕を組んだ。阻むアーサーに文句を言うこともないけれど、機嫌は昨日よりも悪そうだ。お気に入りのディオス達がいないからだろうか。


「ヤツの所為だ。今朝俺様が寝てる間にどっか出やがって……また何かあったと思えば……」

「…………まさか、ライアーが帰ってくるまでお家で待っていて遅刻しかけたわけじゃないわよね?」

「他に何がある」

苛々とした口調に反しあまりにもな遅刻未遂理由に、思わずぽっかり口を開けて呆れてしまう。

結局は水汲みに行っていただけだったというレイに、良かったわねの言葉を言う気にもなれない。いやライアーがいなくなって不安になるのは痛いほどわかるけれど小学生じゃないのだから。

しかもその後にライアーはライアーでまだ学校に向かっていないレイにびっくりして大慌てで外に彼を押し出したらしい。馬鹿か、道ぐらいわかるだろ、急げと背中を押され雑に扱われレイは未だその態度に怒っていると。どう考えてもライアーが正論だ。


「レイ?わかっていると思うけれど、これ以上学校で問題を起こしちゃ駄目よ。遅刻も問題行動なのだからね⁇」

「わかってる。ライアーが勝手にいなくならなけりゃ今日だって……」

「だからライアーの留守有無ぐらいで遅刻しちゃ駄目って言ってるの!」

駄目だこの子全くわかってない。

そういえばアンカーソン家ではなかなか我が儘に育ってきてその前は下級層暮らしだ。もしかして時間を守るという概念がないのだろうかと心配になる。

表向きはレイの処罰についても詳しくは知らない筈の私だけれど、実際はよく知っている。彼はもう学校卒業まで優等生で過ごさないといけないのに、こんな感じで大丈夫だろうか。もうライアーの頑張りに祈るしかない。


私の説教に、また俺様態度で言い返されるかなと身構えたけれどレイは口を結んだままだ。組んだ腕と角度を上げた鼻先で私を見下ろす。

もう教室に戻らないと私達が遅刻だし、何より目立つレイと話していて万が一にもセフェクに気付かれたくない。パッと見は地味でも誰と話してるのかしらと注視されたら危ない。

レイから阻むアーサーの腕を手でそっと下ろしてから、そのまま前方に立つアーサーの背中を両手でゆっくり押し出す。「おっ⁈」と突然押されてびっくりした声を上げるアーサーだけど、すぐにそのまま足を動かしてくれた。アーサーを先頭にレイの横を抜けながら彼へ言葉を続ける。


「もうライアーが離れるわけないのは貴方が一番よくわかっているでしょう。それくらい信じてあげなさい」

目付きの悪さを最大限に発揮してレイを睨み上げ、横を通り抜ける。

折角手に入れたやり直す機会をそんな下らない理由で危ぶめないでと眼差しに意思を込めた。

仮面に隠されていない目だけが見開かれたように見えたけれど、それ以外の返事はなかった。正論に言い返せないようなら仕方が無い。レイに振り返ることなく、アーサーの背中を押したまま私は早足で階段へと向かった。


「……結構ガキっすね、アイツ」

ぼそっ、と独り言のように呟くアーサーの声が背中伝いで耳に届いた。

完全にレイを通り過ぎた後の言葉につい声を漏らして笑ってしまう。ガキも何も、彼は十五歳の少年だ。しかもずっと恩人のライアーと再会する為だけに誰にも心を開かず友達との距離の詰め方もわからなかった子だ。それをアーサーにまでそんな風に言われてしまうと可笑しくなる。十五歳の頃のアーサーを思い出せば無理もない。だって


「十五歳で本隊騎士になった騎士様は、もっとずっと格好良い大人だったものね」


次の瞬間、アーサーの肩が目に見えて上下した。触れる背中ごと衝撃が伝わってきて、ふふっとまた音になってしまう。

アーサーなんてレイと同い年の頃には立派に騎士として自立してたんだなと思えば、改めて本当にすごいと思う。


「……すんません……」

「?褒めたのよ?」

何故か謝罪が返ってきた。

歩きながらアーサーを見上げれば、片手で自分の顔を覆って小さく俯いていた。触れている背中がさっきより温度が高い。

もしかして嫌味に聞こえたのかしらと思ったけれど、褒めたと主張してもアーサーは首を窄ませて手で覆ったままだった。

十五歳の未成年に対してちょっと悪口を言ったのを恥じらっているのだろうか。あれくらいの小言は全然可愛い域だと思うのに。それに、アーサーは怪我も負わされたのだかはもっと根に持っていてもおかしくないくらいだ。それを「ガキ」の一言程度で済ませちゃうところは、むしろアーサーの人格の良さが滲み出ている。


階段の踊り場に着けば、ネイトとカラム隊長の影からステイルが「いかがでしたか」と姿を現した。

どうやらステイルはレイをカラム隊長の背中で上手く躱せたらしい。

アーサーの背から手を離し、ゴーグルを外しながら私は首振りだけでそれに応える。残念ながらやはり見つからなかった。

ネイトから遅いと怒られるかと思ったけれど、それよりもポカリと空いた口はアーサーに向いていた。


「ジャックどうしたんだよ?風邪⁇」

「すン……ません。何でもねぇです……お待たせしました……」

ネイトの視線を追うように私も回り込んで覗けば、顔が見事に真っ赤だった。

アーサーの様子にステイルがちょっと口元を笑ませている中、カラム隊長まで察したかのように苦笑気味にアーサーの肩へ手を置いていた。……そんなにレイの悪口一つで気にすることないのに。

ステイルやヴァル相手には結構言う方なのに、やっぱり年下の子ども相手には恥じらっちゃうんだなぁと思う。


「さぁ全員教室に戻りなさい。ネイト、君は特に遅刻したら困るだろう」

急いで教室に戻らないといけない私達を、カラム隊長が先生口調で促した。

ネイトがアーサーから気が逸れたように「ちぇー」と言いながら階段に足を下ろす。転ばないように手摺りを掴めば良いのに、余裕を見せるように後頭部に両手を回してタンタンタンと急ぎ足で降りるネイトに転ばないかしらと頭に過ぎる。

アーサーも今は落ち込んでいるのか、顔を覆ったままでネイトに手が伸びていない。私が代わりにリュックを支えようかと思えば、今度はカラム隊長がネイトの横に並ぶ形で彼のリュックを掴んで支えてくれた。「手摺りを掴みなさい」と言うカラム隊長に「うるせー」と言うネイトも自分のリュックを掴まれることには何も言わない。

三年の階から私達二年の階に降りて、カラム隊長とネイトと別れることになる。

ゴーグルを両手でネイトに返すと、片手で掴んだ彼は頭を潜らせて首にぶら下げるようにしてかけた。


「本当にありがとう、ネイト。すっごく助かったわ」

「うん。……。ジャンヌ、これ羨ましいだろ??」

お礼を言われたことに照れたのかちょっとだけ頬を緩めて視線を落とすネイトが、自分の首にぶら下がるゴーグルを指で示す。いつものような勢いの良い満面じゃないのが意外だ。

ええ勿論、とネイトの発明を賞賛すべく両手を合わせながら心からの笑みで肯定すれば、彼の顔が今度はニマァと笑んだ。自慢げに胸を張る姿は相変わらずだ。


「でもさ、ジャンヌに全然これ似合ってなかったよな」

ざくっ。

まさかの不意打ちで刺された。ぐうの音もでない。

思わずアーサーやステイル、カラム隊長を見るけれど返事がない。ステイルはなんだかにっこりと悪いことを考えているような笑みで見返すし、カラム隊長も口を結んで微笑ましいような目で私達を見るだけだ。アーサーに至っては未だに顔を手で覆って見せてくれない。さっきは似合ってるって言ってくれたのに‼︎

自分ではゴーグルを被った姿を見ていないから不安になる。もしかしてさっきのもお世辞でそんなに似合っていなかったのかしら。三人からフォローすらないのが絶望的だ。

段々と、さっきまでノリノリでゴーグルを掛けて歩いていたのが恥ずかしくなる。レイだって変な人を見る目で怪訝にしていたし、よっぽど変だった可能性もある。

じわじわと頬が熱くなるのを両手で挟んで抑えるけれど、目の置き場がわからない。顔を上げるどころか、自分より低い位置にいるネイトが「だからさ」と言っても向けられない。



「今度はジャンヌにも似合うの作ってやるよ」



へっ⁈

予想外の言葉に視線が向けば、ネイトがにやにやと自慢げな笑みでこっちを見ていた。

それってつまり、私に作ってくれるとかそういう……⁈と期待を込めて見返せば「じゃあまたな!」とネイトの方が先に背中を向けてしまった。さっきよりもリズミカルに階段をタンッタンタンッと降りていくネイトにすかさずカラム隊長が「手摺りを掴みなさい」とついていく。去り際にこちらに振り返ってくれたカラム隊長はネイトへの笑みのまま自分の目元を手で示し「似合っていた」と言ってくれた。……その直後、向けた後頭部の耳がちょっと赤かったけれど。まさかフォローに反して似合ってなさ過ぎで爆笑を堪えていたとかじゃないと思いたい。大丈夫!似合ってた!たぶん‼︎


カラム隊長の背中に同行のお礼を遅れて告げてから、私達は駆け足で教室に滑り込んだ。

もう担任のロバート先生も来ていた教室で、急いで席に座ってから……もしかして「似合ってなかった」はネイトなりの照れ隠しか口実だったのかなとちょっと思った。


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