そして先を見る。
「ナイフ投げを仕込んでくれって言ったのはケメトで、ベルトも細工も共犯はレオンだ。俺様に文句言いてぇならテメェの盟友サマにも怒鳴り込んでやったらどうだ?」
ヒャハハハハッ‼︎と私達が聞き返すよりも先に天井を仰いで高笑いを上げるヴァルに今度こそ両手で頭を抱える。まさかのレオンも共犯だなんて!
……そういえば、晩餐会でレオンがヴァルの買い物に付き合ったと話していたような。
試しに「もしかして入学式前の……?」と言葉にしてみたら、ヴァルから「知ってんじゃねぇか」とニヤニヤ笑いで返された。やっぱりだ。
『買い物に付き合わせてくれるなんて僕も初めてで嬉しかったよ』
レオンったら……。
まさかの共犯レオンにはステイルも小さく顎が外れていた。レオンとヴァルが飲み仲間なのは知っていたけれど、まさか二人の装備道具まで提供するなんて。
確かにアネモネ製といえばレオンだし、彼ならいくらでも武器に相応しい装備用品を用意できるだろう。私だってエリック副隊長への贈り物に協力してもらった。武器でレオンの右に出る人なんていないだろう。……それに、思い出してみればレオンの武器装備収納力も凄まじかった。
一枚団服を捲っただけで貴族が屋敷に所有している総数以上の武器を揃えていたいたもの。そりゃあケメトの小さい身体にも余裕だろう。
そこまで考えて、まさかと思ってセフェクに視線を注ぐ。
ヴァルが物騒な入学祝いにケメトだけを優遇したとは思えない。私の視線を理解らしいセフェクも、それを受けてこくこく頷くと服の中に手を忍ばせた。
まさかセフェクまでナイフを……⁈と思ったら、何処か見覚えがある気がある手榴弾のような物体が出てきた。この子もやっぱり装備ベルトを身に着けてる。
その事実を頭が飲み込んだ次の瞬間には、「ヴァル‼︎」とこれには私だけでなくステイル、そしてアーサーまで声を荒げた。
ティアラも知らなかったのか金色の目をくりくりさせて口を覆った。ヴァル本人だけがケラケラと笑ったままだ。
「たかが閃光弾だ。主の言葉でいやぁ〝危なくねぇ〟もんだろ?」
「っつーかそれ騎士団でも時々しか届かねぇ代物だぞ‼︎」
「羨ましいならレオンにねだるんだな」
「そういう問題じゃない‼︎そんなもの校内で暴発させたらどうする⁈」
「たかが閃光だ。目つぶしにしか役立たねぇ」
「女の子になに持たせてるの‼︎」
「妹にも言え。あとテメェも大概だ」
ああもう!ああいえばこう言う‼︎こう言えばああ言う‼︎
自分でも熱が入りすぎて顔まで熱くなっているのがわかる。鼻の穴を膨らませて口をへの字に折り曲げて睨むけど、ヴァルはニタニタ笑い返してくるだけだ。隣でセフェクとケメトが「まだ私は使ってないです!」「僕も友達と先生には絶対向けません!」と弁護に回ってくるからずるい。
「レオンが勧めやがった袖の仕掛けはケメトだけがな」
自分を庇ってくる二人を目で眺めながら、思い出したように言うヴァルの言葉に首を傾げる。袖の⁇
ナイフ以外にもまだ何か仕掛けがあるのかとケメトを見れば、ちょこんと自分の袖口を引っ張ってみせてくれた。今はナイフはないけれど金具のようなものがチラリと見えた。もしかしてこれがあの時見た丸腰からナイフが飛び出した仕組みだろうか。
ケメトだけ、ということはセフェクは持っていないらしい。まぁ代わりにアネモネ輸入の高級閃光弾を持っているけれど。絶対三人とも身嗜み服の十倍は武器に拘っている。……いや、三人というかヴァルが。レオンの影響だろうか。
ケメトもお気に入りらしく、自慢げに見せてくれた後は「ヴァルにお願いして買って貰いました!」と声を弾ませた。そういうおねだり攻撃は武器より食べ物やお洒落で発揮して欲しい。
「ええと……ケメト?どうして突然そんな武器まで?」
ケメトの純度百の笑顔に押されてなんだか毒気が抜けた私は、座ったまま更に前のめりに背中を丸めて尋ねかける。
ヴァルの真似、というならまぁケメトらしくて色んな意味で納得だけれどヴァル本人は今武器を所持していない。というか武器があっても契約で基本的に使用できない。彼の武器と呼べるのは荷袋に詰まった砂だけだ。
それにセフェクともお揃いというわけでもないし……あとはレオンが見せて格好良く見えたとかだろうか。
ポンポンと案を頭に浮かべながら返事を待つ。するとケメトはちょっとだけ口籠もるように「それは……」と溢した後、ちらりと目が別方向に向いた。私でもヴァル達でもない視線の先に振り向けば、さっきからずっと我関せずで無言だったハリソン副隊長が佇んでいる。
ケメトの視線には見向きどころか気づきもしなかった様子のハリソン副隊長だけれど、流石に護衛対象である私の視線は気になったらしく無表情の眼差しがちらりと私に合った。「何か」とまるでさっきまでの会話も耳に入っていなかったようなハリソン副隊長にブンブンと首を振る。上官であるアーサーもわからないらしく、何度もケメトとハリソン副隊長を見比べては口元が不安げに引き攣っていた。うん、気持ちはわかる。
「……その、やっぱりすぐ守りたい時とかにシュバッて出る武器が欲しいなって思って……」
ぽつぽつと照れたように声を漏らしながら、視線を俯きがちに指を何度も組み直すケメトはそれ以上詳しくは言えないようだった。
ハリソン副隊長とケメト、というと思い出せるのは最悪のファーストコンタクト事件だろうか。…………つまり、突然ヴァルやセフェクがピンチになってもすぐ守れるようにパッと取り出せる武器が欲しかったと。
よくよく考えれば、ファーストコンタクト事件は未だしもも私の所為もあると考える。
ハリソン副隊長に奇襲された時も、……私がヴァル達に酷いことをした時も、ケメトは何もできなかったのだから。
その教訓として防衛技術を極めたかったと言われれば私には責められない。少なくとも私だってあんな目に合ったら同じようなことを考える。というか元はといえばティアラのナイフ投げだって私の影響もある。
そうわかると、段々本気で頭が痛くなってきた。ふらふらと気まで遠くなる。いっそ私の方がヴァルに苦情受ける立場かな?と思えてきた。
学校のこともそうだけれど私の存在は子どもには悪影響なんじゃないかとまで考えそうなところで、両手首をぎゅむっと握って意思を保つ。だめだどんどん悪い方に落ち込みかけている。
隣でティアラが大丈夫ですかと心配してくれる中、二度頷きながら呼吸を整えた。色々な情報過多で知恵熱でも出しそうだと自分で思う。
私の顔を覗き込むティアラに続いて、アーサーも背後から上体を傾けてきてくれた。
ちょっと色々ありすぎて、と言い訳をしながらティアラの頭を撫でる。続けてアーサーの手を指先で摘み、息を吐く。少なくともアーサーに触れてもくらくらするということは風邪じゃない。
「ケメトのそれ、格好良いから私もやっぱり欲しいわ」
「でもセフェクのだと袖には隠しきれないですよ。それにセフェクは特殊能力もあるし、閃光弾もすごく格好良いと思います!」
ちょっぴり弟のお気に入りを羨ましくなるセフェクと、姉のことを手放しで褒めるケメトの二人は微笑ましい。
ケメトこそ、セフェクが、と褒め合戦する二人はいつもよりもなんだか楽しそうに見える。
やっぱりセフェクも昨日寂しかったもあるけど、ケメトもセフェクとヴァルだけ配達に行ったのは寂しく感じたのかしら。
「ティアラはどうですか?僕とレオンとお揃いですよ!」
しまいにはケメトから逆にお誘いが入る。確かにティアラもナイフの取り出しにあれがあると攻撃力が今以上に増しそうだけれど。
良いですねっ!と声を跳ねさせるティアラはちょっと乗り気だ。すかさずステイルが妹を窘める
「ティアラ。ナイフは玩具じゃない。俺はまだお前のナイフ持ち歩き癖は控えて欲しいと思っている」
「もっ、もうこっちの方が慣れたもの!それに国を離れないからナイフ投げをやめる必要もないわ!」
「ならその趣味を明かせる相手とでも結婚するつもりか?お前の婚約者候補が誰だかは知らないが王侯貴族でそんな」
兄様‼︎‼︎と、次の瞬間には今日一番のティアラの大声が響いた。
怒って顔が蒸気するくらい真っ赤になったティアラの叫びは、至近距離で頭を撫でていた私の耳への方が攻撃力も高かった。
ティアラからもアーサーからも手の力が抜けて遅れながら両耳を塞ぐけど、もう頭にキンと響いた後だ。アーサーが「大丈夫っすか⁈」と心配してくれるのを仰向けの首で見れば、何故かアーサーまで若干顔が赤い。ティアラの熱が移ったのだろうか。
跳び上がるように席を立ったティアラはステイルに向けて突進していった。
これにはステイルもびっくりして肩が揺れた。まさかここまで怒らせるとは思わなかったのだろう。
ティアラはぽかぽかとステイルの肩を叩いたと思えば「兄様のいじわる!!悪い口っ!」とほっぺをぐにーっと引っ張るお仕置きだ。うん、やっぱり怒っている。
妹に勝てず口を変形させるステイルを、セフェクもケメトも興味深そうに凝視している。ヴァルもその隣でにやにやと高見の見物中だ。
なんだか今日一日で、あの人がケメトとセフェクの将来を考えているのか楽観視しているのかわからなくなる。
こっそり聞きに行ってみようかなと思ったけれど、セフェクとケメトに聞かれるのも避けたいしティアラ対ステイルの戦場に私まで顔を突っ込む気力もなく「ヴァル」と声を掛け、彼を呼ぶことにする。
視線を上げてくれた彼に、私はパタパタと手招きする。口の動きで「こっち」と示しながらおいでおいでをすれば、片眉を上げた後面倒そうに立ち上がってくれた。
荷袋を壁際に転がしたまま、ぐらりと身体を大きく揺らしながら歩み寄ってきてくれる。顔が面倒と言わんばかりに不快を露わにしていたけれど、それでもなんとか私の座るソファーの横まで来てくれた。
一瞬眉の寄った鋭い眼を私の背後に向けたのに気づき、そういえばハリソン副隊長が背後に居たんだと思い出す。だから余計に嫌なのかもしれない。
それでも「なんだ」と短く尋ねてくれる彼に、私はこそこそと口元の横に手を添えて顔を向ける。ヴァルも意図を察したのか、軽くだけ耳をこっちに傾けてくれた。
「……貴方、ちゃんとケメトとセフェクを学校卒業したらどうするかとか考えてるのですか?」
「あーー?んなもんガキ共の勝手にさせりゃあ良いだろ。なんで俺様が考えなけりゃあならねぇ?」
こそこそとケメト達に聞こえないように声を潜ませる私に合わせて、ヴァルもいつもより声は抑えてくれる。
一応即答できるということは、それなりに考えた結果でも二人の自由意思に任せるということだろうか。それとも単に考えるのが面倒なだけか。
どちらともとれるヴァルの発言に、私も唇を結んでしまう。
実際、武器装備もナイフ投げ指南も今後のことも私がご家庭の事情に口を挟むのは余計なお世話なのだろうけれども。でも、セフェクもケメトももう小さい頃から知っているから他人と思えない。会っている数でいえばジルベール宰相の娘さんよりも我が子感がある。……いや、ステラちゃんも私はただの名付け親なだけでジルベール宰相とマリアの娘様なのだけれども。
「なら、あまり野蛮なことばかり教え込むのは心配です。確かに護身術が必要なのは認めますが、あまり馴染んでしまうとそれが自ら危険を招いてしまうことも」
「随分と説得力があるじゃねぇか主?」
んぐっ。
どうしよう、今ものすごく墓穴を掘った気がする。しかもヴァルもヴァルでからかうような表情じゃなくて今だけは眉間に皺を寄せた「テメェが言うか」の顔だ。
別にセフェクとケメトが強くなるのも護身用を持つのも悪いことじゃないとわかっている‼︎でも二人が将来どう選ぶつもりかわからないと思うと、どうにも不安さが勝ってしまう。元はといえば私の提案だけれど、二人とも普通とはちょっと違う仕事に慣れ親しんでいる子達だから余計に。
ぐぐぐと私が口を噤むと、ヴァルも鋭い眼差しをままにジトリと私を睨んでくる。悔しいけど言い返せない私が珍しいのかもしれない。刺すように眼差しを向けたまま、至近距離で私を見下ろす状態から床に足を組んで座る。
「ンなこというなら主の方は考えてるんだろうなあ?」
私⁇
予想のしなかった問い掛けに大きく瞬きで返すと、ヴァルは自分の膝に肘をついてこっちを見やる。未だ文句ありげの眼差しに見えるけど、ちょっと探りを入れているようにも見えた。
セフェクとケメトのことなら私だってちゃんと心配しているつもりだけれど。もしかして、お節介が過ぎたという遠回しな嫌味かなとも考える。
でも肘から頬杖をついたヴァルの声はさっきより低くない。代わりにどこか挑発するような笑みで不快に見えるように口角を上げてきた。
「どうする?配達に関わりたくねぇって言えば、俺は止める気もねぇが。もしケメトが言っても、俺やセフェクを雇えるか?」
「?当たり前でしょう。貴方達が望んでくれる限りは私の配達人です」
何故いまさらそんな揺さぶりをかけるのか。
あまりにも当然過ぎる問いに私も返した後に息を吐いてしまう。ケメトの能力増強がなくなることについて言いたいのだろうけれど、今更そんなことでケメトを私都合で引き留めるわけもない。
勿論ケメトやセフェクそしてヴァルが続けてくれたら私は嬉しいけれど、三人の意思を尊重するにきまっている。ケメトがいなくなったら確かにセフェクは攻撃力が低下するし、ヴァルは荷物を大量運びすることも高速移動もできなくなる。
でも今は幸いにもセドリックのお陰で国際郵便機関の発足も進んでいる。人員募集だって始まる今、ちゃんとフォローすることは可能だ。
今はハリソン副隊長の目があるから明確には言えないけれど、ケメトの秘密の特殊能力がなくてもセフェクやヴァルの土地勘や経験も充分武器だ。飲み水を補給できるセフェクの特殊能力も、野宿に便利過ぎる土壁も、当然ケメトの能力増強も単独でもちゃんと配達の役に立つ。
私の返答に、頬杖ついたまま両眉が上がるヴァルへ今度は私から反撃する。
「郵便機関はもともと配達に適した特殊能力者も雇い入れる予定ですから。セフェクだけでも、ケメトだけでも、貴方だけでもちゃんと他の人員と協力すれば仕事は可能ですし適任には違いありません。特に貴方はもう王族直属配達人として通っているのですから、後はどうにでもなりますし私がします。セフェクの将来もケメトの将来も二人が望んでくれる先を気兼ねなく選んでくれれば私も応援しますし、貴方だってー……、……。……なに?」
途中で思わず言葉を止める。
折角こっちは真面目に三人と配達人と郵便制度全てを考えていると反撃しているのに、目の前で見上げてくるヴァルはニヤけ顔のままだ。
さっきの挑発的な笑みではない、にやにやにやにやと寧ろ心底楽しんでいるような顔に私も釣り上がった目で睨み返す。
眉の間を狭めて鋭くした眼差しでやり返してみたけれどヴァルの笑みは消えない。にやにやにやと音にも聞こえそうな笑みだ。なんだか猛烈に馬鹿にされている気がする。
「言いたいことでもあるんですか」と尖らせた声で言ってみるけれど、端の上がりきった口を開いた彼の笑みは変わらない。
「なにも?」
愉快そうに言うその言葉に私は大きく溜息を吐いてみせた。どうにも今の彼は機嫌が良過ぎる。
本当にもう、この人は。
Ⅱ49.203-2
Ⅰ596.246
Ⅰ407.549-3.452
Ⅱ368




