Ⅱ379.無頓着少女は言及し、
『やめて下さい。その子は僕の友達なので離してあげて下さい』
……私達は、確かに見た。
昼休みの校舎裏で、ケメトが高等部に絡まれている友達を助けてあげている場面に偶然居合わせた。相手は高等部二名且つ今思えばレイに雇われたのであろう裏稼業の人間。
ケメトがライアー探ししていることを職員教師にも話しちゃうぞ発言を悪意なくした結果、揃ってケメトに襲いかかってきた。私達も最初は声を聞いているだけだったけれど、ケメトの身を守るべく不良をこっちに注意を引きつけようかとした時だった。顔を見られるの承知で覗き込んだその先でケメトが
高等部生徒の喉元へナイフを突きつけたのは。
見ればかなり至近距離に来ていた高等部生徒に、ケメトは腕を伸ばすような形でなんでもないように刃を向けていた。
しかも、刃先が少し入り当てられた部分には血がうっすらと染み出していた。正面ではなく、私達が見た時には相手の懐にしゃがみ入り込んだような位置で、あのままケメトが腕を横に振っていたら大怪我どころが即殺だった。……本当に。
相手もこの反撃には驚いたのか、それともケメトがナイフを持っていたこと自体に驚いたのかとにかくナイフを当てられた方もその隣に並んで居た方もナイフと仲間とを交互に見比べて硬直していた。
突きつけられた側だけじゃない、ケメトが雑に振っただけで隣にいる方も裂くことができる距離にいたから余計にだ。もうこの時点で今度は別の意味で飛びだそうかと思った。
よくよく考えればケメトは大人しい子ではあるけれど、もともと裏稼業や人身売買蔓延る国外をヴァル達と行き来しまくって襲撃も定期的に受けている子なのだから敵に容赦なくておかしくない。
正直その辺にいる裏稼業よりも場数を踏んでいるし、もっと言えばレイが雇ったようなゴロツキにもならないチンピラ程度なんかよりもずっと経験豊富だ。
……ただ、なんというかケメトは昔から平和主義というか、セフェクやヴァルと比べて穏健派で、戦闘派とかいうイメージがなかったというか……。
『帰って下さい。先生達には言いませんから、もう僕らに関わらないで下さい』
そう言ったケメトは口調こそいつものものだったけど、凄まじく冷静だったのが逆に怖かった。
いつもセフェクとヴァルの背後に隠れてたり、むしろ間に入って収めてくれることが多かった子が自分より身体の大きい二人に堂々と言い放ったのだから。
言い切ると同時にナイフを引いたケメトに、不良組も弾かれるように後退して距離を取った。
もうその時には彼らもケメトを見る目が変わっていた。「なんだコイツ」「ナイフなんか持ち出しやがって」と言い返しはしても、距離を取ったまま最初みたいに殴りかかろうとはしなかった。
片方の不良なんて手の平で首の血を確認した途端、ぴしりと動かなくなった。
ケメトもそれを見て「行きましょう」と早々に引くべく放心した友達の手を取り、ナイフを服の中にしまった。
そのまま去ろうした瞬間、ケメトがナイフを手放したからかそれともこのまま自分よりずっと小さい初等部生徒が逃げるのを矜恃が許さなかったのか、怪我をしていない方が拳を握って飛び出した。
『ケメト!』
友達もそれに気付いて叫び、ケメト本人も振り返ったと思った瞬間。……ナイフが放たれた。
シュシュッ!と風を切る音がしたと思えば、高等部二人の顔すぐ横を抜けて背後の壁にナイフがぶつかった。
高等部生徒も自分の耳を横切ったナイフに身を強張らせながら、振り返って見れば見事に顔が引き攣っていた。当然だ、裏稼業ならまだしも一般人がナイフを投げつけてくることなんて先ずない。しかも顔の真横なんてちょっと間違ったら耳が削げるか直撃かの二択だった。どちらにせよ恐ろしい。
『まだ僕は下手っぴだから次はうっかり変なところに刺さっちゃうかもしれません』
ケメトのその警告にひぃぃ!と思ったのは、当然盗み見した私だけじゃなかった。
何が一番恐ろしいかって躊躇いなく顔面にナイフを投げてこられたことだろう。しかもさっきまで確かに丸腰だった筈なのに、いまの一瞬でいつナイフを取り出したのか私にも背後からじゃ見えなかった。
その後も彼らへの牽制なのか服の中に手を入れたと思ったらまた真新しいナイフを取り出した。もう完全ティアラと同じ手法だ。
高等部二人もこれには大きく顎を反らし曲げた前腕で庇うように顔の前に出していた。
ケメトの背後に守られていた男の子も、これには目が零れそうなほどまん丸だった。長年知り合っていた私達が驚いているのだから、最近知り合ったクラスメイトのびっくり特技に彼が驚くのも無理はないと思う。
今度こそ高等部生徒がその場から逃げ出せば、ケメトもナイフを再び服の中にしまい込んだ。
ナイフを出した時は若干引き気味だったケメトの友達も、ナイフ投げの方は子ども心に格好良く見えたらしく直後には「すげぇ‼︎」「今のどうやったんだよ⁈」「助かった!」と熱の入った目でケメトを賞賛していた。
さぞかし彼の目には格好良く移ったのだろうと私もわかる。
そして昼休み終了の鐘が鳴り、二人も目が覚めたように慌ててその場を去った。
『!急いで戻りましょう‼︎』
そう言って仲良く去って行った二人の背中を見送った私達はもう、茫然で最初は言葉も出なかった。
なんでケメトが、どうしてナイフなんかを持ち歩いていたのか。そういえば以前ティアラのナイフ投げが判明した時にケメトがそんなこと話していたような、と。
もうレイとライアーのことだけでなく色々と衝撃的事実が重なって頭がパンクしそうだった。
私達も次の授業が迫っていたし、ケメトの落とし物もといナイフを回収しステイルに処理してもらったけれどもうあの時からずっとヴァルに言及したくて仕方なかった。遠回しに尋ねてもケメトは心配をかけたくないからか知らないふりをしたし。
……そして今。
「ヴァル‼︎貴方普段からケメトまで武装させてるの⁈‼︎」
セフェク達の口から情報開示された私は、全力でヴァルへ言及すべく喉を張り上げる。
ケメトがうっかりといった様子で口を両手で覆う中、ヴァルは私の顔色が変わったのが愉快なのかニヤァと嫌な笑みを浮かべてきた。「まぁ最近な」と契約通り質問には答えてくれるけれど、その一言で全部納得できることでもない‼︎
ステイルもずっと堪えていたのが溢れたのか、私に続いて響く声で「学校でもか⁈」と深層へ切り込んだ。それにもニヤニヤ笑いながら一言で肯定するヴァルは、さっきのお説教が嘘のように上機嫌だ。ッというかそうよね学校でもよね⁈ケメトがっつりナイフで応戦してたもの‼︎
あの時はケメトも隠したがっていたし勝手に覗き見したなんて言えないからヴァルにも黙っていたけれど、あの時の衝撃はずっと忘れない。
「学校は授業をする場所です‼︎ナイフなんて持たせてケメトが怪我しちゃったらどうするの‼︎」
「問題ねぇ。王女がいま付けているのと同じアネモネの上物だ」
そういう意味じゃない‼︎
喉から手前までその言葉が込み上げてギリギリと飲み込む。顎でヴァルを示す先にステイルと一緒に目を向けてしまえば、ティアラが照れたように肩を狭めて俯いてしまった。そういえば武装でいえばティアラも現在進行形だった‼︎
ドレスで隠れているとはいえ、あの軽やかで細い身体にしっかりナイフが装備されているのだと思い出す。いや……、むしろそもそもで考えればたぶんティアラだ。
ヴァルにナイフ投げを指南して欲しいと望むティアラの部屋に、セフェクとケメトも一緒にいた。
ケメトも確か「僕も!少し上手になりました!」と話していたし、あれから成長したのだと思えば納得がいく。知らない内にしっかりとヴァルからの英才教育を受けちゃっているケメトがちょっと心配になる。しかもアネモネ王国製なんていう気合いの入れようだ。
「俺の妹に続いてケメトにまで教え込むなどどういうつもりだ。ケメトは戦闘要員ではないだろう」
「身を守る為には悪くねぇだろ。裏稼業ん時も使えりゃあ多少は武器にもなった」
「ッケメトは裏稼業じゃないでしょう‼︎⁈」
ステイルの正論に言い返すヴァルへまた声を上げる。
確かに私達が知っているだけで二度もケメトに役立ってはいるし、結果として身を守る方法があって良かったとは思う。でもあまりの衝撃的事実にここはちゃんと説明して欲しい。
ヴァルのことだからまさかケメトを裏稼業として育てようなんて考えてはいないとは思うけれど、「最近」と言っているしどうして急にそんな武装させるつもりになったのか。学校に手放すのには全然躊躇いなかったくせに‼︎‼︎
なんだかんだでそういうのは心配するの⁈と言いたくてもそこは自重する。
何より、彼の心配が杞憂で終わらなかったのは我が国の治安維持と創設者である私の学校管理能力不足の責任もある。こういう時、悔しいけどヴァルは私よりも城下と学校の実状を正しく先読みできていたのかなと思う。これでも昔よりは絶対城下も治安は良くなったし学校にも守衛配備して建設場所も下級層に近いなりに配慮もしたのに‼︎
思わず頭を軽く抱えてしまう間もヴァルの嫌な笑みは直らない。むしろ顔中の筋肉に力をいれる私を見て楽しんでいた。
Ⅱ162.175
Ⅰ340-2




