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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
無頓着少女と水面下

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そして胸抱く。

※この世界に飲酒法は存在しません。


セフェクは、隷属の契約のことは知らない。


『ッもう良い‼︎テメェらは出口に行ってろ!』

それを思うと、遠い記憶がふわりと浮かんでくる。

あの時のことは今でも忘れない。たぶんきっと、絶対これからも。


「……あの、僕も隣に座ってもいいですか?」

「あー?……勝手にしろ」

やった!

ちょっと意外そうに片眉を上げた後に許してくれたヴァルに嬉しくて息が弾む。

足の長い椅子はまだ背が低い僕には座りにくそうで、大人の席だと思ったからそれだけでも凄くわくわくした。どうやって登ろうかと手を付いたり足をあげてみたら、ヴァルが手を伸ばしてくれた。

ありがとうございます!とセフェクを起こしちゃいそうな大きな声が息と同じくらい弾んだ。温かなその手を掴んだら、持ち上げるくらいすごい強い力で引き上げてくれる。お陰であんなに背の高かった椅子にすんなりと上がることができた。

ヴァルはいつも僕らが困ったり寂しいとこうして手を握ってくれる。けど、……それが昔は当たり前じゃなかったことは覚えてる。


「すごく大人になった気分です!」

「酒が飲めるようになってから言うんだな」

床につかない足をぶらぶらさせながらカウンターに肘をつく僕に、ヴァルは酒瓶をまたグビリと飲んだ。

お酒は今までもヴァルから何回か飲ませて貰ったことがあるけれど、どれも味が濃くて苦かった。セフェクは飲めるけどあんまり美味しく感じないと言って飲まない。

でも、ヴァルにそう言われると何だかまた挑戦してみたくなって「一口良いですか?」と聞いて見る。それを聞いてベイルさんが無言でカウンターにグラスを置いてくれて、そこに飲みかけのお酒をヴァルが注いでくれた。

お礼を言って一口含んで、……やっぱり苦い。それも結構強いのだったのか、飲み込む前からクラッとした。思わず布巾にぺっとして、こんなに凄いのをみんな平然と飲めるんだなと思うとやっぱり大人ってすごい。


僕が残りの中身ごと両手でグラスをヴァルに返したら、短く「ヒャハハッ」と笑い声が聞こえた。顔を上げると楽しそうでちょっと悪戯っぽい顔で笑っている。

ベイルさんが代わりのグラスに今度は水を注いで渡してくれた。セフェクにも、お酒を飲んだらすぐにたくさん水を飲まないとだめと言われてるからちゃんと全部飲む。

ぷはっ、と飲みきったグラスをカウンターに置いてから、ヴァルに渡した方のグラスを見ればもう中身は空っぽだった。僕が水を飲むのと同じくらい簡単に飲めちゃうヴァルはやっぱり大人だ。


「僕も。……大人になったらヴァルみたいに飲めるでしょうか……」

「さぁな。ガキがいつから飲めるかなんざ知ったこっちゃねぇ」

「!ヴァルは、僕くらいの頃からお酒も飲めましたか?」

「……………」

グビ、と。今度は返事の代わりに瓶を傾けた。

ヴァルにもお酒が飲めなかった時があるんだなとわかるとちょっと嬉しいし、知れたのがすごく嬉しい。セフェクのこともヴァルのことも、知ることが増えれば増えるだけいつも嬉しい。

学校に行くようになって友達も大勢できたけど、やっぱりヴァルとセフェクと一緒に居るときが一番楽しくて安心する。


続きを言わないヴァルに、僕から違うことを話そうと考える。

最初に今日たくさん心配をかけたことを謝ろうと思ったけど、それもここに来るまでに何度も謝って最後は「うるせぇ、いらねぇ」と断られた。

最初からヴァルが怒っていなかったのはわかっているけど、でも心配をかけたことはセフェクにもヴァルにも何度だって謝りたかった。

じゃあグレシルのことを話そうかな。でも、うっかりグレシルがあの人達の味方って言ったらヴァルは怒る。それこそグレシルも衛兵の詰所に放り込まれちゃう。

セフェクもグレシルのことじゃ多分ヴァルを止めてくれない。グレシルがやろうとしたことは悪いことだし捕まえるのも仕方ないとわかるけど、僕はグレシルが好きだから僕のせいでは捕まえたくない。


「……ヴァル。僕、ずっと前から夢があるんです」

「あー?夢だぁ?」

面倒そうな声で返してくれるヴァルに、僕はすぐには顔を向けられない。

カウンターに置いた手を何度も結んで解いてを繰り返して、それでも落ち着かない。今までセフェクにもティアラにも言ったことないし、ヴァルにも言わなかったから恥ずかしい。

このまま言わないままでいた方が良いかなとも思ったけど、なんだか今はすごく言いたいなと思う。ヴァルは子どもっぽい夢とか恥ずかしい言葉は嫌いだけど、でも僕らの話は聞いてくれる。

ヴァルやセフェクがどんな気持ちでどんなことを考えてるかなとか。こう言ったらどう返してくれるかなとか、家族のことは何となくわかる僕だけど、この夢にはヴァルがどう返してくれるか全然想像もつかない。嫌がるか、気にしないでくれるか、喜んでくれるかもわからない。

でもお酒を飲む手を止めて、顔ごと僕に向けてくれる焦げ茶色の眼差しにやっぱり言いたいなといま思う。


「……たくさん学校で勉強して、ステイル様みたいにすごく頭が良くなって、ヴァルみたいに強くなって」

自分でもすごく夢過ぎるとわかる。

もしかしたらここで大笑いされちゃうかなと思ったけど、ベイルさんが楽しそうに笑っただけでヴァルは笑わなかった。中身がまだ入ったお酒の瓶を片手に掴みながら、口を閉じて僕を見る。無表情にも真剣にも見える表情で見られて、またちょっと恥ずかしくなる。

言い切る前から口元がぐにゃぐにゃ緩んじゃって、身体ごと左右にゆらゆら揺らしてしまう。やっぱり秘密と言いたいけど、でもそれ以上に言いたいから。


「卒業した時には……お城で働けるくらいすごい人になって。それで」

子どもの頃からセフェクが言っていた。僕の特殊能力はすごいって。

お城で働くにはすごい特殊能力が大切で、それで国の上層部にもなれちゃう人もいる。学校の授業でも先生がそう言っていた。貴重か優秀な特殊能力を持っていれば、それだけで可能性はたくさん広がると。

僕の特殊能力は、主やステイル様達もすごいと褒めてくれるからきっと本当に上層部にだってなれちゃえるくらいすごい。まだ能力のことは隠していたいけど、でも自分の身をちゃんと守れるくらいもっと強くなれたらいつか隠す必要もなくなるかもしれない。

背も伸びて、強くなって大人になって、ヴァルにもセフェクにもティアラにも主にも皆に褒めて貰えるくらいすごくなってそれで







「その上で、ヴァルと一緒にいるんです」







えへへっ、と言った途端に堪らず照れ笑いが零れた。

まだ叶ったわけでもないのに、思い浮かべただけで顔が緩んでたまらない。両手で頬杖をついてカウンターの正面を見つめながら、堪らず両足をバタバタ揺らす。

ヴァルは、ずっと僕とセフェクのことを考えてくれている。僕らがどんな人生も選べるように望んでくれている。だからいつか、一人でも大丈夫なくらい立派な大人になってそれからまたヴァルを選びたい。

〝これしかないから〟とか〝ずっとそうだったから仕方なく〟じゃなくて、ちゃんとすごい人になって城の上層部になれるくらい立派な大人になってそれでもヴァルと一緒にいたいし、働きたい。ヴァルが僕らのことで心配になったり気にしたりしないくらい、僕は僕の意思でヴァルと居れる人になりたい。

だからナイフ投げだってティアラほどじゃないけど上手くなったし、今日だってグレシルを守れた。ヴァルとセフェクは僕に人を殺して欲しくないみたいだからそれだけは気をつけるけれど。


「お城で上層部の採用試験もちゃんと受けて、受かってもその場で格好良く断っちゃって。城の人達には「不敬だ」とか「何様だ」って怒られて嫌われちゃうんですけど、でも主達はびっくりして最後は笑っちゃうんです。セフェクも「勿体ない」って怒るかもしれないけど、一緒にいるって言ったら喜んでくれて、それでまたいつもみたいに仕事に行くんです。その時にはまたベイルさんのお店に連れて来てほしいです」

恥ずかしいのに、言い出したらぽろぽろ出る。

酔ったのかなと思ったけど、まだ酔うほど飲んだことがないからわからない。今言った僕の夢はすごくお城には迷惑で悪い事で、今の僕じゃできないけど大きくなったらヴァルみたいに悪い笑顔で言っちゃいたい。


そう思うとまた笑いがこぼれちゃって、その顔のままヴァルへ向く。ぽかぽかしたこの気持ちに押されて自然と向けられた。

どんな顔してるかなと、両目をあけてしっかり見ればヴァルの顔は思った以上にはっきり変わっていた。口を結んだまま目を大きく見開いて、掴んでいた酒瓶が手の中から少し抜けて瓶底がカウンターについた。それでもヴァルの手の形はお酒を掴んでいたまま固まっている。

こんなにびっくりしているヴァルは珍しくて、また珍しい顔のヴァルを見れたことが嬉しくて笑っちゃう。

ヴァルよりもベイルさんが「その時まで店が残ってりゃあ良いがな」と返してくれた後も、ヴァルは何も言わず止まったままだった。

ヴァルの言葉で言ったら「間の抜けた」と言えちゃいそうなその顔が口を開くのを僕はずっと待つ。きっと次に話してくれるヴァルは、僕の夢を否定しないともうわかったから。


ヴァルが許してくれるなら、もしセフェクが好きな人ができても僕に好きな子ができてもヴァルが結婚とかしても絶対僕はこの夢を見続けたい。

ヴァルが僕らのことを大事にしてくれるのと同じくらい、僕もセフェクもヴァルのことをずっと大事にしたいから。

僕らの我が儘を聞いてくれて、ずっと守ってくれて助けてくれて、僕らに離れる機会を、選ぶ時間を何度もくれる人だから。


『ッもう良い‼︎テメェらは出口に行ってろ!』


……あの日のことを、ヴァルは覚えてくれているのかな。

ふとまた思い出した光景は、今みたいな温かな場所とは全然違う。寒くて、暗くて狭くて世界で一番一人だった場所だ。

今でもちゃんと覚えてる。昨日のことみたいにはっきりと。

暗くて天井も崩れる音も聞こえて、逃げ場もないあの場所は今思い出しても鳥肌が立つほど怖かった。

檻にまで付いてきてくれたセフェクとも離ればなれになって、身体が今よりも小さかった僕はいつ瓦礫に潰されてもおかしくなかった。

やっと会いたかったヴァルが来てくれたのに、重くて分厚い岩の瓦礫に囲まれてこのまま潰れて死んじゃうんだと本気で思った。

後から瓦礫の向こうでヴァルも他にも何人もの人が瓦礫の壁をなんとかしてくれようとしたのに、僕には何もできなかった。セフェクは無事なのかもわからなくて怖くて、このまま僕の所為で皆死んじゃうのも怖くて、……置いてかれるのも怖かった。

だけど、ヴァルはずっと残ってくれた。僕を助けようとして、自分も死んじゃうかもしれないのに、助けてくれようとする人の声を何度も何度も断って




『俺は罪人だ‼︎四年前の騎士団襲撃でテメェらの騎士団長嬲って捕まって()()()()()()()()()()()大罪人だ!』




……残ってくれた。

あの頃は、隷属の契約が何かもわからなかった。だけど、自分の悪い過去を平気で話すヴァルがそれを自分の口から言ったのはあの一回だけ。

それだけヴァルにとってすごく嫌なことで、嫌な過去で、きっと思い出したくないくらい、僕らに知られたくない、言いたくもないことだった。だから僕もヴァルに聞かなかったし、知らないふりをずっとした。ティアラから文字を教えてもらって、ティアラの部屋の難しい本を少しずつ読めるようになってからも、ずっと。

ヴァルは本当にすごく悪いことをして本当に言った通りの大罪人で。そんな人が、僕の為に残ってくれた。

今にも自分が潰れちゃうかもしれない場所で、それでも残ってくれた。下級層に行けば僕の代わりになる子どもは大勢いるのに、セフェクだって外に避難してもらったのに、僕ら二人の内一人は安全な外にいるのにそれでも残ってくれた。


『ヴァルっ……崩れちゃいます!このっ……このままだとヴァルまで潰れ』

『うるせぇ‼︎クソガキは泣いてろ‼︎』

他の人が皆いなくなって、壁の向こうにヴァルだけが残った後も僕は弱くて何もできなかった。僕の手じゃ、瓦礫を一個剥がすことも壁を登ることもできなくて。

僕の声を上塗って、何度も何度もヴァルは向こう側から瓦礫の固まりを剥がし続けていた。大きく瓦礫がどいて穴が空いても、次の瞬間には上の瓦礫が落ちてきてその度にこっちに伸びたヴァルの手が挟まって、指が挟まって変な方向に向いて、血が滲んで零れてまた切れて潰れてえぐれて、爪が見たことがないくらいに何枚も剥がれてた。それでもやめないヴァルが、これ以上怪我することも死んじゃうのもすごい怖くなった。

僕はまだ痛いことになってないのに、それを見ているだけで手も指も爪も心臓もずっと痛くて息だってできなかった。ぼろぼろ泣いて、でもただそこに立つことしかできなかった。

少しずつ大きくなる抜け穴も、絶対こんなんじゃ間に合わないって僕だってわかった。


『ヴァル‼︎ヴァルっ……ヴァルも逃げないと‼︎セフェクが外で待ってます!早く逃げないと……‼︎ぼ、僕は……僕は、置い』

『ッ言うんじゃねぇ死にてぇのか‼︎……ッ』

〝僕を置いていって〟

その言葉を思い切って言う勇気だって持てなかった。

ヴァルが死んじゃうのも嫌なのに、置いていかれるのも怖いままだった。

ヴァルが何度も何度も怪我をして僕を助けてくれようとしているのに僕は泣くだけで、途中からはもう悪い夢でも見ているみたいで本当にわんわん泣くことしかできなかった。もう、段々自分で何を言っているかもわかんなくて


『ごめっ……ごめんなさい!ごめんなさい‼︎ヴァルごめんなさい‼︎僕らの所為でごんなどごに捕まってごめんなさい!僕の為にこんなごどになってごめんなざい‼︎追い回してごめんなさい‼︎一緒にいたがってごめんなさい‼︎僕がいてごめんなさいセフェクだけじゃなくてごめんなさい‼︎会っ……っ、出会っちゃってごめんなさ』

『誰がテメェなんざの為だ所為だふざけんな‼︎‼︎謝るなら洞穴に戻ってきやがったことを謝りやがれ!!』

ヴァルが瓦礫をどかそうとしてくれている中、僕は罪悪感だけでひたすら謝り続けてた。

途中から涙声にぐちゃぐちゃになって、濁って喉も渇いてガラガラで瓦礫が崩れる音で途中からは声も混ざっていたかもしれない。あんなところで謝っても意味がないしずるいのに、途中からは嗚咽ばっかりで上手くしゃべれなくなった。

ケメト、ケメトって呼ばれても、ぐすぐす鼻を啜って目を擦って何を言えばいいかもわからなくなって喋らなくなったら、瓦礫の向こうから「生きてるなら声ぐらい出しやがれ‼︎」って怒鳴られた。

言われた通りに話そうとしても何を言えばいいかもわからなくなった僕はもう「ごめんなさい」と同じ言葉しか繰り返せなくなって、そしたらまた「うるせぇ‼︎」って怒鳴られて











『俺が離れたくねぇんだ……っ』











それまで聞いたことがない、弱い声だった。

ずっと怒鳴っていたのとは違うその声は、間違いなく僕が知るヴァルの声だった。聞き違いでも幻聴でもなくヴァルだった。

穴を覗き込めば、ヴァルの姿は見えなかった。血に濡れてボロボロの手だけが僕に向けて伸びていた。

僕から触れたくて穴に通して手を伸ばしても、短い僕の腕じゃ力なく伸ばしただけのヴァルの手は触れることすらできなかったけれど、あの日込み上げた苦しさと嬉しさはずっと忘れない。



「……僕は、ずっとヴァルといます」



決めた言葉をもう一度、硬直したままのヴァルに言う。

何も言わないままのヴァルに、ベイルさんが「おい聞いてるか」と言ってくれるけど返事はない。でも、丸くした目はまっすぐ僕に向けてくれているから目一杯僕から笑って見せた。


「ヴァルの為でも所為でもなくって、僕が離れたくないから一緒にいます。ヴァルに認めて貰えるくらいのすごい大人に絶対なります」

セフェクも一緒です。

そう言ったところで、初めてヴァルが瞬きをした。一瞬閉じてまた開いた時にはいつもの鋭い眼差しに戻った。ちょっとだけ眉を寄せたまま、お酒の瓶を掴み直す。反対の手でガシガシ頭を掻いて、口だけはその間も閉じたままで一度だけ首ごと向けてセフェクを見た。

僕も一緒に振り向けば、まだテーブルに突っ伏して寝ているままだ。セフェクもずっと一緒に居たいと思ってくれている。セフェクも僕と同じくらいヴァルのことが大好きだから。


「本気かよ」って、小さく聞こえた。


セフェクを見ていた間にヴァルが呟くようにそう言った。

振り向けば、額と目を片手で一緒に覆ってぐったり片肘ついたままカウンターに項垂れていた。長い溜息まで聞こえてきて、でも怒っていないのはわかった。どっちかというと呆れている。

カウンターを伝って前のめりに僕からヴァルを覗き込む。


「ヴァルが結婚とかして、僕らが一緒が困るならちゃんと我慢します!でも一緒にはやっぱり働きたいです!僕とセフェクはヴァルと一緒にいたいから学校も頑張ります!もし城で働く試験に受かったら断ってもお祝いしてくれますか?」

「…………勿体ねぇ……」

溜息交じりに返してくれた言葉はそれだけで。

でも充分だった。その言葉の意味がわかって嬉しくて、またぶらんっと足を振る。「僕にとっての贅沢です!」って返してみたら、凄く珍しくヴァルが「フハッ」って笑った。

手を降ろした時にも鋭い眼がまだちょっと笑っていて、そのまま手を僕の頭に置いてくれる。目が合ったまま、ゆっくり今度はヴァルの顔がこっちへ前のめりに近付いた。

内緒ごとみたいに鼻先までくっつきそうで、口を開いたヴァルの声はカウンターのベイルさんにも拾えないくらい潜められていてこっそりだった。



「〝俺様に〟って意味だ」

「だからです!」



すぐにそう僕が言い返した時のヴァルの表情が、またすごく嬉しかった。

何度も見たことがある、僕が一番好きな顔。



僕らの大好きな家族が、笑った顔。


Ⅰ109.111

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