表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
無頓着少女と水面下

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

580/1000

目を疑い、


「ケメトどうしたの⁈何があったの⁈これ怪我⁈」


安全地帯に立つセフェクは男達のことなど視界にも入らない。

ケメトへ飛び込み抱き締めた時には、既に涙目だった。もう大丈夫よ!と耳の間近で叫ぶセフェクにケメトも両手のナイフを手放し抱き締め返した。武器を構える理由もなくなった。

セフェクを細い腕と小さな手の平いっぱいに抱き締めながら、首と視線だけを動かしてヴァルを見上げる。待ち合わせ場所に行かなかったことを謝ろうと思ったが、その前に口を閉じた。

褐色の大きな手が自分へと伸び、セフェクに覆われていない頬へとそっと伸ばされる。親指で何かを拭われたと感触でわかったケメトは、そこですぐに目を合わせ笑ってみせた。


「大丈夫です!血は全部僕のじゃないですから!怪我はどこにもしてませんよ!」

えへへ、と先ほどまでの危機には相応しない無邪気な笑みにヴァルも無言のまま深く息を吐いた。

セフェクが「本当に⁈」と一度抱き締めていた身体をほどき、ケメトの服から身体の隅々まで直接触れて確認する。最初に目のついた頬の血をヴァルが拭った跡へさらに触れ、服もその場で血が付いた部分は直接捲り上げた。返り血をたっぷり浴びたケメトだが、服の下には新しい傷など打ち身一つない。


見慣れた肌と装備を確認したセフェクは、そこでほっと胸を撫で下ろしてからボロボロ零れる目を腕で拭った。

鼻を啜り、釣り上がった目で一度ケメトを叱るように睨んでから、またもう一度抱き締める。肩越しにケメトの背後で目の丸い少女が視界に入ったが、すぐに目をぎゅっと閉じて消した。

彼女にとっても大事なのはケメトの安否である。

良かった、良かったぁと背後で続く阿鼻叫喚も耳には入らず唱え、それから目を一度開けた彼女は首だけで振り返り



片腕を伸ばし、放水で男達を吹き飛ばす。



「ケメトを傷つけたなんて許さない」

怪我してませんよ、とケメトが明るい声で返したが水柱の轟音が打ち消した。

放水車と同等の水柱が当たり、足場に必死だった男達は出所を確認する間もなく吹っ飛ぶ。盛り上がった地面と壁に容赦なく叩きつけられた。

密集していたまま、放水が直撃した男のみならずその背後にいた男達も纏めて吹き飛び意識を手放す。顔面を狙われればショックと窒息で先に気絶し呻く暇もなかった。白目を剥き、倒れ込んでもそこに優しく受け止めてくれる地面はない。

背中を打ち、頭を打ち、転がりまたぶつけ、放水を受けなくてもまるで馬車ごと崖から落ちたかのように重力の場所すらわからなくなる。

意識を失った者から地面や壁が大蛇のように巻き付き顔だけ残し飲み込まれていく。気を失うまで打ち付けられ、気絶した者から蓑虫状態になったかと思えば地面の一部のように固められる姿はグレシルの目には悪夢に近かった。


ケメトを抱き締めたまま片腕と振り返った首だけで男達を仕留めるセフェクの声色と見開かれた眼差しの横顔を見たグレシルは、それだけで一瞬背筋に冷たいものが駆け抜けた。

最初にケメトのナイフ投げを見た時と同じだ。目の前でケメトを抱き締める少女が、今日まで何度も自分がケメトの手を引いては嫉妬や不安の眼差しを向けて睨んできた彼女とは別人だった。視線の向こうでは凄まじい特殊能力で男達が次々と吹き飛ばされている。

まさかケメトではなくこっちが特殊能力者だったのかという驚愕を遅れて覚えたが、だからといって今までのように売ろうとは思わない。……思えない。

目の前でナイフより銃より恐ろしい飛び道具を使う相手を陥れることよりも、報復の方がずっと恐ろしかった。


暫くは口を閉じないまま放心していたグレシルだが、次第に驚異が減っていくにつれ頭が冷えてきた。

直接見たことは数える程度でも、ケメトから聞いて名前も存在もよく知っている。特殊能力者だとは聞き出せなかったが、目の前のセフェクは間違いなく水の特殊能力者である。そして彼女が水を操っているのならば、この揺れと地面が襲いかかる脅威の正体は。

答えなど一つしかあり得ない。事実を頭で理解しながら目で辿る。


「……………………………」


ケメトの無傷を確認してから一言も発さない大きな影。

フードを被ることも忘れ剥き出しの牙のような歯と鋭い眼光を露わに殺意が男達へと真っ直ぐ向けられている。セフェクのように言葉にも出さない分、褐色の男を見上げただけでグレシルは震え上がった。

元々の凶悪な顔付きが、殺気の所為で余計に際立ち目の前の裏稼業達の誰よりも恐ろしかった。こちらに目もくれず裏稼業達を睨みつけているだけの男だが、確実に今目の前でセフェクと共に彼らを無力化しているのは彼だとわかった。


凶悪な顔を下から見上げ、二色の殺気と裏稼業達以上の脅威にグレシルはぺたりと腰を抜かして座り込んだ。

足を立てる余裕もなく中途半端に崩れ重なり、カタカタと指先と膝だけが笑うばかりである。普通であれば崩れ落ちた少女を前に本来ならば何も知らない第三者が手を貸すところだが、今この場にそうしようと思う人間は一人しかいない。


「もう大丈夫ですよ。ヴァル達が助けに来てくれましたから」

セフェクに抱き締められながら、背後も振り替えれない体勢でにこにこ笑うケメトだけが彼女に優しく笑いかけた。

ヴァルもセフェクも、ケメト以外には興味も関心もない。彼女がケメトと約束をしていた〝友達〟であることはヴァルも察しがついたが大した感想はなかった。取り敢えずケメトに武器を向けていたのは男達の方である。

そちらを気が済むまで殲滅する方が優先度は遥かに高い。せっかくケメトの無事を確認できたというのに、彼らの所為でまた胃の中がグラつき煮え湯を飲まされたかのように身体の端々まで不快に熱されたのだから。

配達人業務の為にプライドから得ている許可は、あくまで悪人を捕らえる為だけの能力使用許可。そしてセフェクとケメトに対して危害を加える者へも許されているのはあくまで正当防衛程度のみである。しかし、今の彼にはプライドから得た新たな〝許可〟がある。


自身か生徒の身を守る為の、最低限の〝攻撃〟と脅迫行為。


「ヴァル、実はあっちの方にも馬車と一緒に仲間がいて……多分あまり動けないとは思うんですけど、そっちの方も捕まえて貰えますか?」

「あーーー⁇騎士……いや城下じゃ衛兵か」

あくまでヴァルにとっての、ケメトを襲われた〝正当防衛〟と〝最低限の攻撃〟が混ざり合う。ケメトもセフェクもまごうことない学校の〝生徒〟である。


『ただし〝貴方が絶対必要と思った〟場合のみです。当然相手の骨や体の一部を故意に折るのもいけませんし、我が国の法で禁じられてることは許されません』


プライドから付け加えられた、三つの条件の縛り。

それを頭の中で確かめながら、翻る地面の中で繰り返し男達を纏めて転がし続ける。骨折や頭が割れてもおかしくないほど打ちつけ回させているが、これでもヴァルにとっては最低限の域だ。本音であれば全員生かさず串刺しにしたい。

〝特殊能力を隠す為〟であればこの倍も許されたかと思えば、今だけは生徒の姿になっておけば良かったとすら後悔する。そうすれば少なくともこの手で嬲ることはできた。

まさか学校生活の為の許可が、ケメトについての私怨で有効活用されているなどプライドも思いもしない。

ケメトに他の回収を促されたところで、これ以上憂さ晴らしの暇もないとやっとヴァルも地面の揺れを止めた。

全員が地面に顔以外取り込まれても、セフェクはまだ怒りが収まらない。何度も顔面へ放水を放つのを、ヴァルも視界にはいれながら止めなかった。


「めんどくせぇ、まとめて詰所に放り込むぞ」

ケメトの言う通り仲間がいるのなら、後で逆襲に来られる前にここで根絶やしにした方が安全である。根無し草だった昔と違い、今は学校を狙われれば面倒だった。

頭をガシガシ掻きながら仕方なく歩き出せば、男達を取り込む土や瓦礫もそのまま生き物のように地面ごと滑りついてきた。

自分達も地面を滑らせて急ぐことはできるが、ケメトの示す正格な場所がわからない為見逃さないように歩くことにする。「行くぞ」と振り返らずに二人を呼べば、セフェクもやっと放水の手を止めてケメトからも身体を離した。弟の手を握り今度は離さないといわんばかりに力強く引っ張るが、しかしケメトはその分身体が傾くだけだった。

視線の先には未だ立つこともできず崩れるグレシルである。立ち止まる弟にセフェクが「ケメト⁇」と呼べば、その声にヴァルも歩む足を途中で止めた。

「立てますか?僕らこれからさっきの人達も捕まえてくるのでもう安心して良いですよ。無理せずここで休んで……」



「……何よ……アンタ……」



セフェクに引かれているのと反対の手を差しだしたケメトに、グレシルはそれを取らなかった。

ぎゅっと地面についていた手で拳を握り、俯いたまま声を肩と共に震わせた。ケメトが目を覚ました時と同じような体勢に反し、その心情も状況も比べものにならない。完全なる敗北の広がる光景に顔も上げたくなくなった。


「なんっ……何なのよ‼︎そんなっ聞いてない‼︎‼︎アンタなんか、アンタなんか……‼︎」

混乱を露わに声を漏らし喚き出す。

カタカタと震わした全身と滝のような汗を溢すグレシルに、ケメトは目を見張り首を傾げた。もしかしてまだ何か罠でも用意してたのかなとも思ったが、逆上されていることは気にしない。それよりも振り乱す彼女の髪の乱れが気になって手を伸ばしたが、パシンとそれも勢いよく叩き落とされてしまった。

ケメトの手が叩かれたことにセフェクが眉を吊り上げ手を構えたが、すぐにケメト自身がそれを止めた。


大丈夫ですよ、と姉を宥めながらもう一度グレシルに向き直る。


Ⅱ39-2.205.13


明日土曜日AM10時に更新致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ