Ⅱ46.支配少女は驚愕し、
「よ、よろしくねライラちゃん。私達のことを覚えてくれていてありがとう」
歩み寄ってきてくれたライラちゃんに腰を落とし、視線を合わせながら言葉を返す。
パッと見で十歳くらいだろうか。にこにこと真夏のような明るい笑顔を向けてくれるライラちゃんは「うん!」と力強く頷いてくれた。そのまま私からステイル、アーサーを順々に見ては、覚えていることを自慢するように小さな身体で胸を張る。
「のん兄がいる騎士団の人の家族でしょ!のん兄が昨日も話してたもん」
「私……達のことを?」
何故。と疑問が先に出てしまう。
まさか、と嫌な予感まで過ぎる。目配せし合えばステイルとアーサーも同じことを考えたのか、顔色が変わっていった。
王族と直属の上官ならまだしも、エリック副隊長に迎えにきてもらっただけの子どもの話をノーマンがする理由が見つからない。僅かに眉を寄せたステイルが、ライラちゃんを睨んでいると思われないように眉間の皺を指で押さえた。そのまま物陰から出ない範囲で一歩分前のめりになる。
「一体僕達のことでどんな話をしていたのですか?」
ステイルの問いかけに、ライラちゃんは大きく目をぱちくりさせた。
それからステイルに真っ直ぐ向けていた瞳をぐるりんっと考えるように違う方向に向けると「う〜ん……」と唇を絞って身体を左右にくねらせた。子どもならではの焦らしというよりも、本気で何かを思案しているような様子だ。どうしました?とアーサーも我慢できないように尋ねるとライラちゃんは「秘密!」と短く声を上げた。
「のん兄が誰にも言っちゃだめって。だから秘密」
まさかのノーマンに口止めを受けているらしい。
これはもしかして本当に私達の正体に気付かれているのではないだろうか。もともとジャンヌとかフィリップの名前をそのまま使ったのだって、勘付かれた時に探りをいれられないようにする為にそのまま使っている。当時の騎士ならジャンヌとフィリップの名前も知っている筈だ。……あれ?いやでも確かノーマンが本隊騎士になったのは……。
疑問ばかりが回ってぐるぐる考えている間にも、アーサーの顔色が青くなっていた。ステイルがライラちゃんを問いただすわけにもいかないように、腕を組んで表情筋を固める。私達が沈黙してしまうとライラちゃんは話を変えるように「ねーねー」抑揚の変えた声でこちらを見上げてきた。
「お姉ちゃん達、あの騎士さん達と仲良いんでしょ?」
「?ええ、もちろんよ。一人は親戚だもの」
「じゃあー今度ね、のん兄が騎士団でどうしてるか聞いてくれる?」
お願い。と、ライラちゃんが笑顔のまま甘えるように小首を私達に向けて捻った。
実はお兄ちゃんの騎士団での様子をよく知っている隊長様が今ここにいるんだけれど。言えるわけもなく、それでもやっぱりお兄ちゃんの仕事の様子とか気になるんだなぁと少しほくほくする。
「ええ良いわ」とエリック副隊長に聞かずともアーサーに聞けば大丈夫と思い、その場で返事をすると嬉しそうに満面の笑顔を浮かべてくれた。あまりに無邪気な笑顔に私まで嬉しくなってしまう。
やっぱり騎士団ってこんな小さな女の子にも憧れなのかなと思うと自分のことのように誇らしい。ノーマンも立派な騎士だし、ライラちゃんも騎士団のこと自体知りたいのかもしれない。
ありがとう!と声を弾ませてくれるライラちゃんに言葉を返し、そのままフフッと片手で口を隠しながらも笑ってしまう。こんなきらきらな笑顔を見ると、小さな頃のティアラを思い出すなぁと思いながら更に彼女へ投げかける。
「ライラちゃんは騎士様の話は好き?」
「ううん嫌い。めんどくさい」
…………⁈
素敵な笑顔で恐ろしくさらりと言い放ったライラちゃんに衝撃で顔が引き攣った。
いま……嫌いって言った?!しかも面倒臭いって‼︎
あまりにもな発言に、理解が遅れて波打った。どうしよう、結構ショックだ。確かに騎士を国民全員が絶対好きに決まってるとまでは思っていないけれど、純粋且つ騎士の妹さんであるライラちゃんに言われると破壊力が違う。
パクパクと口を動かすだけで言葉も出ない私は、一度ライラちゃんから背中を逸らして顔の角度を変える。ライラちゃんから視線をアーサーの方に向ければ、やっぱり彼もかなりのショックを受けている様子だった。口が開いたまま私以上に固まっている。驚愕、の一言をあらわすように目が見開かれたまま瞬きすらも許されていない。騎士大好きのアーサーにはショックすぎる案件だ。
ステイルも眼鏡の黒縁を押さえながら、発言の大元であるライラちゃんよりもアーサーを心配するように目を向けていた。
どうしよう、やっぱり彼女はノーマンの妹さんだったと思ってしまう。いまこうして黙殺されてしまう私達にライラちゃんは全く気付かない様に話を続けた。
「騎士団も嫌い。のん兄の八番隊も嫌い。騎士さんも嫌い。あと隊長も嫌い。のん兄は好き」
平然と恐ろしい劇薬を投下してくるライラちゃんは、表情だけは、ぷぅと唇を尖らせて可愛らしく怒っているけれど、発言が私達にはちょっとハード過ぎる。というかアーサーには致死量だ。しかも〝隊長〟って文脈的に八番隊隊長のアーサーのことなんじゃないの?!
これはまずい、と思わずアーサーの耳を塞ごうとしたけれど当然ながら遅かった。まさか目の前に本人がいるとも思わず「嫌い」発言をしたライラちゃんに、アーサーは血の通った顔色ではなくなっていた。ぽかりと開いた口が今度は引いたように閉じられてて、瞬きも忘れた目だけがまだかっ開いている。子ども相手に怒るアーサーではないけれど、その分衝撃へ蓄積されている感がある。こんな小さい子に嫌いとか言われたら私も落ち込む自信があるし、いっそ泣くと思う。
あまりのショックにかフラつくアーサーの腕を、私はしがみつくようにして支える。すると、次はステイルが動いた。
「……何故嫌いなのでしょうか?ノーマン……、さんに何か言われたのですか?」
ステイルがまた一歩前にでる。
こっちは若干怒っている気もする。顰めたような表情になりながら、圧だけはかけないようにライラちゃんへ両膝を曲げた。真っ直ぐ彼女と目を合わせながら、今度こそ答えさせようという意思が感じられる。
そんなステイルに押されるようにライラちゃんは「言われた……」と小さく呟いてからコクンと頷き、唇と尖らせたまま顔を俯けた。
「何を言われたか教えてくれないか。騎士団の悪い話か?仕事の愚痴か?隊長の悪口か?まさか〝あの〟聖騎士の……」
「ちょっ、ステ……ッフィリップ!待って待って待って!」
怖い怖い!絶対怖いから‼︎‼︎
慌てて私はしがみついたアーサーの腕から今度はステイルの腕に飛びついて引っ張り上げる。しゃがんでいるステイルを立ち上がらせるようにしながら「落ち着いて!」と声を抑えて耳元に訴える。
駄目だ、若干どころかすっごい怒ってる!親友のアーサーの悪口をノーマンが言っていると判断したのだろう。確かに私も思ったけれど‼︎‼︎
というかそれ以外にライラちゃんがピンポイントで嫌う理由が見つからない。でもだからってライラちゃんを尋問したら可愛そうだ。
幸いにも早めにステイルを引き剥がせたからか、まだライラちゃんも怯えてはいなかった。きょとんとした顔で「聖騎士……?」と聞き返すところを見ると、知らないのかもしれない。
まだ小さいし、アーサーの聖騎士の称号も受けたのは数ヶ月前だし、知らなくても無理はない。そのまま「聞いたような……?」と首を捻らせるライラちゃんは、自分の口元を人差し指で突くようなポーズをした。その挙動自体はすっごく可愛いのに、今はステイルの火に油を注ぎそうで怖い。ノーマン本当にこんな小さい子に何言っちゃったの⁈
ステイルも流石に私を振り解くほどの怒りには達していなかったのか、腕を捕まえてからはじっと固まってくれたけれど、漆黒の視線はライラちゃんに突き刺さったままだ。もう完全に犯人を追い詰める証言者探しみたいになってる。まさかライラちゃんの発言からノーマンに処罰も考えているのではないかと心配に
「ライラ。……君達も、こんなところで何をしてる?」
……きゃあ。




