Ⅱ376.女は見つかり、
「第一王子を呼びつけるとはどういう了見だ」
腕を組み、顎を上げずに上目で見据える。
若干不機嫌にも近い様子でステイルは低めた声で問い掛けた。先ほどまで王宮で摂政であるヴェストの補佐業務を従事していたステイルだが、急所呼び出されて此所にいる。
王宮と回廊で繋がった宮殿は、通常は姉妹と共に暮らす為の居住区である。その自室でもなければ誰の部屋でも無い。客間ですらない、単なる玄関ホールに彼は佇んでいた。
プライドと近衛騎士達も控える中、彼は呼び出されたことに不満を露わにする。もしこれがプライドによる呼び出しならば不満など微塵もない。しかし、今回彼を呼び出したのは厳密にはプライドではない。
摂政業務中、王配補佐中のティアラを置いて自分だけがプライド名義で衛兵の伝言により呼び出された。
一体何があったのかとヴェストに許可を得て急ぎその足でわざわざ駆けてきた。しかし呼び出された玄関に来てみれば、自分を必要としているのは彼女ではなかった。
「この前の借りを返せ。それ以外テメェにも主にも用はねぇ」
鋭い眼光を尖らせ、第一王子を至近距離から見下ろす配達人にステイルは今度は顎を上げて真っ直ぐに睨み返した。
玄関に到着してすぐ、プライドの顔色で事情を察したステイルだが既に一触即発に近い。今までもヴァルと関わったことは多いが、わざわざ自分が呼び出されたことなど初めてである。しかも、プライドにわざわざ呼び出しをさせた。その事実だけでステイルが声を低める理由は充分だった。
自分が来た時にはヴァルもセフェクも、そしてプライドも誰一人客間へ移動することもなく玄関前に佇み続けていた。
借り?と、すぐに思い当たりながらもそのまま返す。ならばさっさと要件を言えと胸を突き出すステイルへとうとうプライドが間に入る。
「あの、突然呼び出してごめんなさいステイル。だけど、ちょっと私も心配で。実はケメトが……」
「ケっ、ケメトがいないんです‼︎待ち合わせ場所に約束したのに来なくて‼︎絶対何かあったんです‼︎」
宥めるようにステイルの傍へ歩み寄れば、途中でセフェクが堪えきれずプライドの声を上縫った。
ヴァルの腕にくっつくようにしがみつきながら、顔色に余裕のない彼女はもう何度も声を上げた後である。
ケメトが約束した待ち合わせ場所にいなかった時も、ステイルを尋ねようとヴァルの手を引いた時も顔色は蒼白のまま。そして客間で落ち着こうともせずに玄関へ迎えに訪れた彼女にステイルを所望したのも、そもそもはヴァルではなくセフェクだった。
更にはプライドが衛兵にステイルを呼ぶように指示を出した後も、息を吐く間もなくケメトが待ち合わせ場所にいない、絶対何かあったから探さないと、裏稼業に見つかったのかもしれないと不安を吐露し続けていた。
今も不安に堪えられないようにヴァルの腕を締め付けながら、目が零れそうなほど開きステイルに向けている。
呼吸も乱れ過ぎて酸欠にでもなっているかのように苦しげなセフェクとその言葉に、ステイルも納得する。
通りでプライドだけでなく自分が呼ばれたわけである。ケメトが行方不明。そして、彼一人を探すのに城下は広すぎる。
しかも昨日の話では一晩もケメトに会っていない彼らが、その身を心配するのは過剰でもなく当然のことだった。ステイルにとってもケメトは他人事ではない。
焦燥気味のセフェクに一言だけ返すべく、ステイルは冷めた眼差しも止めた。
わかった、と一言返してからプライドに目を合わせれば言葉で確認せずとも眼差しだけで了承を得る。最後にもう一度ヴァルを今度は顔ごと上げて見返した。
今もさっさとしろと言わんばかりに自分を睨んでくる男に言いたいことは山ほどある。足先でタンタンと床を鳴らし、舌打ちを落とし、こうして棒立ちでもセフェクにしがみつかれた腕以外も身体全体をグラグラ揺らしどうみても人に頼む態度ではない。
本来であれば頼んでいる相手は第一王子で、たとえケメトが知り合いでも彼らからの依頼は安く受けることではない。借りの行方があろうとも、自分の特殊能力の貴重性と極秘性はステイルがよくわかっている。。
本来であれば全ての状況と条件を確認し、前置いてやるべきだとステイルは思う。しかし今は足下を見て良い時ではない。
自分が今最も確認すべきことは。
「お前達だけで良いのか。騎士か衛兵は?」
「要らねぇ、たかがガキの迎えだ」
「ならば片が付いたら今日中に姉君へ報告に来い」
以上だ。と、早口で必要要件のみ言い切ったステイルは直後にヴァルの返事も待たず彼へと触れた。
ヴァルにしがみついていたセフェクごと消えたのを確認し、一息呼吸する。二人分いなくなった空間を前に、自分も大分焦っていたと自覚する。
ケメト個人への瞬間移動に、本来であればもっと城の人間にも見られないように配慮して場所を移すべきだった。それを省略しただけでも慌てていたことが自分でもわかる。プライドと近衛騎士はまだしも、まだ周囲には自分の特殊能力の上限は伏せている。見回せば幸いにも今自分とヴァルとの会話を聞いていたのはプライド達を覗けば近衛兵であるジャックや専属侍女のロッテとマリーという一部のみ。しかし、やはり少し急ぎ過ぎたと改めて二回目の溜息をステイルは吐いた。
「ありがとう、ステイル。忙しい中本当にごめんなさい」
「いえ、プライドが謝ることでは。それよりも一刻を争う事態でなければ良いのですが」
謝罪するプライドに一言断り、眼鏡の黒縁の位置を軽く直す。振り返れば、ステイルの言葉にプライドだけでなく近衛騎士のアーサーとエリックもそれぞれ頷いていた。
彼らにとってもまたケメトの身の心配はある。一度は人身売買組織に捕まったことのある少年である。
「今日中には来いと言いましたし、後で事情も聞けるでしょう。その際にまた呼んで頂けますか?」
可能であればティアラも知りたいでしょう。そう繋げるステイルにプライドも快諾した。
そうよね今日には知れるわよねと、自分に言い聞かせるように紡ぎながら自然と胸を押さえた手のまま肩に力が入る。本当なら自分も同行したいくらいだった。
しかし、あくまでケメトが事件に巻き込まれた確証もないのに付いて行けはしない。今自分にできるのは、彼らが無事に三人揃って戻ってきてくれるのを願うことだけだ。
足早に仕事へ戻ろうとするステイルへプライドからも言葉を返し、……ふと呼び止める。
ステイル、と一言駆けた声に彼は向けた背中ごとくるりと振り返った。
「因みに、さっきヴァルが言っていた〝借り〟っていうのはやっぱり……?」
「ええ、お察しの通りで間違いありません。……まぁ、そうでなくてもこれくらいの手は貸しましたよ」
探るように姿勢が低くなるプライドに、なんでもないことのように返し最後は肩を竦めてみせた。
ステイルにしては少し珍しい返答にプライドが大きく瞬きをすれば、今度はにっこりとした笑みを浮かべて返された。
それを見たアーサーが言葉にされる前から作られた笑みへ眉を寄せ顰めるのもステイルは視界の中で確認し、たっぷりと意地悪めいた声で言い放つ。
「〝家族〟のことですから。あれだけ余裕を無くした男を焦らす趣味は俺にはありません」
奴には言わないで下さいね、と口止めを置き、人差し指を立てて笑って見せる。
仄かに黒い気配を醸しながらも余裕を見せるステイルに、プライドも「そうね」と返しながら不思議と胸を撫で下ろす。
その笑みに、彼らなら大丈夫だと保証された気がした。
……
「アァ?テメェら何してやがる」
ケメト‼︎とセフェクが声を上げるのと同時だった。
ステイルに触れられ、視界が切り替わった瞬間最初に目に映ったのは明らかに裏稼業である男達。ご丁寧に武器を構え、数人は血を零している。更にはギラギラとした目を見れば疑いの余地もない。
手入れのされていない石畳と小汚く殺風景な通りで裏通りであることも肌が感じ取った。ケメトの背後に瞬間移動させられたヴァルだが、背の小さなケメトもグレシルも近すぎて一瞬目に入らなかった。
代わりに身長の近いセフェクが声を上げれば、すぐに視線が足下に降りた。男達が突然表出したヴァルに目を疑うよりも遥か先に、彼の視線がケメトへ辿り突く。
記憶に留めてもいない少女を背中に隠し、ナイフを両手に構えるケメトの上から下まで姿を見れば
殲滅する理由には、充分だった。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ‼︎と地面が揺れ出したと思えば、男達が身を固めようとするより先に地面そのものが文字通り翻る。
まるで自分達の足場が石畳ではなく絨毯の上だったのかという錯覚を覚えるほどにうねり出した。武器を構えていた者も、刃物が握っているだけで自分か味方を刺しかねない。しかし仕舞う余裕もなく何人かは手から落とし、四つん這いでバランスを保とう幅を取れば他の仲間の足をひっかけ倒れ込まれた。馬鹿来るな押すなと訳も分からず叫びながら、視線を上げれば地面そのものが弧を描いた。
「ケメトどうしたの⁉︎何があったの⁈これ怪我⁈」




