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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
無頓着少女と水面下

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Ⅱ375.女は急ぎ、


……どうなってんの……⁈


「ガキの分際で手間取らせやがって……‼︎」

忌々しげに放たれる低い声に、グレシルは息を止め目を見張る。

何故こうなったのか、立て続けのことに頭が追いつかない。細切れに荒かった息が整ったが、思考は整理がつかないままだった。

背後には顔の知っている男達、そして目の前には馬車の前で待っていた男達。どちらもケメトにナイフを放たれた三人の仲間である。

前にも背後にも鼻息を荒くして目を釣り上げる男達の視線が、ケメトだけでなく確実に自分へも向けられている。つい少し前までは自分も彼らの横に並んでいる筈だったのにと我に返れば、これは悪い夢かと考えてしまう。


くるくると首を何度も前後に振り返り自分は味方よね?と顔色で訴えるが、誰一人声を掛けてくれる相手はいない。それどころか鋭い眼差しで返してくる男までいる。

聞くまでも無い、自分は提供を失敗したのだから。

美味しい話と言ってわざわざ小芝居にも付き合わせた挙げ句が仲間三人を返り討ちにされての逃亡である。もともと彼らと繋がりこそ持っていても特別親しいわけではない彼女へ寛容さを持つ者はいない。


「それ以上近付かないで下さい。今度は殺しちゃうかもしれません」

そんな中で、唯一彼女を背中に守る。

自分を陥れた、そもそも彼らを招いた元凶であることも知らずただただ当然のように彼女を庇う。

血が染みついたナイフを片手に構え、反対の腕で彼女を男達のどちら側でもない方向へ下がらせあ。

明らかに凶器として使ったナイフを掲げるケメトに、男達も安易には近付けない。仲間がどうやってやられたのかは見ていないが、彼らがナイフが足や肩に刺さったのを確認していれば予想はできる。

背が低い少年が大人の肩へナイフが直接届いたとはだれも思わない。ならば方法は限られている。銃を所持するほどの資金もない彼らにとって、ナイフ投げという飛び道具は充分に驚異だった。


「僕、まだ下手っぴなので手元が狂うかもしれません。急所を避けられる自信がないんです」

だから近付かないで下さい、と。

脅しにも謙虚にも聞こえる言葉を並べながら、ただナイフを構える手だけはどう見ても手慣れている。

既に三人も返り討ちに遭っている今、子どもの妄言と聞き逃せない。小さな子ども相手にギリギリと歯軋りを零しながら男達は踏み止まった。

銃一つでもあれば簡単だったと何度も頭で思い返す。目の前の少年一人を人身売買組織に売ればそれだけで銃を買うことができた。しかしその少年が今は自分達にもない飛び道具を掲げていることに腸が煮えくりかえる。

十秒、一分、五分、と。膠着状態に時間だけが過ぎ続ける。まだ人通りまで辿り着けなかったケメトに、偶然衛兵や騎士が通りかかるような奇跡はない。裏通りにいるのは同じ下級層か裏稼業の人間が殆どである。


子ども相手にいつまでも動けない状況に、首の筋肉が張り詰め顔まで真っ赤に茹だらせる男達は手の中のナイフを何度も力を込めて握り直した。

全員でかかればナイフ一つしかない子ども相手に絶対勝てる。しかし、だからといって他の連中の為に自分がナイフの餌食になりたいとは思わない。

そこまで考えた男は血の回った頭から時間の経過と共に、ケメトの背後の少女にやっと気が付いた。グレシルが自分達を嵌めたのか寝返ったのかもわからない。もともと次々と標的を見つけては陥れるのが趣味の女である。

しかし、今の網に掛かった後の状況ならばと男の一人がその場で声を肺から響く声で張り上げた。


「おいグレシル‼︎‼︎いつまでも突っ立ってねぇで協力しやがれ‼︎ガキと一緒にぶっ殺されてぇのか⁈」

ビリリッと空気が震えるほどの怒声にグレシルの肩が大きく上下した。

既に血の気が引いて真っ青になっていた少女に、ケメトは首で振り返る。男の言葉の意味を考えるがわからない。名前を呼んでいることに、知り合いなのかとまでは思った。だが、目の焦点すら合っていない彼女に言葉の真意よりも体調の方が心配になった。

身構えた体勢のまま怒鳴った男から小さな背中で彼女を庇う。しかし、その間にも黙する彼女を責めるように他の男達も「そうださっさとしろ」「殺されてぇか!」と怒鳴り出す。


今まで自分に対しては気の良い声や甘くしてきた男達が、殺気を露わに上から怒鳴ってくる。その現実に、何度もビクビクと肩を揺らすグレシルは目が回ったまま吐き気まで込み上げた。

今なら戻れる、今ならまだあっち側に戻れる、殺される殺されると。どうしてこんなに自分が彼らに追い詰められているのかもわからないまま恐怖に押されるように両手を胸の上までは持ち上げる。しかし、それ以上は指先がぶるぶる震え思うように動かない。

目を丸くして自分を振り返っている少年もまた、ナイフを持っている。

目の前で平然と男三人へナイフを振るった少年相手に、こんな至近距離で勝てる自信なんて自分にない。


「……グレシル?」

「ぉ、……ねがいケメト。そのっ、ナイフ……渡してくれるわよ……ね?」

自分がどんな立場で言っているのかも、喉をガクガクと震わしたままわからない。

ただ青い顔でよろよろと一センチ一センチ手を近付けてくるグレシルに、ケメトは抵抗もしない。ビクビクと震える手がナイフの持ち手に触れれば、グレシル自身が信じられないほど簡単にそれを手放した。


きょとんと、今まで何度も見慣れた表情で自分を見返してくるケメトの真意はわからない。ただ恐る恐るナイフを受け取った彼女は、べったりと血にまみれたそれを三秒も持っていられず地面に落とした。

ナイフに付着した赤が指先に移り、鉄臭いそれを自分の服でばたばたと拭う。ケメトに拾われるのも怖い凶器を足先で蹴り飛ばした。

両手が空のケメトは、目を不思議そうに丸くしたまま今は男達へでもなく彼女へと向け続けた。


唇をぎゅっと結び一歩一歩ケメトから後ろ足で離れる彼女は、驚異は去った筈なのにまだ返り血に汚れる少年が恐ろしく目が離せない。

今朝まで何度も何度も思い描いたように見下すでも嘲笑うでもなければ、自分を助けようとしてくれた少年への罪悪感の欠片もない。ただの恐怖に染まった目を、向ける。

丸腰になったケメトに、にやにやと男達から歩み寄ってくれば彼女も早々に彼らの横に避難した。


「もしかして……グレシルはその人達の仲間だったんですか?」


やっと気付いた彼の声は変わらず丸い。

屈強な男達の横に並ぶことを許された彼女は、そこでやっと今度こそ安全を確信する。胸を片手で服越しに鷲掴みながら、強張ったままの顔でケメトを見る。

自分の声が出るよりも男達のゲラゲラという笑い声が先んじた。グレシルに嵌められたのはやはりこちらの少年の方なのだと理解する。そして


「ッ⁈え、なに⁈ちょっ、キャアア‼︎」

呼吸を深く繰り返していたグレシルの目が再び限界まで開かれる。

突然何の前振りもなく長い髪を掴みあげられた。乱暴に鷲掴まれた青みがかる緑の髪が自分の身長よりも遥かに高い位置まで引っ張り上げられ、あまりの激痛に自分からも引っ張り返すが明らかに力で負けた。勢いよく引っ張り上げた髪が中途半端な長さのものからブチブチと何本も抜ける音と感触に、グレシルは続けて甲高い悲鳴を上げた。

やめて、なにするのと言ってはみたが、この状況は理解もできた。

ケメトだけが彼女を案じて名前を呼ぶ中、ゲラゲラと笑い声と怒号の中で髪を引っ張り上げる男が荒げた声で「このクソガキ」と唾を吐きつけた。


「どうしてくれる⁈武器なんざ持ってねぇ丸腰だって言ったのはテメェだろ‼︎余計な手間取らせやがって‼︎」


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