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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
無頓着少女と水面下

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そして見過ごす。


「……プライド?大丈夫かい」


「!え、ええ平気よ。ごめんなさい、ちょっとぼんやりしていたみたい」

覗くように小さく首の位置を低めるレオンに、肩を上下して答える。しまった、少し考え過ぎた。

いつの間にかレオンへの返事が止まってしまっていたことに気づき、現実へ頭を引き戻すように紅茶を二口連続で飲み味わう。折角の定期訪問なのに訪ねた相手を置いて没頭なんて失礼過ぎる。

ごめんなさい、ともう一度改めて謝ればレオンから体調が悪いのかと心配されてしまう。そんなことないと首を振れば、レオンは眉一つ釣り上げず笑い掛けてくれた。


「無理もないよ、昨日は君も忙しかったからね。特にあのショールの刺繍は一際目を引いたから」

ドレスと手袋も綺麗だったけれどね、とまさかの手袋にも気付いてました発言まで添えられる。流石レオン。

改めてのお褒めの言葉に私も顔の筋肉から自然と力が抜けた。あの刺繍が褒められるのは何度聞いても嬉しくて仕方がなくなる。

ステイルが注文票を取ってくれ始めた後もパーティーが後半に差し掛かるまでひっきりなしだった。皆、ネルのデザインを褒めてくれて欲しがってくれて私まで誇らしかった。


滑らかに笑んだその視線が自然と私から背後にも向けられたから自然と追って振り返れば、カラム隊長とアラン隊長まで深く頷いてくれていた。二人にもそう返して貰えると余計くすぐったくなる。

両肩を上げて、感謝も込めて振り返ったまま笑みで返せば二人の肩が私以上に上下した。レオンから同意を求められただけなのに私本人まで返答しちゃったから驚いたのかもしれない。褒めてくれたのが嬉しかったとはいえここは淑女らしく気付かないふりをすべきだっただろうか。

口を一文字に結んだ二人は、心なしか顔もまた火照っている。やっぱり気の知れたレオンを前でも緊張感は緩めない。


「僕もあの刺繍職人には是非あってみたいなぁ。貿易先の刺繍にも少し似ていたけれど、独自性が素晴らしかったな。機会が合ったら僕にも紹介してくれるかい?」

もちろんよ、と返しながら心の中で少しだけ申し訳なくなる。

私がリクルートしなければ、ゆくゆくはネルもアネモネ王国に移っていた。城下に頻繁に降りていたレオンならそれこそ路店売りしていた彼女の才能も見逃さなかったかもしれない。こうして定期訪問している時だってレオンは城下に本当に詳しいもの。

新しくできたお店や人気の出てきたカフェや服飾店にも通じている彼がネルを見つければ、きっとアネモネ王国で人気爆発していただろう。それこそ私と契約してもらうより段階としては早く国外へ輸出できていた可能性もある。フリージア王国のネイトの発明だってこの早さだ。……そう思うと、なんだかレオンだけでなくネルにも申し訳なくなってきた。

いやでも!私は私でどうしても彼女の才能は見過ごせなかったのだもの‼︎あんな好みど真ん中な刺繍やドレスを前にしてどうぞアネモネへと言えるわけがない。


「今度またデザイン画を持ってきて貰う予定なの。その時に聞いてみるわ、私の盟友が是非にって。良かったら定期訪問に来てくれた時にでも紹介させて貰ってもいいかしら?」

アネモネ王国の第一王子がと言えば、きっとネルも大喜びしてくれるだろう。

せめて二人の繋がりは優先的に取り持とうと、私からも提案すればレオンが嬉しそうに微笑んでくれた。初めて会った時には考えられなかったくらいの柔らかな笑みに、これはこれで今でもドッキリしてしまう。

中性的な顔立ちのレオンはこうして笑うと本当に綺麗だ。妖艶に笑まなくてもこの破壊力なのだから。……ネルがレオンに会ったら、セドリックに会ったファーナムお姉様みたいに倒れないかちょっと心配になる。


トントン。


「失礼致します、レオン第一王子殿下。フリージア王国の配達人が訪れております」

ノックの直後、報告にきた従者の言葉に両眉が上がった。

ヴァルだ。配達があるのは知っていたけれど、まさかアネモネ王国で会うことになるとは思わなかった。

レオンもこれは予想外だったらしく「ヴァルが」と一言呟いてから確認するように私へ視線を向けた。勿論平気よと頷きで返せば、そのまま従者に彼をここまで通すように命じた。

もう食後の紅茶だし、来客を迎えても問題は無い。しかも相手は我が国の配達人だ。


ヴァルが訪れるのを待つ間、レオンは彼らを迎えるのに紅茶か酒とジュースにするかと悩み出した。

私達に合わせて同席させるなら紅茶一択だけれど、あの人は確実にお酒だろう。セフェクとケメトもまだ紅茶よりジュースの方が好んでいるとティアラが話していた。

レオンも同じ結論に辿り突いたのか、彼らが訪れる前にと侍女にお酒三本とジュース二杯をと指示を出した。やっぱり時々晩酌しているだけあってヴァルの大酒飲みも当然のように把握済みだ。

すぐにお持ち致します、と返した侍女が退出するよりも先にまた扉が開く。ノックもなしに乱暴に開かれた扉に、もう姿を見る前から彼だとわかる。


「あー?なんで主まで居やがる」

開口一番に片眉を上げるヴァルに、レオンがカップを掲げて挨拶をする。

やあ、と返答にならない一声にそれだけでヴァルの顔が顰められた。学校潜入とは違う、実年齢の姿だ。

どうやら彼はまだ私が居ることは知らされていなかったらしい。私も今日が訪問日だと話していなかったし、驚いたのはお互い様だろう。

更にヴァルと一緒に入って来た影が私へと元気よく手を上げる。「主!こんにちは」と落ち着いた笑顔を向けてくれるセフェクに私からもー……あれ?




「ケメトはいないのかしら……?」




ケメトがいない。

テーブルの影で見えないだけかしらと、少し顎を上げて身体ごと傾けてみるけれどやっぱりいない。ヴァルの反対側にとも思ったけれど、やはり違うらしい。いつもはセフェクと一緒に元気な笑顔を向けてくれるケメトが今日はいない。部屋に入ってきたのはヴァルとセフェクだけだ。

レオンも同じように気になったのか、席から首や身体を傾けてケメトを探した。「ケメト⁇」と彼からも呼んだけれどやっぱり返事はない。

ケメトを探す私達にヴァルが面倒そうに舌打ちをすると、セフェクがぎゅっと彼の腕にしがみついた。ちょっと寂しそうに眉を中央に寄せるセフェクに、何かあったのかと心配になる。

けれどヴァルは鋭い眼だけを私を睨むように向けると「ちげぇ」と先に断った。


「ケメトなら今日はダチと約束だとよ。いらねぇっつったのにセフェクだけ付いてきやがっただけだ」

今日も一旦会ってはいる、と。そう言って寧ろケメト不在よりセフェクが一緒な方がおかしいと言わんばかりの彼は懐から書状を一枚出すとレオンに指先で手渡した。

既に二人を寮に預けることが増えた彼にとって一人不在も二人不在も慣れたものなのだろうか。むしろ見ているこっちの方がつい違和感を覚えてしまう。ヴァル一人は学校で何度か見たけれど。

続けて「レオンに会うなら俺に任せずテメェで渡しやがれ」と苦情を言うヴァルに思わず口を結ぶ。

正式なものとして王族訪問と正式な書状は別の用事なのだけれども、二度手間になったと言われると否定もできない。


「配達より優先なんて珍しいですね。休みも一緒なんて、仲が良い友達ができたのね」

セフェクはちょっと不満そうだけれど。その言葉を飲み込んでヴァルとセフェクを見比べる。

ケメト不在にもともと釣り上がった目が更に尖っているセフェクを無視してヴァルが今度はこっちに歩み寄ってきた。「興味ねぇ」と言いながら、ついでと言わんばかりに懐から今度はフリージア宛の手紙を三枚手渡してくれる。既にもう少なくとも三国を回ってきたらしい彼に相変わらずの仕事の速さだと感心する。

セドリックの誕生祭の間も国を渡りまくっていたのだろう。昨日はケメトに会っているというのなら、特殊能力の制限も問題はなさそうだけれど。

「明日は会うの?」と訪ねれば「まぁな」と素っ気ない言葉だけ返ってきた。今日会ったなら大丈夫だとは思うけれど、二日に一回は会わないとヴァルは特殊能力の増強も切れてしまう。

一緒についてきたセフェクが立ったまま両肘をつき私の隣で小さく唇を尖らせた。


「一番仲良しなわけじゃない、です。何度も誘ってくるからケメトも仕方なく付き合ってあげてるだけで……今日だって一緒に配達の筈だったのに」

「ガキがガキに妬いてんじゃねぇ」

突き放すような言い方のヴァルに、直後には「何よ‼︎」とセフェクの放水が放たれた。ビシャッ!とケメトがいなくてもいつも通りのスープ皿一杯分の攻撃にヴァルだけでなく私まで位置的に余波を浴びかける。

慌てて受け取った手紙は濡らさないように両手で抱えたけれど、前に出たアラン隊長が肩を濡らし、カラム隊長が腕で庇って濡れてくれたお陰で私は濡れなかった。そして大半以上は狙い通りヴァルの顔面だ。

ご無事ですか、とアラン隊長達が確認してくれる中、セフェクも命中してからハッとした顔で構えた手のまま固まってしまった。うっかりヴァルしか目に入っていなかったらしい。


レオンが急いでタオルを侍女に用意させてくれる中、顔を青くしていくセフェクに向けて私から大丈夫よと声に出して笑って見せる。

カラム隊長達への返事もそうだけれど、今は一番動揺しているセフェクに無事を伝えた方が良いとわかった。

ヴァルが片手と袖で顔を拭う中、セフェクがか細い声で「ごめんなさい」と謝るのが聞こえた。

本当に今回は場所が悪かった。アラン隊長もカラム隊長も濡れたくらいで怒る人ではないしと私が二度目の大丈夫よを言っても、セフェクの視線は弱い。なんだかいつもより心なしか弱気な気がする。


「セフェク。さっさと次行くぞ、騎士共が濡れただけだ放っとけ」

自分が濡れたことはもう慣れたのか。舌打ちだけを二度残すヴァルは、侍女のタオルも待たずに出口へと歩き出した。

レオンが一緒にお茶でもと誘ったけれど一言で断られる。セフェクがぺこぺこと私に頭を下げながら後ろ足で二歩下がった。

上目で濡らしちゃったアラン隊長とカラム隊長を見たけれど、唇を貝のように閉じたまま俯くように大きく頭を下げて謝罪を示したら、あとは目も合わせずに背中を向けてしまった。

もともと近衛騎士と話すことは殆どないセフェクに、いきなり謝罪はまだ難しかったのかもしれない。

トトトトッと早足で駆け出しヴァルの腕にしがみつくセフェクに、ヴァルは侍女が持ってきたジュースのグラスを一つ手に取った。そのままセフェクの眼前に掲げると、彼女も空いている手で無言のまま受け取る。

それから今度は酒瓶を褐色の手で一本鷲掴む。確認するように顔だけ向けられたレオンは「良いよ」と手の平を上に彼へ向けた。

了承を得たヴァルは酒瓶を片手、セフェクもグラスを持ったまま退出していった。まさかの瓶とグラスごとお持ち帰りだ。


「今夜にでも飲み直そうよ」

ヒラヒラと軽く手を振るレオンの呼び掛けに、ヴァルから返事どころか一瞥もなかった。

扉も閉めずにそのまま開けて去って行く二人に私も「またね」の一言しか出ない。ちらりと手だけを上げてくれたヴァルの指先と、こちらに振り返ったセフェクの顔が下がったのが見えたけれどそのまま足音は遠ざかっていった。


「セフェク……平気かな。ヴァルの方はあまり変わらなかったけれど」

侍女により閉ざされた扉を眺めながら独り言のように呟くレオンに、私も頷く。

ケメトは友達と会っているだけなら安心だけれど、セフェクは大分調子を崩しているように見えた。ヴァルもヴァルでそのセフェクに対してちょっと気にしているようだけれど。

遅れてタオルを持ってきた侍女から受け取ったカラム隊長とアラン隊長も少し気になるように扉の方向に目を向けていた。

私から二人に庇ってくれたお礼と濡らしてしまったお詫びを言うと、二人とも怒る素振りもなく返してくれた。


「やっぱりいつも一緒にいる相手がいないと調子狂いますよね」

「彼女にとっては大事な弟ですから。時間が解決してくれるとは思いますが……」

それどころかセフェクを気遣ってくれるアラン隊長とカラム隊長に、私も感謝しながら同意する。

レオンも新しく淹れたカップに手をつけられないまま細い眉を不安げに寄せていた。彼もやっぱりセフェクを心配している。


セフェクが寂しいのも無理ないと思う。ヴァルの話だと彼が出逢う前からケメトはずっと一緒に居た相手だし、お姉ちゃんとして寂しくもなるだろう。

けれど学校に通って友達ができたなら遅かれ早かれ自然な流れだ。ケメトは特待生な上に人当たりも良いし、きっと人気なのだろう。放課後や休日に一緒に遊びたいという子が居るのはむしろ良いことだ。それにきっとケメトの友達なら良い子だろう。

何とも言えない胃が重たさを感じながら、私もカップの中身を飲みきった。アネモネ王国の侍女が紅茶を新しく淹れてくれれば、ふわりとまた甘い香りが部屋に広がった。

重くなった空気を華やかにしてくれる香りにほっと息を吐いた私達は再び雑談を再会した。


ラスボスの手がかりが素通りしたなんて想いもせずに。


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