Ⅱ361.騎士達は振り返り、
「いや~~、プライド様今日もお綺麗だったなぁ」
ぷはーっ、とジョッキをテーブルに置きながらアランが笑う。
一気に飲みきった勢いのまま、今夜のことを思い出すだけで酒とは関係なく顔が赤らんだ。今が飲み直しと言わんばかりにジャバジャバと酒を瓶から補充していく。
その様子を見ていたエリックも、見慣れたまま「そうですね」と相づちでジョッキを一口傾けた。
セドリックの誕生パーティー後、プライドを無事に部屋まで送り届けた彼らは共にアランの部屋に訪れていた。
プライド関連の式典やパーティーでは高確率で他の騎士達から話を聞かせろと捕まる近衛騎士達だが、こうして彼らだけで飲むという理由の時だけは免れている。
騎士達も近衛騎士達だけの集いが、自分達が知るわけにいかない議題が上がっているのであろうことは察している。それが単に未発表の内容なのかそれとも任務に関わるようなことなのかまでは知らずとも、そこで無理矢理近衛騎士達の中に介入する騎士ではない。
今もこうしてアランの部屋で飲み会を行う彼らは平和そのものだった。この大義名分が無ければ、アランは当然のことエリックとアーサーも他の騎士達に飲み会へずるずると引き摺り込まれていたのだから。
「自分も、あの装いを初めて見た時は驚きました。特にあの蝶のショールはとてもお似合いで」
「来賓の方々にもすげぇ人気でしたね。自分もお似合いだったと思います」
ほくほくと頬を火照らせるエリックに、アーサーも思い出してはぐっとジョッキを握る手に力を込めた。
毎回ドレスお披露目の度に騎士達の目を奪うプライドだが、今日はまたいつもと違う衣装が彼らの胸に残っていた。言葉にしながら思考が引き摺られるようについさっきの出来事を思い出す。
記憶の中になるとそれこそプライドのそれがショールだったのか、本物の蝶が舞っていたのかと考えてしまうほど彼女自身に調和していた。
だよなぁ⁈と、アランも二人の言葉に嬉しそうに声を上げれば上機嫌のままに今度はアーサーとエリックのジョッキに酒を注いだ。まだ半分近く残っていたアーサーも、まだ数口しか飲んでいなかったエリックも酒が零れるほどに注がれる。
今回は王族のみのダンスパーティーだった為プライドと踊らなかった彼らだが、一歩引いた先で蝶のように舞うプライドは一生忘れられない光景だったと思う。
近衛の護衛として会場入り前にその姿を確認できたアーサーとエリックさえその後に目を奪われたダンスは、会場に到着して初めてプライドの姿を確認したアランにはそれこそ血の巡りがよくなるどころの話ではないほどに熱が上がった。
今日のプライドの話に花を咲かせながら、しかしまだ本題の話題には誰も触れない。ひたすらにプライドが綺麗だったこととドレスとダンスの話ばかりを繰り返しながらも全く飽きが来ない彼らへ、そこでトントンとノックの音が鳴らされた。
空いてる空いてる、とアランが気楽な調子で返すのとエリックとアーサーが扉を開けるべく立ち上がったのは殆ど同時だった。
彼らが開けるのを待たずして外側から扉が開かれる。
「すまない、遅くなった」
前髪を整えながら入室するカラムに、立ち上がった二人は「お疲れ様です」と同時に礼をした。
遅れて「おつかれ」と伸びのある声を掛けたアランだけがひらひらを手を振るだけで座ったままだ。騎士団長のロデリック達と退出が別だったカラムだけが遅れての合流も、今は彼らにとっていつものことである。
遅くなったと言っても、時間差で言えばいつもと大して変わらない。いつも飲み会前半で合流するカラムだが、それでも彼らを待たせることは申しわけなさがあった。
入ってすぐに内側から扉を施錠するカラムは、テーブルに着くと少し考えてからグラスを手に取った。向かいに座るエリックが瓶を手に取れば、アランとは異なり慎重にカラムのグラスへと酒を注いだ。
「んな慌てて着替えねぇでもそのままの格好でくりゃあ良いのに」
「あんな格好で落ち着けるわけがないだろう。……本当ならば騎士団演習場に戻る前に着替えたいくらいだ」
笑うアランにカラムは整えたばかりの前髪を指先で押さえる。
ボルドー郷として招待されるようになってから、翌日が休みの日以外はその格好で演習場への帰還を余儀なくされていた。実家の屋敷も着替えるだけの為に戻るには距離があり過ぎる。着替えの為にわざわざ王都内に別荘を買うこともしたくなかったカラムにはそれしか手段がなかった。
最初の頃こそ上着で隠したりと騎士達からの目を気にしたカラムだが、最近はやっと諦めもついてきた。自分が家の代理をしていること自体は騎士達に周知の事実である。
伯爵家として会場を後にしてから演習場の騎士館へ帰り、自室で着替えてからアランの部屋に合流する。着替えの為に必要以上合流が遅くなってしまうがこればかりはカラムにも譲れなかった。
ま、そりゃあそうだよな。とアランも気楽な様子でジョッキを傾ける。騎士になってから付き合いの長い自分もまた、カラムは貴族としてよりもそういった格好の方が似合うと思う。
「今プライド様が綺麗だったなって話しててさ。あの格好でダンスも見れたし、ほんっとセドリック王弟の誕生パーティー行けて良かった」
「国内関わらず王侯貴族からの評判も高かったな。副団長も鼻が高いだろう」
話題が速やかに流れれば、カラムもすぐに乗る。
本来カラムが最優秀騎士として出席していれば、この場の全員は出席できなかった。
アランが次点として最優秀騎士として招かれたからこその特権である。その事実を思い出しては素直に幸運を受け止めて笑うアランに、カラムも当時のプライドを思い出す。
王族は基本的に同じ装いを使い回さない。今回のプライドの格好も今夜しか目に出来ないと考えれば貴重そのものだった。
更にはあれほどに来賓女性に好評を博していたことを考えれば、それを目にできて良かったであろうもう一人の人物が自然と話題に上がった。
“副団長”という言葉が上がった途端、ぴくりとアーサーだけが眉を上げた。アランが「そうそれ!」と、カラムが来るまで敢えて出さなかった話題に飛びつけばエリックも自然と背筋が伸びた。
「あの蝶の肩掛け!あれ作ったの副団長の妹さんなんだろ⁈しかもそれが学校の被服教師なんてなぁ!」
「アラン隊長はまだご存じなかったんですよね」
「先に言っておくがアラン、お前も一度ネル先生にはお会いしているぞ」
翌朝事情を聞いていたエリックとも違い、更にはネルがプライドに招かれた現場にも居合わせていないアランだけがその現状を把握していなかった。
お伝えせずに申し訳ありませんでした、と改めてエリックが謝ればア-サーもぺこりと頭を下げる。しかしアランとしては別段話題に外れていたこと自体は気にしていない。それよりもプライドのショールを作ったのが副団長であるクラークの妹という事実に興奮が抑えきれない。
カラムの言葉に「そうだっけ?」と返すアランはネルとの初対面はあまり覚えていない。
護衛や見回り中に何度かすれ違った気はするが記憶にまでは留めていなかった。溜息交じりにカラムから遠回しに特待生試験の一件を指摘されればやっと「あー!」と照合できた。
そういえばあの時にプライドの服を直してくれたのは被服教師だったと思い出す。更に言えばその後にアランはプライドが被服授業を逃走する前にも、教室から出てきたネルを見ている。
そういえば居た居たと自分の手の平にポンと拳を打つアランに、エリックもつい苦笑してしまう。
「本当に素敵でしたよね。蝶の刺繍もそうでしたが、手袋もそれにティアラ様もお揃いにされたという髪飾りも贔屓目なしに素晴らしい品だったと思います」
「あの髪飾りもか。本当に、今まで無名だったことが不思議なくらいだ」
「大勢の目を引いていましたね」
「あんなに動揺する副団長も珍しかったけどな」
ははっ、と。エリックとカラムのやり取りにアランが思い出すように笑いを零す。
頭の中では、大勢の注目を浴びていたプライドとそしてその様子に額を片手で押さえていたクラークの姿だった。まだクラークの不調の理由を知らなかったアランだが、それでもいつもと様子の違うことは他の近衛騎士達動揺に気付いていた。
深刻な理由ではなく、まさかの身内の作品への高評価に動揺していたと思えば今はただただ面白くなってしまう。
アランの笑いにこればかりはエリックとカラムも否定できないまま口を閉じて頷いてしまう。二人の目から見てもあの時のクラークは珍しかった。いつも余裕の笑顔で落ち着いているクラークの動揺する姿など奪還戦以来である。
「今日も演習場に戻ってからすぐ馬で帰宅されてましたね」
「なあ?厩舎までも珍しく急ぎ足だったし」
騎士団演習場までこそ共に帰ったエリック達だったが、それからクラークは早々に帰還へ向かっていた。
副団長室へ戻る時間も惜しみ、馬を借りた彼は騎士館へ戻る途中だったアラン達に目撃されるほどに帰宅も早かった。
そうだったのかと、いつものクラークからは想像できない行動に目を丸くするカラムは自然とグラスを傾けた。よほど早く妹に吉報を伝えたかったのだろうと思う。
王族に公的な場で身に着けられただけでも職人にとっては一生の誉れである。しかも、今回は発注されたわけでもない市販品。それをわざわざ王族の誕生パーティーで身に着けられることなど滅多にない。その事態の大きさは貴族であるカラムもよくわかっている。
きっと副団長もネル先生の喜びも一言では言い表せないものだろうと思う。そう考えるとついつい二口、三口と自分までグラスを傾ける数が増えてしまう。
クラークがネルと共に喜び合っている姿を想像するだけで口元が緩んだ。
口を閉じるカラムに、ちょうどアランもジョッキを一気に仰いだ首のまま動かなかった。飲みきったジョッキを傾けたまま、ぼんやりと数日前のことを思い出す。
『ところでアラン、昨日もプライド様を未然に御守りしたらしいな。流石じゃないか』
「……いやー、ほんっとに副団長の妹さんがなー。なるほどなー」
そう独り言のように言いながら、思い出したのはカラム達にも零した自慢話の一つである。
当時、特待生試験の妨害として教室に連れ込まれたプライドを救出できたその翌日、アランは副団長であるクラークに一言そう褒められていた。当時は単純にプライドかステイルか、もしくは近衛騎士の誰かから聞いたのかと思ったが、今思えばあれも〝そう〟だったんだなと理解する。
よく考えればロデリックもその場にいた中で、騎士団長ではなく副団長であるクラークがアランにそう最初に褒めたのも彼が情報源だったと思えば納得する。頻繁に自宅に帰っていたクラークなら、当然それを
『アランさん、でしたね。私からもちゃんと報告させてもらいますので』
同居しているネルから聞いたのだろうから。
〝女生徒〟を救出した後、そう言って自分に礼をして立ち去っていった講師がネルだったと思い出せば全てが納得だった。あの報告は職員室にではなく、自分達の上官である副団長にということだったのかと。そこまで思い返せば、記憶にうっすら残るネルの姿が今はなかなかしたたかに映った。
副団長との関係を隠していたとはいえ、ちゃっかりあの場で自分は評価されてしまっていたのだから。覆面調査にも近いそれは騎士であるアランにとっても今更ながらに心臓に悪かった。うっかりあそこで自分がプライドの立場を気取られるような言動や怪しまれる行動をしたらそれが騎士団副団長の耳へ直接伝わったのだから。今思えば騎士である自分を直接騎士“さん”と様付け以外で呼ぶ大人も珍しい。
しかしここでネルとクラークの繋がりはさておき、プライドの一件でネルと関わったことを話せないアランは敢えて口を噤んだ。代わりに再び酒をジョッキに注ぎ、すぐに半分近くと一緒に事実も飲み込んだ。
「そういやカラムは気付かなかったのか?もっと前から。お前なら講師のことも大体把握してただろ?」
「ネル先生の名は聞いていたが、家名だけで親族とは思わなかったな」
それに……、そう言いかけてカラムは意識的に口を噤んだ。
もし仮にダーウィンという家名が引っかかったとしても、それを自分の上官の親族と結びつけるのは難しい。髪の色こそ兄と同じ色だが、髪型やその顔立ちも手伝いどう見てもクラークの妹には見えなかった。こうして事実が判明した後ならば面影もあると思えるが、カラムはクラークの家族形態も知っている。その上でまさか妹とは流石のカラムでも結論に行き着かなかった。
何か言おうと開いてすぐ閉じたカラムに、アランも「ま、そうだよな」と軽く流す。ジョッキをすんなりと空にしてから席を立つと、また栓を抜いていない瓶を片手にエリックとその隣へと歩み寄った。今の今まで殆ど発言をしていない彼へと背後から明るい声を掛けてみる。
「アーサーは?お前はネル先生に気付かなかったのか?副団長の妹さんなら会ったこともあるんじゃねぇ?」
Ⅱ86.138-2




