Ⅱ358.王弟は迎え、
この世に産み落とされたその日を覚えている。まだ目が見えず、ぼやけた視界の記憶がはっきりと。
一歳の誕生日、兄貴や父上と母上とも並び共にその日をサーシス王国全土が祝った。式典以外では滅多に会わなかった兄貴だが、民の前では兄とし接してくれた。
二歳の誕生日、民が挙って舞い上がった。〝神子〟という異名と俺の記憶力を式典で大々的に公表された。
三歳の誕生日、「貴方様こそが王となるべく」と集われることが増えた。兄貴の誕生祭よりも十四人多く元を含めた上層部の来賓が俺に集ってきた。
四歳の誕生日、何所へ行くにも上層部がいた。第一王位継承者の兄貴を余所に、俺と話すには我々を通せと囲われた。
五歳の誕生日、隣に兄貴が居た。式典中、片時も俺は離れなかった。
九歳の誕生日、隣に兄貴と兄さんがいた。兄さんのことはまだ〝ヨアン王子〟と呼んでいた。
十六の誕生日、隣に兄貴と国王となった兄さんがいた。
十七の誕生日、隣に国王となった兄貴と兄さんがいた。その日を〝ハナズオ連合王国〟全土が祝った。
十八の誕生日、〝王弟〟として国王である兄貴と兄さんの隣に立った。その日をハナズオ連合王国全土とそして─
「十八歳の御誕生日おめでとうセドリック。この度は大事な式典に招待してくれてありがとう」
我が国と同盟を結んだフリージア王国の第一王女プライド、第一王子のステイル王子が遠路はるばる招かれてくれた。
先にあった防衛戦、そこで我が国へ多大な恩を残したプライドを是非にと我が国から望んで招待させてもらった。
兄貴の誕生祭ではローザ女王とヴェスト摂政が招かれてくれたが、俺の誕生祭には二人が代理という形で訪れてくれた。
我が国の危機に同盟を結び、甚大な助力を与えてくれたローザ女王には感謝しかないがやはりそれでも俺にとってプライドの来訪の方が特別だった。国際郵便機関の打診について手紙を交わし合っていたが、やはり何度前にしても緊張を全て消すことはできない。
俺の人生を変えてくれた彼女が、俺の誕生祭に訪れてくれるなどそれこそが何にも勝る賜だ。フリージア王国として上等な贈物も贈られはしたが、プライドとステイル王子の存在はそれ以上だ。更には護衛として彼女の近衛騎士達も参列してくれた。
敢えてなのか偶然か、その全員が我が国の防衛戦で尽力してくれた騎士達だった。
誕生祭開始より三時間早く到着してくれた彼女達を俺は居ても立っても居られず直接迎えた。まさか誕生祭準備中である筈の俺が迎えたことに流石のプライドも驚いたようだったが、彼女達を俺が直接迎えないなどあり得ない。
十五分だけと、兄貴からも許可を得た俺は客間へ彼女達を迎え入れた。兄さん以外を相手にこの部屋で話をするのも初めてだった。
「こちらこそ感謝する。プライド、ステイル第一王子殿下。遠路はるばる大変だっただろう」
「お気になさらないで下さい。今回は我が国の誇る騎士団の先行部隊をお借りできましたので、三日で無事到着できました」
にこやかに笑うステイル王子の言葉に思わず「おお!」と声が上がった。
女王の来訪でもそうだったが、何度聞いてもあの騎士団による護衛移動には驚かされる。王族の馬車でも十日はかかる遠路をたった三日で叶えてしまうのだから。
プライドを迎えた時から片時も笑みを絶やさないステイル王子は常に隙がない。背後に控える近衛騎士のアーサー騎士隊長とエリック副騎士隊長も彼女の護衛をするべく緊張を張り巡らせている。特に今はアーサー騎士隊長が僅かに強張った顔付きでステイル王子を見つめていた。
「私達二人だけでごめんなさいね。母上達もセドリック王弟やランス国王、ヨアン国王にくれぐれも宜しくと仰っていたわ」
「僕も是非もっと大勢でセドリック王弟殿下をお祝いしたかったので残念です。セドリック王弟殿下としましても〝手紙を交わされている姉君〟のみならず、ティアラとも親交を深めたかったのではありませんか?」
プライドに続き、ステイル王子がにこやかな笑みのまま問い掛ける。
どこか手紙の件について僅かに声に凄みを利かされた気がしたが、……それよりもティアラの名を聞いた瞬間に顔が火照った。
思わず肩が上下し、口をきつく結んでしまう。頭の中で彼女の姿一つ一つが鮮明に浮かんでは消え、必死に巡るそれをテーブルの下で拳を握り打ち消した。
俺の反応にプライドが僅かに苦笑を浮かべる中、突然会話中に黙してしまった無礼の所為かステイル王子から黒い覇気が薄く零れて見えた。しまった、と一拍遅れてから俺は首を横に振り否定した。
とんでもございません、お二人がいらっしゃって下さっただけで充分過ぎるほどに光栄ですとステイル王子へ言葉にしながら僅かにティアラ不在の事実で胸に寒風が吹いた。
ティアラは、居ない。まだフリージア王国で成人として認められていない彼女は同盟国とはいえ他国への式典にはなかなか出席できない。それは事前にわかっていたことだ。
むしろ、まだ未成年だったにも関わらず我が国の防衛戦にプライドと共に参戦してくれたことが特例であり奇跡だった。あれがなければ俺は本当の彼女を知ることもできなかっ……ッッ駄目だ思考がまたティアラに帰結する‼︎
必死に顔の火照り抑えながら、ステイル王子とプライドへ言葉を返し続ける。まさかここでティアラの名を出すとは、やはりステイル王子は既に察しがついているのだろう。俺自身、彼の誕生祭で「フリージア王国の民の一人になれれば」と告白してしまったのだから。
フリージア王国でも国一番の頭脳と噂されるほどに優れ、防衛戦でも兄さんが驚かされたほどの策を立てたステイル王子ならば俺の思惑など見透かしていておかしくない。先ほどの覇気といい、やはりステイル王子もティアラのことを……。
「そうそうセドリック、貴方に渡したいものがあるの」
言葉を交わしながら、つい思考が別の方向に行きそうだった俺にプライドが明るい声で呼びかけた。
渡したいもの?と目が丸くなるのを感じながら聞き返せば、プライドは傍に控えていた専属侍女であるマリー殿へ目を合わせた。先ほどまで黙して壁際に控えていた彼女は深々とそこで礼をすると、扉の向こうへと一度姿を消した。
間もなくして再びノックの後に現れた彼女の両手には大きな包みが携えられていた。大きさからして、先ほどプライドの従者達の一人が抱えていた鞄の中身だろうか。
マリー殿はゆっくりとした足取りで歩み寄り、俺達が挟むテーブルへと丁寧にそれを置いた。固く結ばれていた包みを取り外され、上等な箱のみが残される。……まさか。
楽しそうに笑うプライドに促されるまま箱の蓋を開ければ、直後にはまさかの予期した通りの言葉が掛けられた。
「私達〝三人〟からの誕生日祝いよ。受け取ってくれると嬉しいわ」
本当は誕生祭の後にでも渡そうと思ったのだけれど、と柔らかな声をかける彼女に驚きで最初は言葉が出なかった。
既にフリージア王国からの贈物は受け取っている。それをまさか彼女達個人からも贈られるとは思ってもみなかった。しかも〝三人〟……と、その言葉にもう一人の存在を意識すれば中身の詳細を理解するまえにまた顔に熱が上がった。
いや、心優しい彼女のことだからプライドが望んで仕方なく連名に加わってくれたのだろうとわかっている‼︎わかっているがそれでも!仮にも彼女からの贈り物であるという事実。それを除いてもプライドとステイル王子が、防衛戦で我が国を救ってくれた二人が!あそこまで迷惑と不敬しか行っていない俺になど!!
興奮のままに箱から取り出す前から「良いのか?」と尋ねてしまう。
「その為に用意したのだもの」とプライドが笑い声を零しながら返し、俺は微弱に震える指と共に両手でそれを箱から取り出した。
Ⅰ391.387.377.405.400




